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2013.04.03

「悲華水滸伝」第1巻 悲しくも美しき水滸伝の幕開け

 日本における水滸伝リライトも様々にありますが、その中でも色々な意味で独特の立ち位置にあるのが、杉本苑子の「悲華水滸伝」であります。原典をなぞりつつ展開する全5巻の第1巻は、林冲受難から清風塞での騒動までの内容となっております。

 杉本苑子については、その経歴等を今さら紹介するまでもありませんが、日本の歴史小説界ではまず大家の一人。その作者が「水滸伝」を…というのは、いささか意外にも感じられますが、しかし師たる吉川英治も「水滸伝」を書いたことを思えば、さまで意外ではないのかもしれません。
 何よりもこの「悲華水滸伝」は、作者らしさ横溢と言うべきか、他の水滸伝では見られないような要素・試みが(良くも悪くも)多くなされており、まず水滸伝ファンであれば手にとって損はない作品ではないか…というのはいきなり結論になってしまいますが、これが正直な印象。
 その内容については、これから全5巻を紹介する中で、それぞれ述べていくことになるかと思います。

 …と、その水滸伝ファンの方であればすぐに気付いたのではないかと思いますが、本作でまず目に付くのは、物語の語り起こしが豹子頭林冲受難から始まる点であります。
 ほとんどの水滸伝リライトが、洪大尉による百八星の解放、もしくは王進の出奔から九紋竜史進の登場から始まるのに対し、本作は、それらの(そして魯智深の出家の)エピソードを飛ばして、林冲の流刑から、それもその途中で小旋風柴進と出会う場面から始まるのは、なかなかにユニークに感じられます。

 実は百八星の解放は、柴進の家に代々伝わる伝説として柴進の口から語られ、また魯智深の活躍は林冲の言葉の中に現れるのですが、この辺り、原典に沿いつつも、スピーディーに物語を進めていく本作の特徴の一つ目が表れているようで、なかなか興味深いところ。
 さらに言えば、原典でそれまでに登場する史進と魯智深が、ある意味単純で野放図な豪傑であるのに対し、林冲は悲劇的な色彩が強く(原典では結構林冲も乱暴ですが)、そこに新たなドラマを構成する余地があるということが、この場合大きいのでありましょう。

 そう、本作の二つ目の、そしておそらく最大の特徴は、特に悲劇性に注目した細やかな人間描写、ドラマ性の強さだと、今回改めて読んで感じます。
 水滸伝という物語には、自分ではどうにもならない運命の流れ、あるいは他者の――特に権力者の悪意に翻弄され、梁山泊に流れ着くキャラクターが、幾人も登場します。

 言うまでもなくその代表者が林冲ではありますが、この第1巻の時点でも(これは本作オリジナルですが)白勝や、武松のエピソードにおいて、彼らを襲った悲劇と、その中で翻弄される人間性というものを、本作は悲しくも美しく――まさに悲華!――描き出すのであります。

 特に武松については、虎退治・潘金蓮殺し・施恩への助太刀・鴛鴦楼の大虐殺と、原典のエピソードは網羅しつつも、原典では場面によって性格がコロコロと変わって見えた武松のキャラクターを、巧みに統一してみせたのが、強く印象に残ります。
 酒には弱いが、朴訥とした好漢――というより好青年の武松が、何を思ってその拳を振るい、他者の血を流したか…その心の流れを丹念に追った上で、彼の異名たる「行者」誕生に繋げたドラマ展開は、見事と言うほかありますまい。


 原典を尊重しつつも、特に悲劇面に重点を置いて緩急をつけたドラマ展開で、キャラクターの内面を描き出す――本作の特徴は、この第1巻においてもはっきりと見えてくるのであります。

 そしてもう一つの特徴――一部ではこの点ばかりが強調されているきらいがありますが――たる、「好漢の中に非常に美形・美少年が多い」ことについては、これはまぁその通りではあるのですが、上記の特徴から見ると、それも一種の必然性を持って感じられる…というのはさすがに言い過ぎでありましょうか。


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