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2013.08.19

「柳うら屋奇々怪々譚」 怪異という希望を描く遊郭怪談の名品

 嵐の晩、吉原の妓楼・柳うら屋の看板遊女・白椿が何者かに殺された。遺体を発見した遊女・霧野は、それ以来この世のものならぬものが見えるようになってしまう。さらに柳うら屋で相次ぐ奇怪な現象の数々。これは不思議な力を持っていたという白椿の亡霊の仕業なのか? やがて霧野が知った真実とは…

 まことに恥ずかしながら、これほどの作品、もっと早く読んでおけばよかった! と思うことがたまにあります。本作もその一つ――吉原の妓楼が舞台のホラーという重たそうな題材に二の足を踏んでいたのを強く後悔した、そんな名品であります。

 何者かに殺害された柳うら屋の看板遊女・白椿。類い希な美貌と優しい心根を持ち、そして霊能ともいえる不思議な力を持っていた彼女の遺体を発見した三人の遊女――霧野・玉舟、糸香の三人は、自分たちにそれぞれ不思議な能力を持ったことにやがて気づきます。
 さらに、柳うら屋で奇怪な現象――虚空から降り注ぐ白い椿の花、霧野にしか見えない禿と猫、夜歩く人形――が相次ぐ中、霧野たち三人は、怪事の背後の人の想いを、そして白椿の死の真相を知ることになるのであります。

 というわけで本作は、白椿の死の謎という物語を貫く柱を用意しつつ、連作短編的に様々な怪事を描いていくというスタイルを取った作品なのですが…
 まず面白いのは、主人公である霧野をはじめとする三人の遊女が異能を――霧野は他人の過去の記憶を読みとる能力、玉舟は発火能力、小糸は他人の寿命を知る能力を――持つこと。
 能力バトルのような展開はないにせよ、彼女たちがその力でもって怪事の真相を知り、惨劇を未然に防ごうとするという展開はなかなかにユニークで、主人公が受け身なだけではないという趣向は悪くありません。

 しかし何よりも感心させられたのは、その落ち着いた、しかし決して冷たいわけではないその筆致であります。
 舞台は吉原の妓楼、主人公は遊女ということで、本作で描かれるものは、決して綺麗事だけの世界ではありません。霧野たちの「仕事」の場面もはっきりと描かれますし、何よりも、そこに積もり積もった様々な想いや業が怪異を引き起こすという本作の構造からすれば、本作はひどく生々しく、重たい描写が続いてもおかしくないのですが――

 しかしそこで本作は生臭くなるギリギリのところで踏みとどまり、味気なくなるギリギリのところを踏み越えてみせるのです。贅言を費やさず、わずかなしかし極めて的確な表現をもってして。
 作者はこれがデビュー作とのことですが、それでこの描写力とは…いやはや、舌を巻くしかありません。

 また、その筆致は、本作で描かれる怪異の数々に対しても及びます。そしてそれがもたらすものは、怪異もまたこの世の一部、地続きの世界のものであり、それを招いた、あるいはそれに変じた人の想いもまた、決して異常なものではなく、我々の近くに当たり前に存在するという想いであります。
 異能を持つとはいえ、あくまでもただの遊女に過ぎない霧野に、怪異を祓う術はありません。彼女にできることは、そういうこともあるのだと怪異の存在を受け入れ、そして――日常の出来事の大部分に対してそうであるように――それを忘れていくことだけなのです。
 そしてそのあるがままを受け入れることが、なんと優しい眼差しであることか――


 しかし本作は、そこからさらに踏み込んで、人が怪異を、怪談を求める心の有り様まで描いてみせるのです。
 ごく当たり前にこの世と地続きの世界に存在する――しかし、決してこの世の常ならざる怪異。それは、変わり映えのしない日常に風穴を開け、変化の風を吹き込むものであり、そしてそれは、吉原という極めて閉鎖的な世界――もちろんそれは、我々自身の世界の縮図でもーあるのですが――において、大いなる希望となるのであります。


 巧みな筆致とユニークな設定で様々な怪異を描き出し、そしてそこに人の哀しい想いのみならず、希望を求める心をも描き出す。
 遊郭怪談の名品というのにとどまらず、怪談というジャンルの存在にまで切り込んだ、恐るべき作品であります。

 そしてまた――怪異が人の世と地続きに存在するのであれば、人がいる限り、怪異もまた生まれ続けるのでありましょう。
 霧野たちには申し訳ありませんが、彼女たちが怪異と出会い、向き合う姿をまだまだ見てみたいと、そういう想いも強く強く、私にはあります。


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