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2013.08.22

「風の王国 9 運命の足音」 二つの歴史が交錯するところで

 全10巻の大河伝奇ロマン「風の王国」も、ついに残すところわずか2巻、ラスト目前であります。相変わらずうち続く群雄割拠の戦乱に、魔人と化し神出鬼没の耶律突欲に対し明秀はいかに挑むのか、そして広がる一方の戦いに終わりはあるのか…

 史実通りに後唐で暗殺されながらも、遊部の秘術で復活した突欲。しかし一度死の世界を見た突欲は、これまでとは人が変わったように目的のためならば手段を選ばぬ性格に変貌し、己の目的のために巫術で生み出した不死身の軍・猖獗軍で大陸中を席巻するようになります。
 その目的とは、この世から全ての「国」を無くすこと――王を、皇帝を、国を形作る全てのものを打ち壊し、世界を原始の状態に戻す。その目的のために、突欲は全てを敵として戦いを始めたのであります。

 しかし大陸はまさにその「国」を巡る戦いの真っ直中。渤海亡き後、明秀たちが味方する南渤海、高元譲の高氏渤海、烈万華の定安国、突欲の弟の堯骨が治める契丹、後唐改め晋…さらに戦いは北方の遊牧民・靺鞨たちまで巻き込み、拡大していく一途なのであります。

 このような中では、どこか一つの国が圧倒的な勝者となることは難しい状況。いつまでも続く混沌の中に、さらに突欲が加わったことで、いよいよややこしいこととなり、誰が勝者ともわからない――まだにそれが突欲の狙いでありましょうが――状況が続くことになるのであります。


 …が、伝奇ものとしてみると、この勝利者などいないような戦いが延々と続くのは、正直に申し上げれれば、停滞という印象があります。厳しい言い方をあえてすれば、結末を目前としたところで中だるみが生じた…とすら感じます。
 どれほど明秀たちが痛快な活躍を見せようとも、いや、史実の軛から逃れた突欲の暴走があろうと、歴史というものは変わらない――言い換えれば、歴史上のある一点に至るまで物語の結末は訪れない――そう思わせてしまった時点で、伝奇ものとしては大きなマイナスではありますまいか。

 しかし、それでは本作がつまらないか、価値がないかといえば、もちろん否、というのもまた、正直なところであります。
 この巻において、これまでに比べてはっきりと見える変化があります。それは、子供たちの世代の登場――明秀たちの次なる世代の出番がもうそこまで来ていることが、さまざまなエピソードの中で描かれることであります。

 明秀とその妻・夕凪に預けられたチョルモン――明秀と靺鞨の蓮姫の間に生まれた子――が見せる、父親顔負けの大器の片鱗(それでいてまだまだ子供の部分もきちんと描かれるのがいい)。
 そしてまた、堯骨の下で将となりつつもその非道さに反発し、あるべき国の姿を求める兀欲、父の教えに従い、武や政の道を離れた世界に生きようとする隆先と道隠と、それぞれの道を歩み始めた突欲の三人の子供たちの生き様――

 既に物語は、歴史は明秀や突欲たちだけのものではなく、その次の世代へと移り始めたことが、この巻では示されているのであります。
 これまで、親の(世代の)影響を陰に陽に受けていた明秀たちが、もう次の世代に仰ぎ見られる存在となっている…その事実こそ、この「風の王国」という物語に描かれた、もう一つの歴史でありましょう(そしてこうして見れば、前巻のラストで明秀の育ての父が退場したのもなるほど、と感じさせられます)


 こうして、国の歴史と個人の歴史と、二つの歴史が描かれることとなった本作。この二つが交錯する先に何が見えるのか――それこそは明秀が見つけようとしてきたものの答えでありましょう。
 この「風の王国」という物語がどのような結末を迎えるのか、それはこの本作にヒントがあるようにも感じられますが…いずれにせよこの大河伝奇絵巻が向かう先を、しっかりと見届けたいと思います。


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