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2013.09.30

「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束

 相変わらず好調の「しゃばけ」シリーズも、この「たぶんねこ」でもう12作目。シリーズ第1作がちょうど12年前ですから、ほぼ年1作のペースということになりますが、時間が流れるのは早いものです。そして作中時間も現実ほどでなくとも流れているのだなあ…と感じさせられる作品集であります。

 収録された短編に対して、何らかの一貫性、仕掛けを持たせることが多い本シリーズですが、本作のそれは、冒頭で若だんなと兄やたちが交わした、半年の間必ず守ってほしいという五つの約束。
一つ。仕事をしたがったりせず、ただゆっくりと過ごすこと。
二つ。可愛い娘がいても恋はお預けとすること。
三つ。親友の栄吉のことは心配しすぎないこと。
四つ。長崎屋の妖に何かがあってもそのために外出しないこと。
五つ。体に障るような災難に巻き込まれないこと。

 …どれも至極真っ当ではありますが、しかし言うまでもなくこれは「押すなよ、押すなよ」と同じようなもの。かくて、収録された五編では、この五つの約束がことごとく破られていく様が、ユーモラスに描かれることになります。

 まず最初の「跡取り三人」では、大店の商人たちにお披露目された若だんなが、ふとしたことから、自分と同じ立場の二人と、稼ぎの競い合いをすることとなるお話。
 この勝負を持ちかけた両国の親分のもとで、それぞれに稼ぎの口を探すこととなった若だんなたちですが、もちろん自分自身で仕事を探して、そして額に汗して働くというのはこれが初めて。そんな中でも自分なりに工夫して自分だけの商売を始める――すなわち、自分なりに自分の存在意義を確かめる――若だんなの姿が何とも微笑ましいのですが…

 それだけで終わらないのがこのシリーズらしいところ。
 この勝負の陰に何かがあることに気づいた若だんな。二人の仲間とともにたどり着いたその真相は…と、終盤の一ひねりも楽しい作品です。

 その後に続くのも、またそれぞれに趣向が凝らされたエピソードであります。
 花嫁修業に長崎屋にやってきた超不器用な女の子と、両国の親分が取り持つ縁談がこんがらがった末に大変な修羅場が生まれる「こいさがし」。
 修行先の店・安野屋の主人たちが倒れ、生意気な小僧たちに振り回される親友の栄吉を助けるため、若だんなが安野屋で起きた事件の真相を探る「くたびれ砂糖」。
 何故か記憶を失ってしまった男が、実は妖狐だという老人・古松を連れて、「神の庭」にいるという神様に会いに行く最中で出会う騒動を描く「みどりのたま」。

 変化球もあれど、どれもいかにも本シリーズらしい作品ですが、私の印象に特に強く残ったのは、巻末に収められた表題作「たぶんねこ」であります。

 「みどりのたま」に登場した神の庭から見越しの入道が連れてきた幽霊の月丸。かつて江戸で暮らしながらもやっていけず神の庭に行ったという月丸は、そこでも馴染めず江戸に帰りたがっているというのです。
 と、ひょんなことからその月丸とともに、夜の江戸のどこかに放り出されてしまった若だんなは、何とかして長崎屋に帰る…その前に、月丸の自分探しにつきあうことになるのですが、二人の前に大変な事件が――というお話であります。

 そんな本作で面白いのは、ゲストキャラの月丸の存在であります。生きていた時から何をやっても中途半端、自分の生きる道を見つけられないず、死んで幽霊になっても、今度は江戸にも神の庭にも馴染めない月丸。
 神の庭で妖たちに化け方を習い、猫に化けて暢気に暮らそうと思っても、化けられたのは「たぶんねこ」な中途半端な存在…

 一歩間違えると大変迷惑な男ですが、しかし彼はどこまでも真摯に自分探しを――なりたい自分と、自分の居場所を――続けているのが、何とも切ないのです。
 自分を探し続けて、「ここではないどこか」まで行ってしまった挙げ句、それでも自分を見つけられない、自分自身になれない…それは何とも哀しく、恐ろしいことではありますまいか。

 いかにも本作らしい、本作でなければあり得ない内容ではありますが、しかし月丸の姿は、程度の差こそあれ我々のある種の鏡像であり…だからこそ、最後の最後まで月丸を見捨てず想い続ける若だんなの姿に感動できるのです。
(そして「跡取り三人」を読めば、若だんなもまた、月丸的部分を持っていることに気付くのです)


 通読してみると、あまりに安定感がありすぎるという、極めて贅沢で感想も浮かんではくるのですが、しかしそれでも、本シリーズならではのものをきっちりと見せてくれる本作。
 そんな世界をいつまでも見ていたいような、さらにその先を見てみたいような…そんな不思議な気持ちであります。


「たぶんねこ」(畠中恵 新潮社) Amazon
たぶんねこ


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 「みぃつけた」 愉しく、心和む一冊
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 「おまけのこ」 しゃばけというジャンル
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 「いっちばん」 変わらぬ世界と変わりゆく世界の間で
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 「ころころろ」(その二) もう取り戻せない想いを追いかけて
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 「しゃばけ読本」 シリーズそのまま、楽しい一冊

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2013.09.29

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 夕方になると賑やかに響いていた虫の音も落ち着き、季節はもうすっかり秋、であります。毎年言っている気もしますが秋と言えば読書の秋。さて10月は…と思えば、ちょっと残念だった先月に比べて相当の豊作の模様です。というわけで、10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて文庫小説ですが、すぐ上で述べた通りかなりの豊作。

 まず新作の方では、気がつけばもう結構な長期シリーズの上田秀人「お髷番承り候 7 流動の渦」、最近は妖怪時代小説といえばこの方という感すらある朝松健の新シリーズ「ろくヱもん 大江戸もののけ拝み屋控」、大河伝奇ロマンついに完結の平谷美樹「風の王国 10 草原の風の如く」、そしてあの嶽神伝の前伝とも言える長谷川卓「嶽神伝 無坂」(「血路 南稜七ツ家秘録」との関係が気になりますが…)、今月の廣済堂モノノケ文庫枠の浦山明俊「かたるかたり 志ん輔出世怪噺」と、シリーズも新作も含めて、大いに気になる作品ばかりではありませんか。

 また、再刊・文庫化の方では、山田正紀の問題作「神君幻法帖」、乾緑郎の時代小説第1作「忍び外伝」、「小説NON」で久々にシリーズも復活した風野真知雄の快作「勝小吉事件帖」新装版、今回も内容はもちろんのこと装丁も楽しみな岡本綺堂「探偵夜話 綺堂読物集四」と、バラエティに富んだ作品揃いです。


 そして漫画の方も楽しみな作品が目白押しであります。
 せがわまさき&山田風太郎「十 忍法魔界転生」第3巻とかわのいちろう&宮本昌孝「戦国SAGA 風魔風神伝」第4巻と原作付き作品の最新巻をはじめ、永尾まる「猫絵十兵衛 御伽草紙」第8巻とねこしみず美濃「照山紅葉 江戸日々猫々 三」の猫時代漫画、梶川卓郎「信長のシェフ」第8巻と重野なおき「信長の忍び」第7巻の信長漫画と、タイトルを書いているだけでわくわくしてくる作品揃いです。

 と、信長と言えばもう一点、信長とあのヒーローが競演する荻野真「孔雀王戦国転生」も、ついに第1巻が登場であります。

 そして水滸伝ネタでは、ごく一部で話題沸騰の七重正基「水滸伝外伝 浪子燕青」が単行本化。巻数表記がないのが気になりますが、Webコミックがきちんと単行本化されるというのは、ありがたいお話であります。


 映像の方では、やはり「妻は、くノ一」のDVD-BOXでしょうか。第二期放映を祈りつつ、もう一度見返したいものです。



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2013.09.28

「一休破軍行」 一休、憤怒と慈悲で混沌の時代を行く

 南朝復興を狙う伊勢国司・北畠満雅は、伊勢裡宮の秘術により、次の帝・彦仁王の魂魄を抜き取った。彦仁王とその魂を宿した少年・虚丸を救うため、幕府と伊勢の全面戦争を防ぐため、伊勢に旅立つ一休。しかしその前には、暴徒と化した土一揆の人々と、<旧司等>の神々を崇める謎の敵が待ち受ける…

 朝松健がかの一休宗純を主人公とした室町伝奇もの、「ぬばたま一休」シリーズには現在のところ長編が5つありますが、中でも私が最も好きなのが、この「一休破軍行」であります。

 正長元年、当代の将軍と天皇が相次いで亡くなる一方で、小倉宮を奉じる北畠満雅が不穏な動きを見せていた頃――黒衣の宰相・三宝院満斎ら幕府上層部は、僧籍に入っていた青蓮院義円を六代将軍に推戴し、次いで伏見宮から彦仁王を迎えることとなります。
 が、これを察知した北畠満雅は、<旧司等>(くしら)なる失われた神々を祀る伊勢裡宮の怪人・異連斎庭に命じて彦仁王の魂魄を体から引き抜き、孤児の少年・虚丸の体を器として、彦仁王の魂をそこに押し込めてしまうのでありました。
 さらに満雅は伊勢裡宮の青年・加古四郎に命じて土一揆を煽動、これに対して幕府側は伊勢侵攻の軍を集結させ、まさに南北朝の動乱の再現が目前となった時――その時を舞台に、一休が幾度目かの苦難の旅に出ることになるのであります。

 「ぬばたま一休」シリーズのうち、「一休○○行」と題される作品は、いずれも一休が幕府や朝廷から難題を背負わされて旅立つことになりますが、その中でも本作で一休が背負わされたものが最も重いと言えるのではないでしょうか。
 何しろ、今回の彼の使命は、敵の妖術よりに奪われた次代の帝の魂を救出すること。しかし向かう伊勢は、完全に暴徒と化した一揆の民たちにより無政府状態となった地であります。
 しかも、彼の背負うのは彦仁王の魂だけではありません。彼のミッションが失敗すれば、それを引き金に幕府軍の総攻撃が始まり、それはすなわち伊勢のみならず日本全体が戦に巻き込まれることを意味するのですから…


 しかし、そんな中でも一休を突き動かすのは、この奇怪な陰謀劇に巻き込まれた二人の少年――すなわち彦仁王と虚丸を救わんとする強い意志であります。
 本作の一休は後小松天皇の落胤という設定でありますが(それを活かして、民の苦しみを知らぬ彦仁王を「叔父として」叱りつけるシーンが楽しい)、しかし一休が戦うのはその出自ゆえではもちろんありません。

 彼が戦うのは、権力の座を狙い他者を踏みつけにする者たちが張り巡らす陰謀に巻き込まれた弱き者を救うため。そしてそんな陰謀を企む連中を叩き潰すため――そんな、仏教者としての慈悲と憤怒の二面こそが、朝松一休の魅力でありましょう。

 そしてそれが最大限発揮されるのが、終盤の展開であります。ついに北畠満雅のもとに潜入した一休らの眼前に復活する伊勢裡宮。
 空中遙か高くにそびえ立つ神殿の上で加古四郎と対峙した一休が、乱を望み、人の命をもてあそぶ者に対して爆発させる怒りの凄まじさは、それまでに描かれたこの世の地獄の凄まじさと相まって、こちらの胸にダイレクトに響くのであります。

 しかし私が何よりも本作を愛し、朝松一休の一休たる由縁が最もよく出ていると感じる理由はその先――旅を終えた一休が虚丸にかけた言葉、託した願いにあります。
 これだけはぜひご自分で確かめていただきたいのでここに引用はいたしませんが、この言葉こそは一休が優れた、真の仏教者たる由縁であり…そしてその言葉は、虚丸のみならず、今を生きる我々にとっても、明日を生きる指針として強く強く刻みつけられるのであります。


 本作の発表はちょうど10年前でありますが、しかし今回再読してみると、作品で描かれる中世の混沌は、その時以上に、我々の生きる今この時を重ね合わせたのではないかとすら感じられるものがあります。
 そんな中、我々の前には一休はいません。しかし――それでも、一休の言葉を胸に刻んでいきたいと、私は思います。それこそが、人として今をより良く生きることに繋がるはずと、10年前と同様、今も信じるものであります。

「一休破軍行」(朝松健 光文社カッパ・ノベルス) Amazon
一休破軍行 (カッパ・ノベルス)

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2013.09.27

「悲華水滸伝」第3巻&第4巻 そして希有の世界へ

 第2巻の紹介からずいぶんと間が開いてしまいましたが、杉本苑子の「悲華水滸伝」の第3巻・第4巻であります。諸般の事情で2巻まとめて紹介いたしますが、この2巻の間に物語りは目まぐるしく変転、梁山泊とそこに集う百八人の好漢たちに、巨大な運命の変転が訪れることとなります。

 まず第3巻ですが、前巻の終盤で始まった呼延灼戦に始まり、ここで描かれるのは梁山泊の存亡をかけた戦いの数々であります。
 呼延灼戦、曾頭市戦、さらに関勝や董平と張清ら官軍の生え抜きたちとの幾度にも渡る戦い――その最中には晁蓋が命を落とし、盧俊儀が梁山泊に迎えられ、そして数々の好漢が梁山泊に加わることになります。
 そして驚くべきことに、この第3巻のラストで、梁山泊に百八星が集結することになります。

 私が何に驚いているかといえば、この百八星集結が相当に早い時点であることであります。大まかに言ってしまえば原典の100回本をベースとしている本作ですが、その原典に照らせば、この第3巻の時点で70回までを消化したということになります。
(ちなみに大まかにいえば、第1巻は原典の34回まで、第2巻は原典の55回までを消化していることを考えれば、これでも消化速度は徐々に遅くなっているのですが…)

 それでは全5巻の残る2巻で何が描かれるかと言えば、それはもちろん原典の残る30回分――朝廷の招安を受けた梁山泊の帰順と、遼国との、そして方臘との戦いが描かれることとなります。
 が、これが実は、我が国でリライトされた水滸伝においては――小説・漫画等、メディアを問わず――非常に珍しいのであります。というのも、ほとんどの水滸伝においては、百八星集結までは時間をかけて描かれるものの、それ以降の物語については大変な駆け足で描かれるものがほとんど。大抵の水滸伝では、ラスト一章程度で梁山泊の最期を描いてしまうと言っても、過言ではありますまい。
(それどころか、百八星集結の時点、あるいはそこまで行かずに終わるものも少なくないのですから…)

 それを考えれば、全体の約四割を費やしてその後の梁山泊を描く本作は、希有と言ってよいでしょう。実のところ――色々とアレンジが加わっているとはいえ――方臘戦をきっちりと描ききった水滸伝リライトは、現時点ではほとんど本作のみではありますまいか?

 以前、本作の特徴として、そのスピーディーな展開を挙げたことがあります。その点については、後半に入るにつれてスピードは落ちていくのですが(再び原典と比較すれば、この巻のラストでほぼ91回辺りであります)、それはあるいは、この後半の展開を描くためではなかったか、と私には感じられます。

 原典において、百八星集結以降は、それまでに比べて一段も二段も劣る、というのが、ある種定説となっております。それまで好漢一人一人の生き生きとした活躍が描かれていたものが、戦争の連続の中で埋没している。官に背き、自由のために集った好漢たちが、朝廷の走狗となってしまっている。そして何よりも、百八星たちの大半が命を落とし、梁山泊が滅んでしまう…
 なるほど、世の水滸伝リライトで後半部分がオミットされるのも、単純に分量の関係ではないと納得はできます。

 しかし――本作はこうした後半の内容と、それに対する批判を踏まえた上でそれを完全に己のものとして消化し、真っ正面から梁山泊の変質と百八星の最期を描こうとしていると――そして、それを描くために必要なだけのボリュームとして、全体の四割を必要としたのではないか…そう感じるのであります。

 本作で水滸伝の上に冠された言葉、悲華。梁山泊の滅びという悲しみの中に咲く華を、本作が如何に描くか――その答えを記した最終巻も、近日中に紹介したいと思います。


「悲華水滸伝」第3巻&第4巻(杉本苑子 中公文庫) 第3巻 Amazon / 第4巻 Amazon
悲華水滸伝〈第3巻〉 (中公文庫)悲華 水滸伝〈4〉 (中公文庫)

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 「悲華水滸伝」第2巻 爽やかさの梁山泊で

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2013.09.26

「かげろう闘魔変」 大江戸ゴーストハンターの最大の敵

 江戸を騒がす連続怪死事件。被害者の皮膚が透き通り、内臓が見えているという奇怪な事件に興味を持った南町同心の妹・渡来鞘香は、幼馴染みで女遊びに夢中の女装美少年「かげろう」こと景四郎を巻き込み、犯人捜しを始める。かの平賀源内まで絡む事件の行方は…

 今では完全に時代小説オンリーの印象のある鳴海丈が、今から約20年前に集英社スーパーファンタジー文庫で発表した(今で言うところの)時代ライトノベルであります。

 時は田沼時代、天下太平のお江戸で相次いで発見されたのは、皮膚の一部が透き通り、内臓が透けて見えるという奇怪な死体。さらにその周囲は何故か水浸し、そして華紙が散乱しているという謎めいた共通点に、奉行所もお手上げ状態となります。
 という状況で事件に首を突っ込んだのは、同心の妹で好奇心旺盛なメガネっ娘・渡来鞘香と、渡来家の巨漢中間・弥助。そして鞘香の幼馴染みで江戸有数の薬種問屋の一人息子にして、超が付くぐらいの女好きで絶倫、そして何故か女装美少年の「かげろう」こと景四郎――

 この奇人変人トリオが、平賀源内やら鞘香の兄・多十郎らとともに事件の真相に迫るも、犯人はなんと…というのが第一話「無防備都市」のあらすじであります。
 さらに、喉を食い破られて死んだ武士と、血の海の真ん中に着ていた人間だけが抜け出したような姿で残された着物が残されていたという奇怪な出来事を発端とする第二話「レッド・ムーン」と、本作は全二話構成となっております。

 と、このあらすじで大体おわかりかと思いますが、本作は一言で表せばゴーストハンターもの。江戸を騒がす奇怪な魔物に、景四郎と鞘香をはじめとする面々が戦いを挑むことになるのですが――

 その辺りの設定をはるか遠くに吹き飛ばしてしまうのは、全編に散りばめられたギャグ――それも時事ネタの数々。
 とにかく、体感で言えば全体の六割、いや七割(会話シーンに至っては九割)はギャグを言っているのではないか、というほどの分量であります。そしてそれが正直厳しい…

 いや、確かに20年前の作品を捕まえて、時事ネタがどうこう言う時点で間違っているのだとは思いますが(とはいえ、そもそも時代もので時事ネタというのもいかがなものでしょうか)、やはり今読むと相当きつい。
 しかも分量が尋常でないため、読んでいて本筋よりもそちらばかりが記憶に残ってしまうのは、これは本末転倒ではありますまいか。
 結局、相当に個性的であるはずの景四郎も、さまで目立ったキャラクターに感じられないほどでありまして…

 実のところ、二話とも登場する魔物はなかなかに個性的であります。
 第一話は言うに及ばず(倒され方はちょっと残念ですが)、実は第二話の魔物はお馴染みの存在ではありますが、日本では馴染みが薄い伝承を絡めることで、うまくキャラ立てしているのにも感心できます。
 それだからこそ惜しい…そう感じるのです。


 ちなみに景四郎の使う武術は、鳴海作品ではお馴染みの(?)神武威流闘術。作中では九段下に道場があると触れられており、時代は流れるものなのだなあ…と変なところで感心した次第。


「かげろう闘魔変」(鳴海丈 集英社スーパーファンタジー文庫) Amazon

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2013.09.25

「お江戸ねこぱんち」第八号 そろそろ安定の猫時代漫画誌

 前号からわずか二ヶ月で刊行となった「お江戸ねこぱんち」の最新号である第八号。既に創刊から二年ほどが経ったこともあってか、内容的にもかなり安定してきたように感じられます。今回も、印象に残った作品をいくつか紹介しましょう。

「猫暦」(ねこしみず美濃)
 天文を志す少女・おえいと猫又のヤツメ、おえいの師となった伊能勘解由らが織りなす天文人情絵巻とも言うべき本作は、今回も静かな、しかし味わい深い展開であります。

 前回も登場した羽間重富によって完成した新たな暦の計算法を記した暦法新書。しかしヤツメの力で大人に変身(久々?)したおえいが見つけ出した誤りの存在――それも、羽間もそれを知っていたにもかかわらず、既存のに既存の天文界との軋轢でそれを正すことができなかったという事実に――勘解由は大きな衝撃を受けることになります。

 その重みに己の道を見失ってしまう勘解由。そんな彼を救ったのは、ヤツメによる「何のために天文を志したのか」という問いかけで…という展開は定番通りかもしれませんが、その答えが、ある快挙として、そして何よりもおえいの無邪気な笑顔として結実する結末は、実に美しく、感動的であります。


「外伝 猫絵十兵衛御伽草紙 恩送り猫」(永尾まる)
 お馴染み「猫絵十兵衛」の外伝、今回は久々の、子供時代の十兵衛とその師・十玄の若き日の物語。自分を助けて亡くなったさる商家の主人の遺族に恩返ししようとする猫と出会った十玄と少年十兵衛が、その意気やよしと助っ人を買って出るという一幕であります。

 彼らのしていることは、ある意味その場しのぎのものであり、厳しい言い方をすれば自己満足であるかもしれません。しかし、たとえ猫であっても、誰かが自分たちのことを想ってくれている、その事実こそが、何よりも人を支えるものとなるのでありましょう。

 この世界なら当然、と思っていたことに一ひねり加わったオチも微笑ましく


「良き音ノ鼓」(結城のぞみ)
 (私の記憶が正しければ)前号から始まった、若き能役者を主人公とした連作シリーズであります。大の猫好きであり、そして家伝の鼓・良き音ノ鼓を打てば猫が寄ってくるという若き能役者・九郎を主人公とした作品です。

 前回は思わぬことから将軍の御前で鼓を打った九郎ですが、今回はいささかスランプ気味で、肝心の舞台をしくじって謹慎処分に。
 そんな中、逃げてしまった大名の姫の飼い猫を呼び戻すために鼓を打つことを命じられた九郎は…

 猫と能という、およそ関係がなさそうな取り合わせがユニークな本作ですが、その面白さだけに留まらず、己の芸が猫絡みでのみ評価されている現状に不満を持つ九郎の成長物語としても描かれているのが読みどころでありましょうか。
 ある種の厳しさがどうしてもつきまとう芸道ものでありつつも、猫を絡めることでどこか暢気なムードが感じられるのも楽しいところであります。


「今宵は猫月夜」(須田翔子)
 侍姿に変じて江戸を騒がす妖を斬る猫侍・眠夜月之進を主人公とした本作も、すっかり定着した印象。今回は、とある料亭を訪れた月之進が、代替わりしたばかりで苦労のまっただ中の若主人と出会うのですが…

 普通の人間には猫にしか見えないが、人ならぬ者やそれと縁が深い者には侍に見えるという設定の月之進。これまでもこのユニークな設定が活かされてきた本作ですが、今回も、この若主人にも月之進が侍に見えたのは何故か、その謎から意外な方向に物語が転がっていくのが実に面白いのであります。

 今回猫侍として剣を振るう、その相手にちと無理矢理感があったのが残念ではありますが、魅力的な作品であることは間違いありますまい。


 と、今回は四作品取り上げた「お江戸ねこぱんち」ですが、非常に残念なのは、次号が新春発売予定であること。
 冷静に考えれば今回が異例であって、これまでも三四ヶ月おきの発売であったことを思えば特に間隔が開くわけでもないのかもしれませんが、しかしやはりちょっと残念だな、と感じてしまうのが正直なところであります。


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2013.09.24

「浣花洗剣録」第40集(その二)&まとめ 自由を求める者たちの戦い

 さて、「浣花洗剣録」最終回感想の続き&全体を通しての感想であります。

 見事な合体攻撃で木郎神君に必殺の一撃を送った呼延大臧と方宝玉。
 が、もう一歩のところで木郎は(先ほど大臧が床を切り落とした)高楼の向かい側に逃れ…なんと周囲の錦衣衛たちを次々と投げつけるという無茶苦茶な攻撃。何となくアクションRPGのボスの第二形態の攻撃という感じであります。しかし所詮はザコキャラの直線的な攻撃、主人公二人には通用しない…と思いきや、飛ばした錦衣衛に隠れての木郎の一撃を食らい、ダウンを喫する二人。

 既に力を使い果たし、立ち上がれない二人に迫る木郎――とその時、大臧が壊した高楼の下から飛び上がってきた脱塵郡主が木郎の無防備な背中を刺す! 信じられぬように倒れた木郎を抱きしめ、一人では逝かせないと自らの胸に剣を突き立てる脱塵…ああ、この二人はこれ以外の結末はないだろうと考えておりましたが、やはりその通りになってみるとあまりに哀しいものであります。

 が、その余韻に思い切り水を差すのは、周囲にボーッと突っ立った生き残りの錦衣衛たち。木郎たちに駆け寄るなり、大臧たちを攻撃するなりしましょうよ…錦衣衛を先に全滅させておかなかったのは大失敗としか。


 それはさておき、木郎との戦いからどれだけたったのか、二人の間柄を清算しようというのか、寸止めで決闘を行う大臧と宝玉。と、宝玉の剣が大臧の一刀を断った時、中から現れたのは大臧の師・公孫梁(日本名:ささきこじろう)の手紙でありました。
 大臧の父との因縁を語り、もはや遺言に縛られることはないという手紙に、ようやく大臧を縛るものはなくなったのであります(しかしこの手紙、師が読み上げる中、水辺に向かってヒラヒラ飛んでいくので本当に大臧が読めたのか心配に。それ以前に、どうやって刀身に手紙を仕込んだというのか!)

 そしてそれぞれの道を歩み出す二人――奔月を傍らに置いた宝玉は侯風を後見に武林再興に尽力し、大臧は珠児を連れ、全ての物語の始まりとなったあの二本の宝剣と共に実父の墓参りに現れ――ここに「浣花洗剣録」全編の完結であります。


 というわけで完結した「浣花洗剣録」を振り返ってみますと――まず真っ先に思い出すのは、冒頭の珍妙な日本語なのですが、そうしたところどころにツッコミどころはありながらも、想像以上によくまとまった物語だったという印象があります。

 モブの少なさや大がかりなセットの少なさなど、予算的には苦しかったのではないかな…という印象はあったものの、その辺りは物語上の仕掛けよりも、キャラクター、それもキャラクター同士の関係に重点を置くことにより、うまくかわしていた印象すらあります。
 その最たるものが終盤の剣閣と羅亜古城で――まさかあれだけ引っ張っておいて剣閣は一瞬(さらにいえば残る6本の宝剣も一種)、羅亜古城に至っては会話の中で済まされ、最後まで登場しないほどだったのですが…
 しかし物語の重点が宝探しや宝剣争奪戦には既になく、大臧や宝玉と木郎の対決に――言い換えれば、自由な生き方を求める者とそれを阻もうとする者の戦いに移っていたことだけは間違いありますまい。
(しかしその阻む者の代表となった木郎が、なぜそこまで権力の座に固執し続けたのか、彼の出自も含めて語られなかったのには不安はありますが)

 そう、作中であまり大上段に語られることはなかったように思われるものの、本作のテーマの一つは、「自由」ではありますまいか。
 正派や魔教といった一種イデオロギー的な対決に巻き込まれ、そしてそれすらも上回る権力と直面し…大臧や宝玉、さらには侯風や木郎たちも含めて、皆なにがしかの束縛を受ける中でいかに自分らしく生きていくか――それに自覚的であった者、いなかった者それぞれではありますが、彼らのコンフリクトから生まれるダイナミズムが、物語の原動力であったと感じます。

 もっとも、それが 武侠もの――というよりむしろ伝奇ものとしての興趣を削ぐ面もあったのもまた事実で、その点は痛し痒しではありますが…
 しかし、最後の最後までキャラクター同士のコンフリクトを中心に完走しきったのは、評価するべきでありましょう(堂々巡り的展開も散見されましたが…)

 まずは全40話、楽しく見ることができました。これで原作も邦訳されれば言うことなしなのですが――というのは古龍作品の場合は贅沢に過ぎますね、はい。


「浣花洗剣録」(マクザム DVDソフト) Amazon
『浣花洗剣録(かんかせんけんろく)』DVD-BOX


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 「浣花洗剣録」登場人物&感想リスト

関連サイト
 公式サイト

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2013.09.23

「浣花洗剣録」第40集(その一) ついに並び立つ兄弟剣士!

 さて、長きにわたった「浣花洗剣録」もついに最終回。果たしてあと一話で本当にまとまるのか、大いに心配ではありますが、血で血を洗う死闘の末、物語はついに大団円を迎えることとなります。まずは前回ラスト、木郎神君の掌打をまともに受けた金祖揚ですが…

 木郎の掌打に深手を負い、すでに反撃する力もなく、錦衣衛の総攻撃の前に膾斬りとなってあえなく散った金祖揚。木郎はその形見ともいえる水筒を手に、呼延大臧のもとを訪れます(意外と行ったり来たり自由)。
 そこで三日後の総攻撃を通告する木郎ですが、大臧に対して、義兄弟になったのはお前を利用するためだから勘違いするな、と言ったと思えば、次には義兄弟のよしみでお前は逃がしてやってもいいと言ったり…なんですかこの絵に描いたようなツンデレは。まあ、部下には嫌われてそうだし、友達少なそうだし、やっぱり寂しかったんですね木郎君。
 しかし大臧はそんな人情の機微を理解できるはずもなく…

 と、そこに高楼で白三空が待っているという知らせに戻った木郎。その前で白三空は、悠々と琴をかき鳴らします。あの、かつて少林寺の晴空大師をも倒した魔の音を!
 王巓の死や白艶燭との再会を通じて、ようやく己の過ちを悟った白三空。彼は己の手で木郎を討とうとするのですが…しかし彼の力は想像以上、不可視の音の刃をあるいはかわし、あるいは弾いて白三空を追いつめます(そしてあおりをくって崩壊していく高楼)。
 もともと身につけた軟蝟甲によって無敵の防御力を誇る上に、いつの間にか習得していた混元神功により、攻撃力もけた違い。ついに真っ向から一撃を食らった白三空は血反吐を吐いて吹き飛ばされ…

 まさかそのまま吹き飛ばされたわけではありますまいが、次のシーンでは艶燭や方宝玉、大臧らに囲まれていた白三空。いまわの際に彼が言い残したのは、あの婚礼の晩、結局宝玉と珠児の間には何もなかったということ…って、その場に隠れてたのかあんたは!?(と作中でもツッコまれる)
 しかし何はともあれこれで最後のわだかまりも解け、あとは木郎との決戦のみ――

 そして三日後、侯風に女性たちを任せて先に脱出させた宝玉は、ただ一人木郎の待つ高楼へ。そして始まる達人同士の激闘の中、はっと気づけば高楼の床が崩れ落ちます。その下にいたのは、もちろん長刀を掲げた大臧――下から長刀を振るって柱を切り倒すという荒技を見せた大臧は、ひらりと舞って宝玉と並んで立つと、我ら兄弟宣言! こないだは仏頂面していたのにえらい違いですが、しかしそれぞれの得物を手にすっくと並び立った両雄の姿は文句なしに格好良い! 我々も待ちに待っていた瞬間であることは間違いありません。
(しかしこの兄弟宣言、木郎の義兄弟云々への強烈なカウンターにも見えます)

 そして始まる二対一の決戦、あまり卑怯に見えないのは、これは見せ方のうまさでありましょうか。そして宝玉が木郎と戦っている間に大臧は久々の燕返しの始動モーション。溜めの時間が弱点っぽいこの技の欠点を補うナイスコンビネーションであります。
 そして放たれた燕返し。しかしその切っ先は木郎の軟蝟甲に阻まれ…(と、これは二人の初対面の時と同じ展開ですね)が、ここで宝玉が大臧の長刀の柄に掌底を当てて力を合わせる! これまた見事な合体攻撃!

 …というところで、長くなりますので次回に続きます。


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2013.09.22

「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力

 武官の家柄である実家が性に合わず飛び出した少年・弥吹と、幼馴染みの朝香は、とある里で阿生と輝夜という二人の少年と出会う。実はかぐや姫を守る月守だという二人が、かぐや姫の五つの宝を封印する旅をしていることを知り、同行することにした弥吹たち。しかし彼らを待つのは過酷な運命だった…

 なぜもっと早くこの本に出会っていなかったのだろう、と感じられる本に出会えるのは、本好きにとっては大きな喜びと悔しさを感じられるものでありますが、本作はまさにそんな一冊。約二年前に単行本として刊行されたものが、このたび文庫化されたものですが――副題にあるとおり、あの「竹取物語」の意外な真実を描く、良質の児童文学です。

 物語は、平城京に遷都されてから数年後、将軍の父を持ちながら、武官の生き方に馴染めない少年・弥吹が都を抜け出すところから始まります。心配してついてきた幼馴染みの少女・朝香とともにあてどもなくさまよううち、阿生(アキ)と輝夜(キヨ)という不思議な少年たちと弥吹が出会ったことから、思いもよらぬ冒険が始まることとなります。

 実は阿生と輝夜は、月から地上に降りてきたかぐや姫を守ってきた「月守」の民。不思議な力を秘めた五つの宝を携え、彼女と結ばれた者に莫大な富と不死をもたらすというかぐや姫は、それゆえ欲望に駆られた者たちに狙われ、月守たちに守られて代を重ねて(!)いたのであります。
 しかし当代のかぐや姫とその夫、そして月守たちが住まう里は、姫を狙う者たちに焼き払われ、残ったのは阿生と輝夜のみ。二人は、この世に争いを生む五つの宝を封印し、月に返すため、孤独な旅を続けていたのです。

 …我々がよく知る「竹取物語」――すなわち、かぐや姫の物語。その物語と、本作で語られるそれは、大きな隔たりがあります。人々が美しき姫を、五つの宝を求めるその姿が描かれるのは共通しても、竹取物語がどこか滑稽な味わいを持っているのに対し、本作で描かれるそれはあまりにも残酷なもの。
 人々の欲望の対象とされ、たとえ愛する者と結ばれても、安らぎの時を持つことができないかぐや姫。そして五つの宝も、その一つ一つが持つ強大な力故に人々を狂わせ、争いを引き起こすのです。

 阿生と輝夜の生い立ちと使命に共感し、同行することとした弥吹と朝香。かくて、残る宝を求めて少年たちの旅は続くのですが――そこに待ち受けるのは、あまりに過酷な出来事の数々であります。
 他者を傷つけるためにではなく、他者から身を守るために、あるいは世を治めるために宝を必要とする者たちの存在。自分たちでは到底及ばない力――権力を持つ者との対決。そして、阿生と輝夜が背負う、巨大すぎる秘密と運命――
 自分たちが信じてきた旅の目的の正しさすら大きく揺るがせにする出来事の数々に、彼らは大いに苦しむことになるのですが…

 しかしそれでも彼らは、なおも自分たちの道を信じ、どれほど傷つこうともまっすぐ歩き続けます。そんな彼らの姿は、彼らのまなざしは、彼らの言葉は、大人から見れば確かに青臭いものであり、自分勝手な子供の理屈に見えるかもしれません。
 しかし、子供だからこそ行ける道がある。子供だからこそ見れる景色がある。子供だからこそ言える言葉がある――彼らのひたむきな姿は、そんな想いを抱かせてくれるのであります。

 作中で、「物語を語ること」の楽しさに目覚めた弥吹は語ります。「いまはむかし」で語られる物語には、純粋なやさしさや一途な思いなど、ときにこの世の中ではきれいごとと言われてしまうようなものがこめられている。それでも、口ではうまくいかないとか、ありえないことだとか言っても、結局はみんなそういうものにひかれる、憧れるのだ――と。

 それは、まさに本作に当てはまる言葉でもありましょう。さらに言えば、それは私のような人間が児童文学に魅力を感じる理由でもあります。

 そして、一つの波瀾万丈の冒険が一つの美しい物語へと転化していく本作の結末は、そんな「現実」と「虚構」の美しい融合として――物語が、現実を乗り越え、そこに新たな意味を与える力として――すら感じられるのであります。


 児童文学と食わず嫌いの方にこそ読んでいただきたい本作。文庫化されて手に取りやすくなった今こそ、多くの方の目にとまることを願ってやみません。


「いまはむかし 竹取異聞」(安澄加奈 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))

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2013.09.21

「モンテ・クリスト」第1巻 しかし、の中の強き意志

 熊谷カズヒロ久々の新刊であります。タイトルは「モンテ・クリスト」――原作はアレクサンドル・デュマの「モンテ・クリスト伯」、あの誰もが知る復讐絵巻でありますが、いかにも作者らしいひねりが随所に加わったユニークな作品であります。

 元々は短編読み切りで掲載され、後に連載化された本作。読み切り部分は第0話として収録されており、当ブログでも以前紹介しておりますが、今読み返してみても、その衝撃的な印象は薄れません。
 婚約者との結婚を目前としながらも、陰謀により無実の罪を着せられた青年エドモン・ダンテス。14年もの間シャトー・ディフの監獄に閉じ込められながらも脱獄に成功した彼は、モンテ・クリスト島で莫大な富を手に入れて…

 この基本設定自体は原作と変わるところではありませんが、しかしただ一コマ、彼がモンテ・クリスト島で財宝だけでなくある存在に出会い、作り替えられたことを語る一コマが挿入されただけで、俄然、本作独自の色彩が強まるのがたまらない。
 そして莫大な富と超人的身体能力を手に入れた彼――モンテ・クリストの復讐劇がここに始まることとなるのであります。

 続く連載版の方では、彼を襲った過去の悲劇が詳細に語られるとともに、彼を陥れた者たちと、その背後の謎の存在が描かれ、いかにも作者らしい世界観が描かれていくこととなります。
 原作ではある意味世俗的であった敵の背後に見え隠れするのは、あるいはフランス王室のスパイ組織・ベルサイユ情報旅団(俗称「ベルサイユの犬」)、あるいはホムンクルス製造をもくろむ謎の組織体・永劫教会――本作独自の、本作ならではの存在たち。
 そしてまたラストに収められたエピソードでは、モンテ・クリストの復讐行の語り部として選ばれた男として「デュマ」なる作家が登場。ある物語の背後には、そのベースとなった、そしてさらに奇怪な「真実」が…というのは、一種定番的な趣向ではありますが、しかしニヤリとさせられるではありませんか。
(そして作者のファンとしてはドキリとするようなことを語るデュマ氏…)


 しかし、そんな本作にほどこされた様々なアレンジ以上に印象に残る改編は、本作のキャッチフレーズともいうべき言葉――「待て、しかし希望せよ」でありましょう。
 この言葉が、原作の「待て、しかして希望せよ」をベースにしていることは言うまでもありませんが、「しかして」――つまり「そして」と「しかし」では、その表す意味は異なりましょう。

 ここで日本語の解釈を云々するのは無粋でありますので省略しますが、私が本作の「しかし」から受けるのは、待つだけでは乗り越えられない行く手をふさぐ大きな壁の存在と…そして、その壁を突破して次に向かおうとする強い意志の存在であります。

 周囲の人々の悪意や、運命や歴史といった巨大な力――そんな己一人の力ではどうにもならぬものに対し、人が持つべき気概というものを、この言葉は表しているのであり…
 そしてそこに込められた一つの希望は、どれだけ生臭く、薄汚れた世界を描こうとも、作者のこれまでの作品にも共通してきたもののように感じられる、というのは、センチメンタルに過ぎましょうか。

 しかし、復讐という重いテーマを描きつつも、どこか本作の根底に清々しさを感じさせるものがあるのは、まさにこの点によるのではないかと、私は信じるものであります。
 そしてそれが最後まで貫かれることを、私は希望しているのです。


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2013.09.20

「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

 最近の作品に追われて、だいぶ以前に読んだ名作を紹介しそびれているのがこのブログの悪いところですが、柴田錬三郎の眠狂四郎ものを紹介していないのは、これはいかにも申し訳ないことであります。そんなわけで今回はその第一弾として、唯一の短編集である「眠狂四郎京洛勝負帖」を取り上げます。

 ファンの方はよくご存じかと思いますが、実はどの作品もかなりの大部となっている眠狂四郎もの。スタイル的にはどの作品も基本的に連作短編であって読みやすいのですが、しかしいざその大部を目にすると、いささか気圧されるものがあります。
 そんな中で本書は冒頭に述べた通り短編集で、分量的には気軽に手を出せるもの。そして内容の方も、いかにも眠狂四郎ものらしい作品が揃っているのであります。

 表題作の「眠狂四郎京洛勝負帖」は、まず中編と言ってよいボリュームの作品。タイトル通り、京の都を舞台に狂四郎が活躍するのですが、しかしその内容が一筋縄ではいかないのが、狂四郎らしいところなのです。
 というのも、今回狂四郎が巻き込まれたのは、禁裏から姿を消したさる高位の姫君の失踪事件。しかしこの姫君、実は拐かしなどではなく、金のために御所が大坂の大商人に売ったらしいのですから…

 金と色のために、確固たる社会制度と一体化した身分というものが容易にひっくり返されるというのは、ある意味そうした一般常識の世界から離れた無頼の身である狂四郎にとって身近な出来事であると同時に、しかし――逆の意味で身分に囚われているという意味で――あざ笑うべきものでありましょう。
 彼の預かり知らぬところで巻き込まれた部分も多いとはいえ、彼がこの事件に乗り出したのは、この点によるところも少なくありますまい。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、狂四郎の下でむせび泣く女体――いずれも眠狂四郎ものの魅力であり、本作にもそれは余すところなく詰め込まれていますが、しかし何よりも「らしい」のは、この精神性によるもののように感じます。

 …そしてまた、その狂四郎が背を向けて歩むものに、もう一つの乗り越え方があったことが示される結末もまた、実に気持ちがいいのであります。


 と、こうした表題作以外にも、本書に収録されているのは、それぞれにまた狂四郎らしい作品たちであります。
 湯殿で凶器もなく殺害された旗本の謎に、狂四郎が巾着切りの金八を相棒に挑む「消えた兇器」
 花嫁が新婚初夜に首を切断され、獄門首とすり替えられるという、お玉ヶ池の佐兵衛が持ち込んできた怪事件の謎を暴く「花嫁首」
 偶然行きあわせた美女の仇討ちに助太刀した狂四郎が目の当たりにした女の本性を描く極めて珍しい狂四郎の一人称の物語「悪女仇討」
 天領とさる藩が対峙する地方で起きた不可思議な事件を、狐にまつわる言い伝えと、己の道に迷う僧、そして凄腕の浪人の姿を通じて語る「狐と僧と浪人」
 狂四郎と旅の道連れになった薬売りの松次郎が目撃した、男装の女渡世人と貧困にあえぐ農民たちにまつわる残酷な物語「のぞきからくり」

 金八、佐兵衛、松次郎といったシリーズでお馴染みの顔ぶれあり、独立した短編でなければ描けないような異色作あり、どの作品も短編ながらきっちりとまとまった、狂四郎もののお手本のような作品ばかりであります。
 狂四郎といえば円月殺法やその重い出生の秘密が思い浮かびますが、そうした要素に頼らなくとも、狂四郎は狂四郎であって、そしてその物語は魅力的であると、そう再確認、再発見させてくれた作品集であります。


 実は今回取り上げたのは、私の手元にあった新潮文庫版ですが、集英社文庫版はさらに二つの短編が収録されており、さらに充実した印象があります。
 この集英社文庫版は、つい最近も岡田屋鉄蔵の表紙イラストで再版されたばかりで手に入れやすいのも助かりますが、本書を眠狂四郎ものの入り口とするのも、決して悪いことではないと感じる次第です。


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眠狂四郎京洛勝負帖 (眠狂四郎) (集英社文庫)

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2013.09.19

「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」 帰ってきた剣聖!

 あの剣聖一心斎が帰ってきました。不二一心流の達人・中村一心斎――またの名を、みすたあまっちい。竹光で石臼を断ち切るほどの剣豪にして、武田信玄の埋蔵金を探しては周囲を巻き込み、煙に巻く怪人いや快人たる一心斎先生の活躍を描く連作が、このたび双葉文庫から再刊されたのであります。

 本作の主人公たる中村一心斎正清は、江戸後期に実在した剣術家。肥前島原の出身で、あの山岡鉄舟が日本一強いと語ったと言われる人物ですが――いかんせん、知名度は今一つの人物であります(以前も述べましたが、時代小説への登場ですぐに思いつくのは「大菩薩峠」の冒頭くらいでは)。
 そんな人物を、いやそんな人物だからこそ、本作は自由に想像の翼を羽ばたかせて、新たな一心斎像を作り上げます。

 なにしろこの一心斎先生、確かにけた外れに強い、というか何をやっているのかわからないほどの無敵ぶりなのですが、しかしそのキャラクターはむしろ武張ったところがない、というよりも砕けっぱなしの人物。
 時に人懐っこく、時にいかめしく、時に有無を言わさず(?)相手の懐に飛び込んで、自分の都合に巻き込んでケロリとしているような、何とも困ったお方なのです。

(ちなみに一心斎先生が相手を煙に巻く時などに飛び出すのが片言の英語なのですが、本作においては先生、二年ほどアメリカに渡り、向こうでは「みすたあまっちい」と呼ばれていたという…)

 しかし本作においてはその一心斎先生の一見無茶苦茶で天衣無縫な行動が、迷える人々を導き、力付け、新たな道を示すことになるのであります。
 そう、本作においては実は一心斎はむしろ狂言回し的存在であり、メインとなるのは、各話に登場する実在の有名人たち(の若い頃)。彼らが一心斎と出会い、様々な形で――一見はそうとは到底見えないような形で――救われていく様が、本作では描かれていくのです。

 そしてその顔ぶれは、各話のタイトルをご覧いただければ瞭然であります。
「周作仰天」「呆然小吉」「妖怪北斎」「にこにこ尊徳」「忠邦を待ちながら」「金四郎思い出桜」「次郎吉参上」「開眼弥九郎」
 唯一、「忠邦を待ちながら」のみは水野忠邦は直接登場せず、羽倉外記らがメインとなる作品ですが(そして本書のタイトル「黄金の鯉」はこのエピソードから取られているのですが)、それ以外はいずれもお馴染みの面々ではありませんか。

 そんな彼らを、ほとんど無名の(と言っては失礼ですが)一心斎が導く…というのはなかなか痛快かつユニークな構図ですが、それはもしかすると、近代的精神と近世的精神の対峙という意味づけもあるのかもしれないと、今回再読して感じた次第です。
 いや、近代どころか現代でもそうはいないような自由極まりない精神ですが…


 と、そんな一心斎先生との再会を喜んでいたところですが、唯一残念なのは、本書が底本たる「剣聖一心斎」の全部を収めたものではなく、「郷愁、音無しの剣」「霧隠一心斎」が収録されていない点です。
 色々と事情はありましょうが、特に「霧隠一心斎」は大団円にふさわしい内容だけに、やはりここで合わせて読めなかったのは残念に感じられます。

 もっとも、作者のサイトによれば、「大江戸剣聖一心斎」のシリーズは、全部で3冊刊行されるとのこと。元となる作品は「剣聖一心斎」「暗闇一心斎」の2冊ですから、最終巻辺りには新作が収録されるのでは…と期待しているところであります。


「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」(高橋三千綱 双葉文庫) Amazon
黄金の鯉-大江戸剣聖 一心斎 (双葉文庫)


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2013.09.18

「浣花洗剣録」第39集 ついに明かされる衝撃の事実、そして…

 いよいよラスト1話前になりましたが、本当にちゃんと終わらせられるのか、そろそろ心配になってきた「浣花洗剣録」。しかしついに(視聴者はみんな知っていた)衝撃の事実が明かされ、そしていよいよ登場人物の退場も進んでいくことに…

 と、前回奔月を人質にした決戦の末、方宝玉と呼延大臧に珠児、そして侯風と白艶燭を一網打尽にしたと思いきや、脱塵郡主が割って入ったおかげで取り逃がしてしまった木郎神君は怒り心頭。ついに脱塵に対して手を上げますが、しかしその後はお定まりの共依存カップル劇場が始まります。
 こに二人が共にどれだけ孤独なのかはよくわかりますし、これがなければ木郎が完全に単なる悪役になってしまうのですが、しかしここ数回毎回のように繰り返されるのは本当にいかがなものか。特に木郎にはほかに描くべきことがあるだろうと感じるだけに…

 一方、先ほどの戦いで思わず一撃を食らわせてしまった相手が本当に自分の娘・艶燭であったか確認に向かった白三空は、それが事実であったことを確認したものの、艶燭からは当然のように手厳しく拒絶された上、大臧こそが、三空の陰謀で自分から引き離された霍飛騰の子であると聞かされて愕然とするばかりであります。

 さて、そんなこんなでも未だに羅亜古城に執着する木郎は、王巓を利用して珠児から城の在処を聞き出そうとしますが、さすがに度重なる辱めを受けた王巓はこれを拒否。処刑されかかった王巓を、白三空が救いだし、王巓の、娘の珠児に一目会いたいという望みを叶えるべく、彼女のもとに連れて行きます。
 この場面、一行が逃げ込み、錦衣衛に包囲された陋屋に、王巓の乗った車椅子を押して白三空が乗り込むという、冷静に考えるとなかなかシュールな絵面。しかしどちらも己の野望のために周囲を利用した末に、最も近い肉親である我が子から見放されたという点では共通点を持っているのであり、なかなかに考えさせられる場面ではあります。

 さて、ようやく珠児と対面した王巓は、これまでの自らの所業を彼女に詫びると、大臧に珠児を託します。そして大臧に請うて宝剣・赤霄を借り受けた王巓は、止める間もあればこそ、その赤霄で自害するのでありました。赤霄といえば武林の盟主が持つ剣であり、一度は奸計を以て自らがその手に握ったもの。それで自らの命を絶つとは、ただ因果応報と言うべきでしょうか。目の前で死なれた珠児は大変ですが…

 さて、その間に再び艶燭と会った白三空は、一緒にいた侯風に娘を託すと、大臧と宝玉に親子の名乗りをしてやれと艶燭に促すのでありました。
 そしてようやく、本当にようやく二人の主人公に明かされる出生の秘密。これまで幾度となくぶつかり合い、刃を交えた相手が父親は違うとはいえ兄弟だったと知った二人の衝撃はいかばかりか…まあ、大臧はいつもの鉄面皮ですが、しかし彼とて、自分を育てた師が実の父の仇であり、そして自分は蓬莱人ではなかったと知れば心中穏やかではないはずであります(個人的には、てっきり師が自分の父の仇というのは知っていたものと思い込んでおりましたが…)。

 一方、宝玉の方も当然ながら愕然としていたところですが、そこに現れた侯風は艶燭の心中を語り諭した上で、改めて奔月を宝玉に託すのでした。…今回このパターン3回目ですな。そして、母が父の仇とくっついた宝玉が一番心中複雑だったと思います。

 そんなドラマが展開する一方で都掌寨の門前に現れたのは――酔侠・金祖揚。剣閣を見つけて喜ぶあまり、侯風への助力を断った彼ですが、ようやく決戦の場に現れ、群がる錦衣衛を前に、剣に酒を一噴き。最後の一滴を落とした水筒を投げ捨て――ってそれはフラグだ! というこちらの心配をよそに、実はほとんど初めての大殺陣を見せて錦衣衛を次々と屠っていく金祖揚ですが…
 そんな彼の動きを見ていた木郎は、近くにいた配下をほとんど投げつけるように突き飛ばし、その動きに紛れて金祖揚に死角から急接近すると、掌打を胸に一撃! というところで、次回最終回に続きます。


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2013.09.17

「ホームズ鬼譚 異次元の色彩」(その二) 原典という史実を超えて

 昨日の続き、「クトゥルー・ミュトス・ファイルズ」シリーズの最新巻「ホームズ鬼譚 異次元の色彩」の残り二作品の紹介であります。

 さて、続く北原尚彦「バスカヴィル家の怪魔」は、タイトルからも一目瞭然の通り、あの名作「バスカヴィル家の犬」のパスティーシュであります。
 イギリス南西部のデボン州はダートムアを舞台とした原典は、その外連味と怪奇性溢れる内容で私も大好きな作品。作中の年代は(諸説あるものの)1890年前後と考えられるのですが、であるならば、「宇宙からの色」で描かれた事件のわずか数年後ということになります。

 その原典を、ヴィクトリア朝ものの第一人者であり有数のシャーロキアンである作者が料理した本作は、ダートムアにもう一つの隕石が落下していた、というある意味直球な内容なのですが、そこから原典が文字通り異次元の色彩に染まっていく様が実に楽しい。
 原典でお馴染みのあのエピソード、あのキャラクターが、微妙に読み替えられていくのはパスティーシュならではの楽しみですが、しかし予定調和的に終わったかに見えた物語は、そこからが真の始まり。

 「バスカヴィル家の犬」というより、この犬はまるで別の…と思いきや、さらに「宇宙からの色」の○○版的な存在が登場して大暴れを始め、最後の最後には、もう一つの××との関係が匂わされて、物語を締めくくる…そこまでが比較的直球であったのはこの大展開のためであったか、とただ感心させられた次第であります。
 「バスカヴィル家の犬」という「史実」、「宇宙からの色」という「史実」を踏まえた、見事な「伝奇」ものでありました。


 そして最後のフーゴ・ハル「バーナム二世事件」は、なんとゲームブック。
 この「クトゥルー・ミュトス・ファイルズ」では、これまでもゲームブックが収録されたことがあるため、それほど驚くべきことではないかもしれませんが、しかしそれでも個人的に非常に感慨深いものがあります。
 というのも、作者はゲームブックファンにはお馴染みの「グレイルクエスト」のイラストを担当してきた人物であり、そしてそれ以上に、ホームズファン、ゲームブックファンには伝説の作品である「シャーロック・ホームズ 10の怪事件」をはじめとするシリーズの監修者だったというのですから…

 この「シャーロック・ホームズ 10の怪事件」にはじまるシリーズは、文中の指示に従ってパラグラフを読み進めていく通常のゲームブックとは異なり、発生した事件の概要を踏まえて、自分で調査先・聞き込み先を選び、証拠を集めた上で、最後に待つ事件の真相に関する真相に答えるというスタイルなのですが、本作もそれが踏襲されています。
(さらに言えば、聞き込み箇所を一種のポイント制として点数付けするシステムも踏襲)

 主人公はあのワトスン博士となって、別の事件で多忙のホームズに代わって怪事件を解決するという趣向。そしてその事件というのが、自宅で見世物を開業していたバーナム二世が、庭に留められていた馬車の中で、石塊をぶつけられて死んでいたというものなのですが――
 見世物の傍ら、怪しい商売にも絡み、オカルト界にも詳しかった(作中にはクロウリーやウェスコットら、イギリス魔術界の大物をもじった人物も登場するのが楽しい)という被害者だけに、その事件もオカルティックな色彩が強く感じられるものなのですが、さて、これが「宇宙からの色」とどう関わってくるのか?

 もちろん、作品のスタイルがスタイルだけに詳細には触れませんが、捜査が進展されていくにつれ、徐々に見えてくるその関わりには、なるほどと唸らされるばかり。
 ある意味、作品のスタイルのユニークさと反比例して、本書では最もホームズものとして、「宇宙からの色」オマージュとして正当派の作品と言えるかもしれません。


 と、駆け足で三作品を紹介いたしましたが、ご覧の通り、題材のインパクトによりかからぬ、決して負けぬ作品揃い。これまでのシリーズのアンソロジー同様、クトゥルー神話の可能性に挑んだ、内容豊かな作品群と感じます。
 ただ一つ残念なのは、何故ホームズなのか、その必然性にまで踏み込んだ作品がほとんどなかった点ではありますが――「探偵」たる彼が、地球外からの怪に挑む理由、そしてそこから生まれるものをさらに一歩進めていただきたかった…というのは、贅沢を言い過ぎかもしれませんが、見事な作品揃いであっただけに、そうも感じた次第であります。


「ホームズ鬼譚 異次元の色彩」(山田正紀、北原尚彦、フーゴ・ハル 創土社) Amazon
ホームズ鬼譚~異次元の色彩 (The Cthulhu Mythos Files 8)


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2013.09.16

「ホームズ鬼譚 異次元の色彩」(その一) 怪異の中の現実と虚構

 実力派作家陣による、ユニークかつ内容豊かな作品揃いのアンソロジー、「クトゥルー・ミュトス・ファイルズ」の最新巻は、「ホームズ鬼譚 異次元の色彩」――H・P・ラヴクラフトの「宇宙からの色」の世界に、あの名探偵シャーロック・ホームズが挑むという、伝奇者にもたまらない一冊であります。

 「宇宙からの色」(もしくは「異次元の色彩」)は、1882年にマサチューセッツ州アーカム郊外に落下した隕石がもたらす恐怖を描いたラヴクラフトの短編。隕石から現れた「色」が周囲のあらゆるものを浸食し、変容させていくという静かな恐怖の様が印象的で、私も大好きな作品です。
 そしてホームズは言うまでもなくあのコナン・ドイルが生んだあの名探偵であります。「宇宙からの色」が落ちたアメリカとは海を挟んだ地で活躍していた彼ですが、その活躍はほとんど同時期。
 だとすれば、ホームズがその恐怖に挑むのも設定的に全くありえないことではない…というわけで、本書はある意味、夢の、いやある意味悪夢の取り合わせが実現した、全三作品の極めてユニークなアンソロジーであります。


 と、そこで冒頭に収録された山田正紀「宇宙からの色の研究」なのですが…これがまずとてつもない作品。あらすじを書こうとするとネタバレになり、しかしそれを見ても誰も信じてくれないであろう、一種の飛び道具的作品であります。

 何しろ本作の舞台は「現代」であり、題材となっているのも、ホームズと「宇宙からの色」に留まらず、「嵐が丘」であり「フランケンシュタイン」であり、そしてその作者たち(!)であり――いやはや、凄まじい混沌であります。
 しかしその中で描かれるのは、現実と虚構、作者と登場人物の関係性であり、そして超現実的でありつつも見事に伝奇的な手法の中で、クトゥルフ神話という概念の特殊性を少々意地悪くついてくるのは、作者ならではのひねりぶりでありましょう。

 この題材でこの作者の作品くれば、どうしても同様に現実と虚構の相剋を描いた「エイダ」を連想してしまうのですが、しかしそこに「クトゥルー」という要素を持ち込むことで構造をシェイプアップし、かつ「超越者との対峙」という、作者お馴染みの構図に持っていってくれるのも嬉しい
 そう、本作の語り手は、人間性を軽んじる「超越者」に、人間としての矜恃を持って一人対峙する、確かに山田主人公の系譜に属する者なのであります。あまりにも呪われた魂の持ち主ではありますが…

 あまりの曲者ぶりに驚かされますが、しかしこの作者ならではの、この作者でなければ描けない逸品であります。
(にしても、神様にも等しいあの方を、あんな無惨な――それでいてどこか山田作品らしい――殺し方をするのはやはりとんでもないというべきでしょうか)


 長くなってしまいましたので、次回に続きます。


「ホームズ鬼譚 異次元の色彩」(山田正紀、北原尚彦、フーゴ・ハル 創土社) Amazon
ホームズ鬼譚~異次元の色彩 (The Cthulhu Mythos Files 8)


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2013.09.15

「大唐風雲記 2 始皇帝と3000人の子供たち」 二人の皇帝、二つの思想

 長安に迫る安禄山の反乱軍から民を守るための方策を探る即天皇帝の命を受けて、秦の始皇帝の地下宮殿を発見した方士見習いの履児。そこで始皇帝の亡霊と出会った履児たちは、始皇帝の依頼を受けて彼が生きていた時代に飛ぶことになる。しかし履児たちがそこで見たものは、始皇帝の邪悪な野望だった…

 唐末期の安禄山の乱を背景に、時空を超えて展開する奇想天外な活劇を描く「大唐風雲記」の第2弾であります。
 乱の中で死んだ少女の身を借りて現世に甦った即天皇帝と、彼女に振り回される形で巻き込まれた方士見習いの少年・履児と、酒場の看板娘の麗華、即天皇帝に仕えた美女で今は幽霊の上官婉児、酔いどれ詩人の李白と心身ともに逞しい楊貴妃…
 そんな個性的な面々が、謎の神器・竜導盤の力で時空を超え、長安を救うための援軍を求めることに――

 というのが前作のあらすじ。それを受けた本作では、引き続き長安を救うための冒険が繰り広げられる…はずが、事態はとんでもない方向に進んで行くことになります。
 安禄山の軍が到着した際に、長安の人々を脱出させるための方策を探しているうちに、始皇帝の地下宮殿を発見した履児たちですが、そこで伝説の金人に守られていたのは、なんと始皇帝その人の亡霊。
 魔力で動くという十万の陶器の兵士の力を貸すことの条件に、始皇帝から行方知れずの徐福の行方を捜してほしいと依頼された履児たちは、約千年の時を遡り、始皇帝の泰山封禅の儀の場を目指すのですが…

 泰山において天と地を祀り、天下太平を感謝するという封禅の儀式は、それを行うことができるのが皇帝のみである=皇帝の証であるということもさることながら、伝説の三皇五帝の時代に始まり、始皇帝の時代には既に儀式の知識が失われていたというミステリアスな存在であり、大いに興味をそそられます。
 それを本作においてどのように描いたか…それは伏せておきますが、ここでサブタイトルの「3000人の子供たち」の存在を知った則天皇帝と履児一行は、一転「当時の」始皇帝の邪悪な野望を砕くために戦いを挑むこととなるのであります。

 始皇帝の助けを借りるためにタイムスリップしながら、その始皇帝に戦いを挑むというのは目的を見失っている感もあります。
 しかし、そもそも則天皇帝が現世に現れたのが、乱によって無辜の民、それも力なき子供たちの命が奪われていくことに怒りを覚えたためであったことを考えれば、たとえ相手が誰であれ、己の目的のために子供の命を利用せんとするものを見過ごせないというのは、ある意味当然でもあります。

 すなわち本作は、ノーブレス・オブリージュを掲げた則天皇帝が、それを持たず、天下万民すら己の道具とせんとする始皇帝に挑むという、異なる思想を持った二人の皇帝の対決の物語、と言えるかもしれません。
 そして「現代の」始皇帝の姿は、その顛末を皮肉な味わいで彩ってくれるのであります。


 …が、物語としてみれば、話が横に逸れたまま終わってしまった、という印象が強いのもまた事実。結局長安の民を救うという目的はどこにいったのだろう、という気持ちはどうしても残るわけで、その辺りは、まだ先があるシリーズものとしての枠組みに寄りかかってしまったなあ、という不満は感じるのであります。


「大唐風雲記 2 始皇帝と3000人の子供たち」(田村登正 メディアワークス電撃文庫) Amazon
大唐風雲記〈2〉始皇帝と3000人の子供たち (電撃文庫)


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2013.09.14

「黒鷺死体宅配便スピンオフ 松岡國男妖怪退治」第3巻 そして彼ら自身の事件に

 久々に登場の「松岡國男妖怪退治」第3巻であります。「黒鷺死体宅配便」のスピンオフとは冠しているものの、内容的にはほとんど完全に独立して、松岡國男=柳田國男と田山花袋を主人公とした明治伝奇譚といった趣のユニークな作品となっております。

 松岡&田山の凸凹コンビと田山の弟子の岡田美知代、それに生臭坊主の笹山と霊能少年・やいちの五人が、各地で起きる奇怪な事件に首を突っ込んでは大騒動を繰り広げる本作ですが、作中時間も少しずつ進み、この巻で描かれるのは明治40年代初頭。
 松岡と田山の事績をご存じの方であれば、「おっ」と思われるかもしれませんが、この時期には、彼らの生涯において一種のターニングポイントとなった作品が発表されております。

 当然本作においてそれが見過ごされるはずもなく、この巻に収められたエピソードは、それらの作品と、そして松岡と田山という人間と密接に関わるものとなっているのが特色と言えるのではないでしょうか。

 まず冒頭に収められた前後編とも言うべき「鬼の子孫」「雪国の春」で描かれるのは、岩手県遠野を訪れた松岡らが、鬼の子によると思われる殺人事件の謎に挑むエピソード…と、松岡でこの舞台とくれば、当然連想されるのは「遠野物語」。
 松岡が友人の水野葉舟(既に本作には登場していますが)の紹介で遠野出身の佐々木鏡石(喜善)と出会い、彼の語る遠野の民話をまとめたものが「遠野物語」ですが、そこに殺人事件と、さらにとんでもない妖怪たちの跳梁が絡むのが、いかにも本作らしく、それが遠野物語の誕生秘話として立ち上がってくるのがなかなかに楽しいのです。

 そして松岡に対し、田山の方がこの時期に著した代表作といえば、そう「蒲団」。田山が弟子の岡田美知代に失恋した経験を踏まえた私小説であるこの作品は、国語の時間に習って皆ドン引きしたのではないでしょうか…というのはさておき、上で触れたように美知代は本作のヒロイン的扱いであり、田山のいつその辺りが本作で描かれるか、気になっていたところであります。
 その「蒲団」の前日譚というべきか、要するに田山の失恋を描いたのが「妹の力」なのですが…これがまたとんでもないお話。

 東京を騒がす若き文学者たちの奇行――人死にすらでたそれは、彼らが有栖と名乗る少女と出会い、惹かれていったことに原因がありました。美知代の恋人も有栖に取り憑かれたと知り、松岡たちは有栖を追うのですが、田山までも憑かれたようになって…
 と、田山の失恋を題材としつつ、文学者たちの心を奪う怪少女の跳梁を描く本作。その正体はなんと…! と思いきや、さらにそこにとんでもないオチ(しかも物語の登場人物と決して無縁ではない)を用意してくるのには、ただ呆れ…いや感心するばかりであります。

 しかしそんな中でも、普段は決して見せないような、田山への松岡の(ツンデレめいた)心遣い、信頼の情が描かれているのが、また心憎いといいましょうか…

 そしてラストの「幽冥談」には、ある意味二人のルーツともいえる人物、二人の師であった桂園派の歌人・松浦辰男が登場。この松浦の下で松岡と田山は出会ったのですが、死の床にあった松浦が二人に遺したものとは…
 と、ちょっと良い話のようでいて、久々に(?)豪快なオカルト伝奇三題噺といった趣のこのエピソード。まさかツングースカ大爆発に「天狗の話」、五稜郭と×××が絡んでくるとは予想もできませなんだ。
 内容的には大いに無理があるお話なのですが、その意外すぎる取り合わせと、話のまとめ方のうまさで、何となく凄いもの見た…と思わされてしまうエピソードであります。


 と、松岡と田山個人にまつわるエピソードで構成されたこの第3巻。
 既刊では、その内容のぶっとんだ取り合わせばかりが印象に残って、物語面には正直なところ不満がないわけではなかったのですが(その意味では「幽冥談」はこれまでのエピソード的なものを感じましたが)、この巻では、二人が怪異に絡む必然性をうまく導き出していたと感じます。
 さてこの先のエピソードではどうなってくるのか、今から気になるところではあります。


「黒鷺死体宅配便スピンオフ 松岡國男妖怪退治」第3巻(山崎峰水&大塚英志 角川コミックス・エース) Amazon
松岡國男妖怪退治 (3)  黒鷺死体宅配便スピンオフ (カドカワコミックス・エース)


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2013.09.13

「陰陽師 瀧夜叉姫」第3巻 ついに語られるその人の名は

 現在、歌舞伎座の九月花形歌舞伎夜の部で、非常に豪華な出演陣で上演されているという実に良いタイミングで、漫画版の「陰陽師 滝夜叉姫」第3巻が登場であります。起承転結でいえば、承から転に移った辺りでしょうか、まだまだ先の見えないようでいて、しかし…というところであります。

 都の夜を騒がす数々の奇怪な事件。様々な貴族たちを脅かしてきた怪事の中でも、その最たるものといえる平貞盛の顔に生まれた奇怪な瘡――前の巻では、その瘡と晴明との対峙が描かれましたが、この巻の冒頭で描かれるのは、瘡と芦屋道満との対峙であります。
 晴明よりも前に貞盛に治療を依頼された道満が、如何に瘡と対峙したか…正直なところ、この辺りの描写は――夢枕作品読者にとっては何となくお馴染みに感じられるものの――やはりビジュアルで見るとかなりグロテスクではありますが、第2巻の感想で申し上げた通り、そのグロテスクさを真っ正面から描いてみせるのは、これは作画の睦月ムンクの力というものでしょう。

 さて、ここまで怪事に出会ったことが描かれたのは、この貞盛の他、盗らずの盗人に襲われた小野好古と俵藤太でしたが、さらにこの巻では、奇怪な五頭の大蛇に襲われた藤原師輔と、夜ごと奇怪な女に体を釘打たれる夢に苦しめられる源経基の姿が描かれますが――
 彼ら五人に共通するあの人物の名が、今回ついに語られることとなります。

 すでに歌舞伎のキャスティングを見れば明らかではありますので(そしてわかる方であればサブタイトルで一目瞭然ではありますが)その名をここで挙げてしまえば、それは平将門…本作の時間軸の20年前、関東で新皇と名乗り兵を挙げた、あの平将門です。

 そして、本作における平将門のビジュアルがまた良いのであります。
 この巻で描かれたのはほんの数コマ、それも登場人物たちが思い浮かべたイメージとしての登場なのですが…いや、これが何ともゾクゾクさせられるような迫力と妖気を感じさせる姿なのであります。
 第2巻に登場した俵藤太のビジュアルを評して、私は「太い」と申し上げましたが、その藤太に討たれた将門公もまた、別の意味で「太い」ものを感じさせるのであります。


 さて、その平将門が、この一連の怪事にどのように関わってくるのか…ゆったりと進んできた印象のある本作ですが、彼の名が登場したことで、いよいよ物語は佳境に突入した感があります。
 20年前に何が起きたのか…夢枕作品名物の長い過去編にそろそろ突入しそうですが、それもまた楽しみにできそうであります。


「陰陽師 瀧夜叉姫」第3巻 (睦月ムンク&夢枕獏 徳間書店リュウコミックス) Amazon
陰陽師-瀧夜叉姫- 3 (リュウコミックス)


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2013.09.12

「浣花洗剣録」第38集 ついに最終決戦!? しかし…

 さて、残り3話という微妙な話数でようやく剣閣と羅亜古城を巡る因縁も明らかになった「浣花洗剣録」。都掌族の町を舞台に、決戦の火ぶたが切って落とされるのですが…まだまだ解消されるべき因縁は少なくなく、果たしてこの先どのように転がっていくのか、まだまだ先は読めません。

 ついに剣閣の場所を発見した金祖揚と侯風、白艶燭。地下に掘られた洞窟のようなその場所に上から飛び降りた(こういう場所は色々と罠が仕掛けられているものではないのかしら…)三人は、そこで六つの骸骨と六本の剣を発見します。
 念願の剣閣を発見した金祖揚に対し、手を貸した礼と言ってはなんだが、奔月救出のために手を貸して欲しいと頼む侯風。しかし金祖揚は、金家の人間としてここを守る義務があると言い出してあっさり断るのでした。
 さすがにそれはないんじゃないかなあ…と視聴者の気持ちを代弁して不満顔の侯風ですが、白艶燭に宥められ、二人で救出に向かうことになります。

 一方、もぬけの殻の都掌寨に不満顔の木郎神君ですが、そこに連行されてきたのはヨレヨレとなった王巓。彼を除く武林の面々は、錦衣衛によって既に全滅させられており――って、映像もなしに武林壊滅! ここまで何となく粘ってきた李子原や火魔神は、哀れ台詞のみで処理されてしまったのでした。
 ここに至ってようやく白三空の背後にいたのが木郎であったことを知り、愕然とした王巓は、自分のことを棚に上げて木郎を詰るのですが…時既に遅し。ヨレヨレのまま、牢に放り込まれてしまうのでした。

 そしてその様子を聞いていたのが脱塵郡主。木郎のあまりの奸計に憤った彼女は木郎をけだものと罵りますが、しかしそれでも木郎からは離れられないのが彼女の悲しさ…奔月から別れればと言われても、そうできない彼女の姿はステロタイプかもしれませんが、しかしそれも一つの生き方でしょう。

 そんな騒動の中、一行をつけてきて都掌寨に潜入したものの、あっさりと見つかって木郎と錦衣衛の襲撃を受けた呼延大臧・方宝玉・珠児の三人は、かろうじて四合院に立て籠もりますが、しかし守りを破られるのは時間の問題――と思いきや、そこで木郎の前に立ちふさがったのは白三空!
 おお、ついに孫可愛さに味方になるか!? と思いきやそこまでではなく、自分に免じて今日のところは助けてやってくれという三空に、木郎は兵を引くのでした。

 …が、これであきらめるわけはもちろんなく、翌朝、都掌寨の門前で奔月を処刑するという書状を宝玉たちに送りつける木郎。
 その直後、脱塵の笛に招かれたように表に出てきた(いいのかしら、こんなにあっさりで)大臧の前にさらに登場する木郎。かつて、正派に対して戦い抜くことを誓った義兄弟三人が顔を合わせたことになりますが、互いの心の距離はあまりに遠く…
 いかにも悪人の甘言らしく、お前は生かしてやるから珠児とともに六本の宝剣を持って去れと言う木郎の言葉に、しかし一片の真情が感じられるのもまた切ないのであります。
 一方、宝玉のもとを訪ねた三空ですが、幾度か目の説得にももちろん宝玉は耳を貸さず、かえって正論で言い返される始末。それで寂しくなって、というわけでもありますまいが、今度は獄に繋がれた王巓のもとを訪れ、酒を酌み交わします。しかしさすがの王巓も己の愚かさがわかったか、己の過去を悔やみ、三空に対しても狡兎死すれば走狗煮られると忠告。そして、最後に一目だけ珠児に会いたいと言い出すのですが…

 そんなこんなでそれぞれの想いが交錯した一夜が明け、城門前の柱に高々と磔にされた奔月。そこに堂々と乗り込んできた宝玉と大臧に襲いかかる錦衣衛の大群、そして木郎と三空! 雑魚を蹴散らしつつ、宝玉は木郎と、大臧は三空と、それぞれ因縁の相手との決戦であります。

 …が、ほとんど互角の戦いが続く中、狡猾にも木郎は刀を奔月に向けて一投――が、その刃を打ち落としたのは侯風と艶燭。実にいいタイミングで親世代が登場、ここに役者が揃ってこのまま決着か? いや、まだ残り2話もある…
 と思いきや、娘とも知らず飛び込んできた三空の掌が艶燭を襲い、侯風もまた、木郎の一撃に傷を負うことに。

 傷を負った二人、そして奔月を庇ってその場から逃れた宝玉と大臧を襲う矢の雨。そこに「ここまでよ!」と威勢良く(矢が放たれた後に)脱塵が飛び出してきたため、辛くも宝玉たちはその場を逃れることができたのでした。
 さすがに怒り心頭の木郎に対し、脱塵は…というところでラスト2話に続きます。


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 公式サイト

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2013.09.11

「死美女の誘惑 蓮飯店あやかし事件簿」 幽霊美青年、妖美女たちの謎に挑む?

 異界と現世の境にあるあやかしの海に面するという港町・琅邪。徐福不在の琅邪に、伝説に登場する妖力を持った美女たちが引き起こしたかのような怪事が次々と起きる。怪事件に挑むのは、琅邪に突如現れた女性専門の巫医・佳人だが…

 丸山天寿の中国古代ミステリシリーズ、久々の新作は、シリーズ番外編的な印象の短編集です。
 始皇帝の時代、伝説の方士・徐福とその弟子、仲間たちがこの世のものとも思えぬ怪事件に挑むこのシリーズですが、本作で描かれるのは、シリーズ第三作「威陽の闇」で徐福一行が秦の都・威陽に向かった後の港町・琅邪。
 異界と現世の境にあるといわれ、これまでも数々の怪事が起きてきたこの町で、今回起きるのは五つの怪事件であります。

 女性の惨殺体が相次いで発見される琅邪で、死してなお男性を寝室に誘う美女が現れる「死美女の誘惑」
 ある船大工の夢の中に幾度となく現れる、幽霊船の中で餓死していた美女の意外な正体「夢美女の呼び声」
 男たちを次々と水中に引きずり込む娘に変じた水狐の謎を描く「狐美女の決意」
 高い樹上に串刺しにされた男の死体は海を埋めようとする空飛ぶ女妖の仕業なのか「飛美女の執念」
 求盗(警察官)の希仁のもとに嫁入りした蛇の化身と疑われる美女に隠された秘密「蛇美女の嫁入り」

 いずれもいかにもこのシリーズらしい、この世の者ならざる存在によるものとしか思えない不可能犯罪ですが、それに挑む探偵役がまた一種の怪人物。
 その人物とは女性専門の巫医・佳人――美女と見紛う美貌を持ち、老いも若きも、いやそれどころか人間かそれ以外も問わずあらゆる女性に優しい、そして女好きの人物であります。

 とにかく女性中心である彼の論理は時に常人からは理解しがたいものではありますが、しかしその知力推理力もまた常人離れしたもの。かくて、怪事に悩む求盗の希仁や水商売の女将・蓮といったシリーズでもお馴染みの面々の依頼で、彼は事件の謎に挑むのですが――
 しかし彼自身もまた、実は大きな謎を抱える人物。実は彼の初登場は本作ではなく、過去のシリーズ作品に登場しているのですが、その時に彼は命を落としているのですから…
 一応は佳人の兄、ということになっているのですが、もしかしたら幽霊かもしれない人物が、妖魔が起こしたとしか思えない怪事件の謎を解いていくという構造が、実に本シリーズらしい、人を食った構造と感じられます。

 しかしそれ以上に本作が、このシリーズらしいと感じられるのは、その謎の先にある真実に向けられる眼差しであります。
 本作で語られる五つの事件と、そこに登場する五人の妖女――そこにあるのは、いずれもこの世にある理不尽に巻き込まれ、心ならずも怪異を、事件を引き起こすしかなかった哀しい者たちの姿。
 そんな者たちを単純に断罪するのでは決してなく、その魂を救い、理不尽を打ち砕く…そんなこれまでシリーズの中で徐福たちが行ってきた「治療」を、本作の中で佳人もまた、行うのであります。

 さらにいえば、そのような物語であるからこそ、あるいはこの世の法や常識の外に立つ(かもしれない)佳人の存在が必要とされたのではないか、というのはあながち牽強付会でもないのではありますまいか。

 一見この世のものならぬ怪事件を、そして胸躍るエンターテイメントを描きつつも、その背後にある弱き者たちの涙を決して見過ごしにはしない、そんな丸山作品の魅力は、ユニークな探偵が活躍する本作においても、やはり健在なのであります。


 ちなみに付言すれば、本書の作品のうち、「夢美女の呼び声」のみは以前「メフィスト」誌に掲載された作品ですが、内容こそその時と変わってはいないものの、実はその際には佳人は登場しておりません。
 この作品においては、よく読んでみると佳人がさほど活躍していないのは、その理由によるものでしょう。まことに蛇足ではありますが…


「死美女の誘惑 蓮飯店あやかし事件簿」(丸山天寿 講談社ノベルス) Amazon
死美女の誘惑 蓮飯店あやかし事件簿 (講談社ノベルス マI- 4)


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2013.09.10

「戦国武将列伝」2013年10月号(その二) 見よ、又兵衛の瞬発力!

 さて、リイド社「戦国武将列伝」誌最新号の感想の後半であります。前回は三作品を取り上げましたが、今回も三作品を取り上げましょう。

「後藤又兵衛」(かわのいちろう)
 前回から始まった新連載の第2回。来年の大河ドラマの主人公である黒田官兵衛の家臣として名高い後藤又兵衛ですが、実は私が一番好きな戦国武将であります。その又兵衛を、これまた大いに気になる作家であるかわのいちろうが描くというのですから、これは否応なしに期待させられます。

 …と言いつつ、恥ずかしながら第1回を読み逃してしまったのですが、どうやら今回が又兵衛の黒田家デビュー戦の様子です。
 舞台となるのは1581年、淡路の由良城。秀吉の四国攻めの一貫として、官兵衛と仙石秀久がこの城を攻めた一戦に、又兵衛は黒田隊の一人として参加することとなります。
 本作の又兵衛は、ナリもでかいが態度もでかい、いかにも豪傑然とした男ですが、黒田隊の面々も、彼に負けず劣らずの戦場往来の豪の者だらけ。特にその筆頭ともいえるのが、又兵衛に負けぬ巨躯を誇る母里太兵衛で…

 と、なるほど、ここで太兵衛が出てくるかとこちらはニヤリ。官兵衛の下では二人並んで飛車角とも言える又兵衛と太兵衛ですが、初対面ではお互い似たもの同士ゆえか、早速衝突、それが高じて――そして官兵衛の焚き付けもあって――なんと黒田隊のみで城攻めを行うことになります。そして今回のクライマックスがこの城攻め、無数の銃弾が撃ち出される中、いかに城に突入するか――

 かわの作品の最大の魅力は、そのアクションシーンにおける「瞬発力」の描写ではないかと昔から感じておりましたが、今回もその魅力は存分に発揮。城からの銃撃に対し、鎧を着け竹束を負いながら一瞬の隙を見ぬいてダッシュする又兵衛の姿は、その後に駆けつける太兵衛たちの存在も相まって、むしろスポーツものでも読んでいるかのような不思議な爽快感を感じた次第です。


「獣 シシ」(森秀樹)
 野生児…という言葉の印象に比してあまりに重いものを感じさせる少年時代の宮本武蔵を描く本作ですが、今回も実に重い。

 山道で悪党二人に襲われ、相手の刃で自らの得物であるこん棒を切り落とされて崖から転落した武蔵が、竹細工で生計を立てる娘・蕾と出会い、一時の安らぎを得るも――
 という今回ですが、中心となるのは蕾の心情であります。初めは武蔵を自分の家で一心に歓待するも、ある時を境に急に冷たく変じ、彼を追い出した蕾の想い。それを、我々読者には何となく察せられるように、そして武蔵には初め全くわからないように描くのが何とも心憎い。
 そしてクライマックスで武蔵が初めて蕾の真実を知り、そこから初めて剣を手に取る――獣としての牙を剥くという展開もただただ見事であります。

 本作の武蔵の、常ならぬ強大な力を手にしながらも、己の依って立つものを持たず、ただ己の剣のみを頼りに喘ぎながら立つ姿、己の道を探してあえぐ姿は、間違いなく前作「腕」の延長線上にある物語と感じた次第です。
(もっとも「腕」にも武蔵は登場していたわけですが、あちらは一種完成した人間に見えていたのも興味深い)


「セキガハラ」(長谷川哲也)
 タイトルにある決戦の地、動かせない史実に向かっているであろうと思いつつも、そこに至るまでが全く先が読めない展開は今回も健在の本作。
 今回は、前半であの奇怪な蜘蛛に導かれ、母を救うために立ち上がった幼い秀頼の姿が、後半で石舟斎の涙ぐましい再就職活動が…じゃなかった、黒田長政が思力を狙って池田輝政を襲撃する様が描かれることとなります。
 そしてもう一つ、ついに三成襲撃を決意する加藤清正と福島正則(ただのふんどし男ではなかった!)の姿も…

 と、七将の三成襲撃に向けて物語は着々と進んでいきますが、やはり気になるのは秀頼の存在。史実の関ヶ原においては(名目上は東西どちらも「秀頼のため」を掲げていただけに)ほとんど存在感が感じられなかった彼が、物語にこれからどう絡むのかが気になるところです。


 さて、駆け足で6作品取り上げてきましたが、次号からは「信長の忍び」の重野なおきの「政宗さまと景綱くん」が連載開始と、これまた大いに気になる作品が登場することとなる「戦国武将列伝」。「コミック乱」「乱ツインズ」が最近大人しい印象があるだけに、これからも攻めの姿勢で行っていただきたいものです。


「戦国武将列伝」2013年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2013年 10月号 [雑誌]


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2013.09.09

「戦国武将列伝」2013年10月号(その一) 鬼を斬る少年、見参!

 リイド社のユニークな時代漫画雑誌「戦国武将列伝」。最新号では私の気になる作品も相当増えてきたゆえ、二回に分けて紹介させていただきたいと思います(ちなみに、恥ずかしながら前号を読み損ねてしまったため、勘違い等あれば先にお詫びしておきます)

「魔剣豪画劇」(山口貴由)
 「シグルイ」の山口貴由が、いかにも作者らしい独自の解釈で剣豪たちを描く本作。巻頭わずか3ページ(+解説1ページ)という限られたページ数ながら、圧倒的な絵の力とその強烈なアレンジで驚かされます。

 さて今回のタイトルは「流民武士伊東一刀斎」。かの一刀流の祖でありつつも、彼の経歴には不明な点が多いのですが、本作で描かれるのは、その伝承の一つである、伊豆大島から泳いで本土に渡ってきたというもの。
 流人武士の子である彼が、信長に会うことを夢見て島を出た…という時点で面白いのですが、一般には彼に決闘の末敗れたと言われる、冨田一放の下で一揆鎮圧に当たる姿が描かれます。

 一揆に直接関係ない者も含めて老若男女関係なく虐殺していく中、これも有名な「瓶割」のエピソード(瓶の中に隠れた盗賊を瓶もろとも真っ二つにしたというもの)が、あまりにも無残な形にアレンジされているのにはただ愕然とするばかり。実は本作は袋とじ形式なのですが、それもこの絵ゆえ…というのは言いすぎかもしれませんが。

 しかし真の残酷は、本来であれば自身に近いとすら思える者たちを殺してまで「武士」であろうとしていた彼の目標たる信長は、全く別の「力」に興味を抱いていたという結末でありましょう。


「孔雀王 戦国転生」(荻野真)
 いよいよ10月に単行本第1巻が発売される本作、呪いの都と化した京から帰り、今回は尾張が舞台。
 信長の正室、斎藤道三の娘として知られながらも、実はその消息等謎が多すぎる濃姫=帰蝶が登場するのですが、その設定も、嫁いできて以来、信長以外誰も目にしたことがないというのがまた本作らしい。

 その名にふさわしい艶やかな蝶の柄の着物に身を包んだ彼女の正体は、実は…という展開になりますが、彼女が信長に語る京――上洛した者は皆、呪に侵され、帰国した後も呪が肥大し続け、末は醜悪な化け物と化すというその「実像」は、なかなかに魅力的に感じられます。
 そして、その中心に在るのが、艮の金神と呼ばれる金色の髪の少女・阿修羅…! という事実自体は以前の回で既に描かれていますが、旧作からのファンには実に興味深いところですが、やはりこの辺りに孔雀がこの時代に来た理由があるようで…

 にしても、今回登場する化粧して女装した信長(それなりの理由はあるのですが)どの辺りのニーズによるものか…


「鬼切丸伝 鬼嗣子の章」(楠桂)
 そして今回最大のサプライズはやはりこの作品でしょう。かつて10年近くに渡り連載された楠桂の代表作「鬼切丸」の外伝が登場であります。
 「鬼切丸」は、唯一鬼を断つ力を持つ刀・鬼切丸を持つ名無しの少年が、人の負の感情から生まれる鬼を倒していくというホラー漫画。本編は現代が舞台でしたが、純血の鬼である少年は不老不死という設定であり、江戸時代に登場しても不思議ではないわけです(本編にも過去の時代を描くエピソードがあったかと)。

 さて、その外伝ですが、舞台となるのは寛永12年の伊予松山。藩主の蒲生忠知は、跡継ぎがいない腹立ちから町民の妊婦の腹を引き裂き、赤子を取り出す凶行を繰り返していた――というのは、これは現代にも伝わる巷説ですが、本作ではそれを踏まえて、より無惨な物語が展開されます。

 ようやく生まれた忠知の嗣子…それは角を持つ鬼の赤子。忠知は、その赤子に妊婦とその子を喰らわせるという更なる凶行に走ることになります。
 そこで少年に対するいわば依頼者となるのが、かつて忠知に惨殺された妊婦の怨霊という点。人なら祟れるが鬼には祟れない…というわけで、鬼と化した忠知と赤子を斬るために少年が城に乗り込むのですが…鬼を斬った後に待ち受ける、鬼に関わった者たちの末路を二段、三段と畳みかけるように描く結末の残酷さが、実に「らしい」としか言いようがありません。

 題材的にはまだまだ少年が活躍する舞台が多そうな時代だけに、再度の登場を期待したいところであります。


 次回に続きます。


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コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2013年 10月号 [雑誌]


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2013.09.08

「浣花洗剣録」第37集 今明かされる剣閣の真実!

 本当に残すところあと4話で終わるのか、そろそろ心配になってきた「浣花洗剣録」。ついに剣閣と羅亜古城を巡る謎が解けるのですが…まだまだ人々のすれ違いは終わらず、人々の戦いもまた、徐々に潰し合いの様相を呈してきたかとすら見えるのです。

 木郎神君に囚われたままの奔月を救うため、錦衣衛の守る洪県城の役所に潜入した方宝玉は、待ち構えていた祖父・白三空と対面。さらに陽動作戦に気づいた木郎が戻ってきたことで、その場を逃れることになります。
 後を追った三空は、翌日になって、宝玉に手傷を負わされた…と戻ってきますが、それは宝玉を見逃すために自らを傷つけたもの。しかし対面した宝玉に、朝廷に与し、死を偽装したことを詰られて精神的なダメージは小さくない模様です(宝玉がかつて祖父の言いつけを守って勉学していた時に模写した論語を叩きつけられるのが切ない)。

 一方、前夜に呼延大臧と対峙した木郎も、彼に卑劣漢と言い捨てられて、表面上は平静を装っているものの、こちらも内心は堪えている様子。さらに、唯一素で触れ合うことのできるはずの脱塵郡主からも冷たい言葉をぶつけられるのですが…口では色々と言いつつも木郎から離れない脱塵の方も何というか複雑で、まあ相変わらず絵に描いたような共依存カップルであります。

 また、羅亜古城目指して集結した武林の面々ですが、前回同様到底一枚岩ではなく、欲の皮の突っ張った連中は、盟主たる王巓の指示も聞こうとしないのですが――
 そもそも王巓、以前師太を殺した際に怒った大臧に足の筋を切られてまともに歩けず、車椅子生活を送る羽目に。武芸者としては致命的…と思いきや、いきなり車椅子で猛ダッシュして反抗した者たちを一瞬のうちに粛正してしまいます。
 おお、車椅子に乗った悪人なんてなかなか迫力あって良いぞ、と思ったのですが…

 と、そんな中、大きく動き始めたのは侯風・白艶燭・金祖揚の剣閣探索組。ようやく剣閣に近いという竹林を見つけた一行は、そこで原住民の都掌族と遭遇、彼らと何とか意思疎通して、彼らの町・都掌寨に案内されます。しかしこの都掌族、なんだか未開部族みたいな描写だったと思いきや、案内された先は思いっきり普通の中国の町並みなのには正直肩すかしでしたが…

 それはさておき、そこで彼らを待っていたのは、あまりに意外な人物――それは、以前、金祖揚の使用人だった(木郎に囚われて拷問され、脱塵に助けられたりした)男・喬。実は都掌族の人間だった彼は、身分を隠して外部との連絡係を務めていたのであります。
 なるほど、相手は姿を見せないのに、いつの間にか剣閣と連絡が取れていたのも納得であります。

 そして喬の口から、ついに剣閣と羅亜古城の関係が明かされることとなります。
 そもそも、三国時代に孟獲に従って中原の傘下に入るのをよしとしなかっった者たちが作ったのがこの都掌寨。それから長い年月が過ぎて、近くにやってきた九人の剣士が洞窟に居を構えたのが剣閣だというのです。
 そしてさらにやってきた元人が作ったのが羅亜古城ですが、しかし彼らは近くに住む都掌族を襲って乱暴狼藉三昧。耐えかねた都掌族は、剣閣の達人たちに助太刀を依頼し、激しい戦いの末に、ついに羅亜古城の元人を滅ぼしてしまったというのです。
(ちなみにこの時、戦いに加わるのをよしとせず剣閣を出た三人の達人の剣が、現在大臧の手にある三本の宝剣という――おお、平仄があってる!)

 いやはや、絶対剣閣=羅亜古城だと思っていたのですが、これは一本取られました。しかも羅亜古城は既に滅んでいたとは…

 さて、錦衣衛たちが羅亜古城を求めてやって来たことを知った喬は、一族を挙げて寨を捨て、雲南に移住する道を選びます。一方、それでも剣閣に向かおうとする金祖揚は、喬から剣閣の場所を聞き出そうとするのですが、彼はそれを拒み、一編の詩を残します。
 そこに暗号のように隠された地名を何とか発見した三人は、間一髪で木郎たちの来る前に都掌寨を脱出。既にもぬけの空の都掌寨でいらだつ木郎ですが…というところで次回に続きます。


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2013.09.07

「紅豚」 怪魚が誘う財宝探しの果てに

 大地主の一人息子ながら放蕩者の柴子醇は、祖父が亡くなってまもなく、かつて家を飛び出した叔父を連れ戻すよう、父に命じられる。開封で青牛なる怪盗が暴れ回っているのを知った子醇は、一計を案じて青牛探索に紛れて首尾良く叔父と出会うのだが、事態は意外な方向に転がっていくのだった。

 何とも不思議な作品であります。唐代や宋代の中国を舞台に、ミステリアスでユーモラスな物語を描いてきた森福都ですが、本作はある宝を巡る冒険が、いつしか複雑な因果因縁を描いていく――そんな作品であります。

 物語は、地主の放蕩息子・柴子醇が、行方不明の叔父を探して宋の首都・開封に向かうところから始まります。不思議な絵を残して亡くなった祖父が隠したという莫大な財宝。その秘密を解き明かすには、子醇の父だけでなく、叔父の鉄余が必要だというのです。
 折しも開封では現場に青い砂を残すという怪盗・青牛が跳梁、子醇の父は、その正体が鉄余ではないかと睨んでいたのであります。

 様々な偶然から大商人の妾のもとに転がり込んだ子醇は、青牛の顔と偽って叔父の似顔絵を作らせ、首尾良く再会するのですが――やはり青牛の正体は鉄余その人。しかし開封で派手に暴れ回っているのはその偽物、しかも故郷に帰ろうと商船に同乗した二人は、その偽青牛に襲われる羽目に…


 と、ここまでで物語はまだまだ半ば。二人はいかにしてこの窮地を逃れるのか、祖父が残した財宝の在処とその正体は。その冒険行の中で、鉄余を悩ます不思議な過去の記憶の正体と、柴家に隠されたある秘密が浮かび上がっていくのであります。

 青牛と偽青牛の丁々発止のやり取り、財宝の在処を巡る謎解きなど、いかにも作者らしい楽しさがある本作なのですが、しかしそれ以上にまず印象に残るのは、人々の織りなす因果因縁の不思議さでありましょう。
 柴家の財宝、そして二つの青牛――一見全く関係ないように見えるこの二つの要素が、あれよあれよという間に繋がり、そこに現れるのは、巨大な秘密と、一種の宿命めいた人と人との繋がり。
 本作のタイトルである「紅豚」は、長江に棲むという赤い怪魚の名ですが、同時にこの人と人を繋ぐ運命の糸の象徴なのであります。

 そして、過去に潜む秘密を解き明かし、そこに繋がった人々の真の姿を描く本作は、同時に、未来に向かう道を描き出す物語でもあります。
 本作において中心的な役割を果たす三人――子醇、鉄余、そして偽青牛――は、それぞれ今をそれなりに生きてはいるものの、みらいに向けた確たる道を見いだせないという共通点を持ちます。

 そんな彼らが、青牛と紅豚を巡る冒険の中で、自分たちの預かり知らぬ、しかし自分たちと決して無縁ではない過去の存在を知ることで、自分たちの拠って立つべきものを知り、それを足がかりに、前に向かって歩き出すことを知る――

 「自分探し」という言葉は手垢がつきすぎた言葉ではありましょう。しかし、本作は財宝と怪盗を巡る冒険を描きつつも、およそ無縁のように見えるそれに辿り着くのです。
 本作を指して、不思議な物語と申し上げた所以であります。


 ちなみに――蛇足ではありますが、紅豚のモデルは、まず間違いなくカワイルカ(河海豚)でありましょう。
 しかしながら、本作の紅豚が棲むという長江(揚子江)のヨウスコウカワイルカは白色だった――過去形なのは既に絶滅したからですが――ので、ここはアマゾンカワイルカのように赤い体色の幻の魚がいたと考えるべきでしょうし、その方が、やはり本作には相応しいと感じられます。


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紅豚

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2013.09.06

「青竜の砦 爺いとひよこの捕物帳」 決戦、合流する二つの物語

 実に久方ぶりに、風野真知雄の「爺いとひよこの捕物帳」が帰ってきました。爺い――かつて徳川家康に仕えた伝説の忍び・和五郎と、ひよこ――駆け出しの下っ引き・喬太の二人が江戸を騒がす様々な事件に挑む連作シリーズですが…ここにシリーズは大きな転機を迎えることになるのであります。

 江戸の大火で父が姿を消し、叔父の世話で岡っ引きの子分、下っ引きとなった喬太。背は高いが度胸の方が追いつかない喬太ですが、偶然知り合った謎の老人・和五郎に助けられ、少しずつ成長していくこととなります。
 実は和五郎はかつて家康直属で活躍した凄腕の忍び。相棒のやはり老忍び・貫作とともに家康直々の命で軍資金十万両を守りつつ、江戸を見守っていたのでした。

 という基本設定の本シリーズですが、喬太の成長=事件解決がシリーズの横軸とすれば、縦軸となるのが喬太の父・源太を巡る物語であります。
 実は生き延びていた源太は、その銃の腕を買われて半ば脅されるように倒幕を狙う一味に引きずり込まれ、将軍狙撃を強いられるのですが…

 果たして源太は一味から逃れることができるのか、和五郎は一味から江戸を守ることができるのか、そして喬太は父と再会することができるのか――と、実に盛り上がるところで前作は終わったのですが、それからなんと三年! 前の巻の感想を読み返すと、その前は一年空いて長かったと嘆いていましたが、それどころではない期間です。

 実は本シリーズが刊行されている幻冬舎時代小説文庫では、この三年ほど同じ作者の「女だてら 麻布わけあり酒場」シリーズが十巻近く刊行されておりました。それを鑑みるに、もう続巻は望めないものと覚悟していたのですが…それがこうしてひさびさの続編を手にすることができたのは、実に嬉しいお話です。


 そしてその本作においては、縦軸横軸双方に、一つの決着が描かれることになります。

 一味から追われる源太を保護した和五郎は、一味を殲滅するために戦いを挑み――そして喬太は和五郎に一から十まで助けられずとも、自分自身の力で事件と向き合い、解決していくのであります。
 そしてラストでは、この二つの流れが合流、最後の決戦が描かれ、ここにシリーズは一つのクライマックスを迎えることとなります。

 そうした意味では実に美しい構成の本作なのですが――実は、二本の流れが途中までほぼ完全に枝分かれてしていた影響か、個々のエピソードはかなり薄い印象があります。
 さらに言えば、和五郎たちが頼もしすぎることもあってか、決戦の模様も緊迫感が今ひとつ…それもまた本作らしいと言えば言えなくもありませんが、やはりちともったいない印象は否めません。

 物語的には描くべきことはほぼ描いてしまった感はあり、続編は望み難いのかもしれませんが…明るい未来に向かって歩み始めた喬太の、その先も見てみたいな、という気持ちもあります。
(何よりも、和五郎が見つけたという十万両の財宝よりも遙かに大きいもの、その答えもまた、はっきりと聞いてみたいものであります)


「青竜の砦 爺いとひよこの捕物帳」(風野真知雄 幻冬舎文庫) Amazon
青竜の砦―爺いとひよこの捕物帳 (幻冬舎文庫)


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2013.09.05

「SAMURAI DEEPER KYO」応募者全員サービス上巻 帰ってきた漢(SAMURAI)たち!

上条明峰の「SAMURAI DEEPER KYO」、実に七年ぶりの新作であります。現在刊行中の文庫版KYOの書き下ろし応募者全員サービス、その上巻が手元に届きました。収録されているのは「鬼眼の狂vs.幸村編&四聖天編(前編)」、短編ではありますが、ファンであれば感涙ものの作品です。

 書き下ろしということで、タイトルは判明していたものの、内容の方はどうなるか全くわからなかった今回の書き下ろし。あるいは侍学園的な番外編かと思いましたが、いやいや直球ど真ん中、本編で語られざるエピソードにして、本編の補完とも言える内容であります。

 その一つ目のエピソード「鬼眼の狂vs.幸村編」は、本編のかなり初期――江戸での御前試合の直後、その晩の宿屋で、タイトル通りに狂と真田幸村が激突するのですが…これがむしろ紅虎と幸村の対決という趣が強い一編。

 狂と幸村の対決の前に、紅虎と、その正体が徳川秀忠であることを見抜いて絡んできた幸村の対決が描かれるのですが…
 自分の、自分たちの旅を邪魔する者と認識した幸村に対し、無意識とはいえ幸村がたじろぐほどの一撃を放つ紅虎も、驚きつつもその笑みを絶やすことなく「甘いねぇ三男坊」のセリフとともに必殺の一撃を放つ幸村も、実に「らしい」。

 「KYO」という作品において史実を云々するのは野暮の極みではありますが、それでも引っかかっていたのが紅虎(秀忠)と幸村の関係。今回の短編でも語られる通り、秀忠は関ヶ原の戦で散々幸村に恥をかかされているわけで、それをスルーして二人が行動を共にするというのはどうにも引っかかるところ(しかも本編の中で、幸村は後に紅虎を評価する言葉を残しているわけで…)
 その辺りを――もちろん分量の関係で撫でる程度ではありますが――フォローしてくれたのは、これは実に嬉しい趣向と感じます。

 と、 紅虎のことばかり触れてしまいましたが、狂に関しても(というより狂に関してこそ)、本作は「おおっ!」と言いたくなる視点を提示してくるのです。
 戦いの中で幸村が狂に対して放った、狂は徳川についたのかという言葉。これが単なる挑発に聞こえないのは、徳川だけが唯一狂に与えられるもの=唯一狂に無いものを徳川が持つことが、示されるからにほかなりません。

 それは一体何か、というのはここでは詳しく述べませんが、なるほど確かにその通り! と唸るほかない言葉であり、そして、本作がやはり時代もの、歴史ものに分類される作品であることを、再確認させてくれる言葉であることは間違いありません。
 そして本作の中では語られなかったそれに対する反論こそが、本作の終盤に語られるものであることを思えば、本作は単なるボーナストラックなどとは思えない、実に心憎い一編であると感じるのです。


 さて、もう一編の「四聖天編(後編)」は、本編の大体中頃、灯が登場して四聖天が揃った直後に、彼女(?)以外の面々が、ほたるが四聖天入りした時のことを振り返るというエピソード。

 狂監視の命を与えられたほたるが、野武士の襲撃を受ける村で狂と出会い…というこの前編の時点では、まだまだ内容を云々するのは難しいのですが、本編ではほとんど語られなかった(と私は記憶しているのですが)狂とほたるの出会いが語られるのは、なかなかに嬉しいプレゼントと言えるでしょう。

 これはお世辞抜きに申し上げますが、「KYO」本編を(特に単行本を)読んでいる時、常に感じていたのは、作者のサービス精神の旺盛さであります。
 読者が何を見たいか、何を期待しているか――その辺りをきっちりと踏まえて単行本のおまけページなどで応えてくれるのは、作者が良い意味でファン気質を残しているからではと感じていましたが、それはいまだに健在だった、と嬉しくなります。

 ちなみに「鬼眼の狂vs.幸村編」には、十勇士の揃い踏み(あっ、やっぱり一人いないか?)や、本編ではこの時点ではまだ姿を現していなかったアキラと十二神将も顔を見せていて、やはりサービス満点であります。


 書き下ろしの後半分である「四聖天編(後編)&壬生一族編」を読むことができるのは、まだまだだいぶ先のことになりますが、しかしこちらも大いに期待して良さそうと、今から楽しみにしているところです。


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2013.09.04

「浣花洗剣録」第36集 ついに合流、二人の主人公

 残すところ後五話「浣花洗剣録」、善魔入り乱れて全ての登場人物が一点に集結、ついに二人の主人公も合流して、最後の舞台へと物語は突き進んでいきます。そろそろ、どのキャラにも死亡フラグが立ってきたような気がして心配ではありますが、さて…

 金祖揚の住んでいた酒池肉林を占拠した木郎神君率いる錦衣衛。その真意を訝しむ白三空に対し木郎は、金祖揚が仕えている剣閣と、自分たちが探す伝説の羅亜古城に何らかの関係があるのではないかと語ります。いや、むしろ関係なかったら私は驚きますが…
 と、その羅亜古城を求める策が効き過ぎたか、川南では、江湖の人間たちの内輪もめが激化。木郎は白三空に対し、王巓を使って事態を収めさせようとしますが、あれが武林の頭首なんだから何をやっても無駄なような…

 そんなこんなで悪役ながら悩みの尽きない木郎は、脱塵郡主との触れ合いに一時の安らぎを求めようとしますが――(今回物凄い能面みたいな表情の)脱塵はこれを拒否。
 私が愛したのは今のあなたではなくて昔のあなたという、木郎にとっては非常に理不尽な、しかし脱塵にとっては偽らざる言葉についに半泣き、どころか涙を流してしまうのでありました。じゃあなぜ一緒にいるんだ、という問いを投げかける時点で何もわかってないよ木郎…そして本当に共依存な二人です。

 一方、剣閣を探しながらも相変わらず裏山で道に迷っている侯風・白艶燭・金祖揚の三人組。野宿の最中、金祖揚は剣閣の近くに都掌族なる部族が住んでいることを語ります。そして父の遺言で、かつて剣閣に往診したことのある医師の家族を皆殺しにしたことも…
 実にこの時から酒を手放せなくなり、結果金祖揚が「酔侠」と呼ばれることになった――というのは、少々意外な過去ではありましたが、作中では最も自由な人間の一人に見えた彼をしても、真に自由な生き方は難しいという、ある意味本作のテーマ的な部分に結びつく描写と感じます。
 しかし今回、この大人三人組はほとんど道に迷っていただけ…

 そんな中、川南にやって来た数少ない(今までがその分大変だったのですが)リア充カップルの呼延大臧と珠児は、江湖の連中の仲間割れの場に居合わせた際、そこから方宝玉が王巓の腰巾着・李子原を攫うのを目撃、後を追いかけて宝玉と再会。なかなかギクシャク感の取れない二人ですが、珠児が間に入ったおかげでようやく互いを敵視するのをやめ、協力することになります。(この辺り、本当に必死な珠児と、ギクシャクしまくって言葉を選びながらも何となく敵意のないことを説明する二人の姿がちょっとかわいらしい)
 三人は、捕らえた李子原をわざと逃がして後を追った先で白三空を見つけ、さらに木郎からの緊急の呼び出しで飛び出していった白三空(しかし本作の登場人物、一部を除いて本当に変装という概念を知らない…)の後をつけて、洪県城にたどり着くのでした。

 洪県城の役所で白三空を待っていた木郎は、元代の宝物を持っていた都掌人を捕らえ、そこから剣閣の位置がわかると言うのですが…ここで明かされる衝撃の事実。都掌人は「三国志」に登場する孟獲率いる異民族のうち、孟獲とともに中原に帰順するのをよしとせずに隠れた者たちの末裔だった! …と興奮する人間は少ないかと思いますが、いや、実に伝奇的な設定でよろしいではないですか。

 閑話休題、木郎の居場所を知った宝玉と大臧は、そこにいるであろう奔月を救出しようとしますが、さすがに錦衣衛が駐屯しているだけあって役所の警備は固い。
 そこで陽動のために動いた大臧は、真っ正面から役所に乗り込み、木郎を呼び出すのですが…このシーンが実に格好良い。問答無用で錦衣衛を叩き斬るのはちょっとどうかとも思いますが、初期の周りの者皆全てが敵のようだった彼を思い出させられます。

 そしてついに対面したかつての義兄弟二人――ある意味一番見たかった大臧と木郎の対面ですが、甘言を弄する木郎を相手にせず、口先だけのあんたは好漢ではないときっぱり絶縁宣言。ここで大臧は好漢の条件として公明正大であることを挙げますが、それが本作にとっての理想の人間像なのかな…という気がしてきました。

 一方、陽動の隙に役所に潜入した黒装束(本作で数少ない変装)の宝玉の前に現れたのは、白三空で…というところで次回に続きます。


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2013.09.03

「表御番医師診療禄 2 縫合」 幕政の闇に挑む国手となれ!

 ふとしたことから堀田筑前守正俊が江戸城中で斬殺された事件を調べ始めた表御番医師・矢切良衛。事件の背後に、老中たちの策謀があることを悟った大目付・松平対馬守は、良衛を動かして真相を掴もうとする。良衛の探索の果てに浮かび上がる徳川将軍位を巡る暗闘。果たして真の黒幕とは…

 上田秀人の新シリーズ「表御番医師診療録」の第2弾「縫合」が発売されました。
 これまでも様々な幕府の役職が主人公となっている上田作品ですが、本作の主人公・矢切良衛は、タイトルにあるように表御番医師――いわば江戸城の当番医師が探偵役となって、江戸幕府最大の謎の一つに挑むこととなります。

 大老・堀田筑前守正俊が江戸城中で若年寄・稲葉石見守正休に斬殺され、その石見守も他の老中たちに斬り殺されたという大事件。に、正俊を診察したのが、外道(外科)ではなく、本道(内科)の医師であったことに疑念を抱いたことから、良衛は思わぬ事件に巻き込まれて…というのがいわば前後編の関係にある第1作「切開」と本作の物語であります。

 最初は好奇心と、外科では幕府一と密かに自負する自分が呼ばれなかったことに対する反発から事件を追い始めた良衛ですが、事件の闇はなかなかに深い。
 幾度も謎の敵の刃をくぐり抜ける羽目になりながらも、未だ事件の真相には至らず――というところで終わった前作ですが、その真相がいよいよ解き明かされるので明かされることとなるのです。

 衆目の前で行われた上、犯人もその場で殺害され、ある意味事件としては完結している正俊殺し。
 しかし、何故正俊が殺されなければならなかったのか、そして何故正休も殺されたのか――

 今なお真相不明であるこの謎に切り込むのが、本来であれば事件捜査とは無縁な、しかし人の生き死にに密接に関わる医師というのが(前作の感想にも書きましたが)実に面白い。
 正俊の死という結果は覆せずとも、その死を遅らせることはできたかもしれない。そしてそれによって明らかになる真実があったかもしれない――これは、医師を主人公にしたからこその視点でありましょう。

 そしてここで語られる「真相」も、なかなかに意外かつ、説得力十分なもの。
 この事件が起きた貞享元年がどんな時期であったか、そして幕政において堀田正俊がどんな役割を果たしたのか…その点に着目して描かれた「真相」は、ある意味実に作者らしいものではありますが、権力と向かった者たちの心の底にあるものを剔抉してみせるのは、作者自家薬籠中の物と言うべきでしょう。

 作者らしいといえば、本作の物語展開や人物配置は、あまりに作者らしい、らしすぎると感じる方も少なくないかもしれません。
 その点は確かに否めませんが、しかし、表医師という役職――幕府に仕える医師でありつつも、諸藩からの扶持を得ることも可能であり、そして市井の民の診察も行うというユニークな立場を主人公に据えたのは、やはり見事と言うべきでしょう。
(さらに言えば、医学的知識を生かした良衛の超実戦剣術描写もまたお見事)


 さて、「切開」された部分は「縫合」され、堀田正俊殺害事件の謎は解けましたが、まだまだ深い幕政の闇。これほど派手な事件はなくとも、まだまだ表医師の出番はあることでしょう。

 作中、大目付・松平対馬守(上田作品名物の口は出すは手は貸さない上司)は、良衛に「国手」――すなわち、「人」ではなく「国」を治す名医となれと諭します。この発言自体は、多分にはぐらかしというか押しつけめいたものではありますが、しかし、良衛のこれからの指針になる言葉やもしれません。
 国手の誕生を祈りつつ、シリーズの続刊にも期待しましょう。


「表御番医師診療禄 2 縫合」(上田秀人 角川文庫) Amazon
表御番医師診療禄2    縫合 (角川文庫)


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2013.09.02

「妻は、くノ一 蛇之巻 3 大統領の首」 決戦、二人の力を合わせて

 つい先日、ドラマ版の地上波での放映も終了した「妻は、くノ一」ですが、その原作の外伝にして続編ともいえる「妻は、くノ一 蛇之巻」も、いよいよこの第3巻で完結であります。作品の性質上、原作ラストまでの内容に触れますので、未読の方はご注意下さい。

 原作終了後の新たな物語を描きつつ、本編開始前の、本編途中のエピソードをこれまで描いてきた本シリーズですが、この最終巻では、本編終了直前、そして新たな物語の結末が描かれることとなります。

  日本を離れ、紆余曲折の末に、新大陸アメリカで平穏な生活を手に入れた彦馬と織江。しかし彼らが初老にさしかかったある日、かつて日本で織江と対決した怪忍者・鬼頭蛇文が現れます。執念深く織江を狙うだけでなく、蛇文が時の大統領エイブラハム・リンカーンの命を狙っていることを知った二人は、ピンカートン探偵社の面々とともに蛇文を追って旅立つのですが、ようやく発見した蛇文の傍らには、あの雙星雁二郎が…!?

 と、意外にもほどがある引きで終わった第2巻を受けて描かれるのは、リンカーンを乗せた鉄道を巡り繰り広げられる最後の死闘。
 そしてそれと平行して描かれるのは、かつて長崎で繰り広げられた織江と蛇文の戦いの顛末、そして雁二郎が蛇文とともに現れた真相 ――いやはや、最後の最後まで全く油断のできない展開の連続であります。

 その詳細については触れませんが、列車上での対決は、次から次へとアクシデントの連続――というより、西部劇の様々なパターンをこれでもかとばかりに盛り込んだ展開の連続。そもそも、時代劇の後日談が西部劇という時点で、何というかもの凄いのですが、ここまで来たらできることは全部やってしまおう…と言わんばかりの作者のサービス精神の前には、細かいツッコミは野暮…というより、そんなことをする間もないジェットコースター展開なのであります。

 しかし、それでは本作が奇想天外で勢いだけの作品かといえば、もちろんそうではありません。
 これも詳細を書くわけにはいかないのですが、本作の過去のエピソード――蛇文と、その彼と出会ったある女性との物語は、いかにも作者らしい、鋭くしかし穏やかで優しい視点からの人間観察に基づいた物語。本来であれば会うはずのない者同士が出会い、結びつき、新しい運命を紡いでいく姿は、もう一組の彦馬と織江…というのはオーバーかもしれませんが、不思議な余韻を残してくれるのです。


 さて、何はともあれこの「蛇之巻」もこれにて大団円。冒頭に述べた通り、本編の後日談と、本編の語られざるエピソードを――しかもジャンルをまたいで!――描くというのは、まさに本シリーズならではの、いや風野真知雄ならではの離れ業だったと言うべきでありましょう。
 正直に言えば、ところどころ展開が粗い部分もなきにしもあらずですが、しかしこの遊び心溢れる構成は素直に面白かった、というほかありません。

 そして何よりも、本編では散々に引き離され、すれ違ってきた彦馬と織江が、二人力を合わせて難事件に、強敵に挑む様を読むことができたのは、これはファンにとって何よりも嬉しいサービスであります。

 さすがにこれは欲張りというものかもしれませんが、ここまできたらもう一度、「いつの日か」などと言いたくもなってしまうのであります。


「妻は、くノ一 蛇之巻 3 大統領の首」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
大統領の首  妻は、くノ一 蛇之巻3 (角川文庫)


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 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?
 「星影の女 妻は、くノ一」 「このままで」を取り戻せ
 「身も心も 妻は、くノ一」 静山というアクセント
 「風の囁き 妻は、くノ一」 夫婦の辿る人生の苦楽
 「月光値千両 妻は、くノ一」 急展開、まさに大血戦
 「宵闇迫れば 妻は、くノ一」 小さな希望の正体は
 「美姫の夢 妻は、くノ一」 まさかのライバル登場?
 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…

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2013.09.01

9月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 気が付けばもう夏も終わりに近づき、はや9月。今年も三分の二が終わってしまい、愕然としている方もいらっしゃるのではないでしょうか。終わる夏を惜しみつつ、せめて新刊に期待しよう…と思うのですが、ちょっと点数が少な目でまたもや寂しくなる、そんな9月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 文庫小説の方でなんといっても気になるのは、高橋三千綱の「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」でしょう。最近はすっかりゴルフの人となった観のあった作者ですが、これはやりあの剣聖中村一心斎先生の復活を期待してよいのでしょうか!?
 また、シリーズものの新作としては、モノノケ文庫発のシリーズ第2弾の澤見彰「もぐら屋化物語 用心棒は婚活中」、相変わらず快調の上田秀人「妾屋昼兵衛女帳面」第5巻が注目でしょうか。

 文庫化の方では、宮本昌孝の代表シリーズの一つの第3弾「天空の陣風 陣借り平助」、おそらくは新装版での復活であろう岡田秀文初期の佳品「本能寺六夜物語」あたりがまず気になるところ。
 その他、意外に早い文庫化の柳内たくみ「戦国スナイパー 壱 信長との遭遇篇」、そしてかなりの大部でのシリーズ最終巻である高橋克彦「鬼九郎孤月剣」も楽しみです。


 一方、漫画の方はなんとも寂しい限り。
 「戦国ゾンビ」の横山仁による新たな漫画化である「大帝の剣」第1巻、熊谷カズヒロの待ちに待った新作「モンテ・クリスト」第1巻、も一つ加えればジャンプ久々の時代もの(でしたが結果は…)の野々上大二郎「無刀ブラック」第1巻といった程度なのですから…


 そして映像の方では、ちょっと驚いたのが「魔人ハンターミツルギ」のHDリマスターの発売。本作については以前に全話紹介しましたが、こうしてHDリマスターされるのは嬉しいお話ではあります。しかしBDではなく、DVDなのがある意味ミツルギらしいですが…


 9月は過去の名作を紐解けということかもしれませんね…



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