« 「無頼の剣」 無頼と餓狼と鬼と | トップページ | 「伏 少女とケモノの烈花譚」第2巻 原作から踏み出した人の姿は »

2013.04.01

「西遊記」(新装版) 甦るぼくらの孫悟空

 あの「西遊記」であります。孫悟空が三蔵法師を護って天竺に向かうあの作品を、平安ファンタジーの名手にして児童文学作品も多い小沢章友と、日本を代表するファンタジーイラストレーターの一人である山田章博が描いた、新たなる「西遊記」です。

 「西遊記」については、今さらここでくだくだしく述べるまでもありますまい。TVドラマや漫画、本作のような児童向けリライトを通じて、我々も子供の頃から親しんできた、あの一大伝奇小説であります。
 本書のあとがきによれば、作者自身も同様に子供時代からこの作品を楽しんできたとのことですが、その作者が、次の世代のために愛する作品を描いたのですからつまらないはずがありますまい。

 ボリューム的にはわずか1冊ということで、長大な原典を、相当に圧縮したのは、これは確かに残念な点ではあります。
 内容を見れば、孫悟空の誕生から、彼が天宮を大いに騒がせ、お釈迦様によって五行山の下に封じられるまでが全体の半分近く。それから三蔵と出会ってその供となり、猪八戒・沙悟浄を仲間に加えて、妖怪変化を退治しながらの道中が続くわけですが――
 本書に登場する敵妖怪は金角・銀角大王と、牛魔王・羅刹女夫婦のみで、それ以外は(牛魔王夫婦の子の紅孩児も含めて)ばっさりとカット、もしくはダイジェストになっているのは、チョイス的には納得ですが、やはり些かの寂しさは否めないところであります。

 しかしそれで本作がつまらないかと言えば、もちろん答えは否。
 原典の最大の魅力であろう、ある意味すっとぼけた味わいすら感じさせる文字通り天地を股に掛けたスケール感は本書でも健在ですし、何よりも、孫悟空や猪八戒の時に暴力的ですらある稚気に満ちた暴れっぷりは、作者の筆によって、より愛すべきものとして再生しているように感じられるのです。
(ちなみに大暴れしつつも、強敵相手には相当の頻度で神仏神仙にすがる孫悟空がまた可愛い、というのはこの年齢になっての感想)

 もとより原典は児童向けの作品ではなく、それなりに生臭い部分も存在するわけですが、それをばっさり捨象することにより、よりプリミティブな面白さを圧縮・抽出してみせた…そんな印象が本書にはあります。
 そしてその印象をさらに強めているのが、山田章博のイラストです。その書き込みの緻密さ等、氏のイラストの見事さについては今さら言うまでもありませんが、本書においては、何と言っても悟空の表情が実によろしい。
 猿でありつつも猿すぎず、かといって人間でもない。剽悍であり不敵でありつつも、どこか間の抜けた愛嬌さが漂う…そんな孫悟空の表情は、まさに「ぼくらの」孫悟空という想いが浮かぶのであります。


 先に述べたとおり、それなりの分量の内容ではあるかもしれません。それでも、一時子供の頃に胸躍らせた作品に、その時の楽しさを甦らせつつ再会できるというのは素敵な経験でありました。


 そして小沢章友&山田章博による中国伝奇小説は、先に刊行された「三国志」に続き、この「西遊記」で二作品目。と来たら次はぜひ…と個人的には期待したいのであります。


「西遊記」(新装版)(小沢章友&山田章博 講談社青い鳥文庫) Amazon
西遊記 (新装版) (講談社青い鳥文庫)

|

« 「無頼の剣」 無頼と餓狼と鬼と | トップページ | 「伏 少女とケモノの烈花譚」第2巻 原作から踏み出した人の姿は »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/57076283

この記事へのトラックバック一覧です: 「西遊記」(新装版) 甦るぼくらの孫悟空:

« 「無頼の剣」 無頼と餓狼と鬼と | トップページ | 「伏 少女とケモノの烈花譚」第2巻 原作から踏み出した人の姿は »