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2013.03.25

「太平天国の邪神」 天京を覆う影

 太平天国に友人のリンドレーともに軍事顧問として参加した元イギリス軍人の「おれ」は、太平天国の首都・天京(南京)で奇怪な蛙顔の者たちが跳梁するのをはじめ、奇怪な事件が続発していることを知る。太平天国と清国の戦いが激化する中、「おれ」が知った太平天国の、洪秀全の真実とは…

 最近は日本人作家によるクトゥルー神話作品も全く珍しくなくなりましたが、本作はまだまだそれが数少なかった1987年に、「太平天国殺人事件」のタイトルで別冊幻想文学「クトゥルー倶楽部」に掲載された極めてユニークな神話作品であります。

 何しろ舞台となるのは、19世紀中頃に清国で起きた太平天国の乱。キリスト教をベースとした宗教組織・拝上帝会を設立した洪秀全がこの教団を母体に起こした反清運動が中国各地に飛び火し、一時期は20万人以上の大軍を背景に南京を占領して大陸を二分した、一大反乱であります。

 本作の主人公にして語り手は、この太平天国に軍事顧問の肩書きで参加した元イギリス軍人のL氏――英名を無理矢理訳せば<愛の技巧>なる奇妙な名前の人物であります。
 後に太平天国史を残すことになる友人のオーガスタス・リンドレーとともに太平天国に参加し、太平天国の軍事指導者のトップである忠王・李秀成の娘婿となった彼は、太平天国での地位を安泰なものとしたかに見えたのですが――

 しかしL氏は、やがて太平天国と、その首都・天京(南京)を覆う奇怪な影の存在を知ることとなります。
 洪秀全が探す「屍条書」なる書物。住人が姿を消した屋敷の地下室に残された「拝窟髑戮会」の文字。何者かの強力な力により無残な肉片に変えられた女子供たち。そして、リンドレーのフィアンセを攫い、天京の闇に跳梁する蛙のような面構えの人間たち…

 そして南京陥落の地獄絵図の中で、L氏はそれをさらに上回る地獄の姿を知ることになるのであります。


 一見本作の趣向は、クトゥルー神話ファンであれば、一目瞭然のように思えるかもしれません。神話作品ではお馴染みのあの存在が、あのアイテムが登場したとなれば、これはこうなってあれはああなるだろうなどと…
 しかしそれは半分正しく、半分間違っております。
 何となれば、本作のラストで明かされる洪秀全の、太平天国の正体は、こちらの予想を超えた皮肉さと、そしてそれと表裏一体の救いのない恐怖を備えたものなのですから――

 正直なところ、この結末には山田正紀の「銀の弾丸」の影響を感じないでもありません。しかし神話作品としての基本的な枠組みは守りつつも、そこに従来のそれを超えた概念を提示し、ある意味東洋でクトゥルー神話を描く――すなわち、あの神が東洋に登場する――一定の必然性を描いてみせたのは、これはもう一種の離れ業としか言いようがありません。
(ただし、要素が盛りだくさんすぎて、物語の印象がいささか慌ただしいものとなっているのは否めませんが…)

 私は初出時に読んでいたので、本作の作者が何者であったのか、しばらく存じ上げませんでしたが、今のペンネームを知ってみれば、なるほど、この作家ならば! と納得&感心。 現在活躍されているジャンルとは異なりますが、題材の料理の仕方などを見るに、栴檀は双葉より芳し、と言うべきでありましょうか。
 作者が伝奇ホラー専業となっていれば…と悔やむのは、これは作者にとってはありがた迷惑かとは思いますが。

「太平天国の邪神」(芦辺拓 実業之日本社「迷宮パノラマ館」所収) Amazon
迷宮パノラマ館

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