« 「妻は、くノ一」 第3回「歩く人形」 | トップページ | 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流 »

2013.04.23

「うわん 七つまでは神のうち」 マイナスからゼロへの妖怪譚

 医師の父・青庵を助け、忙しい毎日を送る真葛。しかしある日、六歳の弟・太一が封じられた九百九十九の妖を解き放ってしまったことから、彼女の暮らしは一変する。昏睡状態となった父、妖怪「うわん」に取り憑かれた太一を救うため、彼女はうわんとともに妖たちを捕らえるために奔走することに…

 「一鬼夜行」シリーズなど、ユニークな妖怪ものでデビュー以来たちまち人気となった小松エメル待望の新シリーズであります。

 タイトルとなっている「うわん」は、鳥山石燕の「画図百鬼夜行」などに登場する、しわだらけの上半身裸の男が両手を振り上げて脅かすような姿で描かれた妖怪。水木しげるの妖怪画で描いているため、こちらでご覧になった方もいることでしょう。
 しかしこのうわん、石燕らは解説も何も付していないため、実は全く謎の妖怪(水木先生の解説では、「うわん」という声で人を驚かすとありますが、これは佐藤有文由来らしいので信憑性は…)。

 そんな謎多き存在・うわんを、本作は恐るべき存在として描きます。
 ヒロイン真葛の弟・太一が、家の裏の墓場から解き放ってしまった九百九十九の妖――うわんは、その妖たちを力の源とし、地下に封印していた大妖怪だったのであります。

 妖たちを追って地上に現れたうわんにより生気を奪われた二人の父・青庵は原因不明の昏睡状態となり、太一はうわんに取り憑かれ――突然肉親を奪われた真葛に、うわんが突きつけた二人を取り戻すための条件。それは、太一が神のものではなくなる七歳(そう「七つまでは神のうち」)にまるまでに、九百九十九の妖を捕らえるというものでした。

 かくて真葛は、江戸の各所に潜み、人に取り憑いて周囲に害をなす妖たちを捕らえるための戦いを始めることとなります。
 父から医術を学び、そしてその一環として、人外のモノと対峙する法は学んでいるものの、十代の少女に過ぎない彼女の助けとなるのは、太一の中のうわんのみ。しかしうわんもまた妖怪、心許せぬ相手を傍らに、真葛は孤独な戦いを強いられることとなるのであります。


 そんな「どろろ」…というより「河童の三平 妖怪大作戦」的なシチュエーションの本作ですが、はっきり言ってしまえば「重い」というのが第一印象です。

 人間と妖怪のコンビというのは、一見作者の「一鬼夜行」と同様に見えますが、あちらの妖怪が基本的に陽性のキャラクターだったのに対して、こちらのうわんは高圧的で冷笑的な言動といい、水死体めいた外見といい、明らかに陰性。
 そんな恐ろしいうわんに父と弟を人質に取られたも同然の状況で真葛が挑むの事件もまた、単純な妖怪退治に終わらず、そこには人間の強い(多くの場合、負の)想いが絡みます。妖が人の想いを引き出すのか、人の想いが妖を呼ぶのか――ほんの少しのすれ違いが妖の力で暴走し、悲劇を招く…本作に収められた5つの事件は、いずれもそんな図式で描かれるのです。

 正直なところ、ここまで真葛をいじめなくても…などと思ってしまうのですが、しかし、それで本作の評価が下がるかといえば(妖怪もの=コミカルなキャラクターものと考えていた方は面食らうかと思いますが)、もちろんそうではありません。

 人とは異なるメンタリティを持つ妖の存在を介して、人の世のままならなさ、やりきれなさを描く物語は、言うなれば裏返しの人情話であり、それは本作のような形式であって初めて描けるものでありましょう。
 その人の世を映す暗い鏡のような内容の中に浮かび上がるのは、単純に忌避すべきものではなく、誰の中にでも人の弱さ・儚さであり――それだけに、それに幾度となく打ちのめされ、苦しみながら立つ真葛の姿に、親しみと、希望を感じるのであります。


 人とそれ以外の間に新しい関係性を見出す他の妖怪ものが、ゼロからプラスを目指す物語だとすれば、本作はマイナスからゼロを目指す物語と言えるかもしれません。
 そして、まだ始まったばかりのこの物語において、ゼロから先があるのか――いや、ゼロに辿り着くことができるのか、それはまだわかりません。

 しかし、その辛く険しい道のりにあって初めて見える景色もあります。そしてそれが荒涼としたものだけではなく、そこに小さな花が咲くこともあることを、本作は教えてくれるのであります。

「うわん 七つまでは神のうち」(小松エメル 光文社文庫) Amazon
うわん: 七つまでは神のうち (光文社文庫)

|

« 「妻は、くノ一」 第3回「歩く人形」 | トップページ | 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/57221082

この記事へのトラックバック一覧です: 「うわん 七つまでは神のうち」 マイナスからゼロへの妖怪譚:

« 「妻は、くノ一」 第3回「歩く人形」 | トップページ | 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流 »