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2013.03.31

「無頼の剣」 無頼と餓狼と鬼と

 旗本奴の雄、大小神祇組の水野十郎左衛門と、町奴の束ね、浅草組の幡随院長兵衛、そして松平伊豆守には、二十年もの昔から不思議な因縁があった。いつか長兵衛と立ち合うことを夢見る十郎左衛門だが、しかし江戸の再構築を狙う伊豆守の策が、十郎左衛門と長兵衛を思わぬ運命に巻き込むことに…

 江戸時代の初期、徳川幕府の支配体制がほぼ固まりつつあった頃――戦国の遺風を残して暴れ回ったはみ出し者たちが、旗本奴と町奴であります。そのそれぞれの頭領たる水の十郎左衛門と幡随院長兵衛の対立は、歌舞伎や講談などで、現代にも伝わっておりますが、そのいわば最新型が、本作であります。

 ことの起こりは二十年前――まだ七歳の水野百助(十郎左衛門)が、父・成貞に連れられて吉原から帰る途中に、五人の相手をただ一人で斬った男を目撃したことから、この因縁は始まります。恐るべき剣の腕を見せつつも力を使い果たした男を救うため、百助が呼び止めたのは、こともあろうに時の老中・松平伊豆守の駕籠。百助の弁に頷いた伊豆守は、この男を自分の駕籠に乗せ、存じ寄りの口入れ屋・山脇屋に連れて行くことになります。

 そして一命を取り留めた男――塚本伊太郎は、幡随院長兵衛と名を変え、山脇屋を継いでいつしか江戸一の口入れ屋として、そして町奴の筆頭と言うべき存在に。一方、元服して水野十郎左衛門を名乗った百助は、父亡き後の旗本奴をまとめ、横紙破りで鳴らす大小神祇組の頭領として、長兵衛と並び立つ無頼の存在に…
 二人の因縁は、長兵衛の餓狼の如き強さに惹かれた成貞が真剣勝負を挑み、そして一命は取り留めたものの完膚なきまでに敗れ去ったことから、いよいよ深く、複雑に入り組んでいくのですが――そこにもう一人の男として、松平伊豆守が絡むことで、物語は一層複雑な様相を呈することとなります。

 徳川幕府のの安定を第一に考え、そのためであれば人も己も犠牲にすることを厭わない伊豆守。十郎左衛門は父の代からこの伊豆守とソリが合わず、そして命を救われた長兵衛は密かに伊豆守を支え――ここでも対照的な姿を見せる二人の関係は、しかし、伊豆守のある計画により大きく変わっていきます。
 開府以来、複雑に広がっていった江戸という町。それを一度リセットし、新たな江戸を再生する――そのためにあえて鬼と化した伊豆守が選んだ手段。かくて、明暦3年1月18日、無頼と餓狼と鬼と――三人の男の生き様は、大火の中に一つの頂点を迎えるのであります。


 冒頭に述べた通り、これまで幾多となく描かれてきた水野十郎左衛門と幡随院長兵衛の物語。本作が、これまでの作品と大きく異なるのは、もちろんまず第一には、20年にもわたる二人の――いや、伊豆守も含めて三人の――因縁を、伝奇性を持たせつつ描いた点であることは間違いありません。
 しかしそれ以上に本作を傑作たらしめているのは、彼らの姿に、時代に取り残された男たちの最後の、そして哀しい輝きを見いだしている点でありましょう。

 明暦といえば、既に徳川将軍も四代を数え、既に幕府の運営も軌道に乗りつつある時期。最後の戦ともいえる島原の乱も遠くに過ぎ、既にいくさ人としての武士は完全に無用の長物と化した時代であります。
 十郎左衛門ら旗本奴たちが、まさにそんな武士の在り方の変容の時代から弾き出された存在であることは言うまでもありませんが、それと対立する町奴もまた、安定へ向かう時代の流れからはみ出した存在であることはまた同様(長兵衛が、かつて武士たらんとしたがために主家を捨てることとなり、その末に町人となった存在なのが象徴的)。

 そして彼らと対立する権力の象徴、秩序の番人とも評すべき伊豆守もまた、時代と時代をまたいで生き続け、一つの時代を終わらせることにより、自らの居場所もまた葬り去ろうとしている点では、時代からはみ出した存在であることに違いはありません。

 本作のクライマックスである明暦の大火は――それが江戸の都市計画に関わる幕府の陰謀であった、というアイディア自体非常にユニークなのですが――古い江戸と新しい江戸の決別というべきものであります。
 そしてそこで三人の時代から外れた男たちの生き様がぶつかり合う姿が重なるという構図からは、喜びとも哀しみとも怒りともいえる…いや、その全てが入り交じった想いが、強く強く、我々の胸に響くのであります。

 その中でも圧巻は、江戸城天守閣の崩壊を目撃した十郎左衛門が、それを評したある人物の言葉の中に、自分たちもまた同様の存在であったことを知る場面でしょう。あまりに残酷、かつ適切としか言いようのないその言葉を目にした時には、こちらもただ天を仰いで嘆息したくなったほどであります。


 思えば柳蒼二郎の作品の多くは、例えばそ直近のシリーズである「風の忍び」シリーズもそうであったように(ちなみにこちらで登場していた小野忠常が、本作にも顔を出しているのがファンには嬉しい)、時代から取り残された、時代から外れた男たちが、最後の意地を見せて戦う姿を描いてきました。
 本作は、これまで描かれてきたこの流れを受け継ぎつつも、そのドラマ的な完成度において、総決算とも言える作品と感じられます。

 正直なところ、あまり話題になっていないようなのが何とも残念なのですが、本作は紛れもない傑作、読み逃すのは大きな損失である――そう断言させていただきましょう。


「無頼の剣」(柳蒼二郎 中央公論新社) Amazon
無頼の剣

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2013.03.30

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 長く続いた寒い日も終わり、一気に気候も良くなってもう4月。早いもので新年度の始まりであります。新しいスタートを切る方も多いかと思いますが、時代伝奇アイテムの方も、新年度に良い感じのスタートを切った感があります。というわけで、4月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 さて、文庫小説の方では、すっかり最近の文庫書き下ろし時代小説のトレンドとなった感のある妖怪時代小説が並びます。
 最近妖怪もので元気な朝松健の新シリーズ「およもん 子ども妖怪座敷わらし」のほか、こちらも新シリーズ(?)の小松エメル「うわん 七つまでは神のうち」、珍しいところでは平安もので瀬川貴次「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」、そしてレーベルを移して再刊の佐々木裕一「もののけ侍伝々 2 くもおんな」…さらに高橋由太の新作が2点と、一ヶ月間に相当の点数であります。

 さて、もう一つ気になるのは、「お髷番承り候 6 鳴動の徴」も刊行される上田秀人の「上田秀人公式ガイドブック」。刊行される徳間文庫は、作者の長編デビュー作の刊行元であり、考えてみれば最もこうした本を出すのに相応しいかもしれません。

 その他、新作ではシリーズ後半戦も快調な平谷美樹「風の王国 7 突欲死す」(このタイトルは…)、ついにこの4月からTVドラマ開始の風野真知雄「妻は、くノ一 蛇之巻 2 幽霊の町」とありますが、旧作の復刊も快調。

 まだまだ続くトラウマシリーズ、山田風太郎「明治かげろう俥」、柴田錬三郎初期の活劇「江戸群盗伝」、山本タカトの表紙も楽しみな岡本綺堂「近代異妖篇」、さらに富樫倫太郎の函館三部作その1「箱館売ります」と並びます。
 「箱館売ります」には「函館三部作1」と冠されるようですが、そうすると「殺生石」も…!


 さて、漫画の方では何といっても長谷川哲也の問題作「セキガハラ」1に注目。もう一つ新登場といえば、神崎将臣による「仮面の忍者赤影Remains」1も色々な意味で気になるところですが…
 そしてもう一つ、夏目義徳「White Tiger 白虎隊西部開拓譚」1も、その副題そのままの内容らしく、要チェックかと。

 シリーズものの既刊では、いよいよ新展開突入の金田達也「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」8、待ちに待った新刊の永尾まる「猫絵十兵衛 御伽草紙」7、猫を題材とした連作幻想人情譚、ねこしみず美濃「花盛りの庭 江戸日々猫々」あたりが楽しみなところ。
 そして、3月から刊行開始の森田信吾「明楽と孫蔵」も完結まで頑張っていただきたいものです。


 最後に時代伝奇もの以外ですが、戸田泰成「ジャイアントロボ バベルの籠城」4は、前の巻が三国志祭りだったのに対し、水滸伝祭りになる予定で、非常に楽しみなのです。



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2013.03.29

「もぐら屋化物語 用心棒は迷走中」 人の陰と陽の狭間で?

 故あって会津藩を脱藩して早々、行き倒れ寸前となった浪人・楠岡平馬。何とか内藤新宿に辿り着いた彼の前に現れたのは、崩れそうな旅籠「土龍屋」と、そこに住み着いた大モグラ・ムグラ様だった。成り行きから幼い女将・お熊が一人で切り盛りするこの旅籠に住み着くことになった平馬だが…

 妖怪時代小説人気もここに極まれりと言うべきか、今月誕生した新レーベル「廣済堂モノノケ文庫」。本作はその第一弾、「奥羽草紙」シリーズ、「はなたちばな亭」シリーズと、ユニークな妖怪時代小説を発表してきた澤見彰の新作であります。

 主人公は会津の脱藩浪人・楠岡平馬(この名前に、おっと思われた方もいるかもしれませんがそれは後述)。剣の腕はかなりのもの、人柄も穏やかなまず好青年ですが、どうにもしゃっきりとしないため、「ふやけ浪人」などと呼ばれてしまう人物であります。
 この平馬、故あって脱藩して早々、心細げな女性と出くわして一緒に旅をと思いきや、早々に振られた上に財布をすられ、一文無しになった上に、女と駆け落ちして脱藩したなどというまことに不名誉な噂まで立てられてしまうのですが…そんな彼がやっとの思いで辿り着いたのは、甲州街道最初の宿場・内藤新宿。

 そこで行き倒れ寸前の勢いの彼が出くわしたのは、地獄の閻魔様の使い、百年生きたと称する大モグラ・ムグラ様。次から次へと襲いかかる異常事態ににダウンした彼は、このムグラ様が守るボロ旅籠・土龍屋に担ぎ込まれるのですが…

 という導入部の本作は、「新宿夜鳥唄」「忍夜鯉曲者」「子刻訪問人」の三つの短編(と次巻の引き的掌編)で構成される連作短編的構造ですが、とにかく、舞台となる内藤新宿がユニークなのであります。

 なにしろ、ムグラ様だけでなく、人語を解して立って歩く白犬の渡世人(?)をはじめとして、内藤新宿を、そして土龍屋を訪れる客は、人外の存在ばかり。
 内藤新宿の人々も、こうした連中を認識しつつも、必死に目を逸らしつつ日常を送っている姿がまた可笑しいのですが、人間側の代表とも言えるお熊も(本人は菩薩のように美しい心の持ち主ではあるのですが)今にも崩れ落ちそうな土龍屋こそ落ち着くという奇っ怪な美的感覚の持ち主で…

 そんな妖怪変人ばかりの魔界宿場新宿で、用心棒として悪戦苦闘する平馬の姿は、彼がごく常識的な人間であるだけに、また可笑しくも健気で、思わず応援したくなるような、ちょっと可愛らしい情けなさなのです。

 と、述べれば、本作はちょっとユルめの人情コメディにも見えるかもしれません。しかしながら、本作で描かれるのは、実は意外にもかなりシビアな物語の数々であります。
 例えば第一話で語られるお熊の身の上は、父の後添えに虐待された末に家と財産を奪われ、父が憤死した後に一人で土龍屋を切り盛りしているというもの。妖怪に対して見て見ぬふりを決め込む内藤新宿の人々は、人間の残酷さに対しても見て見ぬふり、頼りになるのはただムグラ様と平馬のみ――

 他のエピソードにおいても、ユーモラスな物語展開の裏側に描かれるのは、人間の暗い部分、歪んだ部分。人間が一番恐ろしい、というのは陳腐に過ぎるかもしれませんが、しかし妖怪変化の存在に寄りかかることなく、いや妖怪変化が存在するからこそ、人間のこうした陰の部分がよりクローズアップされるのであり、それが、単に面白おかしい妖怪ものに留まらないドラマとして、本作を成立させているのでありましょう。

 しかし人間に陰の部分があったとしても、陽の部分ももちろん存在します。お人好しで気が弱くて惚れっぽい、しかしそれでも弱き者のために剣を振るうことができる男――そんな平馬がいるからこそ、本作の後味は、爽快なものとして感じられます。


 そしてこの平馬は、作者のファンにとっては懐かしい人物でもあります。
 実は冒頭で挙げた「奥羽草紙」シリーズの主人公も、会津浪人・楠岡平馬。そちらと本作の設定を見比べるに、おそらくは同名の別人…というか一種スターシステム的なものではないかと思います。

 しかし、そちらでも人間の陽の部分を代表していた平馬がこういう形でも再登場したというのは、意味があることでしょう。
 平馬にとっては災難かもしれませんが、しかし彼にこうして再会できたのは、何とも喜ばしいことに感じられるのです(そして平馬にとっては恩人であり恐ろしい先輩でもある鬼官こと佐川官兵衛がこちらにも登場するのがまた嬉しかったり…)。

 ここから再び始まる平馬の迷走…あ、いや、活躍に期待している次第です。

「もぐら屋化物語 用心棒は迷走中」(沢見彰 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
もぐら屋化物語~用心棒は迷走中~ (廣済堂文庫)

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2013.03.28

「浣花洗剣録」第24集 迷走する青年の想いと正邪の対立

 まだまだ続く若者たちの受難劇。「浣花洗剣録」。呼延大臧はようやく毒を抜くことができたようですが、まだまだ二人の主人公、二つのカップルは悩み多き状態が続きます。

 侯風と白水聖母の治療によりようやく復活した大臧…の出番は今回なく、メインとなるのはその大臧に、蠱毒に操られるままに深手を与えた珠児と、彼女を気遣うもう一人の主人公・方宝玉であります。
 前回、半ば無理やりに宝玉によって蠱毒の解毒薬を飲まされたことで、蠱毒がかなりの部分消えたかに見える珠児。しかしそれはすなわち、彼女の中から大臧の記憶が消えたということ。今は宝玉のことは記憶に残っているようですが、本当に毒を消すには全ての記憶を消さなければいけないようで、まだまだ珠児の苦しみは続くようです。

 そんな幼なじみの苦しみに心を痛める宝玉は、自分の力のなさを痛感。そんな宝玉に対し金祖揚は、すでに武林有数の遣い手となったお前は、大侠として江湖の民のために働け、と諭すのですが…色々と唐突感のある金祖揚の言葉でありますが、しかし改めて気付かされるのは、宝玉があくまでも促成栽培の武芸者であることであります。

 考えてみれば物語開始時点では、彼は武術をわずかにかじっただけのただのお坊ちゃん。それが突然に祖父を殺され、武林の勢力争いの中に放り込まれ、そして突然に武林有数の武功を体得し…生まれながらに武芸者に育てられ、武術とともに武芸者としての覚悟を育ててきた大臧に比べれば、全てが余りにも急であり、いわば常人と武芸者の間で揺れ動いている状態。
もっとも、大臧の方も覚悟が決まり過ぎなのが周囲に無用の争いを生んでいるわけで、二人の主人公それぞれが、人間として、武芸者として欠落した部分を抱えているのが、本作ならではの面白さでありましょう。

 ついでに書けば、面白いと言えば、本作において密かに物語の方向性を指し示す役にある金祖揚が、酔っぱらいの老人という設定にも感心させられます。その知識量といい頭の回転の早さといい、いきなり伝説の奥義書を持ち出すことといい…これが普通の人物であれば、物語の黒幕を疑ってもいいレベルですが、アル中の年寄りでは、ああ突拍子もなくこんな言動でも仕方ないなあ…と。
(しかし、宝玉に突っ込まれると自分は酔っ払いと逆切れするのはやはりタチが悪い…)

 閑話休題、宝玉が苦しむ一方で、もっと苦しいのは珠児の方。この苦しみに耐えかねた珠児は一人出奔、しかし心身衰弱している状態で行き倒れたところを、清風庵なる庵室の恵覚師太に救われます。
 普通であればこの方が凄い達人で解毒を! となるかと思いますが、これがまたすっとぼけた人物。門前で倒れた珠児を、勝手に助ければ責任問題になると悩んだり、珠児に出家したいと言われて、自分は出家して後悔しているので止めた方がいい、でも買い物とかしてもらえるし…と一人でまくしたてるコメディエンヌっぷりが実に愉快なのであります。
 何はともあれ師太の下に留まることとなった珠児は、一時の安らぎを得たようですが…

 一方白雲観では、彼女をそんな境遇に追いやった父・王巓がどさくさ紛れに武林の盟主となって得意顔。いよいよ白水宮討つべし! と気勢を上げていたところに、前回聖母に反旗を翻した火魔神が帰順を申し出て、大人物めかしてこれを受け入れます。
 が、そこに現れた侯風は、我が物顔に振る舞う王巓を非難、これまで散々問題としてきた掌門たちの死の真相を調べようともしない王巓の行動の矛盾を難詰します。

 売り言葉に買い言葉でついに直接拳を交える二人ですが、これは明らかに侯風の方が優位で――と、ここで上辺だけ大人風に取り繕って逃げる王巓がいかにもな情けなさ…しかし、さらに情けないのは、王巓にアジられれば気勢を上げ、火魔神が来れば殺せと騒ぎ、侯風に突っ込まれれば動揺する、武林のその他大勢の右往左往っぷりなのですが。

 と、そんな王巓の背後で糸を引く黒幕たる白三空は、これで邪派も壊滅、武林の力を削ぐことができると、絵に描いたようなもの凄い大喜びっぷり。しかしはしゃぐ三空を前に、盟主になって調子こいてる王巓は、それでは俺の立場がないとあからさまに不満顔を見せるのですが…ここでイラッときた三空が銚子を握りつぶしただけでビビって「じょ、冗談ですよやだなあ」的にごまかすのがまた…

 黒幕たちがそんなことをやっている一方で、侯風は火魔神の裏切りと、正派の白水宮攻撃が間近であることを白水宮に急報。本来であれば攻撃を遅らせるつもりが失敗しました、というのがまた侯風らしいですが、彼とて白水宮に味方するというよりは、聖母の養女となった奔月を守るのが目的ではあります。
 そして侯風が奔月を連れて行くことを許した聖母。木郎神君も脱塵郡主も援軍を連れてくるとのことですが、しかし…というところで以下次回。


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2013.03.27

「時迷宮 ヨコハマ居留地五十八番地」 横浜という世界の変遷に

 横浜居留地で西洋骨董店「時韻堂」を営む深川芭介。彼にしばしば出所不明の品物の鑑定を依頼していたカンカン虫の貫太郎が、何者かに殺された。折しも、幕末の横浜で父がなくした家宝のロザリオを探すリュドヴィエール伯爵が来日。時を隔てた二つの事件は、芭介の前で意外な形で交錯する。

 明治の横浜を舞台としたライトミステリにして一種の綺譚とも言うべき作品であります。

 探偵役を務めるのは、横浜の外国人居留地で骨董品店を営む謎の男、深川芭介。見かけは外国人風の顔立ちの美形で、若く見えるけれどもどこか達観したような風貌、商売熱心というようにも見えないけれども、それなりに仕事もこなしている、なんともとらえどころのない人物なのです。

 そして彼の相棒的立ち位置なのが、横浜税関職員の高澤輝之丞です。
 現代では税関職員というとどうも窓口業務が真っ先に浮かんでしまいますが、しかしまだまだ外国との繋がりが限られていた明治のこの頃の税関職員は、ある種外交官的なエリート。彼自身も各国語に通じ、洋装の似合う美丈夫でありますが、しかし性格的には明るくざっくばらんな好漢であります。

 そんな、境遇も仕事も全く異なる、しかし横浜で生きるという接点を持つ二人の青年が挑むことになるのは、貫太郎というカンカン虫(船の底にこびり付いた貝などをそぎ落とす労働者)の死。
 これまで幾度となく芭介の店に現れ、出所の怪しい――要は盗品のように思われる――品物の鑑定を依頼していた貫太郎が、仕事場であるドックの足場から落ちて死んだのであります。

 折しも、輝之丞が、積み荷が盗まれた事件の捜査をその荷主の貿易商から(警察相手ではなく何故か税関宛で)依頼されたことから、芭介はその事件と貫太郎の死の関係を疑い、調べ始めるのですが――事件は思わぬ方向に転がり始めます。

 貫太郎が日頃口すさんでいたという謎の文句と、彼が親しくしていた物書きの男。幕末に横浜を訪れた父がなくした家宝のロザリオを探しに来たフランスの青年貴族。プランシェット(西洋降霊術)に現れた「ゆい」の二文字。おゆいという名のヒロインとロザリオが登場する新派の舞台。貿易商の自邸で目撃される幽霊。
 これら一見全く関係ない数々の出来事が結びついた末に幕末の混乱の中に消えた一人の少女の想いが浮かび上がるのです。

 そしてもう一つ、事件の中に浮かび上がるもの――それは、物語の舞台となる、横浜という土地の変遷であります。
 開港前はごくごく平凡な田舎の村に過ぎなかったものが、突然に異国への窓口となり、さらにはこの国の中に生まれた、小さな異国のような世界へ…そしていま、我々が目にするそれと変わるまでに、横浜が辿ってきた変遷を、本作は文化風俗の変化のみならず、人の心の変化をも通じて、描き出すのです。

 ちなみに、作中に登場する新派劇の題材となっている「豚屋火事」は、開港間もない関内を焼き尽くし、その後の横浜を形作る契機の一つともなったもの。この現実の事件と、作中の事件が結びついて一つの劇(物語)が生まれるというのは、なかなかに象徴的に感じられます。


 このように主人公が挑む事件を通じて、横浜という世界の変遷と、その中で翻弄される人々の姿を浮き彫りにした本作ですが、不満点がないわけではありません。
 一つには、この変遷を描くために、物語の本編(に当たると思われる部分)に入るまでが少々長く感じられること。

 もう一つが――こちらの方が私にとってはより大きく感じられるのですが――事件を構成する様々の要素が、あまりに都合良く関連付いて展開していくことであります。
 これは作中でも語られているように、一種の偶然の連鎖であり、そして物語の内容を考えれば、因果因縁とも言うべきものではあるのですが、それであれば、その面をより強調しても良かったのではないか、と感じるのです(もっとも、その辺りはプランシェットのくだりに現れているとも言えるのですが)。

 とはいえ、これらの点を差し引いたとしても、なお舞台もキャラクターも魅力的に感じられる本作。シリーズ化されているとのことですので、続編も近々読んでみたいと考えているところです。

「時迷宮 ヨコハマ居留地五十八番地」(篠原美季 講談社X文庫ホワイトハート) Amazon
時迷宮 ~ヨコハマ居留地五十八番地~ (講談社X文庫―ホワイトハート)

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2013.03.26

「邪神帝国」 虚構から現実へ侵攻する悪夢

 実に十数年ぶりに復活した朝松健の連作短編集「邪神帝国」。ナチスドイツにクトゥルー神話を絡めた七つの作品からなる本書を、この再刊を機に読み直しましたが、今なお全く古びない、そして今なお新しくあり続ける、いや現在のものであり続けることに驚かされます。

 およそナチスドイツほど、フィクションの世界の――それもオカルト・SF風味の――悪役として、様々な活躍(?)を見せた集団はないでしょう。
 吸血鬼、狼男、聖槍、空中戦艦、クローン人間などなど…にもかかわらず、クトゥルー神話の邪神・怪物たちとの繋がりは、少なくとも我が国においてはコロンブスの卵的に感じられます。この取り合わせの妙は、まさに我が国におけるクトゥルー神話紹介の第一人者たる作者ならでは、と言うべきでしょうか。

 さて、本書に収録されているのは、以下の七編であります。
 現代を舞台に、ある青年の自分の前世を探る儀式魔術が悪夢を生み出す「“伍長”の自画像」
 強大な魔力を秘めた奇怪な仮面を巡り、突撃隊と親衛隊、さらに魔術師の三つ巴の戦いに巻き込まれた日本人スパイの姿を描く「ヨス=トラゴンの仮面」
 南極大陸に存在するという楽園を求めて派遣されたドイツ軍人たちが、かつてミスカトニック大学の探検隊が遭遇した怪物たちと激突する「狂気大陸 」
 ロンドンの闇を騒がす切り裂きジャックと対決することとなった若き魔術師カップルの姿と、ジャックの凶行の驚くべき目的を描く「1889年4月20日」
 トランシルバニアの寒村に駐屯したドイツ軍とD伯爵夫人の出会いが過去の悪夢を甦らせる「夜の子の宴」
 ドイツ降伏後、謎の怪人「伝説」氏を乗せて南米に向かうUボートと、それを追う巨大な海魔の激突「ギガントマキア1945」
 狂気の異界と化していくベルリンを舞台に展開するロンメルらドイツ軍によるヒトラー暗殺計画の顛末を描く「怒りの日」

 「“伍長”の自画像」と「怒りの日」以外は、「SFマガジン」誌各号の特集テーマに合わせて発表されたものと記憶していますが、しかし作者がお題に合わせた作品を、水準以上のものに仕上げてくる職人芸的な技の持ち主であることは、「異形コレクション」読者ならよくご存じのはず。
 本書においてもそれは健在であり、むしろナチスドイツ&クトゥルーという核を持ちながらも、バラエティに富んだ作品集となった印象があります。


 それにしても、本作を再読して改めて感じるのは、クトゥルー神話と伝奇の相性の良さであります。一口にクトゥルー神話と言っても、もちろんそのスタイルは様々ではありますが、その元祖とも言うべき「クトゥルーの呼び声」等、ラヴクラフト作品においては、新聞記事や日記等の現実の記録(と見紛う記述)を引用した作品が存在します。

 その現実によって虚構を描く、虚実の皮膜をリアリズムで以て貫いてみせるというスタイルはまさに伝奇小説のそれでありますが、本書においては、それをさらに突き進め、先鋭化したものと申せましょう。
 確たる史実――その中には「事実は小説より奇なり」を地でいくようなものも少なくありませんが――を背景とすることにより、ここにナチスドイツという現実の存在と、クトゥルーという虚構の存在が強く強く結びつき、伝奇ものとしてのクトゥルーの側面が最大限に強調されることと同時に、一種逆説的なリアリティを獲得しているやに感じられるのであります。


 …が、伝奇ものとして、クトゥルー神話として優れていればいるほど、本書には別の意味の恐怖が待ち構えているようにも感じられるのであります。
 ナチスドイツという、恐らくは人類史上稀有の規模の狂気――それが、異次元の邪神の手によるものであれば良かった。しかし本書で描かれるのはむしろ逆の姿…ナチスドイツの狂気は、あくまでも人間が自分自身で生み出したものであり、邪神たちは「利用」されている(もちろんそれなりのしっぺ返しはあるのですが)のではありますまいか。

 だとすれば、本書で描かれた恐怖と狂気は、人外の存在によるもののようでいて、あくまでも人間が生み出したものなのでしょう。「ナチは私たち自身のように人間である」とアレントが説いた通りに。

 本書で描かれてきたナチスドイツがあくまでもフィクションの悪役に留まり続けるように、暗鬱な過去が絶望的な未来に、いや現在に繋がらぬように、悪夢が虚構の存在であり続けるようにせめて本書の中で封印されていて欲しい――などと、本書がいまこの時に復刊されたことにある種運命的なものを感じるのは、それこそオカルトチックな感傷に過ぎませんが…

「邪神帝国」(朝松健 創土社The Cthulhu Mythos Files) Amazon
邪神帝国 (The Cthulhu Mythos Files3)

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2013.03.25

「太平天国の邪神」 天京を覆う影

 太平天国に友人のリンドレーともに軍事顧問として参加した元イギリス軍人の「おれ」は、太平天国の首都・天京(南京)で奇怪な蛙顔の者たちが跳梁するのをはじめ、奇怪な事件が続発していることを知る。太平天国と清国の戦いが激化する中、「おれ」が知った太平天国の、洪秀全の真実とは…

 最近は日本人作家によるクトゥルー神話作品も全く珍しくなくなりましたが、本作はまだまだそれが数少なかった1987年に、「太平天国殺人事件」のタイトルで別冊幻想文学「クトゥルー倶楽部」に掲載された極めてユニークな神話作品であります。

 何しろ舞台となるのは、19世紀中頃に清国で起きた太平天国の乱。キリスト教をベースとした宗教組織・拝上帝会を設立した洪秀全がこの教団を母体に起こした反清運動が中国各地に飛び火し、一時期は20万人以上の大軍を背景に南京を占領して大陸を二分した、一大反乱であります。

 本作の主人公にして語り手は、この太平天国に軍事顧問の肩書きで参加した元イギリス軍人のL氏――英名を無理矢理訳せば<愛の技巧>なる奇妙な名前の人物であります。
 後に太平天国史を残すことになる友人のオーガスタス・リンドレーとともに太平天国に参加し、太平天国の軍事指導者のトップである忠王・李秀成の娘婿となった彼は、太平天国での地位を安泰なものとしたかに見えたのですが――

 しかしL氏は、やがて太平天国と、その首都・天京(南京)を覆う奇怪な影の存在を知ることとなります。
 洪秀全が探す「屍条書」なる書物。住人が姿を消した屋敷の地下室に残された「拝窟髑戮会」の文字。何者かの強力な力により無残な肉片に変えられた女子供たち。そして、リンドレーのフィアンセを攫い、天京の闇に跳梁する蛙のような面構えの人間たち…

 そして南京陥落の地獄絵図の中で、L氏はそれをさらに上回る地獄の姿を知ることになるのであります。


 一見本作の趣向は、クトゥルー神話ファンであれば、一目瞭然のように思えるかもしれません。神話作品ではお馴染みのあの存在が、あのアイテムが登場したとなれば、これはこうなってあれはああなるだろうなどと…
 しかしそれは半分正しく、半分間違っております。
 何となれば、本作のラストで明かされる洪秀全の、太平天国の正体は、こちらの予想を超えた皮肉さと、そしてそれと表裏一体の救いのない恐怖を備えたものなのですから――

 正直なところ、この結末には山田正紀の「銀の弾丸」の影響を感じないでもありません。しかし神話作品としての基本的な枠組みは守りつつも、そこに従来のそれを超えた概念を提示し、ある意味東洋でクトゥルー神話を描く――すなわち、あの神が東洋に登場する――一定の必然性を描いてみせたのは、これはもう一種の離れ業としか言いようがありません。
(ただし、要素が盛りだくさんすぎて、物語の印象がいささか慌ただしいものとなっているのは否めませんが…)

 私は初出時に読んでいたので、本作の作者が何者であったのか、しばらく存じ上げませんでしたが、今のペンネームを知ってみれば、なるほど、この作家ならば! と納得&感心。 現在活躍されているジャンルとは異なりますが、題材の料理の仕方などを見るに、栴檀は双葉より芳し、と言うべきでありましょうか。
 作者が伝奇ホラー専業となっていれば…と悔やむのは、これは作者にとってはありがた迷惑かとは思いますが。

「太平天国の邪神」(芦辺拓 実業之日本社「迷宮パノラマ館」所収) Amazon
迷宮パノラマ館

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2013.03.24

「浣花洗剣録」第23集 猛毒に苦しむカップルのゆくえ

 さて、実に久々の「浣花洗剣録」。武林大会が大波乱(というかうやむや)のうちに終わった後、運命の悪意とも言うべきものにより大いに振り回された主人公たちの姿が、引き続き描かれることとなります。

 と、冒頭で描かれるのは、前回のラストからの引きで、白水聖母と、彼女から腕尽くで解毒剤を得ようとした火魔神の対峙であります。当然ながら火魔神の要求を拒否した聖母に対し、奔月を人質に取ってでも解毒剤を手に入れようとした火魔神ですが…そこに木郎神君と脱塵郡主が登場。あっさりと火魔神は捨て台詞とともに退却するのでした。

 さて、前回、聖母がちらつかせた白艶燭ゆかりの瓶に引かれて呼延大臧の治療にやって来た紫衣侯・侯風ですが、彼の見立てでは、大臧を刺した刀に塗られた毒は、吐蕃由来のものとのこと(この辺は、まあ南蛮渡りの○○みたいなものでしょう)。これを解毒するには、大臧の穴道を塞いだ上で、赤煉蛇なるものを彼の体内に入れて毒を吸い取らせるしかないというのですが…
 しかし三日後にこの蛇を外に出せなければ、逆に体中に毒をまき散らすという大変な代物。侯風は、大臧の気力体力であれば大丈夫だろうと語りますが、この人の言葉は今ひとつ不安であります。

 何と言っても、20年愛を捧げる白艶燭――そもそも彼女に会わせるという約束で大臧の治療に当たったわけですが――が、ちょっとメイクしただけで目の前にいるのに気付かないのですから!
 結局、今回も「お前の言葉は彼女に伝えておく」的なアバウトな聖女のあしらいに納得して去っていく侯風は抜けているのかいい人なのか…

 閑話休題、大臧をこんな目に遭わせた、そして彼以上に苦しんでいる珠児の方はといえば、方宝玉に連れられて白雲観の父・王巓のもとに戻るはずが、途中でこれを拒否。愛する人間に対して殺意の刃を振るってしまうという、ゲッスい毒を盛るような父に会いたくないというのは、これはごもっともではありますが、しかし王巓に会わなければこの蠱毒は抜けず…
 と思いきや、ここで偶然宝玉の前に現れたのは金祖揚。例によって酔っぱらっていますが、何と蠱毒の解毒法を知る人物に心当たりがあるというではありませんか(それにしてもこの人、毎回鋭い推理を働かせたり、もの凄いアイテムを取り出したり、タイミング良く居合わせたりと、真の黒幕と言われても納得してしまいそうな活躍ぶりですな…)

 さて、その人物はといえば、古龍世界では武林の武器ランキングたる兵器譜を記した著名人。なるほど、この人物であれば蠱毒の知識もあるでしょう…というか、本作は百暁生が存命の時代の話なのですね。
 そして自慢しいしい百暁生の住処に宝玉と珠児を案内する金祖揚ですが、そこは「酒池肉林」なる凄い名前の土地…と、ここは以前、金祖揚が住んでいると言っていた場所ではありませんか。
 そして屋敷の中に入っていってただ一人、御簾の中で百暁生から蠱毒の情報を得る金祖揚ですが、ここで百暁生が声だけで顔が見えないのが面白い。私は顔を見せないことで百暁生の神秘性と言うべきものをアピール(&キャスティングを省略)する演出かと思いましたが、金祖揚の一人芝居にも見えなくもない…というのはさすがに疑いすぎですか。

 閑話休題、百暁生から解毒剤のことを聞くことができたものの、その効果は珠児自身の記憶を消してしまうもの。なるほど、スイッチが解除できないのであれば、その条件付けをリセットすればよいというのは道理ですが、もちろんそれは、珠児に大臧のことを忘れろということ(更に言えば、他にも色々と大事な記憶がリセットされて大きな赤ん坊になりそうですごくコワイ)。もっとも、解毒しなければしないで、蠱毒により彼女の命はあと49日らしいのですが…

 大臧を忘れるくらいならこのまま死んだ方がマシと拒否する珠児に対し、宝玉は、珠児が死ねば大臧が苦しむ、きっと大臧もこうするだろう、と珠児に点穴して動きを封じた上で、解毒薬を飲ませるのでした。

 さて、そうこうしているうちに三日後、大臧の皮膚の下では、思わず聖母も焦るくらいの勢いで蛇が暴れ始め…しかし無事に口から脱出。ひとまず生命の危機は脱した大臧ですが、しかし内力が枯渇しかけていたのか(というより蓬莱で剣術をやっていた彼にも内功があったのか)、内力治療を行った聖母は、大臧と彼女の内力の性格が正反対だったため、大きな内傷を負ってしまうのでした。

 赤の他人のはずの自分に対し、そこまで親身になってくれた聖母に、さすがの大臧も感動。恩返しのために何でもするという彼に対し、「ん? 今何でもするって言ったよね?」と、聖母は霍飛騰とののろけ話を始めるのでした…この人何言ってんだ、的な大臧の表情で、次回に続きます。


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2013.03.23

「アダンダイ 妖怪絵師録花錦絵」第2巻 もう一人の妖怪絵師、その名は…

 三浦屋八右衛門=若き日の葛飾北斎が、大妖怪・白澤とともに百物語を描くために繰り広げる冒険を描く「アダンダイ 妖怪絵師録花錦絵」の第2巻にして最終巻であります。
 妖怪を求めて旅する八右衛門の前に現れた、もう一人の妖怪絵師とは…

 弟子のお沢とともに諸国を放浪し、奇怪な噂の立つところに現れては、首を突っ込む傲岸不遜な男・八右衛門。彼の目的は、事件の背後に潜む妖怪たちと対面し、その姿を自らの手で描くことにあります。
 実は、普段こきつかっているお沢の中に眠るのは、全ての妖怪に精通するという中国の神獣・白澤。人々の間から妖怪たちの記憶が薄れ、忘れ去られていく――すなわち、存在が消えていくことを憂いた白澤は、天才絵師たる八右衛門に目をつけ、彼の画の中に、妖怪たちの存在を留めようとしたのです。

 この世のものならぬ妖怪を描き、己の名を天下に響かせたい八右衛門と、妖怪たちの姿を、存在を後世に残したい白澤。二人(?)の利害が一致して、百物語を描くための旅が始まったのですが――

 この第2巻で描かれるのは、その八右衛門と白澤の出会い、そして、百物語を描こうとするもう一人の妖怪絵師との対決であります。
 かつて勝川春章の門下に学びながらその下を飛び出し、町中で道行く人々を写生することで腕を磨いていた八右衛門。そんなある日、どうしても満足のいく画が描けない少女が、彼の前に現れます。
 絵師として、物事の本質を、人間の魂をも見抜く力を持つ八右衛門の目。その彼をして、魂の在処がわからない少女との出会いをきっかけに、彼は妖怪の存在を知り、百物語を描くために旅立つのですが――しかしその前に、百物語を描かんとするもう一組の妖怪と絵師が出現します。

 百物語の依頼者とも言うべき僧形の男――その正体はやはり神獣の獏。そして八右衛門も驚くほどの腕で百物語を描く女絵師。その名は東洲斎写楽!
 いやはや、まさかここで写楽が登場するとは…

 なるほど、写楽と北斎の活動時期はほぼ重なる――というより、写楽北斎説もあったくらいで――わけで、この対面は決してあり得ないことではありません。
 その絵師としての腕についても言うまでもありませんが、やはりここで写楽が選ばれたのは、未だにその正体には謎が多いゆえでありましょう。

 などと考えるまでもなく、北斎と写楽が妖怪画で対決というのは面白い(もっとも、ネームバリューこそあるものの、写楽の妖怪画というのはぴんとこない、というのは正直ありますが…)
 八右衛門も知らなかった白澤の真意も明かされ、絵師と絵師、絵師と妖怪、妖怪と妖怪の思惑が絡み合ったクライマックスは、それなりに盛り上がるところであります。


 …ただし、やはり残念なのは、そのクライマックスに至るまでの物語が――必要最小限なものは描かれているものの――やはり短すぎることでありましょう。
 もう一人の妖怪絵師との実力と、彼女との対決。北斎と写楽の方向性の違い。八右衛門と白澤のすれ違い。そしてその間に立つ妖怪たち…
 せめてあと一巻あれば、この辺りを掘り下げて物語を盛り上げることができたのでは、というのは、今さら言っても仕方ないことでしょう。

 しかしながら、北斎の百物語という魅力的なアイテム、そして妖怪たちのノアの方舟とも言うべき百物語の存在など、面白いアイディアはあっただけに、完全燃焼といかなかったのが残念に感じられるのです。


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2013.03.22

「水滸百八」更新

 「水滸伝」及びそのリライト・関連作品等に登場する百八星のデータ等を解説したデータベース「水滸百八」を更新いたしました。
 前回更新から一年近く空いてしまいましたが、4月からのCSでの「水滸伝」放送には間に合いました。
 今回データを追加したのは、各好漢の原典における活躍の解説(これまではwikipediaへのリンクでお茶を濁しておりましたがようやく掲載できました)と、小説から「新・水滸伝」(水滸新伝)と「楊令伝」、漫画から沼田清&久保田千太郎版「水滸伝」、ゲームから「幻想水滸伝 紡がれし百年の時」からデータを追加しました。また、その他欄では、「説岳全伝」や秋梨惟喬の「もろこし銀侠伝」「巫蠱記」「斬首録」に登場した好漢について触れています。
 おそらくはあと一回の更新で、扱うべき作品はほぼカバーできるのではないか…と思いますので、今後ともおつきあいいただければと思います。

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2013.03.21

「妾屋昼兵衛女帳面 4 女城暗闘」 戦う舞台は女の城!?

 将軍家斉が最も寵愛する内証の方が御褥辞退を申し出た。その真の理由が、何者かに家斉の子・竹千代を殺されたことにあると知った家斉は激怒、側近の林出羽守は大奥探索のための女の用意を昼兵衛に厳命する。やむなく八重を送り込む昼兵衛だが、潜入早々、八重は数々の敵の罠に直面することに…

 依頼に応じて客に妾を世話する「妾屋」を主人公に展開する上田秀人の異色のシリーズ「妾屋昼兵衛女始末」シリーズの最新巻が発売されました。
 これまで幾度か作中に登場してきた江戸城内の情勢がついに前面に押し出され、意外な人物が主役となって孤独な戦いが繰り広げられていくこととなります。

 事の起こりは、時の将軍家斉の最愛の側室である内証の方が、御褥辞退――家斉の寝所に侍ることを辞退し、側室たることから引退――する旨を願い出たこと。突然の申し出の背後に、夭折した自らの長男・竹千代と二女が大奥で何者かに殺され、さらに三女もまた狙われていることにあると知った家斉は当然ながら激怒し、自らの寵臣たる林出羽守に、獅子身中の虫の炙り出しを命じます。

 しかしながら、大奥は江戸城中にあって唯一将軍の権威が及ばぬ場所。通常男が足を踏み入れることも叶わぬ場所とあっては、探索のための手の者を送り込むこともできません。(作者の別シリーズ「御広敷用人大奥記録」は、まさにこれを物語の焦点とした作品であります)
 …そして、まさにそのためにこそ、ここで事態は妾屋と接点を持つこととになります。すなわち、かねてから昼兵衛の稼業と手腕に目をつけていた林出羽守が、昼兵衛に大奥に送り込む女を差し出すよう命じたのであります。

 市井の無頼や金持ちはおろか、並みの大名クラスであれば一歩も引かずに渡り合う昼兵衛も、さすがに将軍の寵臣…すなわち幕府の権力そのものを敵に回しては相手が悪い。
 そこで昼兵衛が選んだのは、シリーズ第1作「側室顛末」で、弟の立身のために伊達家の側室となった浪人の娘・八重。伊達家の事件以降は長屋で静かに暮らしていた彼女が、再び物語の中心に立つことになるのであります。

 正直なところ、この八重というキャラクターについては、昼兵衛と並ぶメインキャラクターである浪人剣士――というより、彼が浪人することとなった理由が八重を巡る騒動なのですが――大月新左衛門の相手役といったレベルでのみ物語に関わるものだと思い込んでいましたが、いやはや、全く以て読みが甘かった。
 なるほど、浪人とはいえ武家の娘として生まれ、一時は大藩の側室であった彼女であれば、礼儀作法は申し分なし。何よりも頭の回転が早く、そしてかつて自らの命が狙われる修羅場をくぐったことで、度胸もある。これまで男性ばかりだった上田作品の主人公(クラスのキャラ)として、うってつけであります。

 かくて、本作の後半では、彼女が物語の中心となって、大奥の闇に挑んでいくこととなります。
 しかしそれは、昼兵衛や新左衛門の出番がなくなったということでは、もちろんありません。女の城である大奥は、同時に一度入ってしまえば容易に表には出られぬ檻のような場所。そして敵は大奥にいるとは限らず、むしろ外の世界から糸を引いているやもしれないのですから…

 以前からその傾向はあったのですが、本シリーズは、昼兵衛をタイトルロールとしつつも、彼の周囲に集まる様々なプロフェッショナル――八重や新左衛門のほか、同じく用心棒の山形将左、瓦版屋の海老、飛脚の和津といった面々――活躍を描く一種のチームものとしての側面を感じます。
 特に本作においては、江戸城の内と外に舞台がはっきりと分かれたことによりその印象が強いのですが、八重が孤軍奮闘を強いられるだけに、彼女をバックアップするプロフェッショナルたちの姿が実に頼もしく感じられます。


 シリーズでは初めて、次巻に引くこととなった本作。黒幕らしき存在の姿が見えてきたところで大いに気になるところですが、女性を人とも思わぬ非道の輩に、そして他者を道具としか扱わぬ林出羽守にも、昼兵衛たちが痛快に逆襲することを、期待したいと思います。


「妾屋昼兵衛女帳面 4 女城暗闘」(上田秀人 幻冬舎時代小説文庫) Amazon
妾屋昼兵衛女帳面四 女城暗闘 (幻冬舎時代小説文庫)


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2013.03.20

「漆黒泉」 人の心の中の黒き泉

 並みの男よりも背の高い娘・晏芳娥は、子供の頃に婚約し、嫁ぐ前に死んだ婚約者・王元澤が、実は毒殺されたことを知る。新法派の王安石の長男である婚約者を殺したのは、政敵の司馬公だと睨んだ芳娥は、それぞれに思惑を秘めた仲間たちと司馬公を襲撃するが、謎の漆黒泉を巡り、事態は意外な方向に…

 中国歴史ミステリの名手・森福都が、宋代を舞台に描くユニークな作品です。

 主人公となるのは、大商人の娘で、美形ながらもとんでもなく背が高く育ってしまった少女・晏芳娥。そのスタイルに相応しく(?)おてんば…というより荒くれに育った彼女が、婚約者の仇を討つため、都を訪れたのがこの物語の始まりであります。
 8歳の頃に新法派の中心人物・王安石の長男である王元澤に見初められた彼女は、それ以来彼に嫁ぐことを楽しみに生きてきたのですが、そのわずか数ヶ月後に彼は死亡。王安石の懐刀として彼が進めてきた新法による改革が、旧法派によって破棄されていくことを知った彼女は、その首魁・司馬公を討って、「夫」の無念を漱ごうというのです。

 しかし都で彼女が知ったのは、元澤が何者かに毒殺されたという事実。そして状況証拠を総合すれば、手を下したのはほかならぬ司馬公としか思えないではありませんか。
 当然ながら激怒した彼女は、やはり元澤と縁のあった者たちと共に、司馬公を付け狙うこととなります。

 元澤の若い頃と瓜二つだという軟弱者・文少游、政争に敗れて失脚しながらも返り咲きを狙う変人学者の奉元先生、都一の劇団の看板女優でかつて元澤とわりない仲だった狄月英、子供の頃に元澤に可愛がられ憧れていたという青年錬丹師・萬建弘――
 いずれも一癖も二癖もある面々が集い、ついに司馬公を捕らえることに成功するのですが…


 実は、ここまでで物語は全体の半分程度。むしろここから、真の物語が始まると言えるかもしれません。
 本当に元澤を殺したのは司馬公なのか。元澤と奉元先生が求める漆黒泉とは。元澤に対して、愛憎半ばする不可思議な態度を取る狄月英と萬建弘の真意は。そして元澤は、何を為そうとしていたのか…

 本作のタイトルである「漆黒泉」…それは、何処かにどこかにあるという、黒い燃える水(原油)が湧き出すという泉。しかしそれは同時に、元澤がかつて芳娥に語ったように、人の胸に湧くもの、人の心の中に黒々と蟠るものでもあります。

 そう、本作で芳娥の演じる冒険活劇と、元澤の死を巡る謎解きの中で浮き彫りとなるのは、元澤という人間の素顔であり、そして彼によってその運命を変えられてきた者たちの姿なのです。

 これまでも、歴史ミステリというスタイルを通じて、その時代を、その時代に生きる人々の姿を――時にユーモラスに、時にシビアで苦い味わいで描き出してきた森福都。
 新法派と旧法派の対立――宋代の社会・政治体制の一大変革を巡る路線対立を背景とする本作は、それが社会・政治というマクロな世界、個々人の情が差し挟まれることを拒絶する世界であるからこそ、それに翻弄される個々人の哀しみを感じさせます。

 そして、物語の中心にある元澤こそはその非情の世界の象徴であり――そして同時に彼もまた、その世界に、自分自身に翻弄される存在であることが、何とも皮肉であり、また哀しさを感じさせるのであります。

 しかし本作は、その悲喜劇を描くのみでは終わりません。元澤の死の謎を解くこと、それは同時に、登場人物それぞれが、元澤と己がどのように関わっていたのかを知ること…すなわち、世界の中での自分自身の在り方を、意味を知ることでもあるのです。


 人の心の中の黒き泉――それと向き合い、己自身を見つめるということには、痛みを伴うことは言うまでもありません。しかしそれでも、それを乗り越えた人々の姿には、自分自身を知り、取り戻したゆえの清々しさがあります。
 決して明るいばかりの物語ではないにも関わらず、爽やかな読後感が残るのは、まさにそのためなのだと…私はそう感じるのです。


「漆黒泉」(森福都 文春文庫) Amazon
漆黒泉 (文春文庫)

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2013.03.19

「戦都の陰陽師 迷宮城編」 二つのクライマックス、果心との決戦!

 松永久秀の多聞山城から霊剣・速秋津比売の剣を奪還した土御門光子と七人の伊賀忍び。しかし霊剣は果心居士の施した強力な蠱物に封印されていた。霊剣の封印を解き、この世を魔の世界に変えんとする果心居士を討つため、信貴山城に向かう光子たち。しかし城は奇怪な迷宮と化していた…

 戦国時代を舞台に、安倍晴明の血を引く陰陽師姫・土御門光子と彼女を守って戦う七人の伊賀忍びたちが、この世を蝕む奇怪な魔物たちと対決する「戦都の陰陽師」シリーズ。その第3弾にして、前作「騒乱ノ奈良編」の完結編とも言うべき内容となっています。

 松永久秀を操り、この世を魔の世界に変えようと目論む妖人・果心居士が魔界より呼び出した四人の大天狗により、土御門家から奪い取られる霊剣・速秋津比売の剣。
 唯一魔に対抗できる力である速秋津比売の剣を奪還するため、再び旅立った光子、そして疾風たち七人の伊賀忍びは、松永軍や大天狗、果心の妖術と激しい戦いを繰り広げつつも、ついに霊剣を奪還するのですが――
 しかし霊剣に仕掛けられていた強力な呪いにより光子の体は蝕まれ、霊剣も封印されたままに…

 というのが前作のあらすじ。果たして光子は自分と霊剣に仕掛けられた蠱物を祓うことができるのか、疾風と仲間たちは光子を助け、果心居士を討つことができるのか。
 前作同様、松永軍と筒井軍・三好軍が激突する戦場と化した奈良で、光子たちは強大な敵に、絶望的な戦いを挑むこととなります。 何しろ、果心が久秀の背後にいる以上、松永軍全体が光子たちの敵。それに加えて、大天狗はまだ二人が残り、奇怪な妖虫・三尸に取り憑かれ不死身の魔人たちと化した妖忍軍、戦場を蠢く魍魎たちもまた、彼女たちの前に立ち塞がるのですから…

 前作の感想で挙げましたが、前作の不満点は、クライマックスに至るまでがひたすら長く、盛り上がりに欠ける点でありました。
 本作はその点を、中盤と終盤に二つのクライマックスを設けることで解消しています。
 中盤は、霊剣とともに春日大社に身を寄せた光子たちと、松永軍、そして大天狗との激突を。そして終盤は、奇怪な迷宮城と化した信貴山城での果心との最終決戦を――この二つの山場の存在により、本作はシリーズ屈指の盛り上がりを見せることとなります。

 特に春日大社の戦いでは、これまで悩みつつも松永方についていた熱血児・柳生新次郎が、活人剣の在り方を求めて参戦。さらにさらに松永久秀、果心居士と言えばこの人(?)のあの剣聖も登場し、読んでいるこちらのテンションも否応なしに盛り上がります。
 もちろん信貴山城の戦いも負けてはいません。外では筒井・三好軍が信貴山城を攻める中、妖魔が蠢くダンジョンの中で繰り広げられる死闘の釣瓶打ちを十分に堪能させていただいたと思っていたら、最後の最後にとんでもない怪物が出現、作者の第一作たる「忍びの森」を連想させる一種のモンスターホラーとなるのですからもう…


 しかし、手を変え品を変え、陰陽術と妖術、忍術と忍術、忍術と妖術の激突を描いてきた本作はまた、同時にその背後に、人々を苦しめる――それこそ現代にまで続く――矛盾・不条理の存在と、そして何よりも、それを食い物にして肥え太るモノたちの姿をも同時に描き出します。

 たとえば、中盤の戦いの舞台となる春日大社――そこは、戦で焼け出された人々が最後に頼る無縁所、アジールであり、いわば戦国最後のセーフティーネットであります――に集う人々の姿を嬉々として戦いに巻き込み、犠牲にする魔の軍勢の姿。
 たとえば、この世を平和にするためと称して、人々から一切の意志を奪い、魔界の神の従順な供物とせんと嘯く果心居士の姿。

 それらに向けられる光子の怒りと哀しみは、言うまでもなく作者自身のそれでありましょう。それは確かに一種の青臭さではあり、厳しい言い方をすれば、シリーズを通じて鼻につく部分ではあるのですが、しかし本作ではそれを光子の成長、光子の抱く想い、そして何よりも彼女の見つけた希望を通じて、かなりの部分昇華しているやに感じられます。


 本作の結末ではっきりと述べられているように、この先の時代では、これまで以上に、人々は統治者により自由を、自らの意志を奪われ、狭い世界に押し込められていくこととなります。

 果たして本シリーズがこの先も続き、その時代を描くことになるのか――それはわかりません。しかし本作の結末を見れば、光子とと忍びたちは、そんな中でもなお、小さな、しかし消せない希望を見出してくれるように感じるのであります。


「戦都の陰陽師 迷宮城編」(武内涼 角川ホラー文庫) Amazon
戦都の陰陽師  迷宮城編 (角川ホラー文庫)


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2013.03.18

「忍剣花百姫伝 6 星影の結界」 悩める若者たちと見守る大人たちと

 古から地中に眠っていた天の磐船が復活、磐船が飛ぶ後からは、地獄の七口が次々と開き、死者と魔物の軍勢が溢れ出す。遂に魔王の真の復活の時が来たと知った捨て丸(花百姫)と忍剣士たちは肥前の地に向かうが、既にそこでは魔道の者たちが暗躍を始めていた。最後の五鬼の城に封印されたものとは…

 大河戦国ファンタジー「忍剣花百姫伝」の文庫化も、ついに残すところ本作を含めてあと二冊。すなわち本作はラスト一つ前――一般に最も盛り上がることが多い時期ですが、本作もそれに違わず、最初から最後まで怒濤の盛り上がりであります。

 展開の早さとキャラ・イベント・ガジェットの盛りっぷりでは、これまでもかなりのものがあった本シリーズですが、本作もこれまで同様、いや、これまで以上の充実ぶりであります。
 何しろ冒頭から、かつて天から落ちてきて幾つもの破片に分かれ、大地の底に埋もれたという超古代の空飛ぶ磐船が復活、各地から破片を集めて復活を続けつつ、一路肥前に向かって空を往くという展開。
 しかも、磐船の力は、かつて五鬼四天が封印した地獄の七口を次々と開き、そこからあふれ出た魔物たちが死体に取り憑き、巨大な軍勢となって溢れ出すという黙示録的光景が展開されるのですからたまりません。

 前の巻――50年後の未来での戦いで深傷を負った霧矢、そして緑の妖光を放つ魔王の燐光石のかけらを胸に受けた捨て丸=花百姫は、完全に癒えぬ体を押して立ち上がり、磐船を追い、魔の軍勢を滅ぼすために旅立つことになります。
 さらに、忍剣士たちを敵と嘯きながらも、魔王軍とも袂を分かった美剣士・美女丸、そして彼と複雑な因縁を持つ小太郎と鳴神もまた、決戦の地・肥前へ――

 五鬼最後の城・浮岩城で蠢く魔の者の狙い、戦国時代のテクノロジーでは作れるはずのない短銃、美女丸と因縁を持つ笛吹一族、未来からやって来た女妖忍…とにかく面白そうな、いや本当に面白いアイディアを満載して展開していく本作。
 正直な印象としては、磐船の登場にいささか唐突なものを感じないでもないのですが、そこから始まる怒濤の展開の前には、そんなことは小さい小さい。二転三転、いや四天くらいはするクライマックス、そして最終巻に直結するエピローグに至るまで、全くもって目の離せない一級のエンターテイメントであります。


 …しかし、本作の、本シリーズの優れた点は、時代ファンタジーとして面白いというだけではありません(もちろんそれは最も重要な点ではありますが)。
 その物語の中で、運命の荒波と自らの無力さに苦しみながらも懸命に未来に向かおうとする若者たちの姿と、そして彼らを時に見守り、時に支える大人たちの姿を丹念に描く点こそが、真に優れた点ではないかと、シリーズ全体のクライマックスに至り、今さらながらに感じさせられました

 呪いの燐光石により命をすり減らしながらも、愛する者――愛する霧矢のために自らの身を投げ出そうとする捨て丸。未だ忍剣士としての力に目覚めず、戦う力もない己に苦しみながらも、懸命に師の背中を追う醜草。戦いの中で己の記憶を失い、寄る辺を失いながらも剣を振るう天兵。
 そして、孤独な復讐鬼として戦い続けてきた中で、人間性と言うべきものが目覚め始めた美女丸…

 彼らの悩みは、もちろんこの物語の枠組み、物語あってのものであります。しかしその根源にあるものは、いつの時代も変わらぬ(いささかこの言葉を使うのは気恥ずかしいのですが)青春の悩みでありましょう。

 しかし彼らは孤独ではありません。霧矢が、夢候が、伊留加が、那扉鬼が、そして水魚が――若者たちを見つめ、慈しみ、扶ける姿は、時空を自在に超えることにより、時の流れで結ばれた人と人との繋がりを描く本シリーズならではの、先に往く者と後から来る者、継ぐ者たちの姿を、美しく描き出します。
 そしてそれは、本作が後から来る者たちのための物語――児童文学であることと、無縁ではありますまい。


 稀有壮大な時代ファンタジーを横糸に、時を超えた人と人との絆を縦糸に…美しく織りなされてきた「忍剣花百姫伝」も、残すところわずか一冊。
 物語が完結した時、そこに何が描き出されるのか――今はただ、その時を待ちましょう。


「忍剣花百姫伝 6 星影の結界」(越水利江子 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
忍剣花百姫伝(六) (ポプラ文庫ピュアフル)


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2013.03.17

「万八楼へようこそ」 大食会の表と裏、虚説と真実

 「裏宗家四代目服部半蔵花録」、そして「コミック乱ツインズ」誌では「つじうろ」シリーズを発表してきた、かねた丸の最新作が同誌に掲載されました。タイトルは「万八楼へようこそ」――大食会、お江戸の大食い大会を描いた作品であります。

 本作のタイトルにある万八楼とは、柳橋に実際に存在した同名の料理茶屋(今でいう料亭、割烹)をモデルにしたもの。主人の万屋八郎兵衛の名を略して店名とした、江戸の文人たちがしばしば使ったという名店であります。
 そしてこの万八楼が現代まで名を残す理由の一端こそが、大食会。かの滝沢馬琴の「兎園小説」をはじめとする随筆において、文化14年(1817年)に開催された大食会の模様が――信じられないような記録の数々が――詳細に語られているのです。

 本作は、この「万八楼」での大食会の模様が描居たもの。主人の「万八右衛門」が毎回趣向を凝らして開催するこの大会、今回の料理は――かけうどん。
 このかけうどんを半時の間に一番多く食べたものを勝者とし、勝者には金三両が与えられる(ただし20杯以下しか食べられなかった者は代金は自分持ち)という大会であります。

 さて、本作はこの大会を、二つの軸から描き出します。
 その一つは、この大会に隠れた趣向――というと大げさかもしれませんが、うどん大食いという一見単純な行為に隠された、一種のゲーム性。
 料理もシンプルであれば、ルールもシンプルなこの大会。しかしそれだからこそ、そこに仕掛けられた、主催者側の少々意地悪な趣向が際だつのであり――そしてそれが、下馬評通りにいかない大食会の展開に繋がっていくのが、なかなかに面白いのであります。
(そしてその趣向の解説役のキャラクターが、またありそうでなさそうなのも実に楽しい)

 そしてもう一つの軸が、大食会や食い道楽には縁も興味もなかった、一人の浪人の視点であります。
 しかし、見物している側にとっては面白くても、出場者の側はそれどころではないのが大食会。しかもそれが道楽でなく、自らの、いや一家の生活がかかっているとなればなおさらであります。
 本作では、そんな男の視点から、大食会というある意味不謹慎なイベントの存在を相対化して描くとともに――そこに人情ものとしての要素を加えることで、ドラマを盛り上げているのであります。

 大げさに言えば、この二つの軸から、大食会の表と裏を描き出す本作ですが、しかしそれが重くなりすぎず、カラッとした味わいとなっているのは、作者の作風ゆえでしょう。
 アクションものの印象の強い作者の作品ですが、しかし振り返ってみれば、作者の作品においては、アクション描写のみならず、コミカルなシーンなどで見られた、コロコロとよく変わるキャラクターの表情も魅力の一つ。
 その表情の豊かさが、本作では笑いに、そして泣かせに発揮されていると感じます。

 アクションもの好きとしては、本作はちょっと寂しくはあるのですが、作者の隠れた(?)魅力に気付かせてくれたのは喜ぶべきでしょう。


 …さて、冒頭で触れた、「兎園小説」における万八楼の大食会の記事ですが、実はこれは「虚説」、すなわちウソ、デマの類であるとみなされているとか(そもそも、件の記事では、うどんには言及されていなかったかと)。
 しかし、それを以て万八楼で大食会が開かれなかった、とは言うことができないのもまた事実。そしてもちろん、それをモデルとしたフィクションの価値が否定されることも。

 少なくとも、本作の中で描かれた万八楼の大食会と、そこに集った人々が魅力的であったことは、間違いなく「真実」であり、そしてここには、まだ語られていない「真実」もあるはず――それが今後も描かれることを、期待したいところです。

「万八楼へようこそ」(かねた丸 「コミック乱ツインズ」2013年4月号掲載)


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2013.03.16

「お江戸ねこぱんち」第六号 岐路に立つお江戸猫漫画誌?

 四ヶ月に一度刊行の「お江戸ねこぱんち」の発売時期がこの春も巡ってきました。今号は定価を100円下げる代わりに付録をオミットと、ちょっとした変化もありますが、さて作品の方はいかがでしょうか。

「猫暦」(ねこしみず美濃)
 剣術家の父と二人で暮らす少女・おえいが、異国からやって来た人語を喋る猫・ヤツメと出会ったことで、天文の道を志していく姿を描くシリーズの第三話であります。

 もう三話と言うべきか、まだ三話と言うべきか、丹念に丹念に物語を展開していく本作。今回もその印象は変わりませんが、内容の方は、おえいと武者修行に旅立つ父との別れという、一つの大きな転機を迎えることとなります。

 江戸に残るおえいが、自分の望む道に進めるよう、それぞれのやり方で奔走する父とヤツメ。二人(?)は、これまでもおえいと何度か出会ってきた――そしてヤツメの力で大人の姿となったおえいと出会った――司天台の男・勘解由。その甲斐あって彼の助手という名目で、おえいは勘解由の助手という居場所を得るのですが…

 父を想う子、子を想う父、その二人を見つめる勘解由とヤツメ――淡々と、しかし細やかに描かれる彼らのドラマは、父が自分に黙って旅立ったと知ったおえいが、望遠鏡を手にする場面でクライマックスを迎えます。
 その望遠鏡を向ける先が指し示すもの…それは過去でもなく現在でもなく、未来――そんな彼女の決意がほろ苦くも美しく浮き彫りにされるラストシーンが、強く強く印象に残ります。

 ちなみに勘解由の姓は今回初めて登場したような気がしますが、やはりあの人物のようで納得です。


「猫絵十兵衛御伽草紙外伝 ニタ峠水虎の巻」(永尾まる)
 毎度お馴染みの「猫絵十兵衛」、「お江戸ねこぱんち」では外伝と題して、本編とは少し違った角度の物語を描かれるのですが、今回の主役となるのは、かつてニタが猫仙人を務めていたニタ峠の猫たち、なかんずく後任の猫又・清白であります。

 ニタ峠のある下島に済む水虎(河童の一種と思えばよいでしょう)に尻尾を取られ、ただの猫になってしまった福助。かつて十兵衛とニタが出会うきっかけを作った彼を助けるため、全面対決することとなったニタ峠の猫又と水虎。
 そこに割って入ったニタの裁断で、勝負は五対五の相撲対決となって…というのが今回の趣向です。

 本人、いや本妖怪たちにとっては真剣勝負なのですが、しかし猫と河童の相撲というのは、絵面的に何ともユーモラスで、どこかほのぼのとしたムードを漂わせているのがいかにも本作らしいところ。
 そんな中で一人殺気バリバリなのが、普段は冷静な清白というギャップも楽しく、クライマックスの一ひねりも含めて、やはり安心の面白さであります。

 個人的には、猫又の代表選手の一人、五徳が変じた五鉄の、強いんだか弱いんだかわからないところが、実にキュートに感じられてお気に入りです。


「今宵は猫月夜」(須田翔子)
 美剣士猫(?)眠夜月之進の活躍を描く人情活劇シリーズ、今回は月之進が、町で坊主に絡んでいた優男と出会う場面から始まります。
 優男が落とした小さな木片を拾った月之進は、捕らえられた男から、おはるという娘に危険が迫っていることを聞かされるのですが…

 普通の人間には猫にしか見えないが、人ならぬ者か人ならぬ者と縁深い者、という設定が実にユニークな月之進ですが、今回はそれが物語でなかなか面白く機能している印象。
 月之進を侍として見ることができる優男の正体は、そして彼が落とした木片は…実のところ、この展開は予想がつかず、クライマックスではなるほど、と大いに感心したところです。

 物語の流れの割りには悪役の行動があまりにセコい印象があるなど、内容的には粗い部分もなきにしもあらずですが、月之進の設定の面白さと、クライマックスの捻りで気にならなくなる――そんな作品であります。


 と、今回の「お江戸ねこぱんち」から三作品を取り上げましたが――裏を返せば、これ以外の作品はどうにも印象に残らない、というのが私の正直な感想であります(あ、四コマの「忍者しょぼにゃん」は別格で)。

 個人的には、一つの雑誌で三つ読むものがあればそれで良いか、とは思いますが、しかし「お江戸ねこぱんち」の場合、今号に限らず、永尾まるとねこしみず美濃が、漫画としても時代ものとしても、猫ものとしても図抜けている…というより他が追いついていない印象が強くあるのです(個人的には蜜子の作品が載らなくなったのが痛い)。

 執筆者を募集するなど、雑誌側としてもその辺りを補おうとしているやに感じられますし、冒頭に触れた値下げなど、雑誌として岐路に立っているようには感じられるのですが――その効果が早く出ることを期待したいところであります。


「お江戸ねこぱんち」第六号(少年画報社) Amazon


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2013.03.15

「後巷説百物語」第3巻 江戸の仕掛けと明治の謎

 池袋村の旧家・塚守家の鼻つまみ・伊之助が、くちなわ塚の封印されていた祠の中の石函を暴き、中に潜んでいた毒蛇に噛まれて死んだ。これが果たして事故か何者かの仕組んだものか悩んだ四人組は、薬研堀の一白翁に相談に向かう。一白翁は、実は祠が建てられた時にその場に居合わせたというのだが…

 明治と江戸と、二つの時代を舞台に、不可思議な事件の謎を描く「後巷説百物語」漫画版の第3巻「手負蛇」であります。

 事の起こりは池袋村のくちなわ塚なる場所に建てられた祠で起きた一人の男の死。土地の名家・塚守家の先代当主の息子でありながら、どうしようもないロクデナシの男・伊之助が、塚に隠されていると言われる家の財宝を探して祠を暴き、毒蛇に噛まれて死んだのであります。

 一緒にいた者の証言によれば、毒蛇は伊之助が祠の中にあった石の函を開けたところ、中から飛び出したと言うのですが…しかし祠は数十年前に封印され、開けられた形跡もなく、重い石の函の蓋は、蛇が出入りできるようなものでもない。
 そもそもこの蛇の入った石の函は、七十年前に伊之助の祖父・伊三郎の頃からあったというのですから、もしそれが本当だとすれば、七十年間生きた蛇が伊之助を殺したのか? 
 弱り果てた巡査の剣之進をはじめとするいつもの四人組は、いつものごとく薬研堀のご隠居こと一白翁を訪ねることとなります。


 と、これまでの二編では、一白翁=山岡百介が語る過去の事件(仕掛け)が一種のヒントとなって、四人組が持ち込んだ謎が解けるという構造でしたが、今回は、現代=明治の謎が、そのまま過去=江戸の仕掛けと、直接の因果関係を結んでいる点が、最大の特徴でありましょう。

 実はも四十数年前に、伊之助同様、蛇に噛まれて死んだ伊之助の父・伊佐治とその妻。その事件を取材に訪れた百介は、伊佐治の父・伊三郎もまた、実は蛇に噛まれて死んでいたという奇怪な因縁を知ります。
 流れ者の伊三郎を助けたことで見る見る栄えた塚守家。しかし伊三郎と家族は周囲の村人から憑き物筋と差別され、その果てに彼はくちなわ塚で蛇に咬まれて最期を遂げたのです。

 件の祠は、一連の蛇の祟りを鎮めるため、百介が又市に依頼して作ったもの――ということは、当然「仕掛け」に係るものではあるのですが…それが何故明治の世に甦ったか?
 もちろんそれが本作の肝ゆえ、詳細には触れませんが、ここでキーワードとなるのは「祟り」の存在。ある文化の影響下で、それを受ける者の心持ちが発生せしめるもの、とここでは整理される「祟り」の存在が、江戸と明治を結んだのであります。

 シリーズの多くに見られるように、本作で描かれる直接のトリックはいささか力任せではあるのですが、しかし大事なのは、江戸の仕掛けを明治にまで生かした人の心、「祟り」を恐れる人の想いにあることは間違いありません。
 「祟りが生きていた」――そうつぶやく一白翁の複雑な心中に想いを馳せれば、こちらも粛然とした気持ちにならざるを得ません。

 これまで妖怪譚を通じ、様々な形で江戸と明治、過去と現在を繋いできた「後巷説百物語」。今回のエピソードもまたその一つであり――そして仕掛けを通じて直接繋がっているだけに、より二つの時代で変わらぬもの、異なるものが印象に残るのです。

「後巷説百物語」第3巻(日高建男&京極夏彦 リイド社SPコミックス) Amazon
後巷説百物語 3 (SPコミックス)


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2013.03.14

「写楽あやかし草紙 花霞のディーバ」 写楽への執着の理由は

 鎌倉の山中に帰るという上総に反発し、家出した楽真が偶然出会ったのは、巷で大人気の少女歌手・飛鳥井彩音と、彼女のパトロンの鏡未伯爵だった。何故か伯爵に気に入られた楽真は、連続する奇怪な失血死事件に、彩音が関係あるらしいと知り、伯爵邸の舞踏会に潜入することとなるのだが。

 あの東洲斎写楽が妖の眷属となって生き延び、大正の帝都に現れるという奇想天外な「写楽あやかし草紙」のシリーズ第2弾が早くも発表されました。
 前作は舞台の世界でしたが、今回は麗しの歌姫を巡り、楽真が再び奇怪な事件に巻き込まれることとなります。

 江戸時代に芝居小屋の火事で命を失ったのを、妖の頭領・上総に妖としての新たな命を与えられ、彼の眷属となった写楽=楽真。以来、不老の身となった楽真は、人の世に仇なす妖を狩る上総とともに人知れず奇怪な戦いを繰り広げてきた…というのが、本シリーズの基本設定。
 しかし前作で俳優として楽真が顔を晒したことで、密かな活動ができなくなったため、楽真は上総の本拠地である鎌倉に帰ることになって――というのが前作のラストでしたが、本作はそのほぼ直後から始まります。

 自分より格上の妖たちが山といる鎌倉を嫌い、家を飛び出した楽真が、新橋界隈をさまよううちに出くわした群衆。鏡未伯爵邸を取り巻く彼らは、熱狂的な人気を博する歌姫・飛鳥井彩音を一目見んと集まったのでした。
 憑かれたような群衆に巻き込まれ、大事にしてきた自分の絵を周囲にばらまく羽目となった楽真。が、偶然絵を目にした伯爵は、初対面の楽真を大いに気に入り、邸に招待します。
 実は伯爵は大の浮世絵コレクター。中でも写楽の大ファンだという彼は、対象もタッチも全く異なる楽真の絵に、写楽に通じるものを感じたというのですが、これには楽真も喜んだり冷や汗をかいたり。

 一方、楽真の家の近くでは、カラカラに干からびた人間の死体が見つかり、大騒動に。しかも日本中で見つかっていたその変死体は、彩音の公演が行われた地で見つかっていたことがわかって…
 かくて、事件の背後に彩音と伯爵の存在を感じた上総の命により、楽真、そして楽真の兄貴分であり、彩音と何やら因縁のあるらしい天狗・戒は、伯爵邸の舞踏会に潜入することになる、という展開であります。


 正直なところ、楽真が事件の真相に少しずつ近づいていく様が描かれた前作に比べると、本作はかなり駆け足かつ一本道の印象。
 事件の容疑者が、どうみても怪しすぎる人物のため、ほとんど疑いようがないというのが、その印象を強めます。

 もっとも、今回の中心人物の一人である鏡未伯爵が写楽マニアというのは面白い趣向。
 なるほど、大正時代は写楽が再評価されつつあった時期でもありますし、伯爵がほとんど初対面の楽真に異常に執着する=楽間が事件の中心に巻き込まれる理由となっているのは、なかなかにうまい構成かと思います。

 しかし、大正の世に妖として生きる写楽の想いがドラマの原動力の一つであった前作に比べると、今回の趣向はかなり弱い。その辺りのキャラクター面のドラマは、今回は戒と彩音の関係性に関する部分が担当してるように感じますが、やはり前作に比べると、そこに主人公が絡む要素があまりないだけに、物足りないものがあります。
(さらに、楽真を取り巻くキャラが一気に増えたのもその印象を強めます)

 そして何よりも気になるのは、楽真の主人たる上総が、他の妖に対するものとは異なる執着を楽真に示す理由がさっぱり見えないことで――特に今回、人間側にも楽真にモノマニアックな執着を見せるキャラクターがいただけに、その辺りの対比の意味でも、上総の想いは掘り下げて欲しかったと感じた次第です。

 今後もシリーズは続いていくものと思われますが、もう少し腰を据えて書いていただきたい――と、いささか厳しいですが、それが今の正直な感想であります。

「写楽あやかし草紙 花霞のディーバ」(希多美咲 集英社コバルト文庫) Amazon
写楽あやかし草紙 花霞のディーバ (写楽あやかし草紙シリーズ) (コバルト文庫)


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2013.03.13

初心者向けオススメ「水滸伝」紹介

 待ちに待ったTVドラマ「水滸伝」が4月から放映開始と、水滸伝ファンとしては意気上がるばかりの今日この頃ですが、ネット上で時折見かけられるのは、「どの「水滸伝」を読めばいいかわからない」という、初心者の方の声。というわけで今回は、初心者向けのオススメ水滸伝を紹介したいと思います。

 何しろ水滸伝は、原典からして七十回本・百回本・百二十回本と3バージョンが存在。それを完訳で読もうと思えば、一番短い七十回本であっても相当な分量があります。
 一方で「水滸伝」を冠する小説・漫画は日本でもそれなりにの点数が刊行されていますが、それ故に、初心者の方にはかえって悩ましいのではないでしょうか。

 というわけで、ここでは、まず「水滸伝」という物語の内容・登場人物を知るに過不足なく、そしてもちろん読んで面白い作品を、紹介したいと思います。

「水滸伝」(松枝茂夫訳 岩波少年文庫全3巻) Amazon
 いきなり少年文庫!? と言われそうですが、原典の抄訳としてこれがほぼベスト、と水滸伝ファンの間で言われているのがこれ。
 「紅楼夢」の完訳で知られる訳者による文章は、少年向けではありながらも決して子供だましではなく(刺激の強すぎるところはオミットしつつ)、そして原典のダイジェストとして、押さえるべき点はきっちりと押さえているのです。

 後半(七十一回以降)はかなり端折ってはいますが、それも興を削ぐほどではなく、まず納得の内容。これを読んでおけば「水滸伝」の内容はほぼ把握できると言えましょう。
 とにかくなにか一つだけ、というのであれば、こちらをおすすめしたいと思います。


「新・水滸伝」(吉川英治 講談社吉川英治歴史時代文庫全4巻」 Amazon
 言うまでもなくあの国民的作家・吉川英治先生による水滸伝リライトであります。吉川英治の中国ものといえば、まず「三国志」が挙がるのだろうとは思いますが、しかしこの水滸伝も負けてはおりません。
 胸躍る歴史ロマンと個性的なキャラクターによる活劇と、作者がデビューして以来の様々な作品のエッセンスが本作には…というのは少々大袈裟に聞こえるかもしれませんが、しかし原典の持つ野放図な面白さはそのままに、どこか品格すら感じさせる味わいにアレンジしているのは、まさに吉川英治ならでは。まず「物語」として読んで一番面白いのは、本作と言って良いのではないでしょうか。

 …最大の欠点は、本作を完結させる前に作者が亡くなったことですが、終了時点で原典のほぼ七十回、百八人が梁山泊に集った直後とキリもよく、またある意味一番幸せな時点なので、これはこれで良しとしましょう。


「絵巻水滸伝」(森下翠&正子公也 魁星出版) Amazon
 もう一つ、最新の水滸伝を。1998年以来、現在に至るまでweb上で連載が続いている、現在進行形の水滸伝であります。
 本作の最大の特長は、「絵巻」と冠するに相応しい、「絵物語」と言うべきスタイルとなっていることでしょう。原典のイメージを踏まえつつも、確実に新しい梁山泊の百八人の豪傑の姿を描き出す正子公也の美麗かつ鮮やかなイラスト。そしてやはり原典の展開を尊重しつつも、矛盾や理不尽な点をアレンジし、さらに原典以上にキャラクターを立てた本文…
 現代の読者が読んでも確実に面白い、新しい水滸伝であります。

 唯一の弱点は、既刊の第一部全十巻が少々手に入れにくいことですが、現在、iOS対応の電子書籍としても刊行中であります。


「水滸伝」(横山光輝 潮漫画文庫全6巻) Amazon
 最後に、漫画版を一つ挙げておきましょう。漫画版の水滸伝も結構な点数が刊行されていますが、その中でも原典を踏まえつつ、何よりも漫画として面白い(これ重要)といえば、やはり横山版水滸伝に尽きるでしょう。
 文庫版で全6巻と、長大な原典をかなりコンパクトにまとめていることもあり、それなりに省略やアレンジも加えられているのですが、やはり中国歴史ものを描かせれば右に出る者がいない横光先生、原典をさらに魅力的にアレンジしたキャラクター(OVA「ジャイアントロボ The Animation 地球が静止する日」たちが縦横無尽に暴れ回る様は痛快の一言であります。

 もっとも、ファンの間では有名な、本当に鞭(原典でいう鞭は鉄の棒)を使う呼延灼をはじめとして、何カ所かミスはあるのですが、それもまたご愛敬ということで…(ちなみにこの呼延灼のアクション、「闇の土鬼」チックで格好いいのです)


 さて、以上駆け足で小説三作品、漫画一作品を紹介しましたが、最後に触れておきたい水滸伝が一つ。それは、北方謙三の「水滸伝」(集英社文庫 全19巻)であります。
 おそらくは今の日本では最も有名な水滸伝だと思われるのが北方「水滸伝」。もしかすると、本作で初めて「水滸伝」と名の付いた作品を読んだ、という方も多いかもしれません。

 私ももちろん本作は読んでおりますし、好きな作品の一つでありますが、「水滸伝」初心者向けかと問われれば、(その長さは抜きにして)YESとは言い難いのが正直なところ。
 簡単に言ってしまえば本作は、原典の要素を一度完全に解体して再構築した作品であり――原典を踏まえつつも、かなりの部分で異なる作品として成立しているのです。

 それ故、本作については原典を先に読んだ方がより楽しめるかと思いますし、また本作を先に読んだ方も、改めて原典に触れてみると、様々な発見があると信じる次第です。


 …と、一番大事なことを忘れておりました。それは原典の完訳版であります。
 これまで紹介した初心者向けの作品を読まれた上で、原典の完訳に興味をお持ちの方は、百回本であれば吉川幸次郎&清水茂訳の岩波文庫全10巻を、百二十回本であれば駒田信二訳のちくま文庫全8巻を、それぞれオススして、この稿を終わりたいと思います。



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2013.03.12

「陰陽師 瀧夜叉姫」第2巻 二人の武人、二人の顔

 夢枕獏の「陰陽師」シリーズ最大の長編「瀧夜叉姫」の、睦月ムンクによる漫画版の第2巻が発売されました。平将門の乱から20年後の京で起きる数々の怪事件に、おなじみ安倍晴明と源博雅が立ち向かうことになりますが、まだまだ物語はその全貌を見せることなく、謎めいた展開が続きます。

 この第2巻でメインとなるのは、前半が藤原秀郷=俵藤太の過去の物語、後半が平貞盛を襲った業病の謎と、奇しくもと言うべきか、かつて将門を討った二人の武将の物語であります。

 俵藤太と言えば、ある意味将門との戦い以上に有名なのは、三上山の大百足を退治したという伝説でしょう。
 近江に赴いた藤太が、瀬田の唐橋に横たわる大蛇を意に介さず跨いで通ったところ、大蛇の変じた美女が彼のもとを訪れ、琵琶湖の龍神の宿敵である大百足退治を依頼。それに応えた藤太は、三上山を七巻き半するほどの巨大な百足に矢で立ち向かい、百足の嫌うという人間の唾をつけた矢で、見事に討ち取り、龍神から宝を贈られた…という伝説であります。

 本作では、その伝説がほとんどそのまま取り入れられているのですが、何よりもここで印象に残るのは、このエピソードの主役たる俵藤太のビジュアルであります。
 名うての豪傑にして、しかし単なる猪武者でもない、人間力溢れる藤太の姿を、本作では見事にビジュアル化。その頑健な肉体と、何よりも不敵なその面構えは、まさに夢枕獏作品に登場する「太い」男そのもの。

 原作既読者にもかかわらず、おお、藤太とはこういう男だったのか! と今さらながらに感心してしまった次第であります。


 そして平貞盛の業病の方も、絵の力というものを感じさせてくれるエピソードです。
 貞盛の顔にできたという謎の瘡。先に蘆屋道満が治療に当たったにもかかわらず、手の打ちようがなかったそれに、今度は晴明が挑むこととなるのですが――
 いやはや、ついにその姿を露わにした瘡の描写が凄まじい。

 夢枕獏の作品には、人間の体がグロテスクに変化し、ほとんど別のモノに変じる様が描かれるものが少なくありませんが、今回描かれたそれは、その生々しさ、禍々しさを真っ正面から描ききり、見事に原作の、夢枕獏節とも言えるそれを再現したという印象があります。


 実は第1巻の感想で、この漫画版の(特にキャラクターの)絵柄について、ちょっとイメージと違う部分があるのではないか、と書いたのですが、それが早計に過ぎたと、私の目が曇っていたと、正直に認めます。

 物語の方はようやく本編に入ってきた印象というところ、この先展開していく物語を、どのように絵として、漫画として見せてくれるのか――改めて、今後の展開を楽しみに待ちたいと思います。


「陰陽師 瀧夜叉姫」第2巻(睦月ムンク&夢枕獏 徳間書店リュウコミックス) Amazon
陰陽師-瀧夜叉姫-(2) (リュウコミックス)


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2013.03.11

「鬼舞 見習い陰陽師と呪われた姫宮」 ついに出現、真の敵!?

 道冬の家に、故あって右近少将と安倍吉昌が居候することとなった。しかし吉昌は人ならざる行近の真意を疑い、二人の口論から道冬は自分の父が蘆屋道満であることを知ってしまう。一方、少将が想いを寄せる御息所の邸に身を寄せる先の斎宮に、何者かの呪詛が襲いかかる。そして、ついに最強の敵が…

 邪香を巡る戦いもひとまず落着し、短編集を挟んで、新章突入ともいうべき「鬼舞」。今回は、それに相応しく、様々なキャラクターたちにどどっと新たなドラマが待ち受ける急展開であります。
 どれくらい急展開かと言えば、冒頭にまとめたあらすじに入りきらなかった内容がいくつもあるほどで…

 何しろ、主人公の道冬からして、冒頭の通り、邪香騒動に巻き込まれて家をなくした右近少将と、異常に自分にかまう兄・吉平を嫌った吉昌が邸に押しかけてくるという展開。
 それだけであれば、まあ源融大臣の亡霊やら、自分に熱い視線を注ぐ畳や巨大トノサマガエルといった連中が住み着いている邸のこと、さまでの騒動にはならないはずではあります。
 しかし、元々相性最悪だった吉昌と行近の間が、行近が人間でないと吉昌が知ったことで更に険悪化、そんな中で、偶然に道冬は自分の実父がかの蘆屋道満であることを知ってしまい、彼の心にさざ波が…(この世界では、既に道満は悪役扱いされているというのがちょっとおかしいというか何というか)。

 そしてその道満と戦い、これを倒したと言われる晴明が、息子たちに行方も知らせずに突然姿を消したことで、俄然状況は不穏の度合いを高めることとなります。

 一方、人間の(?)世界、貴族の世界では、先の斎宮――実母が不審火で死んだことから火の宮(すなわち、今回のサブタイトルの「呪われた姫宮」)という不吉な名前で呼ばれる彼女を、少将の恋人である御息所が入内させようとしたことから、大きな波瀾が。
 物語の舞台となる時期は、藤原氏をはじめとする貴族が次々と娘を帝の后として権勢を振るった時代、火の宮の入内は、宮中の権力争いの文字通り火種となるわけですが…

 その帰結として、火の宮に襲いかかる何者かの呪詛。その呪詛を行わせた者、行った者、狙われた者、守る者――様々な人々の思惑が絡み合い、そこには今後の物語を牽引していくであろう、複雑ななドラマが生まれることとなります。(その中にはあまりに意外な――しかし平然と描かれるので、今まで自分が見落としていたかと驚くような――もう一つの顔を見せる人物まで!)

 そして、人間関係が入り乱れる中、ついに姿を現す最強の鬼。姿は見せぬまでも、その存在はこれまでも描かれてきた上に、何よりもその片腕とも言うべき鬼の名が茨木という時点で、登場はむしろ必然ではあるのですが――
 しかし、その初登場シーンは、こちらの予想を大きく裏切るもの。ここはただ、やられた! と言うしかありません。


 というわけで、クライマックスに向けて着々と盛り上がっていくこの「鬼舞」シリーズ。
 しかし、これだけキャラクターと設定を詰め込み、物語を盛り上げても、良い意味で通常運転に感じられるのは、今回もほとんど職人芸的なレベルに達しているシリアスとギャグの配分ゆえでしょう。

 そのため、この先の展開が読めないのが何とも楽しくも悩ましいのですが、それがまさに本作の魅力。まだまだ大いに悩ませていただきたいというのが、正直な気持ちです。


 ちなみに、ギャグキャラ一辺倒のようでいて、意外にシリアス面にもかかわっているのが源融大臣。
 今回は茨木に雪辱を期す渡辺綱に思わぬ助力をしたと思えば、「鬼」の正体を(本人は無意識と思いますが)ほのめかすような発言を行ったりと、油断できません。ある意味本作を象徴するキャラクター、というのはさすがに言い過ぎですが…

「鬼舞 見習い陰陽師と呪われた姫宮」(瀬川貴次 集英社コバルト文庫) Amazon
鬼舞 見習い陰陽師と呪われた姫宮 (鬼舞シリーズ) (コバルト文庫)


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2013.03.10

「戦国SAGA 風魔風神伝」第2巻 風雲急の風神伝序章

 最近ビフォアストーリー「魔王の風」も発表された宮本昌孝の「風魔」を、かわのいちろうが漫画化した「戦国SAGA 風魔風神伝」の第2巻であります。この巻では、いよいよ秀吉の小田原攻めが始まるのですが、それに対する小太郎の活躍は…

 秀吉の天下統一のいわば締めくくりとして行われた小田原攻め。日本の大名をほぼ総動員して行われたこの一大攻勢に対し、北条家の方は…いわゆる悪い意味での「小田原評定」のまっただ中。
 野戦か籠城戦か――重臣たちが二つに分かれた評定の結果、娘婿である家康と、密約を交わした伊達政宗の助勢頼りに小田原城に籠城することとなった北条勢ですが、その結果がどうなったかは、歴史が示す通り。

 この厳然たる結果に対し、風間小太郎がどう挑んだか? それがこの第2巻で描かれることとなるのですが、いかに超人的能力を持つ小太郎であっても、この状況を覆すのは容易ではありません。

 ある時は単身で本陣の秀吉暗殺を狙い、ある時は偵察の結果を踏まえて野戦を献策せんとし――忍びとしての能力をフル活用して自分の戦いに挑む小太郎ですが、しかし言うまでもなく、忍びは、闇で働く者は、小太郎率いる風魔だけではありません。
 かつて武田家に仕えた海賊・神崎陣内、徳川家の伊賀忍びを束ねる服部半蔵正成、そして風魔の裏切り者・湛光風車――数々の強敵が、時に正面から、時に背後から、小太郎と風魔を襲うこととなります。


 実は、原作でいえばこの小田原城攻防戦はまだまだ物語全体では始めの部分。この先続く、小太郎の長い自由を求める戦いの序章に当たります。
 そのせいもあってか(一番の理由は別にありますが)、今回は小太郎のアクションが控えめなのが少々残念ではありますが、しかし終盤で溜めに溜めた状態から繰り出される風神、いや鬼神のような小太郎の暴れっぷりは、やはり痛快の一言。力と速さを兼ね備えた小太郎のアクション描写は、これはこの作者ならではの画だとしか言いようがありません。

 この序章で登場した強敵たちを向こうに回し、そして登場した味方たちとともに、この先小太郎がどのような冒険を繰り広げてくれるのか――これからが本番であります。

「戦国SAGA 風魔風神伝」第2巻(かわのいちろう&宮本昌孝他 小学館クリエイティブヒーローズコミックス) Amazon
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2013.03.09

「魔界転生 夢の跡」 人間の想い、不死者の哀しみ

 剣と仇討ちに生きた人生を悔やむ田宮坊太郎は、天草四郎の誘いに乗り、魔界転生を遂げるが、捨て切れぬ人の心に苦しんでいた。ある日、かつて愛した女性と瓜二つの少女・お雛と出会う坊太郎。しかしお雛こそは四郎が探し求める魔界の門を開く鍵となる存在だった。四郎とお雛の間で苦しむ坊太郎は…

 以前、総まくり記事で取り上げたように、原作以外にも様々なメディアに展開され、アレンジされている「魔界転生」。本作はその中でも非常にユニークなものの一つ、少女漫画版の「魔界転生」であります。

 基本的なストーリーは、原作+深作欣二の映画版――すなわち、幕府への恨みから復活した天草四郎が、転生衆を集めて幕府転覆のために暗躍するのに立ち向かう十兵衛という展開(後半、魔界の門を開いてサタンを呼び出そうとする四郎、という展開はありますが)。
 転生するのは、天草四郎、田宮坊太郎、柳生如雲斎、宮本武蔵、柳生宗矩と、珍しく宝蔵院が抜けている(というより如雲斎が含まれているのが珍しい)のですが、まずは納得の顔ぶれです。

 …が、本作の最大の特徴は、冒頭のあらすじから察せられる通り、主人公が田宮坊太郎(!)である点であります。
 確かに、柳生十兵衛はそれなりに重要なキャラクターではありますが、登場するのは上巻の後半と遅めで(これはまあ原作通りですが)、転生衆との戦いも、実質的に如雲斎のみという展開。
 それに対して坊太郎は物語冒頭から登場し、転生衆と人間の狭間にある存在、魔界転生で再生しながらも人の心を残した存在として、様々な葛藤を抱えて「生きて」いくこととなるのであります。

 その坊太郎と他の転生衆を分かつものが何であったか――それは、復活を、再びの世を望む強い想いがあったものの、それが「己の剣を用いることと結びついていなかった」点にあります。
 他の転生衆が、己の剣の腕を証明したい、他の強者と戦いたい、己の剣術を以て立身出世したいという欲で以て転生したのに対し、坊太郎が望んだものは、剣を捨てて、愛する人と静かに暮らすこと――

 ある意味人選ミスと言ってしまえばそれまでではあります。しかし、(四郎を除いて)ある意味大往生を遂げた他の転生衆と違い、夭折した坊太郎であれば、あるいはこのように今一度の生において、これまでと全く異なる道を選ぶこともあり得たかもしれない…と、イフの世界としてそれなりに納得がいく展開であります。
(もっとも、そんな想いすら欲望にまみれたものに変えるのが忍法魔界転生であるはずと言えばそれまでですが)

 そして、その坊太郎のゆらぎは、堕天の復讐鬼と化したはずの四郎にも影響を与え始めます。坊太郎の中で人間性が芽生えれば芽生えるほど、それと共鳴するように、四郎が断ち切ったはずの人間性が、彼の中で少しずつ動き出していく…

 共に人の生を捨てて再生しながら、人の心を捨てきれぬ者と、人の心が甦ろうとする者――人としての夢の跡を魂に残した存在と化した彼らの姿を通じて、ここに「魔界転生」は、再生者、不死者の哀しみを描く物語と、転生を遂げたのであります。


 もちろん、それを「魔界転生」でやるというのは、かなりの冒険ではあります。そこでは、一種のパロディとして剣豪たちの物語を再生させるという、原作の目指したところはありません(もっともその方向性は深作版の時点でないのですが)。
 剣戟シーンの少なさ、そして何よりも転生衆の出番の少なさ、あっけなさも気になるところではあります。

 しかし、「魔界転生」という物語が持つ様々なポテンシャル――その存在は、後続する作品の数々が証明しているのですが――の一つを引き出した作品として、そして後続する幾つかの「魔界転生」において描かれた、天草四郎が抱える哀しみを描いた嚆矢として、不思議に心に残る作品なのであります。


「魔界転生 夢の跡」(鳥羽笙子&山田風太郎 角川書店あすかコミックスDX 全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon


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2013.03.08

「お面屋たまよし」 妖面が映し出す人の想い

 かぶれば己がなりたい姿になれるという妖面。面屋が裏の屋号で密かに売るというそれは、絶大な力を持つ一方で、一歩間違えれば面に飲み込まれ、荒魂となってしまう。御招山の天狗に拾われ、面作師に育てられた太良と甘楽は、面作師の修行として妖面を売る旅の中で、人の様々な顔を見る。

 ユニークなタイトルが並ぶ講談社のヤングアダルト向け文学シリーズ「YA! ENTERTAINMENT」。児童文学からワンステップ上がった世代に向けたこのシリーズには、時に時代もの好きとしても見逃せない作品が含まれております。
 不思議な力を持つ妖面を売る面作師見習いの少年二人の姿を描くちょっとダークな時代ファンタジー「お面屋たまよし」も、そんな作品の一つであります。

 本作の中心となるのは優れた面作師のみが作れる「妖面」なる面。かぶれば、顔ばかりか姿も変え、己がなりたい人間になることができ、己の願いを叶えてくれるという、絶大な力を持つ面です。
 しかしその力は諸刃の剣、面の力に溺れ、呑まれた者はその魂を喰らわれて「己」を失い、人ならざる荒魂と化してしまうのであります。
 そんな副作用があったとしても、妖面の力を得たい…本作は、そう望む者たちの想いの行方を描いた連作短編集であります。

 先に述べたとおり、本作のレーベルはヤングアダルト向けではありますが、しかし本作で描かれる世界はなかなかに重い。
 例えば第一話の「御招山の使者」で描かれるのは、許嫁が土地の金持ちの元に去ってしまい、その真意を問おうとする男であり、第四話の「ある兄の決断」では、育児放棄した母の代わりに弟たちを養いながら、母の自分たちに対する想いを確かめようとする少年の姿であります。
 物語のフォーマット紹介的な第一話はさほどでもありませんが、第四話では、どうやら体を売っているらしい母の本音を聞き出すために、見知らぬ若い男に変じて近づくという展開で、その結果も含めて、何とも重い気分にさせられます。

 その一方で、一風変わった方向から妖面の力を描いたのが、第2話の「枯れない花」。大きな商家の二女として生まれながらも外見が…な少女が、誰もが振り返るような美女になることを望む、というのは一見定番の展開のように見えますが、彼女がそれを望んだ理由というのが何とも気持ち良く、作中で随一の爽やかな内容となっています。
(もっとも、急に美しくなった妹を見た姉のリアクションが実に実にリアルで…)


 寡聞にしてジャンル名は存じませんが(仮に「悪魔との取引」ものと呼びましょうか)、本作のように、不思議な力を持つアイテムを購った人間が、その力により幸福を/不幸を(圧倒的に後者の割合が多いのですが)得るというスタイルの物語は、古今東西に存在します。その最もわかりやすい例は「笑ゥせぇるすまん」かと思いますが、本作もその系譜にある作品と言えるでしょう。
 しかしながら本作がユニークな点は、そのアイテムの売り手たる主人公の少年、太良と甘楽の二人が、実に純粋な少年たちなことかと思います。

 生まれてすぐに山に捨てられ、その山の主である天狗の王に拾われた二人。それが縁あって面作師の男に預けられて――
 という彼らの過去は、一種番外編的な第3話「へそ曲がりの雨宿り」で描かれるのですが、意外にも(?)周囲の愛に包まれて育った二人は、「悪魔との取引」を司るには、相当に陽性の…というより、ほとんど暗さのないキャラクターとして描かれているように感じます。

 それがプラスに作用している点、マイナスに作用している点、本作にはその両方が感じられますが、本作が仮に彼らの成長物語としての側面を持っているとすれば、この構造も頷けるものです。

 それを確かめるためにも、本作の続編は是非語られて欲しいと感じている次第です。


「お面屋たまよし」(石川宏千花 講談社YA! ENTERTAINMENT) Amazon
お面屋たまよし (YA!ENTERTAINMENT)

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2013.03.07

「蝶獣戯譚Ⅱ」第4巻 彼女の素顔、彼女の情

 吉原の太夫と、はぐれ忍びを狩る狩人と…全く異なる二つの顔を持つ胡蝶太夫/於蝶の姿を描く「蝶獣戯譚Ⅱ」、先日の第3巻に続き、第4巻の登場であります。
 ハードな戦いが続いたこれまでに比べれば凪の状態にも見える今回ですが…

 はぐれ忍びを束ねる裏切り者・一眞と切支丹宣教師・金鍔次兵衛が手を組んでの吉原侵攻を辛うじて食い止めたものの、心身ともにダメージを受けた於蝶。しかし、一眞と次兵衛の側も大きな痛手を受け、一端地下に潜った今、彼女は久々に吉原の太夫としての顔を見せることとなります。

 狩人として刃を振るう時には、恐ろしいほど冷めた瞳を見せる彼女ですが、しかし今回は、作品が始まって以来、ほとんど初めてではないか、とすら感じられるほどの百面相を見せてくれます。
 あらゆる感情を殺したような狩人・於蝶の顔ではなく、一人の年頃の女性・胡蝶として――様々な顔を見せてくれる彼女の喜怒哀楽は、なかなかに魅力的に感じられます。

 もっとも、その喜怒哀楽も吉原の太夫ゆえのもの、と言う向きもあるかもしれませんが、しかしこの巻で描かれた、胡蝶と男たちの出会いの姿は、そうした手練手管とは無縁に感じられるもの。
 己の生きた証として、旅立つ前に胡蝶の背に絵を描こうとする絵師(その姓と時代背景からして、あの人物かと思いきや息子の方だったのにはやられました…)。
 狩人と太夫と、決して安逸ではない道でただ寡黙に胡蝶を、於蝶を支える磊蔵。
 そして、多くの者にかしづかれながらも、それゆえに大きな孤独を抱えるある人物…

 そんなそれぞれの形で純な男たちに触れて、彼女の素顔も、自然な顔で表れるのであります。

 もちろんそれは、忍びにとっては弱さなのかもしれません。
 庄司甚右衛門と、今回初登場の鳶沢陣内(いつか必ず登場すると思いましたが、なかなかに食わせ者で実にイイ)が評するように、彼女は「完全な強さ」を持った忍びにはほど遠い存在なのでしょう。

 しかし、この巻で彼女が接した男たちの姿を――そして彼らと接した彼女の姿を見れば、於蝶のその「弱さ」は、決して否定されるべきものではないと感じられるのです。

 これまで迷いや揺らぎといった、危うさとして表れてきた感のある於蝶の中の「情」は、このように解することもできるのか、と今さらながらに感心いたしました。


 しかし、静かな日々もそう長くは続きません。次兵衛の次なる企み――というネガティブな言葉を使って良いものか、実は少々ためらわれるのですが――に対して、於蝶に下された次なる任務はなんと…

 いやはや、今回の任務ばかりは、於蝶ならずとも驚きますし、メインの舞台から離れすぎのような気もさすがにいたしますが、しかし、それだからこそ描けるものもあるはず。(上で触れた三人目の男との出会いは、この任務でなければあり得なかったのですから…)

 その中で於蝶が、胡蝶がどのような顔を見せてくれるのか、期待しているところであります。


「蝶獣戯譚Ⅱ」第4巻(ながてゆか リイド社SPコミックス) Amazon
蝶獣戯譚II 4 (SPコミックス)


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2013.03.06

「風の王国 6 隻腕の女帝」 滅びの後に生まれるもの

 渤海を滅ぼした帰路、次子の耶律堯骨に暗殺された耶律阿保機。耶律突欲は後継者争いから身を引いて渤海の故地に設立した東丹国の王となる。一方、渤海の故地では、渤海の復興を旗印に様々な勢力が乱立、明秀たち東日流府も、その中で契丹・東丹国と独自の戦いを繰り広げていく。

 全10巻の大河伝奇ロマン「風の王国」もいよいよ後半戦。前の巻で渤海は滅亡、契丹皇帝も死を遂げ、明秀と耶律突欲の戦いも、新しいステージに入ることとなります。

 明秀たち東日流府たちの奮戦空しく、半ば自壊のような形で渤海は滅亡。しかし、そこに残った民のため、明秀たちは新たな国、新たな渤海を生み出すための戦いを継続する決意を固めます。
 一方、契丹では皇帝の座を狙う耶律堯骨が何と父たる皇帝・耶律阿保機を暗殺。父の死を知った突欲は、かねてより用意していた日本の遊部の秘術により、阿保機を死の世界から救おうとするのですが…

 皇帝の座のためとはいえ、息子が父を殺す契丹。その後も皇后であり、突欲と堯骨の母である月里朶は、夫に殉ずると称して自らの片腕を斬り落とし(すなわち、本書のサブタイトルである「隻腕の女帝」)、皇帝の直衛≒突欲派の武将に対して殉死を強制することによって、粛正を行います。

 この辺り、契丹も生まれたばかりの国家とはいえ、ここまで血を流す必要があるのか…と、現代の日本人としては暗然たる気持ちになります(しかし突欲の叔父が兄に対して四回も叛乱を企てた、と書かれるともう笑うしか)。そして突欲の身にも、ある種の共感と同情を覚えるようになるのですが…


 もちろん、ドラマが展開していくのは、言うまでもなく契丹側・突欲側だけではありません。
 再登場した懐かしいキャラクターを加え(それがまた、明秀と突欲の対比とも読めるのがうまい)今後の戦いに備える明秀。
 渤海が滅んだ=当代の渤海王が退位したことで、渤海の復興、渤海王家の復興を旗印に掲げる勢力が乱立する中、他ならぬ明秀もまた王族の血を引くことで、存在感を発揮していくこととなります。
 個と個の戦いだけでなく、より大きなレベルの戦いの中で、明秀は己らしさを貫くことができるのか――大いに気になるところではあります。

 …実は、今回描かれたこの辺りの展開、そして渤海滅亡後のこの地の歴史を見ると、今後の展開、今後の明秀の運命はある程度予想できるように思えるのですが、それは野暮…というより作者と物語に失礼というものでしょう。

 歴史という厳然たる事実に一歩も引けを取ることなく、これまで「風の王国」という物語は、キャラクターは、その魅力を、存在感を発揮してきました。そしてそれは、後半戦に突入したこれからも変わることはありますまい。

 一つの国が滅んだ後に生まれた国、生まれようとする国。それを率いる者たちの物語として描かれるであろうこれからの「風の王国」から、やはり目が離せないのであります。

「風の王国 6 隻腕の女帝」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
風の王国 6 隻腕の女帝 (ハルキ文庫 ひ 7-12)


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 「風の王国 2 契丹帝国の野望」 激動の時代を生きる者たち
 「風の王国 3 東日流の御霊使」 明秀の国、芳蘭の生
 「風の王国 4 東日流府の台頭」 快進撃と滅亡の予感と
 「風の王国 5 渤海滅亡」 一つの滅び、そして後に残るもの

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2013.03.05

「表御番医師診療禄 1 切開」 医師として、武士として、男として

 御家人から表御番医師となり、城内で診療に当たる矢切良衛。ある日、大老・堀田筑前守正俊が若年寄・稲葉石見守に斬殺されるという大事件が発生、正俊の受けた治療に疑念を抱いた良衛は、独自に調べを始める。その最中、何者かが送り込んだ刺客の襲撃を受けた良衛は、家伝の戦場剣法で迎え撃つが。

 ここ数年の快進撃を考えると少々意外ですが、今まで角川書店からの作品がなかった上田秀人。その記念すべき第1作が、本作「表御番医師診療禄 1 切開」であります。

 これまで、様々な主人公を通じて、将軍の座を巡る幕政の闇を描いてきた作者ですが、その趣向自体は、本作も同様。しかし、何と言っても、主人公像が実に面白い。
 本作の主人公たる矢切良衛は、タイトルにあるとおり、幕府の表御番医師――交代制で江戸城に常駐し、殿中で体調不良の人間が出た時に診療を行うというお役目です。
 元々は徳川家の御家人の中でも、戦場での金創の手当を行う家である矢切家に生まれた良衛は、家伝に磨きをかけるため、外道――本道(漢方系の内科医学)に対する蘭方系の外科医学――を修めたのですが、これに目をつけたのが典薬頭の今大路家。医学の名家として知られながらも形骸化が進む家門の影響下に新しい血を入れるため、半ば無理矢理妾腹の娘を嫁として押しつけられた良衛は、しかし義父の引きもあって、表御番医師になった…というのが基本設定であります。

 そんな良衛が挑むこととなるのが、堀田正俊の刺殺事件――とくれば、ほぅ、と思われる方も多いでしょう。
 時の大老である正俊が、若年寄の稲葉正休に江戸城内で刺殺され、しかも正休自身も、その直後に周囲にいた老中たちに滅多切りにされて死亡した――
 ある意味江戸時代最大のミステリであるこの事件は、昔から様々な作品で取り上げられており、作者自身、ごく初期の作品「功臣の末路」でこの謎を取り扱っています。

 本作はその最新の成果ですが、面白いのは、医師である良衛の目を通して、この事件の謎に迫る点でしょう。
 それも、良衛がこの事件に興味を持ったきっかけが面白いのです。上で述べた通り、江戸城内の緊急診療所とも言うべき表御番医師。しかし、大老が刺されたという大事に呼ばれたのは、彼らではなく寄合医師(奥医師の家柄の跡継ぎ)であった…

 何故、呼ばれなかったのが自分たちではなかったのか? それは一見小さな好奇心のようにしか見えないかもしれませんが、良衛にとっては少々異なります。
 医術の家に生まれ、外道の医術については、江戸で屈指の腕を持つと自負する良衛。しかし江戸城内の医師の世界では、重んじられるのは腕前ではなく家柄。いや、彼とて、一種権門である今大路家の縁を得たことで表御番医師になったのですから、彼の心中はなかなかに複雑であります。

 そしてそんな彼にとって、この緊急時に呼ばれたのが家柄で選ばれる寄合医師であるというのは重大事。しかしそれ故に、彼はこの事件の背後にわだかまる闇に近づいてしまうことになるのですが――

 そして面白いのは、良衛が単なる医師ではない点であります。
 先に述べたとおり、矢切家が戦場での金創治療に当たっていた家柄(そもそも「矢切」の姓もそれに由来という設定)ということは、先祖は戦場往来の武者であったということ。そう、そんな矢切家には、戦場での経験と医学知識をミックスした超実戦剣術が!
 おお、なるほど! と思わず納得(?)の設定ですが、実際の剣戟シーンも、人体の急所を的確に狙う良衛の戦法が実にユニークかつリアルで、他のヒーローとの差別化も十分であります。


 残念ながら、この第1巻ではまだまだ物語は始まったばかり。事件の背後に何が潜むのか、良衛の運命に何が待ち受けるのか、まだまだわからないことばかりであります。
 しかし脇役キャラも、城内での扱いに腐りながら実にしたたかな動きを見せる大目付・松平対馬守や、対馬守に強引に巻き込まれた若きエリート・柳沢吉保など、興味深い面子がならびます。
 さらに、良衛の側も、出世を目指せとことある毎に発破をかける妻(ある意味上司の娘)がいると思えば、かつて良衛が治療した武士の未亡人との間に微妙な空気が流れたりと、こちらもなかなかに面白い。

 医師として、武士として、男として――主人公の向かう先が大いに気になる新シリーズであります。


「表御番医師診療禄 1 切開」(上田秀人 角川文庫) Amazon
切開  表御番医師診療禄1 (角川文庫)

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2013.03.04

「妖怪と薬売り」 妖怪と人間と薬と

 薬売りを藩の産業とする富山藩で薬師を目指す青年・正助。藩の反魂丹役所の試験の課題で、河童の妙薬を作れという課題を与えられた正助は、正体不明の妖怪おたく・慶太と、その乳母のお八とともに旅に出る。とある山里を訪れた三人がそこで見たものとは…

 小説と漫画を問わず、まだ現代と過去とを問わず、相変わらず妖怪ものは人気を博しておりますが、大量に発表される妖怪ものの中でも、相当にユニークな部類の作品が、この「妖怪と薬売り」であります。

 主な舞台となるのは19世紀の前半の富山藩。加賀藩から分家して生まれ、相次ぐ水害等で苦しい状況にあったこの藩は、産業として反魂丹(死者を甦らせるものではなく、腹痛の薬)をはじめとする薬作りを奨励し、藩財政建て直しを行ったことで知られております。
(その際の手段となったのが、現代まで残った、あの富山の薬売り――先に薬のセットを置いておいて、使った分だけ代金をもらうというシステムであります)

 本作の主人公の一人は、その富山藩の薬師を目指す青年・正助。幼い頃に水害で一人だけ生き残った彼は、貧しい中で必死に勉強し、藩の反魂丹役所(反魂丹をはじめとする調剤・薬売りの管理・薬種の管理等、製薬全般を担当する機関)の薬師となることを夢見てきたのですが――いざ試験を受けてみれば、そこで幅を利かせるのはコネとカネ。河童の妙薬を作れ、という無理難題を与えられた正助は、同じく試験を受けていたどこぞボンボンらしい青年・慶太と、彼の異様に若く見える乳母・お八とともに、この難題に挑むこととなる…というのが、第1話「河童の妙薬」の粗筋であります。

 ――この辺り、出版社のサイトでも紹介されているので書いてしまいますが、実は慶太の正体は、次の(第2話以降は当代の)富山藩主・前田利保。以前は日陰の身分だった彼は、諸般の事情で急に家を継ぐこととなり、藩の主要産業とも言える製薬に目を付けて…
 というのが半分、残り半分は単なる妖怪オタクだからという理由で、強引に正助を連れて、諸国に伝わる妖怪・伝説絡みの秘薬伝承に首を突っ込む、という展開となります。


 先に言ってしまえば、部屋住み時代はともかく、さすがに藩主になってから水戸黄門的に旅に出る慶太のキャラクターは突っ込みどころではあります(さらに拘れば、「オタク」「親族会議」という単語が普通に会話に出てくるのもひっかかります)。
 漫画的に見ても、展開やキャラ造形に書き込み不足の点は皆無ではないというのが、正直な印象です。

 それでもなお、本作の魅力、本作が妖怪時代漫画として唯一無二の作品であるのは、言うまでもなく、その物語展開が、妖怪と人間の関わりを、薬という側面から描く――というよりも、むしろ逆に、妖怪と人間の関係から、薬とそれを裏打ちする技術を描き出した点でありましょう。

 聞けば作者は薬剤師の経験を持つとのこと。なるほど、それであれば薬にまつわる物語はお手の物…などと短絡的に述べるつもりはありません。
 しかし、何故妖怪など人智を超えた存在からの授かり物として薬が受け止められる(ことがある)のか、本作ならではの視点から描いているのは、評価できます。

 特に、人外の存在が生み出した一種の毒が、人の技術の積み重ねの末に薬として成立する様を描いた第3話は――シリーズ全体の一つの句読点的な意味も含めて――なかなかに示唆に富んだ内容に感じられるのです。

 先に述べたように、少々残念な部分もあるのですが、それもこの先の積み重ねで昇華されていくのではないか――そんな期待も含めて、まだもう少し、この先を見ていたい物語であります。


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http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4041205735/youyounihonsh-22/ref=nosim/
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2013.03.03

「無限の住人」第30巻 そして物語は終わり、旅は続く

 約20年に渡り連載されてきた(そしてこちらも読み続けてきた)「無限の住人」も、ついにこの第30巻で完結。幾重にも入り乱れた潰し合いの果てに辿り着いた結末は…

 那珂湊を舞台に繰り広げられる最後の死闘。万次、天津影久、乙橘槇絵、吐鉤群、偽一…いずれも最後まで残るに相応しい面々の最後の戦いは、思わぬ(?)乱入者もあって最後の最後まで油断ができません。
 斃れるのが、斃すのが惜しくなるようなキャラクターたちを、死闘の果てに容赦なく切り捨てていく――それは、この最終章を貫く一種のスタイルではありますが、最後の最後まで貫かれるそれは、いまさらながら作者の無情を恨みたくなるほど。

 また、本作の殺陣描写の素晴らしさは今さら言うまでもありませんが、力と力、技と技のぶつかり合いに留まらず、もはや気力と気力のぶつかり合いの域まで達した死闘を描ききった、まさに入魂としか言いようのないレベルであります。


 そして死闘の末に、最後まで残った二人。ある意味残るべくして残った二人の戦いの果てに何が残ったか――それを一言で言うのは当然ながら難しいことではありますが、何も得なかった、あるいはあるものを失い、あるものを得た…そうとしか言いようのないように思えます。

 しかしそれは、最後まで残った者だけに当てはまるものではなく、おそらくは逸刀流を巡るこの戦いに関わった全ての人に言えるのでありましょう。
 それを虚しいと見るか、潔いと見るか…人それぞれではありましょうが、最終話の後半で描かれた過去を振り返っての万次の言葉は、一見ひどいオチのように見えつつも、それ自体が一つの救いと感じてしまうのは、こちらの単なる感傷ではないと思いたいところであります。

 正直なところ、この最終話の後半自体は、こちらの予想の範囲内ではあり、おそらくは作者も相当早い段階で構想していたのではないか(…というのはいささか意地悪な見方かもしれませんが)と思うのですが、この万次の言葉には、素直にやられた! と感じた次第であります。


 本作については、ほぼリアルタイムで連載を追って読んできました。はっきりと申し上げて、不死力解明編の前半など読むのが辛い部分もありました(その分、後半の爆発は素晴らしいものがありましたが)。
 もちろん、長期連載漫画に紆余曲折があるのは当然のこと。総じて見れば、本作が時代漫画史上に残る作品であることは、間違いありますまい。

 万次の旅は終わりませんが、作品は終わります。その終わりが、小さな希望の灯を感じさせるものであったことに感謝しつつ…


「無限の住人」第30巻(沙村広明 講談社アフタヌーンKC) Amazon
無限の住人(30) <完> (アフタヌーンKC)


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2013.03.02

「桜姫全伝曙草紙」 善と悪の世界、その狭間の人の姿

 丹波国の鷲尾義治の子を孕んだ寵妾・玉琴を妬心から惨殺した正妻・野分の方。その後、義治と野分の方の間に生まれた桜姫は美しく育つが、清水寺の僧・清玄は彼女の姿に迷い、道を誤る。さらに桜姫を我がものにせんとした悪人により鷲尾家は滅ぼされ、野分の方は義治を殺した怪盗に身を任せるのだが…

 先日紹介いたしました「現代語訳・江戸の伝奇小説」に、「復讐奇談安積沼」とともに収録されていたのが、本作「桜姫全伝曙草紙」であります。
 本作はいわゆる清玄桜姫もの――清水寺の僧・清玄が、参拝に来た桜姫の美しさに迷って道を誤り、命を落とした末に怨霊と化して桜姫につきまとう、という歌舞伎などでみられる物語のバリエーションであります。

 時は鎌倉時代、丹波国の武士・鷲尾義治の正室・野分の方が、夫の子を孕んだ側室・玉琴を惨殺する場面から始まります。鷲尾家に恨みを持つ妖賊・蝦蟇丸の一党の仕業に見せかけて配下に玉琴を攫い、さんざんなぶった挙げ句に惨殺。顔の皮を剥いで谷に捨てさせた上に、実行した配下に盗人の濡れ衣を着せて斬殺するという、いやはや実に凄惨な幕開けであります。

 それから時は流れ、野分の方から生まれたのが桜姫。美しく成長した桜姫が花見に上京した際にさる美青年と出会い恋に落ちるのですが、しかしその一方で彼女の知らぬ間に清水寺で彼女を見初めていたのが清玄。しかし実は彼こそは――

 一方、桜姫を我が物にせんとした悪人・信太平太夫により鷲尾家は滅ぼされ、平太夫に雇われた蝦蟇丸により義治は討たれます。一人落ち延びた野分の方は、相手が夫の仇とも知らず、蝦蟇丸に惹かれて彼に身を任せることに。
 そして京に郎党とともに隠れ住む桜姫の前には清玄が…

 と、桜姫と清玄のみならず、彼女の親の世代からの因縁が絡み合い、忠臣悪人高僧怪盗入り乱れての奇怪な物語が織りなされていく
こととなります。
 そして、元々が芝居の世界を題材としていることもあってか、ビジュアル的なイメージの豊かさも見所といいましょうか。それも、美しさや勇ましさといったポジティブなものよりも、グロテスクで忌まわしい、ネガティブなものが…

 先に述べた玉琴惨殺の場もそうですが、何よりも、乞食坊主になり果てた清玄が、ようやく出会った桜姫(それも一度死んで棺の中で蘇生したというのが、より忌まわしさを際だたせます)に迫る場面は、執念や妄念を体言したような清玄の姿がただただ圧巻。
 清玄が、自分が破戒したことを示すため、たまたまそこに飛び込んできた雉子を殺し、桜姫の眼前でその生き血を啜るくだりなど、現代の我々の目から見ても強烈なインパクトを与えてくれます。

 しかし何よりも印象に残るのは、本作の陰の主役とも言うべき、野分の方のキャラクター造形であります。
 中納言の落胤であり、美しく聡明な人物として登場しながらも、先に述べたとおり、夫の寵愛を受けた玉琴に凄まじい嫉妬の念を抱き、無惨に殺した上に他者に罪をなすりつける。その後も知らぬとはいえ夫の仇に身を任せ、その連れ子を残忍にいびりまくる――
 が、その一方で、我が子たる桜姫には一心に愛を注ぎその身を案じる、世の母と少しも変わらぬ姿を見せる。その二面性は極端ではありますが、しかしそれだけに不思議なリアリティを感じさせます。

 現実離れした怪奇と妖異の世界、善と悪が明確に分かれた世界の中で、どこまでも人間くさく生臭く、善と悪が入り交じった人間を描く。その辺りが本作の、京伝の魅力ではあるまいか…というのは、いささか性急な結論かもしれませんが、彼女の存在が、本作に複雑な味わいを与えているのは間違いありますまい。


 …ちなみに桜姫と言えば南北の「桜姫東文章」の印象が強かったため、恥ずかしながら本作を読んでいる最中、いつ姫が遊女に身を落とすのだろう…とハラハラしていたことを白状しておきます。


「桜姫全伝曙草紙」(山東京伝 「現代語訳・江戸の伝奇小説 1 復讐奇談安積沼・桜姫全伝曙草紙」所収) Amazon
現代語訳・江戸の伝奇小説〈1〉復讐奇談安積沼、桜姫全伝曙草紙 (現代語訳江戸の伝奇小説 1)

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2013.03.01

「復讐奇談安積沼」 展開するメタ怪異譚

 大和郷士穂積家の娘が、菱川師宣の描いた美少年画に恋患いをした。描かれたのは悪人・轟運平に売り飛ばされ、家族を殺された里見浪人の子・山井波門だった。仇討ちの旅に出た波門は、ある事件で旅役者の小幡小平次に救われるが、小平次は悪党に殺されてしまう。しかし悪党の周囲に小平次の霊が…

 伝奇時代劇アジテーターを僭称しつつも、その大源流の一つである江戸時代の読本になかなか触れられないでいるのは、私にとって痛恨事の一つであります。
 そんな人間にとって、今から約十年前に国書刊行会から刊行された須永朝彦訳の「現代語訳・江戸の伝奇小説」は非常に有り難いシリーズなのですが、その第1巻に収録されているのが、この「復讐奇談安積沼」です。

 怪談好きの方であれば、タイトルを聞いてピンとくるかもしれません。
 本作は、幽霊役を得意とする旅役者の小幡小平次が、妻と密通した悪党に殺されて安積沼に投げ込まれ、その幽霊が二人につきまとう…という、いわゆる「小幡小平次」ものの源流の一つであります。

 もっとも、本作においては小平次のエピソードはあくまでも脇筋。本筋となるのは、父と祖母の病を治すためにその身を売りながらも、悪人に二人を殺され、家伝の太刀を奪われた美少年・山井波門の復讐譚となります。
 陰間茶屋に売られながらも、歌舞伎役者に弟子として引き取られた波門。その彼を描いた菱川師宣の絵に、とある郷士の娘・鬘児が恋した末に病みついたことから、彼の運命に思わぬ変転が生じます。
 絵を頼りに波門を探し出した鬘児の父は、彼の身を請け出して娘の婿にしようとしますが、その前に波門父らの仇討ちを望み、仇がいるという陸奥に旅立つこととなります。

 そして彼は幾多の苦難の果て、鬘児とともに仇を討ち果たすのですが、その途上に彼の運命と思わぬ形で交錯するのが、小平次の運命。
 旅先で箱入り娘に見初められ、深い仲となった波門(…何をやっているのか)。しかし娘は悪僧に殺され、波門はその罪を着せられて捕らわれてしまいます。
 しかし理非のわかった奉行は彼の無罪を見抜き、一計を案じて真犯人を暴くのですが、そこに娘の幽霊役で一役買ったのが小平次…という展開であります。

 その褒美に五両を与えられた小平次ですが、妻と密通していた小鼓打ちの男に安積沼で無惨に殺され、金も奪われるのですが…(ちなみにこの男は波門の仇の弟で、弟の凶行に兄が手を貸すという救いようのない人間模様)。
 その無闇に凄惨な殺しの場にも驚かされますが、しかしそれはこれから始まる小平次の復讐劇のある意味前フリ。姦夫姦婦につきまとい、散々に二人を追い詰めた末、因果応報を地でいくような形で無惨な最期に追いやる様は、小平次がうだつの上がらない男という設定だけに、一層凄みが感じられます。

 この辺りが当時の読者にも大受けした――というより、題名が「安積沼」となっている時点で、京伝も大いに力を入れていたと見受けられますが、それも納得ではあります。
(波門の物語も、纐纈城写しの人間解体工場が登場したりとそれなりに起伏に富んでいるのですが、やはり仇討ち譚のパターン通り、という印象は否めません)

 面白いのは、小平次が幽霊役を得意とする設定で、作中でも幽霊役を演じた小平次が本当に幽霊に、という展開の妙もさることながら、これが彼のモデルである実在の役者にまつわる怪談をベースにしたことで、一種メタな凄みすら感じられることでしょうか。
 本作の影響もあって舞台でも演じられるようになった「小幡小平次」ものですが、しかしその上演に際しても様々な怪事が起きたとも伝わっており、この辺り、一種の伝染る怪談とも言うことができるでしょう。


 読本そのもののお話からだいぶずれてしまいましたが、作者の思惑以上に物語がメタフィクショナルに展開していく辺りは、実に興味深い作品であります。
 本作は、読本作家としての京伝を声名を高めた作品ではありますが、それだけではない意味のある作品として、このシリーズに収録されたのではないか…と感じた次第です。


「復讐奇談安積沼」(山東京伝 「現代語訳・江戸の伝奇小説 1 復讐奇談安積沼・桜姫全伝曙草紙」所収) Amazon
現代語訳・江戸の伝奇小説〈1〉復讐奇談安積沼、桜姫全伝曙草紙 (現代語訳江戸の伝奇小説 1)

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