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2012.12.31

「邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち」 戦いの始まりと果たされるべき誓い

 紀元前3世紀、中国では秦王・政の下、秦軍が圧倒的な力で各国を侵略していた。秦に滅ぼされた韓の宰相の家に生まれた少年・張順は、復仇のため、そして運命を共にする者を見つけるため、趙の都・邯鄲を訪れる。そこで剣術修行に打ち込む張順の前に現れたのは、名剣士にして快男児・荊軻だった…

 秦の地方都市・琅邪を舞台としたユニークな中国ミステリを発表してきた丸山天寿の新作は、それよりも少し前の時代を舞台とした物語――ミステリではなく歴史活劇であり、少年の成長物語であり、ボーイ・ミーツ・ガールの物語である、魅力的な作品です。

 タイトルにある邯鄲とは、中国の河北にあった都市の名。古くから交通の要地であったため商業で栄えた都市にして、戦国七雄の一つ趙の都、そして、後に始皇帝となる秦王・政の生地であります。本作ではそんな邯鄲の地で、副題の通り「始皇帝と戦った者たち」の物語が描かれることとなります。

 当時秦の強力な圧力に苦しめられていた戦国七雄の一つ、韓。主人公の少年・張順は、この韓の宰相の家に生を受けます。
 まだ年若いながらも神算鬼謀の持ち主である兄の指揮の下で秦軍に大打撃を与えながらも、韓の劣勢は明らかになった時、張順はその兄の命で邯鄲に向かうこととなります
 民のために秦王個人を倒す――その戦いの中で、己の背中を任せ生命を預けられる人を探すために…

 一方、秦の侵攻は北方でも繰り広げられ、北方の遊牧の民・匈奴の少女・桃は、その中で親を失い、自らは戦利品として燕国に売られることとなります。
 そんな境遇でも明るさとたくましさを失わぬ彼女は、かつて母が語った「龍のように強く優しい殿方」と出会えることを信じて…

 そして張順と桃、二人の少年少女を結ぶ存在となるのが、荊軻――そう、「史記」の「刺客列伝」に登場するあの荊軻であります。
 酒と博打に明け暮れながらも、人並み外れた剣の腕を持ち、広い度量と熱い義心を持つ快男児…本作の荊軻は、そんな人物として描かれます。張順にとっては同門の兄弟子であり、尊敬できる先輩として、桃にとっては売られた先の主人であり、自らの愛を捧げるべき男性として――荊軻は二人の人生に、大きな影響を与えることになるのです。

 もちろん我々は、荊軻の企てが失敗に終わったことを知っています。本作においても、荊軻の暗殺行は「刺客列伝」の描写をなぞり――もちろん本作ならではの解釈を加えて――彼の最期を描き出します。
 しかし、彼の死によって、始皇帝に挑む者がなくなるわけではありません。いやむしろ、ここからが全ての始まり、今なお続く張順と桃の戦いの始まりなのですから。


 …ここで「今なお続く」と表現したのは、実は、本作が冒頭で触れた琅邪シリーズのビフォアストーリーとなっているためであります。
 張順と桃はこのシリーズの重要な登場人物。本作の後(おそらくは様々な冒険を経て)に彼らは琅邪に身を寄せて、「今なお」始皇帝打倒の戦いを続けているのです。

 そのため、シリーズを読んでいるか否かによって、本作の感想は変わってくるであろうことは否めないかもしれません。しかし、シリーズを読んでいることで本作の感動が増すことはあっても、シリーズを読んでいないことで本作の魅力が減じるということは、私はないと感じています。
 遙か二千年以上前の中国という特殊な舞台でありつつも(そしてもちろんそれは存分に活かしつつも)、本作はいつの時と場所でも通じる少年と少女の出会いの物語であり――そして結末に描かれるのは、人生にたった一度の、少年の旅立ちの時なのですから。


 全三部構成の本作は「中原の夢」「草原の夢」「邯鄲の誓(ゆめ)」と、いずれも「ゆめ」を各部の題としています。その中でも第三部の、そして本作の題は、間違いなく邯鄲の夢――人生の栄枯盛衰のはかないことを語るあの故事から来ているのでしょう。

 しかし、本作において邯鄲で少年少女が見るのは、儚い夢ではありません。それは人生を通じて貫くべき誓いなのであります。
 その誓いが果たされる、その日がいつか描かれることを、今は心より楽しみにしている次第です。


 ちなみに冒頭で本作はミステリではないと申しました。しかし秦王・政の行動は(史実に則りながらも)、ある疑惑を抱かせるのですが――さて。

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邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち


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