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2013.03.01

「復讐奇談安積沼」 展開するメタ怪異譚

 大和郷士穂積家の娘が、菱川師宣の描いた美少年画に恋患いをした。描かれたのは悪人・轟運平に売り飛ばされ、家族を殺された里見浪人の子・山井波門だった。仇討ちの旅に出た波門は、ある事件で旅役者の小幡小平次に救われるが、小平次は悪党に殺されてしまう。しかし悪党の周囲に小平次の霊が…

 伝奇時代劇アジテーターを僭称しつつも、その大源流の一つである江戸時代の読本になかなか触れられないでいるのは、私にとって痛恨事の一つであります。
 そんな人間にとって、今から約十年前に国書刊行会から刊行された須永朝彦訳の「現代語訳・江戸の伝奇小説」は非常に有り難いシリーズなのですが、その第1巻に収録されているのが、この「復讐奇談安積沼」です。

 怪談好きの方であれば、タイトルを聞いてピンとくるかもしれません。
 本作は、幽霊役を得意とする旅役者の小幡小平次が、妻と密通した悪党に殺されて安積沼に投げ込まれ、その幽霊が二人につきまとう…という、いわゆる「小幡小平次」ものの源流の一つであります。

 もっとも、本作においては小平次のエピソードはあくまでも脇筋。本筋となるのは、父と祖母の病を治すためにその身を売りながらも、悪人に二人を殺され、家伝の太刀を奪われた美少年・山井波門の復讐譚となります。
 陰間茶屋に売られながらも、歌舞伎役者に弟子として引き取られた波門。その彼を描いた菱川師宣の絵に、とある郷士の娘・鬘児が恋した末に病みついたことから、彼の運命に思わぬ変転が生じます。
 絵を頼りに波門を探し出した鬘児の父は、彼の身を請け出して娘の婿にしようとしますが、その前に波門父らの仇討ちを望み、仇がいるという陸奥に旅立つこととなります。

 そして彼は幾多の苦難の果て、鬘児とともに仇を討ち果たすのですが、その途上に彼の運命と思わぬ形で交錯するのが、小平次の運命。
 旅先で箱入り娘に見初められ、深い仲となった波門(…何をやっているのか)。しかし娘は悪僧に殺され、波門はその罪を着せられて捕らわれてしまいます。
 しかし理非のわかった奉行は彼の無罪を見抜き、一計を案じて真犯人を暴くのですが、そこに娘の幽霊役で一役買ったのが小平次…という展開であります。

 その褒美に五両を与えられた小平次ですが、妻と密通していた小鼓打ちの男に安積沼で無惨に殺され、金も奪われるのですが…(ちなみにこの男は波門の仇の弟で、弟の凶行に兄が手を貸すという救いようのない人間模様)。
 その無闇に凄惨な殺しの場にも驚かされますが、しかしそれはこれから始まる小平次の復讐劇のある意味前フリ。姦夫姦婦につきまとい、散々に二人を追い詰めた末、因果応報を地でいくような形で無惨な最期に追いやる様は、小平次がうだつの上がらない男という設定だけに、一層凄みが感じられます。

 この辺りが当時の読者にも大受けした――というより、題名が「安積沼」となっている時点で、京伝も大いに力を入れていたと見受けられますが、それも納得ではあります。
(波門の物語も、纐纈城写しの人間解体工場が登場したりとそれなりに起伏に富んでいるのですが、やはり仇討ち譚のパターン通り、という印象は否めません)

 面白いのは、小平次が幽霊役を得意とする設定で、作中でも幽霊役を演じた小平次が本当に幽霊に、という展開の妙もさることながら、これが彼のモデルである実在の役者にまつわる怪談をベースにしたことで、一種メタな凄みすら感じられることでしょうか。
 本作の影響もあって舞台でも演じられるようになった「小幡小平次」ものですが、しかしその上演に際しても様々な怪事が起きたとも伝わっており、この辺り、一種の伝染る怪談とも言うことができるでしょう。


 読本そのもののお話からだいぶずれてしまいましたが、作者の思惑以上に物語がメタフィクショナルに展開していく辺りは、実に興味深い作品であります。
 本作は、読本作家としての京伝を声名を高めた作品ではありますが、それだけではない意味のある作品として、このシリーズに収録されたのではないか…と感じた次第です。


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