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2013.09.30

「たぶんねこ」 若だんなと五つの約束

 相変わらず好調の「しゃばけ」シリーズも、この「たぶんねこ」でもう12作目。シリーズ第1作がちょうど12年前ですから、ほぼ年1作のペースということになりますが、時間が流れるのは早いものです。そして作中時間も現実ほどでなくとも流れているのだなあ…と感じさせられる作品集であります。

 収録された短編に対して、何らかの一貫性、仕掛けを持たせることが多い本シリーズですが、本作のそれは、冒頭で若だんなと兄やたちが交わした、半年の間必ず守ってほしいという五つの約束。
一つ。仕事をしたがったりせず、ただゆっくりと過ごすこと。
二つ。可愛い娘がいても恋はお預けとすること。
三つ。親友の栄吉のことは心配しすぎないこと。
四つ。長崎屋の妖に何かがあってもそのために外出しないこと。
五つ。体に障るような災難に巻き込まれないこと。

 …どれも至極真っ当ではありますが、しかし言うまでもなくこれは「押すなよ、押すなよ」と同じようなもの。かくて、収録された五編では、この五つの約束がことごとく破られていく様が、ユーモラスに描かれることになります。

 まず最初の「跡取り三人」では、大店の商人たちにお披露目された若だんなが、ふとしたことから、自分と同じ立場の二人と、稼ぎの競い合いをすることとなるお話。
 この勝負を持ちかけた両国の親分のもとで、それぞれに稼ぎの口を探すこととなった若だんなたちですが、もちろん自分自身で仕事を探して、そして額に汗して働くというのはこれが初めて。そんな中でも自分なりに工夫して自分だけの商売を始める――すなわち、自分なりに自分の存在意義を確かめる――若だんなの姿が何とも微笑ましいのですが…

 それだけで終わらないのがこのシリーズらしいところ。
 この勝負の陰に何かがあることに気づいた若だんな。二人の仲間とともにたどり着いたその真相は…と、終盤の一ひねりも楽しい作品です。

 その後に続くのも、またそれぞれに趣向が凝らされたエピソードであります。
 花嫁修業に長崎屋にやってきた超不器用な女の子と、両国の親分が取り持つ縁談がこんがらがった末に大変な修羅場が生まれる「こいさがし」。
 修行先の店・安野屋の主人たちが倒れ、生意気な小僧たちに振り回される親友の栄吉を助けるため、若だんなが安野屋で起きた事件の真相を探る「くたびれ砂糖」。
 何故か記憶を失ってしまった男が、実は妖狐だという老人・古松を連れて、「神の庭」にいるという神様に会いに行く最中で出会う騒動を描く「みどりのたま」。

 変化球もあれど、どれもいかにも本シリーズらしい作品ですが、私の印象に特に強く残ったのは、巻末に収められた表題作「たぶんねこ」であります。

 「みどりのたま」に登場した神の庭から見越しの入道が連れてきた幽霊の月丸。かつて江戸で暮らしながらもやっていけず神の庭に行ったという月丸は、そこでも馴染めず江戸に帰りたがっているというのです。
 と、ひょんなことからその月丸とともに、夜の江戸のどこかに放り出されてしまった若だんなは、何とかして長崎屋に帰る…その前に、月丸の自分探しにつきあうことになるのですが、二人の前に大変な事件が――というお話であります。

 そんな本作で面白いのは、ゲストキャラの月丸の存在であります。生きていた時から何をやっても中途半端、自分の生きる道を見つけられないず、死んで幽霊になっても、今度は江戸にも神の庭にも馴染めない月丸。
 神の庭で妖たちに化け方を習い、猫に化けて暢気に暮らそうと思っても、化けられたのは「たぶんねこ」な中途半端な存在…

 一歩間違えると大変迷惑な男ですが、しかし彼はどこまでも真摯に自分探しを――なりたい自分と、自分の居場所を――続けているのが、何とも切ないのです。
 自分を探し続けて、「ここではないどこか」まで行ってしまった挙げ句、それでも自分を見つけられない、自分自身になれない…それは何とも哀しく、恐ろしいことではありますまいか。

 いかにも本作らしい、本作でなければあり得ない内容ではありますが、しかし月丸の姿は、程度の差こそあれ我々のある種の鏡像であり…だからこそ、最後の最後まで月丸を見捨てず想い続ける若だんなの姿に感動できるのです。
(そして「跡取り三人」を読めば、若だんなもまた、月丸的部分を持っていることに気付くのです)


 通読してみると、あまりに安定感がありすぎるという、極めて贅沢で感想も浮かんではくるのですが、しかしそれでも、本シリーズならではのものをきっちりと見せてくれる本作。
 そんな世界をいつまでも見ていたいような、さらにその先を見てみたいような…そんな不思議な気持ちであります。


「たぶんねこ」(畠中恵 新潮社) Amazon
たぶんねこ


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コメント

仁吉が一過性の記憶喪失になってしまうお話もよかったです。
仁吉の想いはこれからどうなるのか。成就する事はあるのか。とても気になります。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

投稿: 藍色 | 2016.03.25 12:39

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