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2013.08.05

「邪神たちの2・26」 帝都を覆う影、その正体は…

 昭和10年、父の危篤に故郷に帰った陸軍少尉・海江田は、父がかつてアメリカで魚人の町に迷んで邪神の脅威を知り、九頭龍川の邪神を封じていたことを知る。さらに北一輝から、帝都に邪悪な黒雲が現れたことを知らされた海江田は、邪神たちに憑かれた重臣たちを討つことを決意するのだが…

 ほぼ毎月のように精力的に日本人作家によるクトゥルー神話作品を刊行している創土社のクトゥルー・ミュトス・ファイルズシリーズ。その最新巻は、かつて学研ホラーノベルズから約10年前に刊行された、田中文雄の「邪神たちの2・26」であります。

 タイトルからも明白なように、本作の舞台背景となっているのは、あの二・二六事件。昭和維新を掲げた陸軍青年将校たちが決起して首相官邸を襲撃したクーデター事件…などと今更解説するまでもありませんが、その背後にクトゥルー神話の邪神の存在が、とくれば見逃せません。

 九頭龍川沿いの村の神社の宮司であった父危篤の報に、故郷に帰った陸軍少尉・海江田清一。ほどなく亡くなった父は、しかしその晩に甦って姿を消し、その後を追った海江田は、神社の本殿地下に広がる地下洞窟で父が奇怪な怪物に貪り食われる様を目撃します。
 そして海江田が見つけた父の遺言状に記されていたもの…それはかつて船員だった父がアメリカのとある田舎町で恐怖の一夜を過ごし、「ハワード」なる男に救われた父が、虎視眈々と地球を狙う太古の邪神の存在を知り、九頭龍川に眠るそれを封じていたという事実で――

 と、冒頭三分の一程度を使って語られるこのエピソードだけで、愛好者にはもうたまらないでしょう。故郷に帰った主人公が、肉親の奇怪な死に際して、肉親が封じていた邪神の存在とその復活を知り…というのは、まさしくクトゥルー神話のパターンの一つ。
 さらにその中で語られる過去の物語は、ラヴクラフトのあの名作の真相とも言うべきもの――というより、なんとHPL御自らが大活躍してくれるのですから!


 といういわばプロローグ部分でまず大いに盛り上がる本作ですが、いよいよ邪神との対決本番である二・二六事件に至るそれ以降の部分が、どうにも盛り上がらない…というのは、初版が刊行された際に読んでの正直な印象であります。

 海江田たち青年将校が決起するまでの経緯と、帝都に現れた邪神の跳梁を、将校たちの精神的支柱であり、一種の霊能力者であった北一輝の存在で以て結びつけるというのは、これは見事な着想と申せましょう。
(また、詳しくは伏せますが、海江田と北が最終決戦に向かった地の描写なども実にいいのであります)

 しかし、二・二六に至るまでの描写があまりに淡々と(というより史実のほぼトレースでありましょう)して味気ない上に、そもそも何故この時代の日本に邪神たちが現れ、日本を破滅へ導こうとしていたのか、それがどうにもすっきりとこなかったのであります。
 一言で(いささか厳しく)表せば、史実と神話作品の摺り合わせがあまりうまくいっていない、ただ貼り合わせただけになっていると申しましょうか…

 今回再読して、自分なりに想像して埋め合わせることができるようになった部分はないわけではありませんが、しかしやはりこの印象を拭うに至るまではいかなかった、というのが正直なところであります。

 ただ一点、今回読んでみて、本作において邪神が憑依したとされる重臣たち――二・二六事件の犠牲者となった彼らに、本当に邪神が憑依していたか、その点が全く描かれないのが、なかなか興味深く感じられました。
 この点については北一輝がそう語るのみで終わっているのですが、果たしてそれが真実であったのか、はたまた北の妄想であったのか明確でないまま、青年将校たちが淡々と「魔物退治」していく様は、なかなかにうそ寒いものを感じさせてくれるのですが…

 あるいは、この点にこそ本作の狙いがあるのでは、というのは考えすぎでありましょうか。
 いずれにせよ、北と海江田ら青年将校らによる魔物祓いの結果が、見方を変えればさらなる混乱をこの国に、世界にもたらしたのですから…

「邪神たちの2・26」(田中文雄 創土社The Cthulhu Mythos Files) Amazon
邪神たちの2・26 (The Cthulhu Mythos Files7)


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