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2013.04.11

「いなりで御免!」 お稲荷さんヒロインの長い物語

 美男で美声の持ち主だが、剣の腕はからっきしの浪人・大村陽次郎。ある日、町角の汚れたお稲荷様を何の気なしに掃除した彼の前に、おりなと名乗る美女が現れる。実はお稲荷様の化身だというおりなに一方的につきまとわれる陽次郎だが、江戸を騒がす「髪切り魔」騒動に巻き込まれて…

 以前から何度か折にふれて述べておりますが、いくつもの新鮮でユニークな時代小説を収めているレーベルが、ポプラ文庫ピュアフルであります。本作は、その版元であるポプラ社小説新人賞で最終選考に残った、これまたユニークな時代小説です。

 主人公は、町行く女性たちが振り返るほどの美形にして唄の師匠で生計を立てる浪人の陽次郎、そしてヒロインは、彼を一心に慕う…けれども焼き餅が玉に瑕、彼を振り向かせるためであればおかしな術をかけることも厭わないお稲荷さんの美少女・おりな――そんなおかしなカップル(?)が、江戸を騒がす事件に挑むライトな活劇であります。

 いまや毎月のように刊行されている妖怪時代小説ですが、意外なことに、ヒロインが人外――というのは珍しくなくとも、主人公にベタぼれというパターンは少々珍しい。
 どちらかというとこの辺りはライトノベルがお得意のスタイルでありますが、その辺りを違和感なく物語に取り入れ、二人を取り巻くキャラクターとの賑やかなやりとりで物語を進めていくのが、本作の魅力でありましょう。

 主人公二人のキャラクターもなかなか楽しいところで、色男金と力はなかりけり、を地でいくような陽次郎は、剣術はからっきし、ことあるごとに悪友の剣術ばかに道場で叩きのめされているという人物(また、この自分勝手で直情径行で剣術バカの悪友のキャラも楽しい)。
 しかし決して単なる軟弱者や軽薄な男ではなく、正義感と向こうっ気の強さは人一倍、そしてちょっとお人好しなところが好もしい。何しろ、おりなに惚れられるきっかけも、うっちゃられていたお稲荷さんのお社を気の毒に思い、わざわざ新しいのに替えてやったことなのだから、推してはかるべしでしょう。

 そしておりなの方も、人外らしい明け透けな形で陽次郎に迫りまくるものの、しかしそれがむしろ無邪気な形で現れるものだから、嫌味なく、微笑ましいものとして感じられます。
 料理の腕も上場、もちろん(?)美人とくれば、放っておく陽次郎もどうかと思いますが、そこは既に彼には意中の――そしてなかなか手の届かぬ――人がいて、というお約束のシチュエーションに腹を立て、ことあるごとに珍妙な術で妨害をするというのも、また端で見ている分には楽しいのであります。


 そんな二人が活躍する物語であるからして、当然内容の方も折り紙付き――と言いたいところではあるのですが、しかし、残念ながらそこでYES、と言えないところが残念なところです。

 本作の印象を正直に申し上げれば、「長い」の一言に尽きます。もともと少し厚めの文庫で、活字も普通より小さめということで、分量そのものが多いのは事実ではあります。
 しかし本作を長いと感じさせるのは、物理的な理由だけではありません。それ以上に、登場キャラクターや場面転換が多すぎて、逆に物語の本筋があまり進まないように見えるため、心理的に長く感じられるのであります。

 物語的にも、それなりに入り組んだ内容ではあるのですが、そこまでの分量が必要の内容には思えず…この内容と描写の分量のかみ合わなさが、残念ながら本作の読みにくさに繋がっていると感じられます。
 描写が足りなさすぎて食い足りない小説は最近しばしば目にしますが、描写が多すぎるのもまた…というのを、今更ながら感じた次第であります。
(実のところ、この辺りは新人賞の選評で指摘されている点なのですが…)

 先に述べた通り、主人公カップルのキャラクターは実に楽しいだけに、何とももったいない印象が残る本作。
 おそらくはこの先シリーズ化されるのではないかと感じますが、是非ともこの辺りは解決していただきたいと願う次第であります。

「いなりで御免!」(甲田朴子 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[い]5-1)いなりで御免! (ポプラ文庫ピュアフル)

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