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2013.08.27

「吃逆」 しゃっくり探偵、宋を行く

 科挙に合格したものの下位のため職のない陸文挙は、周季和と名乗る美男から声をかけられる。実はしゃっくりをすると不思議な光景を見ることができる陸を、これから発刊する新聞専任の探偵に雇おうというのだ。不承不承探偵役を引き受けた陸だが、次々と奇妙な事件に巻き込まれることに…

 ユニークな中国歴史ミステリの名手である森福都が10数年前に発表した本作は、作者の作品の中でも相当ユニークな部類に入る作品ではありますまいか。
 何しろ主人公・陸文挙は吃逆(しゃっくり)をすることで他人の記憶などを白昼夢めいた形で見る能力を持つ男で、しかも彼の職業(の一つ)が、新聞社の雇われ偵探(探偵)だというのですから…

 と、新聞社で探偵というと、近代に入ってからの物語かと思いますが、本作の舞台となるのは北宋の第4代皇帝・仁宗の時代、11世紀前半。そんな頃に新聞が、探偵が? と思われるかと思いますが、少なくとも「新聞」という言葉自体は(不勉強で「偵探」の方はわからないのですが)少なくともこの北宋期には存在していたようですし、概念的に近いものはさらに昔からあったでしょうから、これはこれでアリでしょう。

 さて、本作はそんな陸文挙を探偵役とした連作ミステリではありますが、(他の森福作品同様)設定的にはさらにややこしい。
 実は本作の真の探偵役というべきは、陸の雇い主であり、新聞社のいわば社主である青年・周季和の方。役者めいた美貌と巧みな弁舌を武器にした周は、己の新聞のトップ記事とするため(そしてもう一つの目的のため)、陸の能力を利用しながら、怪事件を解決していくのでありますす。

 生活のため、そんな周に雇われた陸ですが、とにかく口から先に生まれたような周には振り回されっぱなし。しかも、密かに思いを寄せる女料理人が、周にぞっこん惚れ込んでいる(しかし周の方は適当にあしらっている)という有様で…
 と、この辺りのユーモラスな設定もまた、作者の得意とするところでありましょう。


 さて、そんな本作は全3話構成。
 開封の料亭の楼から次々と女が投身して命を絶った謎の陰に、ある科挙合格者の悲哀が描かれる「綵楼歓門」。
 開封府知事の部下となった陸が汚職の探索を進めていた矢先、その容疑者が衆人環視の中で絡繰人形に殺されるという怪事件「紅蓮夫人」。
 迷宮入りした女大富豪の毒殺事件と、周が盗品市で見つけたある人物の遺品の謎が絡み合い、巨大な秘密が浮かび上がる「鬼市子」
と、いずれも趣向を凝らした作品揃い、ミステリとしての面白さはもちろんのこと、各話ごとにこの時代ならではの事物が描かれ、それが事件に、登場人物の行動自体に密接に関わっていく様には、ただただ感心するばかりであります。

 特に最終話の「鬼市子」は、上で述べた要素に留まらず、ヒロインと周の恋の行方、かつて都を震撼させかけた醜聞事件、奇怪な副作用を持つ謎の毒薬、宋国朝廷を二分する政争の行方、宋という国を揺るがしかねない大陰謀と、ユニークな内容が盛りだくさん。
 そして何よりも、そこに物語全体を貫いてきた周季和自身の物語――実は開封府知事の庶子であり、父に複雑な感情を抱く彼の想いの総決算までもが描かれ、まさに最終話にふさわしい内容となっているのであります。
(第1話で周と初対面の陸が見た白昼夢の正体と、そこに描かれる哀しいすれ違いにもただただ嘆息…)


 …実は陸の吃逆がほとんど第1話でしか描かれず(やはりミステリと絡めていくのは難しい要素ということでありましょうか)、その点は非常に残念ではあるのですが、しかしそれでも、本作の設定だからこそ描ける物語は、最後まで全うされたと感じます。
 ユニークなキャラクターと設定を用いつつ、この時代ならではの物語を描き出し、そしてその中に人の愚かさとしたたかさ、逞しさと弱さを描く…そんな森福節は、本作でもまた健在なのであります。


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