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2013.08.06

「エンバーミング」第3-5巻 和月流ダークヒーローの貌

 最新巻が出てからもだいぶ時間が経ってしまいましたが、連載再開を祝してあえて取り上げます「エンバーミング」ロンドン編。このロンドン編、内容的には第一部完と言ってもいいような展開だけに、実に得るところが多い内容なのです。

 舞台となるのは、フランケンシュタイン博士による人造人間創造の成果が密かに、しかし着実に継承されて新たな人造人間が生み出される異形の19世紀。
 そこで人造人間と関わったことで幼なじみを、平穏な暮らしを、そして自らの命すら失い、人造人間として復活した青年フューリーが、自身を含めた全ての人造人間を破壊するための旅を続ける様を一方の極に――そして、命を失って人造人間として復活した少女・エルムと、彼女を人間に戻すために研究と戦いの旅を続ける青年アシュヒトをもう一方の極に、物語は展開していくこととなります。

 そしてこのロンドン編で描かれるのは、かの「切り裂きジャック」にまつわる事件であります。
 実はジャックこそは、フューリーと彼を生み出した女医・ピーベリーが最大の敵とする人造人間の最高峰・究極の8体のうちの一人・リッパー=ホッパー。コントロールを失って殺人鬼と化したリッパーを破壊するため、ヒューリーとアシュヒトが共同戦線を張って戦う、という展開は、二つの主人公チームの初揃い踏み、という点もさることながら、それが単なる利害関係の一致の産物でしかないというシビアな関係がなかなかに面白い。

 そんな彼らの依頼主が、政府高官で弟に探偵がいるマイク=ロフト(仮名)氏というのはちとベタではあります。しかし、政府/警察側が、ジャック=リッパーを追うために犠牲者の一人(記録上の最後の被害者メアリー・ケリー!)を人造人間化して証言を引き出そうとするブラックな展開など、現実とギリギリ背中合わせの本作ならではの世界観を見せてもらった印象があります。


 しかし個人的に最も印象に残ったのは、このロンドン編を通じて、和月伸宏流のダークヒーロー観とも呼ぶべきものが見えてきたように感じられる点です。

 本作に登場するいわゆる「主人公側の」メインキャラクターは、ほとんど例外なく、正義の味方などではありません。彼らが戦う理由は、突き詰めれば全て自分のため、自分自身の目的のため――失われて二度と還らない過去のため、であります。

 ヒューリーとDr.ピーベリーは言うに及ばず、愛するエルムを人間に戻す――そしてそれはおそらくは、現在の人造人間としての彼女の人格を消滅させる――ために情熱を燃やすアシュヒトもまた、失われた過去を取り戻そうとする暗い情熱に取り憑かれた人物。
 本作は、彼ら過去を失った、過去に囚われた者たちが、己のエゴのままに戦う物語なのであります(エルムや物語の第三の極たるジョン・ドゥーのような存在もおりますが、二人の場合は、過去を持たないという意味で、逆説的に過去に囚われている、と感じます)

 先日映画化され、「キネマ版」としてセルフリメイクされてた「るろうに剣心」が、血塗られた過去を背負った男が現在を守り、未来を勝ち取るために戦う物語だとすれば、本作は、現在を失った男が未来に背を向け、血塗られた過去に囚われたまま戦う物語――同じように過去を背負いながらも、あくまでも未来を見据えていたヒーローであった剣心とは、明確に異なる主人公像がここにはあります。

 しかし――それでもなお本作の主人公たち(少なくともヒューリー)は、「ヒーロー」と呼べる存在であることが、このロンドン編では示されます。
 リッパーにより(自ら捨てたとはいえ)母メアリを、イースト・エンドの仲間たちを殺され、天涯孤独となって己の殻に閉じこもった少女・バイオレット。ヒューリーの失われた幼なじみと瓜二つの彼女(それにはある因縁があるのですが)を前に戦うヒューリーは、その理由があくまでも自分自身のためであっても、彼女の心を大きく揺さぶり、そして再び立ち上がる力を与えることとなるのです。

 己自身は過去に囚われ、未来を見ていない、求めない。しかし、その戦う姿が、それを見る者に、触れた者に未来に向かう力を与える存在――それこそが和月伸宏流のダークヒーローなのではないか…そう感じたのであります。


 冒頭で触れた通り、いよいよこの8月から連載再開となった本作。その中で描かれる物語の中で、私のこの予感が正しかったか、見せてくれることを期待している次第です。


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