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2013.04.26

「信長の二十四時間」 真に信長を殺したもの

 天下を目前とした織田信長は、天皇に譲位を迫り、自らは上皇となって日本を支配しようとしていた。信長により伊賀を殲滅され、復讐を誓う百地一党は、京の公家、そして秀吉に接近し、信長暗殺を狙う。周到に仕掛けられた策謀の末に訪れた運命の日、天正10年6月2日に信長が見たものとは。

 軍配者三部作で早雲・信玄・謙信ら戦国武将を描いた富樫倫太郎が描く次なる戦国武将は信長――それも、信長の生涯最期の日を中心に描く、ユニークな作品であります。

 武田家を滅ぼし、中国・四国平定にも王手をかけて天下布武を目前とした信長。しかし彼は秀吉の毛利攻めの応援に向かう途中、京の本能寺に滞在した際に光秀に攻められて自刃、嫡子の信忠も落命し、以降の天下の趨勢は一気に秀吉に傾くこととなります。
 …という史実は誰もが知るとおりですが、本作で描かれるのは、その本能寺の変の裏側。なぜ信長はわずかな手勢で本能寺に入ったのか。なぜ光秀は信長に謀反したのか。なぜ信長の遺体は見つからなかったのか。冷静に考えれば数多いこの日本大事件の謎・疑問の一つ一つを、本作は解き明かしていきます。

 最も、日本史上最大のミステリーの一つである本能寺の変を扱った作品は少なくありません。いや、戦国もので信長が大人気であることを考えれば、むしろ相当数の作品で、その作品なりの解釈が行われていると言えます。
 そんな中で本作が持つ独自性は二つ――まず一つは、事件の原因を、信長の政策に求めている点であります。

 天下布武を目前とした信長が求めたもの――それは、天皇を譲位させて、自らの娘を入内させた次の天皇を即位させて、上皇の地位に就くこと。
 そしてそれだけでなく、織田家に仕える者を含め、全ての大名の領地を返上させ、この国の全ての土地を天皇家のもの――すなわち、自らの下に置くこと。

 漢の高祖を手本としたこの政策により、絶対君主たらんとした信長ですが――しかしそれは、直属の配下ですら、いや彼らこそが、天下統一の後は切り捨てられることを意味します。
かくて、自らが切り捨てられることを知ったある武将が信長暗殺のために、驚天動地の完全犯罪を目論むこととなるのであります。

 そして本作の独自性のもう一つは、信長と、彼を取り巻く様々な人々の思惑が絡み合い、頂点に達する天正10年6月2日、本能寺の変のその日の二十四時間を、本作のクライマックスとして用意した――そう、まさに信長の二十四時間を描いた点であります。

 「その日」に何があったのか…それは、後世の研究でかなりが明らかになっているものと思われます。しかし、あくまでも点として存在しているそれぞれの出来事を、本作は先に述べた独特の信長の思想を踏まえて線として結び、そこに異形の本能寺の変の姿を浮かび上がらせます。
 我々のよく知る史実に、もう一つ別の角度から光を当てることにより、もう一つの、あったかもしれない史実=虚構を生み出す――本作は、優れて伝奇的な手法により描き出された物語なのであります。


 しかし、本作において真に注目すべきは、本作で信長を、周囲の人間を見舞った運命が、何によってもたらされたか、ということでありましょう。

 己を絶対君主――すなわち、天下国家を、そこに暮らす人々を国を己の意志の下に一つにせんとした信長。しかしそれを力で、恐怖で為さんとしたことが、個人同士のポジティブな結びつきを――親と子の間すら――失わせ、それが結果として信長を殺したのであります。

 それはもちろん、古今東西の独裁者が辿った末路と言えるかもしれません。しかし、それが現代に生きる我々一人一人と無縁の、特異特殊な事象と感じられないのは、これは私の考えすぎでしょうか。


 本作に描かれた史実と史実を結ぶ、虚構の側の代表たる百地一党の姿が作中ではあまり深く掘り下げられていないという点は確かにあります。
 その分を終盤の、特にエピローグにまとめて語ったことで、本作の余韻自体が何やら慌ただしいものとなってしまった点もまた、残念な点ではありましょう(この辺り、続編を想定しているのでは…と想像するのですが)。

 しかしそれを補ってもなお、本作は魅力的な、刺激的な歴史奇譚であり――それを切り取って見せた本作の視点は賞すべきものだと感じるところであります。

「信長の二十四時間」(富樫倫太郎 NHK出版) Amazon
信長の二十四時間

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コメント

昨日、この本を読み終えました。これは本書の適切な書評と思いますが、誤記は頂けません。この書評の4行目、嫡子の信秀も落命し、は「信忠」の誤記ですから、速やかに訂正されますよう。

投稿: 安井博幸 | 2013.06.16 09:35

安井様:
ご指摘いただき、ありがとうございます。早速修正しました。
信秀では父親ですね。お恥ずかしい。

投稿: 三田主水 | 2013.06.16 14:45

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