« 「戦都の陰陽師 迷宮城編」 二つのクライマックス、果心との決戦! | トップページ | 「妾屋昼兵衛女帳面 4 女城暗闘」 戦う舞台は女の城!? »

2013.03.20

「漆黒泉」 人の心の中の黒き泉

 並みの男よりも背の高い娘・晏芳娥は、子供の頃に婚約し、嫁ぐ前に死んだ婚約者・王元澤が、実は毒殺されたことを知る。新法派の王安石の長男である婚約者を殺したのは、政敵の司馬公だと睨んだ芳娥は、それぞれに思惑を秘めた仲間たちと司馬公を襲撃するが、謎の漆黒泉を巡り、事態は意外な方向に…

 中国歴史ミステリの名手・森福都が、宋代を舞台に描くユニークな作品です。

 主人公となるのは、大商人の娘で、美形ながらもとんでもなく背が高く育ってしまった少女・晏芳娥。そのスタイルに相応しく(?)おてんば…というより荒くれに育った彼女が、婚約者の仇を討つため、都を訪れたのがこの物語の始まりであります。
 8歳の頃に新法派の中心人物・王安石の長男である王元澤に見初められた彼女は、それ以来彼に嫁ぐことを楽しみに生きてきたのですが、そのわずか数ヶ月後に彼は死亡。王安石の懐刀として彼が進めてきた新法による改革が、旧法派によって破棄されていくことを知った彼女は、その首魁・司馬公を討って、「夫」の無念を漱ごうというのです。

 しかし都で彼女が知ったのは、元澤が何者かに毒殺されたという事実。そして状況証拠を総合すれば、手を下したのはほかならぬ司馬公としか思えないではありませんか。
 当然ながら激怒した彼女は、やはり元澤と縁のあった者たちと共に、司馬公を付け狙うこととなります。

 元澤の若い頃と瓜二つだという軟弱者・文少游、政争に敗れて失脚しながらも返り咲きを狙う変人学者の奉元先生、都一の劇団の看板女優でかつて元澤とわりない仲だった狄月英、子供の頃に元澤に可愛がられ憧れていたという青年錬丹師・萬建弘――
 いずれも一癖も二癖もある面々が集い、ついに司馬公を捕らえることに成功するのですが…


 実は、ここまでで物語は全体の半分程度。むしろここから、真の物語が始まると言えるかもしれません。
 本当に元澤を殺したのは司馬公なのか。元澤と奉元先生が求める漆黒泉とは。元澤に対して、愛憎半ばする不可思議な態度を取る狄月英と萬建弘の真意は。そして元澤は、何を為そうとしていたのか…

 本作のタイトルである「漆黒泉」…それは、何処かにどこかにあるという、黒い燃える水(原油)が湧き出すという泉。しかしそれは同時に、元澤がかつて芳娥に語ったように、人の胸に湧くもの、人の心の中に黒々と蟠るものでもあります。

 そう、本作で芳娥の演じる冒険活劇と、元澤の死を巡る謎解きの中で浮き彫りとなるのは、元澤という人間の素顔であり、そして彼によってその運命を変えられてきた者たちの姿なのです。

 これまでも、歴史ミステリというスタイルを通じて、その時代を、その時代に生きる人々の姿を――時にユーモラスに、時にシビアで苦い味わいで描き出してきた森福都。
 新法派と旧法派の対立――宋代の社会・政治体制の一大変革を巡る路線対立を背景とする本作は、それが社会・政治というマクロな世界、個々人の情が差し挟まれることを拒絶する世界であるからこそ、それに翻弄される個々人の哀しみを感じさせます。

 そして、物語の中心にある元澤こそはその非情の世界の象徴であり――そして同時に彼もまた、その世界に、自分自身に翻弄される存在であることが、何とも皮肉であり、また哀しさを感じさせるのであります。

 しかし本作は、その悲喜劇を描くのみでは終わりません。元澤の死の謎を解くこと、それは同時に、登場人物それぞれが、元澤と己がどのように関わっていたのかを知ること…すなわち、世界の中での自分自身の在り方を、意味を知ることでもあるのです。


 人の心の中の黒き泉――それと向き合い、己自身を見つめるということには、痛みを伴うことは言うまでもありません。しかしそれでも、それを乗り越えた人々の姿には、自分自身を知り、取り戻したゆえの清々しさがあります。
 決して明るいばかりの物語ではないにも関わらず、爽やかな読後感が残るのは、まさにそのためなのだと…私はそう感じるのです。


「漆黒泉」(森福都 文春文庫) Amazon
漆黒泉 (文春文庫)

|

« 「戦都の陰陽師 迷宮城編」 二つのクライマックス、果心との決戦! | トップページ | 「妾屋昼兵衛女帳面 4 女城暗闘」 戦う舞台は女の城!? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/56975845

この記事へのトラックバック一覧です: 「漆黒泉」 人の心の中の黒き泉:

« 「戦都の陰陽師 迷宮城編」 二つのクライマックス、果心との決戦! | トップページ | 「妾屋昼兵衛女帳面 4 女城暗闘」 戦う舞台は女の城!? »