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2013.07.09

「約束 蘭学塾幻幽堂青春記」 妖を通じて描く青春という時代

 玄遊堂の変人たちの中で蘭学を学ぶ水野八重太は、いつも反りの合わない秋貞司朗がしばしば姿を消すのに気付く。密かにその後を追う八重太だが、行く先々で辻斬り事件に遭遇。さらに、この世ならざる奇怪な世界に迷い込み、妖に襲われる羽目になってしまう。果たして秋貞の秘められた過去とは…

 幕末の京を舞台とした小松エメルのユニークな青春学園(?)怪異譚「蘭学塾幻幽堂青春記」の待ちに待った第2弾であります。
 はるばる多摩から京の蘭学塾・玄遊堂にやってきた少年・水野八重太が、変人だらけの同窓と、怪異だらけの京都の中で成長していく姿が、今回も可笑しくも物悲しく、騒々しくも微笑ましく描かれております。

 今日も今日とて玄遊堂で勉学に勤しむ八重太。しかしやる気が全く感じられない師・玄遊をはじめ、正義バカの中村、からくりマニアの泉ら奇人変人たちに振り回され、気持ちは苛立つばかり。
 そんな中、彼を最も苛立たせる存在である冷血漢で皮肉屋の秋貞司朗が、何やら怪しげな動きを見せている…と八重太が気付いたところから物語は始まります。

 反発心と好奇心から秋貞の後を付けた八重太ですが、しかしいつの間にかいつまでも夕焼けが続くかのような異界に紛れ込んでしまいます。かろうじてそこを抜け出したかと思えば、決まって起きる辻斬り事件。さらに秋貞の着物に血がべったりとついていたとくれば、八重太ならずとも悪い方向に想像は向かいます。
 異界も、辻斬りも恐ろしいが、何よりも机を並べて学ぶ仲間に疑いを抱くことこそ恐ろしい…と、なおも秋貞をつける八重太の前に現れるのは、謎めいた辻占の女、彼を一方的に辻斬りと疑う謎の男、秋貞と旧知らしい、しかしどこかよそよそしい男たち――

 と、今回も奇怪な事件に巻き込まれた八重太が、ひたすらに奔走する果てに事件の真相が浮かび上がる…という構造自体は前作と同じですが、今回描かれるのは、仲間への疑いという、より重く、深刻な問題。
 そしてたどり着いた事件の真相――この場合は秋貞の過去とほぼ同義なのですが――もまた、何とも人の世の暗い部分をえぐり出したような、そんなやりきれないものであります。

 しかし…しかしそれでも本作読後感が極めて爽やかなのは、たとえ何があろうとも――辻斬りだろうが妖だろうが負けることなく、ただひたすらに友を信じる八重太の、そして普段は滅茶苦茶なくせに、いざという時はやたらと頼もしい玄遊堂の面々の姿があるからにほかなりません。
 彼らの努力は、無駄なものになるかもしれない。裏切られるかも、疎まれるかもしれない。それでもなぜ努力するのか――その答えはただ一つ、仲間が苦しんでいるから!

 青いと言えば青いでしょう。甘いと言えば甘いでしょう。それでも決して彼らの奮闘を笑う気にならないのは、そこに(気恥ずかしさを覚悟の上で言えば)青春時代にのみ許される勢いというものがあるからであります。
 そして本作を読んでいる間、それは私たち読者とともにあります。

 優れた青春ものというのは、読者に、かつて自分もそのような青春を経験したことがあった/これから自分もそのような青春を経験できると――もちろんそれはほぼ完全に錯覚なのだと自覚していてもなお――感じさせる作品なのではありますまいか。
 だとすれば本作は紛れもなく優れた青春ものなのであります。

 もちろん、その輝きを以てしても祓えない闇は存在します。いや、この世の外の暗い世界に在る妖の存在を通して描かれる物語には、必然的にネガティブな色彩がつきまとうものでしょう。
 それでもなお――本作は、いや小松エメルの作品は、世の中そんなつまらない面ばかりではない(かもしれない)よ、という言葉をかけてくれるのであります。

 もちろんそれは青春という短い期間にのみ許された虚勢かもしれません。秋貞を包む闇はなお深く、そして辻占の女が八重太に見せた未来図も、この先に待つ悲しみを予想させるものであります。
 それでもなお――この先に待つものが悲しみだけではないと信じられる。いつかそこを巣立つことはあっても、しかしそれは決して悲しい別れではないことを私は信じている次第です。

 そしてもう一つ、こんな面白い連中との青春時代を、そうそう簡単に終わらせられてはたまらないとも…


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