「天主信長〈裏〉天を望むなかれ」 彼が抱いた希望と絶望
播磨の小寺家に仕える黒田官兵衛は、自分と同じく陪臣出身でありながら瞬く間に天下人へと駆け上がる信長に崇拝に近い念を持つ。長年の苦労の末、秀吉の軍師として頭角を現した官兵衛だが、近くで見た信長にある限界を感じる。そして信長から、驚天動地の秘策を聞かされた官兵衛の選択は…
8月の文庫新刊予定をチェックしていた際に、おや、と思わされたのが、上田秀人の「天主信長」でありました。最初に単行本で刊行され、すでにこのブログでも紹介した「天主信長 我こそ天下なり」ですが、文庫版では「天主信長〈表〉我こそ天下なり」と、「同〈裏〉天を望むなかれ」の、表裏二冊に分かれていたのですから…
上下巻であればわかりますが表裏、しかも表の方の副題は単行本と同じ。とくれば裏はもしかして、いやしかし…と思っていたのですが、裏の方はなんと書き下ろし、それも黒田官兵衛の視点から描かれたアナザーバージョンだというのですから、実に面白いではありませんか。
この「天主信長」という作品は、今なお謎多き――そして数多くの作家が挑んでいる本能寺の変の「真相」を描いたもの。表と裏でその真相はほぼ同一であること、そしてその真相こそが(当然ながら)作品のクライマックスであるがゆえ、なかなか紹介は難しいのですが、いかにも作者らしい人間観察と、伝奇性があいまったユニークな作品であります。
そして表の方が、信長という天才が、その独特の境遇故に一種の狂気を育て、それが本能寺の変を引き起こす姿を描いたものだとすれば、この裏の方は、表でも重要な役割を果たす黒田官兵衛の視点から、信長という存在を、そして本能寺の変の真相を描くものとなります。
黒田官兵衛という人物についてここで一から述べることはしませんが、本作の前半部分は、その事績を踏まえて彼の半生が描かれていくこととなります。
播磨の小大名・小寺家に仕えながらも、主君の優柔不断と譜代の頑迷固陋に苦しんできた官兵衛にとっての希望――それは、彼に「赦し」を与えるキリスト教であり、同じ陪臣の出身でありながら、思いもよらぬ斬新なやり方で天下を切り取っていく信長の存在。
やがてキリスト教に入信し、そして信長に信仰的ともいえる想いを抱いた官兵衛は、秀吉と竹中半兵衛を通じ、信長に近く接するようになるのですが…
先に述べたとおり、表でも重要な役割を果たすこととなる官兵衛。しかし表においては、比較的(信長との接点が)単純な描き方であったのに対し、本作はまず官兵衛の半生から語り起こすことにより、彼が信長の何に希望を抱き、そして何に絶望したのかを、克明に描き出します。
そしてそれは、変の真相と、そしてそこで彼が果たす役割に密接に絡んでくるというのがまた面白い。何よりも、彼がキリスト教徒であったことが大きな意味を持って立ち上がる終盤の展開には、ただ感心させられるのであります。
(そしてその官兵衛の姿に、あるいはあの史上最大の裏切り者もまた、このような想いを抱えていたのではないかと感じてしまったのですが…)
本作の主人公に官兵衛を持ってきたことを、来年の大河ドラマの影響という方もいるでしょう。私個人としては、これまでも作者が官兵衛を主人公とした作品を発表してきたことを思えばさして不思議ではないと感じておりましたが、この特に終盤の展開には、なるほど官兵衛が主人公でなくてはなるまいと感じた次第です。
しかし残念ながら、やはり表あっての裏と言うべきでしょうか、やはり裏だけ読んだ場合には物足りなさを感じるのもまた事実。
信長という存在を官兵衛の視点から見るのはなかなかに興味深いものではありますが、それは先に表で信長をその内面から見ていたからこその感想ではないか…そう感じるのであります。
(官兵衛をはじめとする登場人物の独白が非常に多いのも、合わない方は合わないかと)
しかしそれは言い替えれば、表と合わせて読めば、非常に面白い作品であるということでしょう。
孤独な天才の内面を描き出した表と、彼に憧れ、そしてその想いが裏返った者の姿を描いた裏…なかなか大胆な試みではありますが、それだけの価値はあった二つの作品と言えるでしょう。
「天主信長〈裏〉天を望むなかれ」(上田秀人 講談社文庫) Amazon

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