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2012.12.21

「長安牡丹花異聞」 作者の原点、謎の向こうの人々の哀歓

 長安の少年・黄良は、母を養うために自分が発明した夜光牡丹を売りに出す。その彼の前に現れた偉丈夫の衛士は、夜光牡丹を皇帝主催の花比べに出品することを持ちかける。彼は、胡人の舞姫・小蘭を身請けする金が必要だったのだ。小蘭を交えた三人は夜光牡丹の育成に挑むが…(長安牡丹花異聞)

 中国ミステリで活躍する森福都が第三回松本清張賞を受賞した表題作をはじめとして、6つの中国奇譚を収録したバラエティ豊かな作品集であります。

 少年が発明した夜光牡丹を巡り、混血の衛士と美貌の舞姫、狡猾な宦官が虚々実々の駆け引きを繰り広げる「長安牡丹花異聞」
 茫洋とした外見ながら捕物術の名人・蘇無名が、長安を荒らす盗賊、そして養女の仇を奇計をもって捕らえる様を唐代の爛熟した文化を背景に描く「累卵」
 清代の郷試(科挙の1次試験)会場を舞台に、カンニングの摘発のために送り込まれた男が目撃した意外なカンニング手法と、その皮肉な顛末「チーティング」
 安史の乱で都を逃れた楊貴妃を追う一途な青年の珍道中が、思わぬ波瀾を引き起こす様を駱駝の視点から語る「殿」
 秘薬を作ることができる名医を探し出して出世を夢見る男が知った秘薬の正体と皮肉な運命「虞良仁膏奇譚」
 辺境の国の王子に降嫁した唐の公主とその夫の運命の変転を、従妹の身を慮る男の目を通して浮かび上がらせる「梨花雪」――

 作者にとっては最初期の作品ということもあってか、直接的なミステリ味は薄めに感じられます。しかしながら、作中に用意されたトリッキーな仕掛けが、内容に一ひねりも二ひねりも与えて、深みのある物語を生み出しているのは、やはりこの作者ならでは…と言うべきでしょう。


 その中でも、個人的に特に印象に残ったのは、「殿」と「梨花雪」でしょうか。

 「殿」は、かの安禄山の乱により、玄宗皇帝ともども長安を逃れた楊貴妃を追いかける青年・楊建の物語。
 一途に楊貴妃を慕う楊建は、以前に彼女から命じられて諸国から集めた珍奇な楽器を届けるだけのために懸命に皇帝一行を追うのですが――物語の語り手が、宮廷で飼われていた巨大な駱駝というのにまず驚かされます。

 人間側からは全くその内面はわからぬものの、駱駝の側からは人間側の事情はお見通し…という構成自体がまず楽しいのですが、そこに長安から脱出してきた官女たちが厄介者として加わってくることで、一種の喜劇の様相を呈することとなるのも楽しい。
 その楽しさは、珍道中を繰り広げてきた一行が、殿軍として追いすがる多勢の反乱軍と対峙するクライマックスで頂点を迎えるのですが、その後に待つ結末の、無情かつ不思議な美しさもまた印象に残ります。

 そして「梨花雪」は、唐の支配を支えるため、夷狄に嫁いでいった皇女を巡る物語であります。
 唐と交誼を深めることを願う崑崙山脈の向こうの高地の国のラムポ王と、その父に反発するジェンツェン王子。皇族の末席にありながらも諸国を放浪する主人公はこの父子と知り合い、皇女の降嫁の口利きをすることとなります。

 自分を兄のように慕う美しい金鈴公主だけは降嫁させるまいとする主人公ですが、しかし運命の皮肉により王子のもとに嫁ぐこととなった公主。それでも彼女は「女則」に従い、孝女たるべく粛々と異国に赴くのですが…数年後、彼女から届いた異変を告げる手紙に異国に赴いた主人公は、思わぬ事件に巻き込まれることとなります。

 唐の繁栄を支えるため、周辺諸国に政略結婚で嫁いでいった姫君たち。その一人にスポットライトを当てた本作は、彼女に密かに想いを寄せる主人公の視点から描かれることにより、一種の悲恋ものとして展開します。
 しかし、思わぬ悲劇に巻き込まれた主人公が最後に知ったある事実により、本作は一転、物語に全く異なる隠れた貌の存在がほのめかされるのですが――この辺りの呼吸はまさしく作者一流のミステリ味と言うべきでありましょう。
(そして、それが必ずしも悪意によってもたらされたのではないのではないか、と気づいた時、我々はもう一つの悲劇を知ることになるのです)


 正直なところ、特に表題作など、洗練という点では物足りない部分はあります。
 しかし、ミステリの隠し味により、その時代に生きる人々の哀歓を浮き彫りにして見せる手腕は、まさしく作者ならではのもの。森福都の原点の一つとして、大いに堪能させていただきました。

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長安牡丹花異聞 (文春文庫)


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