「青蛙堂鬼談」(その三) 綺堂怪談の中のエロティシズム
岡本綺堂の「青蛙堂鬼談」の全十二篇紹介、その三であります。
「窯変」
後半の一篇目は、日露戦争の従軍記者であった語り手が、満州で耳にした怪異を語るというユニークなスタイルの作品。
一夜の宿を求めて訪れた家に、奇妙に暗い陰を感じた語り手は、やがてその家にまつわる因果因縁を知ることになるのですが――
その因縁譚自体は、いわゆる「六部殺し」のバリエーションであって新味がないのが残念なところですが、それによって生まれた怪異、タイトルにあるとおりのそれは相当に不気味であります。
しかし本作で一番印象的なのは、その家に泊まろうとする語り手を止めようとする村の男の、「家有妖」という言葉でしょう。実に即物的な描写ではありますが、それだけに不思議な凄みがあります。
「蟹」
蛙・猿(これは面ですが)・蛇と存外動物を題材とした作品が多い本書ですが、本作で描かれるのは、タイトル通り蟹であります。
蟹好きの男が宴席で蟹を出そうとしたことがきっかけとして、本作で次々と起こる怪事は、確かに全て蟹にまつわるものでありながら、しかし果たしてそれらに繋がりがあるのかもわからないものばかり。
一歩間違えれば全て偶然で片づけられなけないそれらが、しかしやはり恐ろしいのは、事件が一度では終わらず、次々と連鎖していく点でしょうか。
作中で怪異を予見しているかの如く振る舞いながらも、ほとんどその内容を語らない易者の存在も、良いアクセントとなっています。
「一本足の女」
この岡本綺堂読物集の表紙は、いずれも山本タカトの美麗なイラストで飾られておりますが、本書の表紙絵の題材となっているのが、綺堂怪談でも屈指の名篇たる本作であります。
江戸時代初期、里見家の武士が城下で美しい、しかし片足を失った乞食の少女を見つけたことから始まる本作は、一種の妖女もの、吸血鬼テーマの怪談。
妖女に魅入られて転落を続けていく男、というのは定番ではありますが、本作はその女を「一本足の女」――自身では自由に動くのもかなわず(もっともそれは…なのですが)、男に寄り添って生きるしかない存在として描くのが、作者一流の工夫と言うべきでしょう。
(武士がついに捕らえられた後のちょっとした描写が、また恐怖を煽るのであります)
しかし何よりも強烈に印象に残るのは、この女が、辻斬りをしてきた男の刀についた人の生き血をねぶる場面でありましょう。
綺堂の作品には珍しい、強烈なエロティシズム、フェティッシュな蠱惑が濃厚に漂うこの場面、目の前で見せられたら自分も――と一瞬思わされるのが、本作の恐ろしいところ、というのは言い過ぎかもしれませんが…
次回でラストであります。
「青蛙堂鬼談 岡本綺堂読物集」(岡本綺堂 中公文庫) Amazon

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