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2013.05.17

「戊辰繚乱」 幕末群像の中の狂気と悲しみ

 遊学の名目で会津から江戸に出て自堕落な毎日を送る山浦鉄四郎は、ある日誤解から同じ藩の少女・中野竹子に叩きのめされる。竹子に勝つため、試衛館で剣の腕を磨くようになった鉄四郎は、藩主・容保の上洛に伴い、京に向かうよう命じられる。幕末の動乱に巻き込まれていく鉄四郎と竹子の運命は…

 今年の大河ドラマ「八重の桜」は幕末ものですが、本作はそちらと同じく会津の人々を主人公に描く作品。ですが、そこは青春歴史小説の若き名手が描くだけあって、通り一遍の作品ではありません。

 本作の主人公・山浦鉄四郎は、実在の人物であります。幕末に京都守護職を拝命した松平容保に伴い京に上り、そこで新撰組に参加。記録によっては藤堂平助の友人と記されているらしく、おそらくはその縁でしょうか。
 その後、会津に戻り会津戦争の籠城戦にも参加し、その剣の腕を発揮したとのことですが――さほど記録が残っておらず、そしてよく知られた人物というわけでもありません。

 その意味では、ヒロイン・中野竹子の方が今年は知られていることでしょう。大河ドラマでは黒木メイサが演じている彼女は、会津藩切っての女傑として知られ、会津戦争においては武士の妻女たちを集めた娘子隊を率いて戦ったという人物です。

 そんな勇名を馳せた二人を、しかし本作は、あくまでも等身大の若者として描き出します。
 剣にも勉学にもやる気がないまま、ただ会津にいるのは御免と江戸に出て、西周の塾で学ぶ――しかし落第すれすれの――鉄四郎。そんな彼は、ある春に町で竹子の妹・優子とぶつかったことがきっかけで竹子に一方的に叩きのめされることになります。

 一つにはその屈辱を晴らすため、もう一つには美しい竹子に惹かれて、彼女との再戦に望まんと、やはり竹子がきっかけで知り合った試衛館の面々とともに、剣を磨く鉄四郎。やがて鉄四郎と竹子の間に不思議な交流が生まれるのですが――


 幕末ものというのは、題材には困らないようでいて、実は小説に、フィクションにするには実はかなり難しいのではないかと常々考えています。一つには、時代が現代と近すぎて、フィクションを描く幅が限られてしまうこと。もう一つには、有名な史実――事件や人物が多すぎて、ややもすれば、フィクションがその中に埋没してしまいかねないこと。
 作品独自の要素を持たせようとしても、史実の波瀾万丈さに負けてしまい、史実を描こうとしても、有名過ぎて独自性に欠けてしまう――いささか大げさに言えば、そのような難しさがあると感じるのです。

 しかし本作は主人公設定の妙により、それを軽々とクリアしていると感じられます。
 新撰組と行動をともにし、会津戦争にも参加した人物であって(さらに言えば、竹子とも現実にある接点を持つ)、なおかつ、経歴には不明な部分も多い…そんな実在の人物である鉄四郎に、本作は攘夷も佐幕も関係ない、そして未来に向けた展望もそれほどあるわけでもない、一種の閉塞感を抱えた若者としての性格を与えることにより、本作は幕末の狂瀾を、一種俯瞰的に、かつ主観的に――そして一定のリアリティを持たせつつ――描き出すことに成功しているのであります。

 しかし、そんな鉄四郎の、現代の我々からも十分共感できる視点から描き出された幕末の姿は、それだけにどこまでも重く切実であり、突き刺さるような痛みを感じさせるものであります。
 いわばそれは、イデオロギー的な格好良さを剥ぎ取った、ナマの幕末像…歴史のうねりなどといった、わかったような言葉で語るにはあまりに巨大な狂気と悲しみの連鎖であって――そしてそれは、当然のことながら、鉄四郎だけを傍観者の立場に置きはしません。
 主義主張も関係なく、ただ自分の大事な人を守りたいだけだったにもかかわらず、彼もまた、いつしかその狂気に蝕まれ、その悲しみを背負うことになるのですから…

 愛情や友情、自尊心や郷土愛…人間が人間であるために存在する、本来であれば人間性の善き部分と呼ぶべきもの。しかしそれがあるからこそ、一人の力ではどうしようもない巨大な力の前で、人は苦しみ、狂っていくことがある――本作は、そんな残酷な真実を我々に突きつけます。

 それに抗する術はないのか? そんな我々の切なる問いかけに、本作は結末において、一つの小さな答えを用意しています。正直なところ、それは理想であり、それこそリアリティのないものに感じられるかもしれません。

 しかしそれも揺るぎない史実であることを知れば――そして本作がそこに至る道のりを丹念に描いてきたことを考えれば――そこに私は一つの小さな希望と、作者の静かな、優しい眼差しを感じられるように、私には感じられるのです。

「戊辰繚乱」(天野純希 新潮社) Amazon
戊辰繚乱

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