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2013.07.17

「忍者月影抄」 三重の対立構造の中で

 江戸日本橋に晒された三人の裸女――彼女たちはいずれも紀州時代の徳川吉宗の側妾だった。倹約を強いる吉宗への面当てに、残る側妾七人も晒さんとする尾張宗春の命により、各地に飛ぶ御土居下組の甲賀忍者と尾張柳生各七名。吉宗はこれを阻むため、御庭番の伊賀忍者と江戸柳生各七名に密命を下す。

 山田風太郎の長編忍法帖再読シリーズ、今回は享保時代を舞台に忍者と剣士が入り乱れた十四対十四の死闘が描かれる「忍者月影抄」であります。

 時代もので名君として取り上げられることも多い八代将軍徳川吉宗ですが、彼のライバルとしてまたしばしば登場するのは、尾張の徳川宗春であります。この二人、八代将軍を巡る確執があった上に、大雑把に言えば吉宗は緊縮政策、宗春は消費刺激策と水に油の状態…。

 ここで宗春が企んだのが、紀州時代の吉宗の漁色ぶりを天下に知らしめて、その聖君面を嘲笑ってやろうという、とんでもない計画。
 その実行部隊に選ばれたのが尾張藩の隠密部隊・御土居下組の甲賀忍者と、尾張柳生の剣士たちであり、それを察知した幕府側がこれに抗するに伊賀忍者と江戸柳生の剣士を投入したことから、事態は単なる(?)面当ての域を超えた血戦魔戦へと突入していくこととなるのであります。

 何しろ、甲賀卍谷と伊賀鍔隠れは数百年にも渡る怨敵同士。さらに江戸柳生と尾張柳生も、これまた時代ものではお馴染みの、祖を同じくしながらも、それだけに因縁重なる宿敵同士――というわけで、本作の何よりも見事な点は、吉宗と宗春、すなわち江戸と尾張の対立に、伊賀と甲賀、江戸柳生と尾張柳生を重ね合わせた三重の対立構造にあると言えるでしょう。
 本作のタイトルは、このライバル関係を踏まえての本作の序盤の一文――いずれが天心の月か、水にうつる月影か――を踏まえてのものであることは言うまでもありますまい。
 この辺り、大きく見れば徳川家内の対立関係に伊賀と甲賀が駆り出されるというのは、これは記念すべき忍法帖第一作の「甲賀忍法帖」以来の構図ではあるのですが、しかしそこに剣士同士の対決が加わったというのが実に面白い。

 …のですが、実は彼らは忍者に比べると、いかにも弱い。実際、作中でも忍者たちに密かに邪魔者にされ、時には捨て駒扱いされているのであります。
 初読はこの辺りが不満だったのですが、しかし読み返してみると、彼ら柳生剣士は、その出番が少なくまたあっさりと死んでいくだけに、その剣戟描写は研ぎ澄まされて感じられるのは、大きな発見でありました。
 特に冒頭の三対一の決闘シーンなど、簡潔な文章の中に新陰流の奥義の名が散りばめられ、短い中でも非常に印象的な描写として感じられるのです。

 ちなみに本作に登場する忍者は、個人的には「外道忍法帖」に並ぶ超人ぶり、どう考えても忍法というよりスタンドみたいなのがゴロゴロ登場するのですが、それがこの剣法サイドの描写といい具合にお互いを引き立てあっているようにも感じられる次第です。


 …しかし、もう一つ注目すべきは、彼らが戦う目的でありましょう。
 登場する忍者たちがある目的のために嬉々として命を捨てる、その無情さがしばしば語られる山風忍法帖ではありますが、しかし本作の目的は、忍法帖数ある中で――特にいわゆるトーナメントバトル型の中で――屈指のつまらない理由ではありますまいか。

 次代の将軍位を巡る争いでもなければ、滅び行く血筋を守るためでも秘宝争奪のためでもない、言ってみれば歴史の大きな流れとは無縁の、面当て、鬱憤晴らしのための戦い――
 一歩間違えればギャグにもなりかねない(むしろ忍法帖短編にありそうな)目的に対し、まったく疑問を抱くことなく、嬉々として死んでいく忍者たち、剣士たち…

 本作は、あるいは忍法帖数ある中でも屈指の非情な作品なのかもしれない、と今さらながらに感じた次第です。


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