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2013.08.07

「蝶獣戯譚Ⅱ」第5巻 そして自由を奪われた者たちの行き着く先

 吉原の太夫・胡蝶と、はぐれ忍び狩りの狩人・於蝶と、二つの顔を持つヒロインの孤独な戦いを描いてきた「蝶獣戯譚Ⅱ」の第5巻、そしてまことに残念ながらひとまずの最終巻であります。吉原を離れ、こともあろうに江戸城に潜入した於蝶が見たものとは、そしてその先に描かれるものは――

 庄司甚右衛門と鳶沢陣内、二人の食わせ者により、江戸城大奥に潜入することとなった於蝶。綱渡りの探索の中で将軍家光の孤独を知ったのもつかの間、於蝶はこともあろうに家光の小姓たちの中にキリシタンがいるのを知ることとなります。
 そして、彼らの手引きにより江戸城に潜入してきたのは、於蝶の宿敵・一眞と金鍔次兵衛――

 と、ほとんど冒頭のエピソードだけで驚かされますが、これはまだ序の口。次兵衛の目的は何か、於蝶は江戸城から脱出できるのか。そして次兵衛の動きをよそに、一眞は何をもくろむのか――そして陰謀と情が入り乱れた末に誕生した魔物とは、まさかのあの人物…
 かくてすべての物語はかの島原の乱へと収束していくのですが…

 ここで本作が終了とは! 全くもって惜しい、惜しいとしか言いようがありません。


 しかし、この第5巻までの時点で、本作が描こうとして来たものは、はっきりと見えてきたように感じられます。
 本作の物語からは様々な意味でかけ離れたように感じられた江戸城という舞台。そこで於蝶が出会ったのは、この国の最高権力者でありながらも、その地位に縛られ、江戸城という牢獄に囚われた一人の男の姿であります。

 そしてその男の前に現れたのは、戦いのなくなったこの国では用済みの存在であるはぐれ忍びと、この国で弾圧され行き場もないキリシタン。そしてそこに、籠の中の鳥である遊女にして、はぐれ忍びを狩ることにのみ己の存在意義がある於蝶が加われば…
 一転、この国の中心は、この国でもっとも自由を――それは単に肉体的に束縛されないというだけでなく、己の欲するままに生きるという精神の自由も含むのですが――奪われた者たちの集う場所に変わることになるのです。

 そして、その場は辛うじて事なきを得たものの、この会合が引き金となって島原の乱が――キリシタンと浪人たちが率いた、最後の戦が――勃発したとすれば、それはむしろ当然の成り行きだったのではありますまいか。

 思えば本作は、遊女という自由を奪われた存在が、自由を求めたはぐれ忍びたちを討ち果たすという物語でありました。そこにさらに自由を持たぬキリシタンが加わっただけでなく、この国を支配する武士たちもまた、己の自由を失った者であったことを描いたことで、本作は自由を巡る人々の一種絶望的な姿を描き出したのであります。
(そしてその絶望は、本作のラストで明かされる「黒幕」の存在により、さらに深まるのですが…)

 しかし、それではこの世には自由はないのか、絶望だけなのか――そうではないことを、本作のラストに描かれるある逢瀬が教えてくれます。
 それは、ほんの一時のものであります。自由を奪われた者同士の傷の舐めあいにしか過ぎないのかもしれません。それでも人は誰かを支え、そしてそのために自ら何かを捨てることができる――そんなごく当たり前の真実が、本作を読んだ後では、深く染み渡るのであります。


 もちろんこれは勝手な深読みかもしれません。この想いが正しいのか誤りであるのか――それを確かめるためにも、本作は本当の結末まで、自由を奪われた者たちの最終戦争である島原の乱の次第を、そして於蝶と一眞の結末までを見せてほしいと、そう切に願うものであります。

 二度あることは三度ある、いつかまた、於蝶と出会うことができるよう、祈っている次第です。

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