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2013.02.10

「禿鷹の要塞」 たった一日の籠城戦に込めた想い

 秀吉軍に対して立ち上がった義僧兵軍に同行を許されず、名ばかりの遊撃任務を与えられた元信は、偶然にかつての仲間と出会い、彼らが根城とする漢城近くの幸州山に案内される。そこで朝鮮の士気を鼓舞することを目的に、たった一日の籠城戦を発案する元信。それが後世に残る籠城戦の始まりだった…

 影武者徳川家康は韓人なり、というとてつもない設定の「徳川家康(トクチョンカガン)」で活躍(?)した朝鮮僧兵・元信が帰ってきました。「徳川家康」では捕らえられて日本に連行され、家康の影武者となった元信ですが、本作はそれ以前の物語。すなわちプリクウェル(前日譚)に当たる物語ですが、妖術秘剣相打つ伝奇大作であった「徳川家康」に対し、本作は伝奇要素ほぼなしの歴史群像劇とも言うべき作品となっています。

 文禄元年、朝鮮の首都・漢城を制圧した秀吉軍。それに対する義僧兵軍に置いていかれ、遊撃隊という(半ば厄介払い的な)任務を与えられた元信。
 しかし、彼に与えられたのは、師からの全権委任状と、たった二人の弟弟子のみ(すぐ後にもう一人加わりますが…)。それでも自分にできることをするべく、修行の地である山を下った元信ですが――

 本作の主人公たる元信は、決して武勇に優れた豪傑でも、知略に富んだ名軍師でもありません。それどころか作中の弟弟子たちの言を借りれば「地味なオッサン」、古参ということで惟政の近くに仕えているものの、周囲からはむしろ言えば嘲笑の対象となっているような人物なのであります。
 しかしその彼の存在が、一個の雪玉が巨大な雪崩を引き起こすかのように、大きなうねりを引き起こしていくことになるのです。

 下山早々、僧侶になる前の盗賊仲間・李舜臣(勿論あの名将とは同名異人)と出会った元信は、彼らの根城が漢城近くの幸州山と知り、とんでもない作戦をひらめきます。
 …どうみても単なる小山であり、戦略的価値にも乏しいこの山に立て籠もり、日本軍と戦えないか? もちろん長期戦は不可能ですが、攻める方もこのような場所に長々とかかずらっていられるはずもない。たった一日籠城戦を凌げば、日本軍は撤退するはず。
 しかしそれでも勝ちは勝ち、小さな一勝でも、敗戦続きの朝鮮にとっては大きな希望となるのではないか――

 もちろんこれはあくまでも元信の妄想めいた思い込みではあります。しかし彼が、そして彼のたった三人の仲間が(なかば勢いで)動き出した時…その熱意が人々を動かし、思わぬ大きな力を生み出すこととなります。

 本作の前半部分では、元信たちが、この籠城戦のための戦力集めに奔走する姿が、時にコミカルなタッチで描かれます。
 地味なオッサンをはじめとして、およそ戦いには役に立ちそうにない面子が、それぞれの特技を生かして人々の心を引きつけていく。その姿は、お約束的ではありますが、なかなかに感動的であり、一歩一歩目標に近づいていく様には心躍らされるものがあります。

 しかしついに正規軍をも引っ張り出したとはいえ、軍内部の足の引っ張り合いもあってその数は乏しく、山城に籠もったのは軍民合わせて五千名。それに対する日本軍はその六倍の三万名――さらに、平壌での戦いに敗れて雪辱に燃え、そしてそれ以上に歪んだ宗教的使命感に燃える小西行長が、様々な非道な罠をもって山城に迫ります。

 本作の後半では、ついに始まった籠城戦の中、日本軍の猛攻を前に、一人、また一人と元信の仲間たちが倒れ、壮絶に散っていく姿が描かれることとなります。
 彼らが散っていく様は、それまで生き生きと、コミカルにすら彼らの姿が描かれていただけに辛いもの。そして一進一退、いや二歩進んで三歩下がるような戦闘の様は、まさに一読巻を措く能わず。この辺りは、さすがに作者の地力と言うべきでありましょう。


 そして、私が本作を読みながら思い出していたのは、作者のデビュー作である「高麗秘帖」であります。
 もちろん、舞台や、小西行長が大きな役割を果たす(もっとも、その性格は正反対ですが)といった表面的な共通点はあります。
 しかしそれ以上に私に強い印象を与えたのは、両作で描かれる、名もなき人々の強い想い――己の愛するもの、大事なものを守らんとするその想いであります。

 舞台が文禄・慶長の役、それも朝鮮側が主人公で日本側が敵ということで、二の足を踏む方もいるかもしれません。
 しかし、この強い想いは、国を問わず同じであるはず。そんな人間の根源的な想いの表れを描ききった――本作は、そんな作品なのであります。


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禿鷹の要塞


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