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2012.12.28

「青蛙堂鬼談」(その二) 見えぬ怪異と見える怪異と

 昨日の続き、岡本綺堂の「青蛙堂鬼談」全十二篇紹介の第二回であります。

「猿の眼」
 本書、いや綺堂怪談の中でも屈指の怖さを誇る本作は、語り手自身が体験した、木彫りの猿の面にまつわる怪異談であります。

 骨董集めが趣味だった語り手の父がある晩手に入れた猿の面。目隠しをしたように包まれていたというその面を家に飾って以来、次々怪異が起こる――という内容自体は、正直なところ、怪談としては定番のパターンの一つでありましょう。
 しかしそれでも群を抜いて怖いのは、先に述べた理不尽さ、わけのわからなさともう一つ、ビジュアルの恐ろしさではありますまいか。

 綺堂の怪談は、現代人の目から見ると上品とも言うべき印象を受けることが多いように感じます。
 それは、比較的怪異そのものを正面から描くことが少ないというスタイルも影響しているように感じられますが、本作ではその怪異をビジュアルとしてストレートに描いた点に特徴があるように感じられるのです(そしてまた、上で述べたように、ストレートに怪異が起きているのに、わけがわからないというのがまた怖い)

 もう一点注目すべきは、この面を売ったのが零落した武士であるというくだりでしょうか。彼らは、本書の時点で既に過去の存在でありますが――それが背後に漂ううっすらとした怨念の存在を感じさせてくれるのです。

 ちなみに以前高橋葉介が綺堂の「白髪鬼」を「白髪の女」の題で漫画化した際、この猿の面が思わぬゲスト出演をしているので、興味のある方はぜひ。


「蛇精」
 続く第五篇は、これまでとはまた異なる味わいの土着的な内容の作品。
 江戸時代の九州の山里で、うわばみ取りを生業とし、その見事かつ奇怪な腕前から蛇の精と噂された男・蛇吉を描く物語であります。

 常人から見れば妖術のような手腕でうわばみを取る蛇吉が、強敵と見えた時に使う技。それはまぎれもなく妖術そのものとしか思えず、その意味では周囲の噂も事実と感じられるのですが、しかし本作では蛇吉を、妻を愛するごく普通の男として描きます。

 この辺りの人物描写が、綺堂怪談が古めかしい怪談と一線を画する理由の一つ…というのは大袈裟かもしれませんが、しかしそれが結末に至り、皮肉な理不尽さを生み出す効果を上げているのは、やはり見事と言うべきではないでしょうか。


「清水の井」
 これも江戸時代の九州を舞台とした物語。ある豪農の家の娘二人が、家の井戸の水面に浮かぶ美男二人に見入られて…という内容は、これも前話同様、一種民話めいた内容ではあります。

 そのため、新鮮味という点では他の作品には及ばないかもしれませんが、しかし平家の落人伝説と絡んで、その怪異を生み出した正体が終盤で語られるに至り、その印象はいささか変わってくることになります。
 怪異の正体を語る伝説に加えられた意外な一捻り――それが古典的な伝説とそれが生んだ怪談に濃厚な倒錯美を与える様は、やはり綺堂の腕というものでしょう。

 ちなみに本作は、「兄妹の魂」とともに、他の作品とは別に発表されたものを、単行本において「青蛙堂鬼談」として収録したもの。そのため、本によっては本作を綺堂の別の怪談「水鬼」の続談として掲載しているものもあります。


 明日に続きます。

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