「写楽あやかし草紙 月下のファントム」 写楽、大正の帝都で妖を追う
時は大正。帝都で画廊を営む斉藤楽真の正体は、東洲斎写楽だった。ある事件で命を落とした彼は、大妖・剣上総の眷属となり、上総とともに邪悪な妖封じに奔走していた。その上総の命で、失踪事件が相次ぐ来栖劇場に背景画家として潜入した楽真は、劇場の看板女優でありオーナーの娘の月歌と出会うが…
大正ロマン、という言葉はいつの世も人の感心を集めるようで、たとえば少女向け小説のジャンルでは、それなりの頻度で、大正ものの作品が刊行されているように感じます。
本作もその一つ、集英社の2012年度ロマン大賞受賞作であります。
時は大正時代の帝都東京、その片隅で売れない画廊を営む青年画家・斉藤楽真――何故か人物画を決して描こうとしない彼の正体は、何とあの幻の浮世絵師・東洲斎写楽。
100年も前の人間であるはずの彼は、かつて芝居小屋の火災に巻き込まれて命を失ったところを、妖たちの頭目・剣上総に救われて彼の眷属となり、もう一つの人生(妖生?)を生きていたのであります。
その上総の使命は、世の中に災いをもたらす邪悪な妖を封じること。楽真は、兄貴分である(見た目は完全にウサギの)兎三郎とともに、上総の配下として、妖と戦い続けてきたのです。
さて、その楽真たちが挑む今回の事件は、帝都で評判の来栖劇場の怪。オーナーの来栖伯爵の庶子・月歌を看板女優とするこの劇場の関係者が、近頃相次いで行方不明となっていたのであります。
その背後に妖の影を察知した上総の命で、背景画家として劇団に雇われた楽真は事件を探るうちに、月歌と惹かれ合っていくのですが…
というあらすじの本作、大正ロマン+妖怪退治というみんな大好き(もちろん私も大好き)な題材の組み合わせに、写楽という強烈な異物を放り込んできたところに大いに驚かされます。
しかしながら内容的にはなかなか堅実、クオリティの方も、新人離れしたレベルで驚かされました。
なるほど、正直なところ、主人公とヒロインの関係――主人公が人外であることを踏まえて――を中心に展開していく物語、そして妖の正体とそれとヒロインとの関わり自体は、さまで珍しいものとは感じられませんし、先読みもそれなりにできるものではあります。
主人公が写楽というのも、意外性は満点ですが、必然性はそれなり。
確かに、ネームバリューがあって正体不明(最期が不明)、そして芝居に関係があったとくれば、これは写楽が出てくるのは頷けます。
しかしまことに残念ながら、写楽=楽真のキャラクターがあまりにも現代の若者的(これは他の登場人物にも言えますが)で、写楽らしさが感じられないのが、残念なところであります。
しかし、本作においてはそこに、楽真が人物画を描かない、という最大の特徴を設定することで、ヒロインとの関係性、そして楽真=写楽という事実を、浮かび上がらせてみせるのであります。
写楽といえば、役者絵、それも独特のデフォルメを施された大首絵が真っ先に浮かびます。本作はそれを封印していることで、写楽としてのキャラ立てを一見潰しているように見えなくもありません。
しかし楽真が人物画を封印した理由――その理由もある程度予想できるわけですが――を、人を捨てて妖となった楽真の葛藤、そして辛い運命を背負ってきた月歌の小さな願いと絡めることで、見事にドラマとして昇華しているのには感心させられました。
ラストの月歌の言葉も、切なくも力強いものであり、この物語の後味を、非常に気持ちよい、爽やかなものにしていると感じます。
それでもなお、本作の舞台を大正時代とする積極的な意味が見えてこないのが、個人的に残念ではあるのですが――それは今後確実に描かれるであろう、続編に期待するといたしましょう。
先が期待できそうな作家の、先が期待できそうなシリーズであることは間違いないのですから…
「写楽あやかし草紙 月下のファントム」(希多美咲 集英社コバルト文庫) Amazon

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