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2013.04.10

「琥珀枕」理外の存在と人間の欲望と

 東海郡藍陵県の県令の子息・趙昭之は、年経りたすっぽんの化身である徐庚先生の下で勉学に勤しんでいた。昭之に世間を学ばせるために、丘の上の遠見亭から、市井の人々の姿を見せる徐庚先生。そこで昭之が見た人間の奇々怪々な姿とは…

 中国ミステリの名手である森福都による、短編連作形式のユニークな作品であります。
 何がユニークかと言えば、そのスタイル。年経りて神通力を得たすっぽんの化身である
徐庚先生が、県令の息子である12歳の少年の家庭教師として世間を見せるという形で、そこで起きる可笑しくも哀しく、そして恐ろしい事件の数々が語られていくのですから…
 そしてまたその事件に登場する人々も、その前の事件に顔を出した人物が、次の事件では中心になったりいう趣向も何とも楽しいところであります。

 そして収録された七編の物語の内容はといえば――
「太清丹」…二百日間飲み続ければ不死の体になる太清丹。それを手に入れた鄭万進は百日まで飲んだところで何者かに薬を盗まれてしまうが。
「飢渇」…後宮の権力争いに巻き込まれて逃げてきた白史雲。返り討ちにした刺客の死体の処理に困った彼の前に、異常な大食漢の乞食が現れて。
「唾壺」…継母から虐待されてきた莫士良の前に現れた女。自分を幽霊だと言う彼女は、莫家の壁に埋められた唾壺を探すよう持ちかける。
「妬忌津」…美女を水中に引きずり込む白い腕の妖怪が出没する妬忌津。美女の人面疽に憑かれた呉仲彦は、この妖怪の正体を暴こうとするが。
「琥珀枕」…妻の不貞を恐れる旅商人から伝言を預かった周南。しかし商人の家では、妻の不貞相手が何者かに殺害されていて…
「双犀犬」…少女時代に家を奪われ、二頭の犬を供に家を出た昭之の母・妙英。不思議な予言を受けた妙英は、殺人事件の犯人の嫌疑を受けるが。
「明鏡井」…会いたいと願う相手の顔が映る明鏡井。その井戸に男の死体が浮かんだ。昭之は富家の少年・楊子及からその謎を解けと挑発される。

 各話のあらすじを――そして何よりも徐庚先生の設定を見ればわかるように、本作の世界観は、妖怪や幽霊、神仙といった者が当然に存在する世界であります。
 いわば理外の存在であるこれらが登場することにより、作者の得意とするミステリ味は一見薄れたようにも感じられますが、しかし、実のところはそうなっていないのが面白いところ。

 たとえば「双犀犬」では、作中にいくつも登場する予言の謎解きが中心となるエピソードですが、この謎解きの手法は、ある種の暗号解読として読むことが可能であります。
 また、「妬忌津」の妖怪の「正体」探しも、妖怪の奇怪な姿と行動にもかかわらず、極めてロジカルに展開していくのが――それでいて探偵役が、人面瘡という紛れもない妖怪にに取り憑かれた男だというのが――実にユニークであります。

 しかしそれ以上に目を引くのは、各エピソードで繰り広げられる、極めて生々しい人間の欲望の姿であります。
 色欲、金銭欲、食欲(!)等々…本作で描かれる数々の欲望の姿は、超自然的な存在が当たり前に絡む物語であるからこそ、より一層、現実の、生のものとして読む者の胸に迫るのです。

 それでも各エピソードの読後感が決して悪くないのは、それらが、徐庚先生の指導を通じて昭之が目撃したものとして、一拍おいて描かれることもあるでしょう。
 そして何よりも、最終話である「明鏡井」の結末を見れば、この奇想天外な妖怪たちと、生々しい人間の欲望が入り組んだこの世界を通じた徐庚先生の授業が、決して無駄に終わったわけではないことが――少年の成長に繋がっていることが――感じられるのが、何とも爽やかな後味を残してくれるのであります。


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