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2013.03.02

「桜姫全伝曙草紙」 善と悪の世界、その狭間の人の姿

 丹波国の鷲尾義治の子を孕んだ寵妾・玉琴を妬心から惨殺した正妻・野分の方。その後、義治と野分の方の間に生まれた桜姫は美しく育つが、清水寺の僧・清玄は彼女の姿に迷い、道を誤る。さらに桜姫を我がものにせんとした悪人により鷲尾家は滅ぼされ、野分の方は義治を殺した怪盗に身を任せるのだが…

 先日紹介いたしました「現代語訳・江戸の伝奇小説」に、「復讐奇談安積沼」とともに収録されていたのが、本作「桜姫全伝曙草紙」であります。
 本作はいわゆる清玄桜姫もの――清水寺の僧・清玄が、参拝に来た桜姫の美しさに迷って道を誤り、命を落とした末に怨霊と化して桜姫につきまとう、という歌舞伎などでみられる物語のバリエーションであります。

 時は鎌倉時代、丹波国の武士・鷲尾義治の正室・野分の方が、夫の子を孕んだ側室・玉琴を惨殺する場面から始まります。鷲尾家に恨みを持つ妖賊・蝦蟇丸の一党の仕業に見せかけて配下に玉琴を攫い、さんざんなぶった挙げ句に惨殺。顔の皮を剥いで谷に捨てさせた上に、実行した配下に盗人の濡れ衣を着せて斬殺するという、いやはや実に凄惨な幕開けであります。

 それから時は流れ、野分の方から生まれたのが桜姫。美しく成長した桜姫が花見に上京した際にさる美青年と出会い恋に落ちるのですが、しかしその一方で彼女の知らぬ間に清水寺で彼女を見初めていたのが清玄。しかし実は彼こそは――

 一方、桜姫を我が物にせんとした悪人・信太平太夫により鷲尾家は滅ぼされ、平太夫に雇われた蝦蟇丸により義治は討たれます。一人落ち延びた野分の方は、相手が夫の仇とも知らず、蝦蟇丸に惹かれて彼に身を任せることに。
 そして京に郎党とともに隠れ住む桜姫の前には清玄が…

 と、桜姫と清玄のみならず、彼女の親の世代からの因縁が絡み合い、忠臣悪人高僧怪盗入り乱れての奇怪な物語が織りなされていく
こととなります。
 そして、元々が芝居の世界を題材としていることもあってか、ビジュアル的なイメージの豊かさも見所といいましょうか。それも、美しさや勇ましさといったポジティブなものよりも、グロテスクで忌まわしい、ネガティブなものが…

 先に述べた玉琴惨殺の場もそうですが、何よりも、乞食坊主になり果てた清玄が、ようやく出会った桜姫(それも一度死んで棺の中で蘇生したというのが、より忌まわしさを際だたせます)に迫る場面は、執念や妄念を体言したような清玄の姿がただただ圧巻。
 清玄が、自分が破戒したことを示すため、たまたまそこに飛び込んできた雉子を殺し、桜姫の眼前でその生き血を啜るくだりなど、現代の我々の目から見ても強烈なインパクトを与えてくれます。

 しかし何よりも印象に残るのは、本作の陰の主役とも言うべき、野分の方のキャラクター造形であります。
 中納言の落胤であり、美しく聡明な人物として登場しながらも、先に述べたとおり、夫の寵愛を受けた玉琴に凄まじい嫉妬の念を抱き、無惨に殺した上に他者に罪をなすりつける。その後も知らぬとはいえ夫の仇に身を任せ、その連れ子を残忍にいびりまくる――
 が、その一方で、我が子たる桜姫には一心に愛を注ぎその身を案じる、世の母と少しも変わらぬ姿を見せる。その二面性は極端ではありますが、しかしそれだけに不思議なリアリティを感じさせます。

 現実離れした怪奇と妖異の世界、善と悪が明確に分かれた世界の中で、どこまでも人間くさく生臭く、善と悪が入り交じった人間を描く。その辺りが本作の、京伝の魅力ではあるまいか…というのは、いささか性急な結論かもしれませんが、彼女の存在が、本作に複雑な味わいを与えているのは間違いありますまい。


 …ちなみに桜姫と言えば南北の「桜姫東文章」の印象が強かったため、恥ずかしながら本作を読んでいる最中、いつ姫が遊女に身を落とすのだろう…とハラハラしていたことを白状しておきます。


「桜姫全伝曙草紙」(山東京伝 「現代語訳・江戸の伝奇小説 1 復讐奇談安積沼・桜姫全伝曙草紙」所収) Amazon
現代語訳・江戸の伝奇小説〈1〉復讐奇談安積沼、桜姫全伝曙草紙 (現代語訳江戸の伝奇小説 1)

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