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2013.04.20

「楽昌珠」 二つの夢と現実に迷って

 不思議な動物たちに導かれて辿り着いた桃林で十年ぶりに再会した蘇二郎・盧七娘・葛小妹の三人の少年少女。再会を祝すうちに慣れない酒に酔って眠りに落ちた二郎は、夢の中で三十代の官吏となり、宮中の権力争いに巻き込まれていた。やがて夢の中には七娘・小妹も現れるのだが、その姿は…

 森福都の中国歴史ものの中でも、おそらくは一番の異色作ではないでしょうか。
 舞台となるのは、作者が最も得意とする時代の一つである唐代、則天武后から玄宗までに至る二十年ほどの間なのですが…
 しかしその激動の時代は、本作の三人の主人公――蘇二郎・盧七娘・葛小妹にとっては夢の中の物語。全ては、彼らが夢の中で経験した(未来の?)出来事という設定なのであります。

 科挙を目指しながらも自分の限界を知ってしまった18歳の二郎、武術で名を上げることを夢見ながらも大けがを負った16歳の七娘、後宮に上がれるほどの美貌ながらも育ての親に売り飛ばされかけた17歳の小妹――
 かつて幼なじみとして過ごしながらもそれぞれの道を違え、そしてそれぞれの夢に挫折しかかった三人が、不思議な動物たちに導かれた先で再会する場面から、物語は幕を上げます。

 そして、そこに用意されていた飲み物食べ物に手をつけるうち、慣れぬ酒に酔って眠りに落ちた三人がそれぞれ夢の中で経験する出来事が、本作に収録された三つの中編の中で描かれることとなります。
 第1話の「楽昌珠」で描かれるのは、30代も半ばとなった二郎の物語。一念発起して科挙に合格しながらも、なかなか芽が出ずに苦労してきた二郎は、やがて則天武后の愛人であり、専横を極める張易之・昌宗を除かんとする宮中の動きに巻き込まれるのですが…その中で再会した現実――あの桃林での姿とは全く別の姿と年齢となった七娘、そして小妹と再会することになるのであります。

 そして第2話の「復字布」では、ふとしたことから則天武后の娘・太平公主の知遇を得た七娘が、行方不明となった隣人の息子を捜すため、娘子軍(宮中の女官たちで構成された部隊)の師範として宮中に潜り込み、そこで公主と後の玄宗の勢力争いのまっただ中に放り出されることに。
 最終話の「雲門簾」では、美しく成長し、一度は玄宗の閨に侍りながらも、その後長きに渡って孤閨を守ることとなった小妹が、玄宗の寵を競う後宮の争いに巻き込まれ、その中で自分たちを襲う呪いと対峙することとなります。

 いずれの物語も奇想天外な舞台設定ながらも、強く効いた作者得意の歴史ミステリの味つけが、魅力の一つとなっていることは間違いありません。
 しかしそれ以上に印象に残るのは、理不尽な状況に投げ出され、それでもその中で、権・武・寵、自分たちのかつての夢に手が届くところまでに辿り着きつつも、しかし過酷な運命に翻弄されてそれから引き離される、三人の主人公の姿そのものでありましょう。

 特に唸らされるのは、三人が夢見るのが、それぞれそのまま成長した姿ではなく、二郎のみが「現実」の延長のように年を経たものの、後の二人は、「現実」の記憶もなく、全く別の人間として、時差を持ってこの「夢」の中に現れる点であります。
 その時差が、どれほど恐ろしくも哀しい影響を彼らの運命に与えるか――特に最終話で描かれる二郎の姿には、およそ男であればその醜態を決して笑うことなどできますまい。

 自分が蝶になった夢を見たのか、蝶が自分になった夢を見たるのか――「胡蝶の夢」と呼ばれる荘子の説話があります。
 わずかな午睡の間に人の栄枯盛衰を経験した青年が、人の生の儚さを知る「邯鄲の夢」という故事があります。
 本作は「夢」にまつわるこの二つの有名な物語をおそらくは踏まえつつも、その二つを複雑に絡み合わせたかのような奇怪な世界を生み出すことにより、さらに陰影に富んだ物語を生み出していると申せましょう。


 あたかも合わせ鏡に迷い込んだかのような結末には、そこに移った無数の「現実」の姿のように、読む人それぞれの感想があるでしょう。
 私はその中で、「現実と夢と、そのいずれが真か」という問に意味があるのか? 果たしてそれを分かつ必要があるのか? という問いかけと――そしてそこから生まれる、ある種逆説的な「現実」肯定の、そして「夢」の肯定の姿を感じ取りましたが…さて。


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