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2013.05.13

「けさくしゃ」 お江戸で書くこと、物語るということ

 腕っ節は弱いが、趣味人としては知られた小普請組の旗本・高屋彦四郎。そんな彼の話作りの才能に目を付けた版元・山青堂は、彼に戯作者になることを持ちかけてくる。ためらいながらも戯作の道を歩き始める彦四郎だが、その前には様々なトラブルが…柳亭種彦、若き日の物語。

 相変わらず快進撃中の畠中恵が、お江戸の出版業界を舞台に描く、ユニークな連作集です。
 主人公となるのは高屋彦四郎――またの名を柳亭種彦。本作は、後に「偐紫田舎源氏」で一大ベストセラー作家となる、あの種彦のデビュー前後を舞台とした物語なのであります。

 狂歌連で耳にした話を元に、そこに尾鰭をつけて新たな物語を作ったところ、それが正鵠を射ていた彦四郎。その噂を聞きつけた版元・山青堂は、彼に戯作者デビューを持ちかけます。
 それに心動かされたものの、小普請とはいえ彼も旗本。時に思わぬ筆禍を招きかねない戯作に手を染めることにためらいを覚えていたところに、思わぬ騒動に巻き込まれることになります。彦四郎はその真相を暴くために、騒動を題材に戯作を書いてみることに…

 というのが第1話。以降、戯作者としての一歩を踏み出した彦四郎が、盗作・版元の対立・発禁・作品の舞台化等々、出版界ならではの様々な事件に巻き込まれ、その中で戯作者として少しずつ成長していく姿が描かれることとなります。

 畠中恵といえば、個性的なキャラクターが、ちょっとユルくて、しかしシビアな事件に巻き込まれる様をテンポよく描く作家というイメージがありますが、本作においてもその魅力はもちろん健在であります。
 何よりも、気は強いが腕っ節はからっきしで虚弱体質の彦四郎はもちろんのこと、そんな彼の周囲に集まった人々がまた面白い。
 彦四郎がベタ惚れの、優しく無邪気な奥方・勝子。強欲でお調子者、しかしどこか憎めない山青堂。そして気は利くし腕は立つが、主を主とも思わないような中間・善太。

 およそ真っ当な侍の下では生まれないような繋がりで集まった面々が、彦四郎を支え、彼とともに様々な難事に挑む時の楽しさ、暖かさは、気心知れた人間たちが集まった時のそれであり、実に居心地のいい世界を生み出しているのであります。


 しかし本作のもう一つの特徴であり、本作の真の中心というべきは、江戸の、江戸時代の出版界、出版事情そのものでありましょう。
 本作は、それと本来最も遠いところにあって、当然ながら知識を全く持たない彦四郎を一種の狂言回しとすることにより、同様に知識を全く持たない我々にもわかりやすく、その特異な世界の姿を浮き彫りにするのであります。

 そこで描かれるのは、現代の我々でも耳にしたことがあるような言葉や出来事だけではありません。
 政治的なるものを題材としただけで、書き手や周囲の人間の命すら危うくなるという禁書にまつわるものや、本来は幕府の武士である彦四郎のような旗本が戯作にかかわることのリスクなど、現代では――全くないわけではないものの――ほとんど存在しないような、江戸時代特有の事情が、我々に突きつけられるのであります。

 そして結末に至り、本作の二つの特徴は一つに結びつくこととなります。
 時に不自由きわまりない、文字通り命取りとなる事態を招きかねない、江戸時代において「書くこと」「物語ること」。旗本にして駆け出し戯作者という彦四郎が、そんな事態に直面したとき、彼の中でその行為ははっきりと内面化されるのであり――そしてそれこそが、真に戯作者・柳亭種彦の誕生の時となるのであります。

 本作はまさにその時を持って終わりますが、しかし彼の戯作者としての人生はこれからが本番であり、そしてそこでのみ描ける、江戸の出版事情にまつわる物語も少なくないはず。この一冊で終わらせてしまうには勿体ない、彦四郎の物語、江戸の出版界の物語なのであります。


 と…最後に蛇足を承知で申し上げれば、個人的に残念だったのは、本作で彦四郎が「物語ること」の力とその意味にもう少し突っ込んでほしかったという点でしょうか。
 その点は、第1話での「現実の事件を戯作化して解決した上で、さらにその美しい結末を現実化する」という構造が見事だっただけに、それ以降はそれがほとんど見えてこなかったのが、ミステリ的にも面白い趣向だっただけに、いかにも勿体なく感じたところです。

「けさくしゃ」(畠中恵 新潮社) Amazon
けさくしゃ

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