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2013.05.24

「るろうに剣心 新京都編 後編 光の囀」 ドラマなき戦いの果てに

 前編を取り上げてからだいぶ間が空きましたが、「るろうに剣心 新京都編」後編であります。前編では、志々雄真実の一党による武装蜂起を防ぐために京に向かったものの、逆刃刀を折られた剣心が、新たな逆刃刀を手にするまでが描かれましたが…

 さて、前編は御庭番衆の操視点から描くとのことで、色々と考えさせられました。
 その後つらつら考えるに、操は「るろうに剣心」という作品の重要なテーマである「過去の清算」と「未来への継承」を――言うまでもなく特に後者を――体現する存在であった(薫と弥彦は京都編では部外者であるわけで)か、と今更ながらに思い至ったわけですが…

 まさか後編はそんなものが全く関係ない内容となっているとは…


 この後編は、京都編のラストまで――すなわち、志々雄の最期までが描かれることとなりますが、そこで登場するのは、宗次郎、安慈、不二の面々。正直なところ、後編はわずか45分、その時間でこれだけのキャラクターを消化できるのか――宗次郎以外は前編に登場していなかったと記憶するだけに――心配になったのですが、やはりその心配は当たってしまったという印象であります。

 原作に比べると、志々雄たちとの決戦が、彼の本拠地ではなく、甲鉄艦・煉獄で行われることとなったのが大きな変化。原作での煉獄はあまりにあっさりと(かなり無茶な形で)沈められたので、これはこれで良い改変であったと思います。
 そしてそこに京都大火の企てが平行して描かれ、左之助vs安慈、斎藤vs志々雄、比古清十郎vs不二、剣心vs宗次郎が展開されるのですが――この豪華バトルを消化するだけであっぷあっぷだった…というしかありません。

 そのバトルの内容も、この新京都編の特徴の一つである、「必殺技が登場しないバトル」が、足を引っ張った印象です。作画自体は決して悪くありませんが、必殺技なしに繰り出される技の応酬は、どうにもメリハリがない。
 そしてまた、原作における必殺技の存在は、単に相手を傷つけるだけのものではありません。左之助と安慈の二重の極み対決、清十郎から剣心への天翔龍閃継承…その存在は、時として人と人を結ぶ手段ともなるのです。

 が、本作は――剣を交えることで心が伝わることもあると語りつつも――必殺技がオミットされたことで、そうした戦いの中のドラマ、あるいはドラマチックな戦いというものもまた、同時に省かれてしまったのであります。

 剣心の最強技が柄頭の一撃という珍妙な事態は、そのある意味象徴かもしれません。蒼紫がその技であっさり処理されたこともまた…
(冷静に考えればあれは神谷一心流の技に近いものであり、それはそれで意味があるのかもしれませんが)

 いずれにせよ、前編で色々考えたことが、後編でほとんど全く意味がなかったというのはなかなか衝撃的ではありましたが…いやはや。


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