« 「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」 帰ってきた剣聖! | トップページ | 「モンテ・クリスト」第1巻 しかし、の中の強き意志 »

2013.09.20

「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

 最近の作品に追われて、だいぶ以前に読んだ名作を紹介しそびれているのがこのブログの悪いところですが、柴田錬三郎の眠狂四郎ものを紹介していないのは、これはいかにも申し訳ないことであります。そんなわけで今回はその第一弾として、唯一の短編集である「眠狂四郎京洛勝負帖」を取り上げます。

 ファンの方はよくご存じかと思いますが、実はどの作品もかなりの大部となっている眠狂四郎もの。スタイル的にはどの作品も基本的に連作短編であって読みやすいのですが、しかしいざその大部を目にすると、いささか気圧されるものがあります。
 そんな中で本書は冒頭に述べた通り短編集で、分量的には気軽に手を出せるもの。そして内容の方も、いかにも眠狂四郎ものらしい作品が揃っているのであります。

 表題作の「眠狂四郎京洛勝負帖」は、まず中編と言ってよいボリュームの作品。タイトル通り、京の都を舞台に狂四郎が活躍するのですが、しかしその内容が一筋縄ではいかないのが、狂四郎らしいところなのです。
 というのも、今回狂四郎が巻き込まれたのは、禁裏から姿を消したさる高位の姫君の失踪事件。しかしこの姫君、実は拐かしなどではなく、金のために御所が大坂の大商人に売ったらしいのですから…

 金と色のために、確固たる社会制度と一体化した身分というものが容易にひっくり返されるというのは、ある意味そうした一般常識の世界から離れた無頼の身である狂四郎にとって身近な出来事であると同時に、しかし――逆の意味で身分に囚われているという意味で――あざ笑うべきものでありましょう。
 彼の預かり知らぬところで巻き込まれた部分も多いとはいえ、彼がこの事件に乗り出したのは、この点によるところも少なくありますまい。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、狂四郎の下でむせび泣く女体――いずれも眠狂四郎ものの魅力であり、本作にもそれは余すところなく詰め込まれていますが、しかし何よりも「らしい」のは、この精神性によるもののように感じます。

 …そしてまた、その狂四郎が背を向けて歩むものに、もう一つの乗り越え方があったことが示される結末もまた、実に気持ちがいいのであります。


 と、こうした表題作以外にも、本書に収録されているのは、それぞれにまた狂四郎らしい作品たちであります。
 湯殿で凶器もなく殺害された旗本の謎に、狂四郎が巾着切りの金八を相棒に挑む「消えた兇器」
 花嫁が新婚初夜に首を切断され、獄門首とすり替えられるという、お玉ヶ池の佐兵衛が持ち込んできた怪事件の謎を暴く「花嫁首」
 偶然行きあわせた美女の仇討ちに助太刀した狂四郎が目の当たりにした女の本性を描く極めて珍しい狂四郎の一人称の物語「悪女仇討」
 天領とさる藩が対峙する地方で起きた不可思議な事件を、狐にまつわる言い伝えと、己の道に迷う僧、そして凄腕の浪人の姿を通じて語る「狐と僧と浪人」
 狂四郎と旅の道連れになった薬売りの松次郎が目撃した、男装の女渡世人と貧困にあえぐ農民たちにまつわる残酷な物語「のぞきからくり」

 金八、佐兵衛、松次郎といったシリーズでお馴染みの顔ぶれあり、独立した短編でなければ描けないような異色作あり、どの作品も短編ながらきっちりとまとまった、狂四郎もののお手本のような作品ばかりであります。
 狂四郎といえば円月殺法やその重い出生の秘密が思い浮かびますが、そうした要素に頼らなくとも、狂四郎は狂四郎であって、そしてその物語は魅力的であると、そう再確認、再発見させてくれた作品集であります。


 実は今回取り上げたのは、私の手元にあった新潮文庫版ですが、集英社文庫版はさらに二つの短編が収録されており、さらに充実した印象があります。
 この集英社文庫版は、つい最近も岡田屋鉄蔵の表紙イラストで再版されたばかりで手に入れやすいのも助かりますが、本書を眠狂四郎ものの入り口とするのも、決して悪いことではないと感じる次第です。


「眠狂四郎京洛勝負帖」(柴田錬三郎 集英社文庫) Amazon
眠狂四郎京洛勝負帖 (眠狂四郎) (集英社文庫)

|

« 「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」 帰ってきた剣聖! | トップページ | 「モンテ・クリスト」第1巻 しかし、の中の強き意志 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/58206687

この記事へのトラックバック一覧です: 「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として:

« 「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」 帰ってきた剣聖! | トップページ | 「モンテ・クリスト」第1巻 しかし、の中の強き意志 »