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2013.02.12

「名探偵クマグスの冒険」 虚構の謎で描く知の巨人の現実

 先日はイギリスの名探偵が日本で活躍する作品を紹介いたしましたが、今度は日本の有名人がイギリスに乗り込んで探偵として活躍する作品を紹介しましょう。「知の巨人」「歩く百科事典」と呼ばれた博覧強記の怪人・南方熊楠――彼が留学先のロンドンで遭遇する怪事件の数々を描いた快作です。

 博物学者、民俗学者等々、数々の分野で独創的な業績と、その奇矯な言動で知られた南方熊楠。明治19年(1886年)から明治33年(1900年)まで、長期にわたり海外に留学・遊学していた彼は、その後半をロンドンで過ごしていました。
 本作はその熊楠のロンドン時代を舞台に、彼のその(自称)「黄色い脳髄」をフル回転させ、博覧強記と直感を武器に、様々な怪事件を解決していく…という趣向の連作短編集であります。

 もっとも、名探偵といっても、彼が実際に探偵業を始めるわけでは、もちろんありません。時に小遣い稼ぎのために、時に研究旅行のついでに、時に否応なしに巻き込まれて、彼は様々な事件に首を突っ込み、アマチュア探偵として活動することになります。
 そして、全6編からなる彼の活躍がまた実に興味深い。

「ノーブルの男爵夫人」…日本軍の秘密兵器開発に携わる者たちの奇怪な死の秘密
「ムカデクジラの精」…伝説の怪獣/海獣「ムカデクジラ」伝説の残る地に出没する妖精の謎
「巨人兵の柩」…古代の棺から発見された鉛で封印された巨人の行方
「清国の自動人形」…ロンドンで誘拐された孫文の行方と、彼が残した秘密文書探し
「妖精の鎖」…レイラインを提唱した研究者の家に残る秘宝伝説の謎と殺人事件
「妖草マンドレイク」…ロンドンで相次ぐ中国人ばかりを狙った猟奇殺人犯の秘密

 いずれも一筋縄ではいかない怪奇な、奇怪な事件の数々。
 繁栄と退廃が背中合わせで存在していたヴィクトリア王朝期のロンドン、あるいはケルトの神話と伝説が息づく北方の地ならではの事件であります。

 そしてそのどれもが、熊楠が遺した研究や、当時のロンドンの記録とリンクして成立しているのに、また驚かされます。
 たとえばムカデクジラについては、古来から西洋に伝わるこの怪物を、大和本草に登場する存在と関連づけた文章を遺しています。また、集中、一番フィクションとしか思えない孫文誘拐事件との関わりも、(実際に救出に参加したかはともかく)彼がロンドンで亡命中の孫文と知り合い、親交を深めたのもまた事実なのであります。

 本作の面白く、そして恐るべき点は、まさにこのロンドン時代の熊楠にまつわる「史実」(ある種の伝説も含めて)と、当時のイギリス、当時のロンドンの「現実」を縦横無尽に絡み合わせて、一つの巨大な「虚構」を生み出している点でしょう。
 本作に登場する、作者が創作したとしか思えない人物が実は実在の人物である、などというのは序の口(というより、冷静に考えれば熊楠自身、およそ現実離れしたキャラではあります)。本作について調べれば調べるほど、本作がどれほどの綿密な考証の上に組み立てられているか思い知らされる――そしてもちろんそれは全く不快ではないのですが――作品であります。

 正直なところ、ミステリとしてはかなりあっさり目の味付けであり、その点を期待して読むと、いささか肩すかしに感じる点はあるかもしれません(個人的には、「清国の自動人形」で描かれた「暗号」が秀逸に感じましたが)。
 その意味では本作は、謎や事件といった虚構を味付けに、熊楠という、巨大で、奇怪な現実を巧みに料理してみせた作品と言うべきかもしれません。
 何しろ、解き明かす謎以上に、彼自身が謎と驚きの固まりのような存在なのですから。

 そして、まだまだ語られていない彼の謎は存在するはず。わずか6編で終わってしまうのが勿体ない――ぜひ、続編を読んでみたい作品の一つであります。

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名探偵クマグスの冒険 (静山社文庫)

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