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2012.12.04

「天海の暗号 絶体絶命作戦」下巻 史上最大の籠城戦に生を掴め!

 地獄寺での土蜘蛛たちとの死闘をくぐり抜け、地の秘宝を手にした蒼海と友海。しかし残る天の秘宝は、西軍の大軍が迫る田辺城に隠されていた。天の秘宝を見つけ出し、細川幽斎からその秘密を聞き出すため、田辺城に乗り込んだ二人。50数人vs3万人、東軍の命運がかかった空前の籠城戦の行方は――

 関ヶ原前夜、十種神宝を巡り、暗号師・蒼海と少年忍者・友海が絶体絶命の死闘を繰り広げる「天海の暗号」の下巻であります。

 東軍の劣勢を覆すため、恐るべき力を持つ十種神宝を入手せよという家康の密命。無数の忍びの命を奪ってきた地獄寺から地の神宝を奪取した二人ですが、しかし死闘はこれからが本番であります。
 残る天の神宝を隠し持ち、そして神宝の使用法を知るという細川幽斎。彼が籠城する田辺城に入り、開戦まで数万の西軍を引きつけ、神宝を手に脱出する――まさに絶体絶命作戦は、ここに佳境を迎えるます。

 しかし、田辺城に残ったのはわずかの武士と女子供老人といった非戦闘員が合わせて50数名のみ、蒼海と友海、助っ人の忍びたちを含めても60名にも満たぬ状況。
 そのような状況で完全武装の西軍3万と、これまでも秘宝を巡り暗躍してきた怪騎士団・土蜘蛛と不死身の魔人・酒呑童子を相手にするというのですから、これは無謀というも生ぬるい状況であります。


 と――下巻のほぼ全編を使って描かれるこの史上最大の籠城戦で感心させられるのは、シチュエーション造りの妙もさることながら、題材として細川幽斎と田辺城の戦を持ってきたことでありましょう。

 細川幽斎は、細川忠興の父としてご存じの方も多いかとは思いますが、本作で幾度となく描かれるように、歌学・有職故実に通じ、古今伝授を行うことができた、当世有数の知識人であります。
 しかし単なる文弱の徒ではなく、剣は塚原卜伝に学び、また若き日には牛の角を掴んで引きずり倒したという逸話の持ち主。足利将軍家の落胤という説もあり、まず怪人というべき人物なのです。

 そして彼の城が田辺城ですが、関ヶ原の戦の前哨戦としてここで籠城戦が行われたのもまた史実であります。
 関ヶ原に関する籠城戦といえば、やはり家康の股肱たる鳥居元忠以下が壮絶な討ち死にを遂げた伏見城の戦が真っ先に挙がるのではないかと思いますし、田辺城の戦を扱ったフィクションは存外ないものです。
 しかし東軍西軍の決戦において、この戦が果たした役割は決して小さなものではなく――戦いの末に朝廷が動いたという点も含めて希有の籠城戦であったこの戦いを題材としたのは作者の慧眼と言うべきではないでしょうか。


 しかし、本作において真に胸を打つのは、蒼海と友海がこの戦いに臨む、その態度でしょう。
 これまでのシリーズにおいても繰り返し描かれてきたように、彼らは非情であるべき忍び、工作員でありつつも、しかしその行動原理はあくまでも人を生かすことにあります。
 もちろんそれは彼らの任務にとっては不要なものであり、欠点、弱点ですらあります。しかしそれでも――いや、人の情が入る余地がない暗号の世界、忍びの世界であるからこそ――彼らは人としての情を重んじ、それに殉じようとすらするのです。

 そんな彼らの心性が――もちろんそのような密命を受けていたとはいえ――籠城戦という戦いの形式に似合っていることは言うまでもありませんが、しかし何よりも嬉しいのは、いわゆる「いくさ人」とは明確に異なる彼らの想いが、本作では随所に描かれている点であります。
 「人はの、人は生きるために生まれたんじょ。生きて生きて生きて生き抜くためだけに生まれてきたんじょ。殿さんも、女子も、武士も、忍びも、皆々生きるために生まれたんじょ」「殿さん、おりたちが皆の者を生かす! 死なせやせん。だから、だから、おりたちとともに戦うてくれ。生きるんじょ! 生きてこの城から出るんじょ! 勝ってここから出るんじょ!」という友海の言葉に表れているように――

 そして結末に待つ痛快極まりないあるシーンは、まさしく生が死を、光が闇を、有情が非情を打ち破った凱歌というべきでしょう。

 本作は、十種神宝の謎を通じて、最終的にはこの日本の国の起源に秘められた秘密すら解き明かそうとする一大時代伝奇であり、同時にユニークな不可能ミッションもの、戦争アクションものでもあります。

 しかしそれと同時に、その根底に、熱い人間賛歌が流れているのが、本作の最大の魅力ではありますまいか。

 危機にうろたえた城に武士たちに詰め寄られた蒼海・友海が子供たちに助けられるというシチュエーションが何度も繰り返されたり、上巻同様、火薬が万能過ぎたりという側面はあります。
 しかし、そうした瑕疵があってなお、ブッちぎりに面白い――そんな中見節は、本作においても絶好調であり、そしてまだまだこれからも描かれるであろう有情の忍びコンビの活躍に、今から期待しているところなのです。

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