「生き屏風」 異界を覗きこむという快楽
今頃取り上げるのも大変お恥ずかしいことではありますが、五年前に第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した表題作を含む、なんともゆったりした雰囲気の妖怪ものの短編連作集であります。
本書に収められた作品の主人公は、とある村の外れに、「布団」という名前の馬と暮らしている妖鬼・皐月。妖鬼と言っても、額に小さな角があることと目の色が人と違うこと、そして寝るときに馬の体の中に潜り込まないと弱ってしまう(だから馬の名が布団)ことを除けば、人間の女の子とさして変わらぬ見かけであります。
とある理由で、外からやってくるよくないものから守る役目を担っている彼女ですが、基本的には暇な暮らし。人からは敬遠されつつつも迫害されることもなく、のんびりと暮らす彼女が出会ったできごとが、淡々と綴られていくことになります。
表題作の「生き屏風」は、何やらおどろおどろしいタイトルとは異なり、そんな本書のムードをよく表したユニークな作品。ある日、村の酒屋の奥方が死んだ後、その霊魂が宿ったという屏風と、皐月の何とも風変わりな交流が描かれるのであります。
この奥方、家付き娘だったせいか、わがままで言いたい放題。何故か現世に戻ってきて屏風の中で暮らすようになっても、あれが食べたい、これが見たいと言い出すのに弱った家の者に半ば強引に雇われ、皐月は屏風奥方の話し相手を務めることになります。
妖鬼といってもまだまだ若く、どこかお人好しの皐月と、好奇心旺盛で歯に衣着せぬ奥方は水と油のようでいて不思議にウマが合い、やがて酒を酌み交わしながら語り合うまでになるのですが…
そんな本作は、その大半が二人の会話と、奥方の求めに応じて皐月が語る様々なエピソードに占められています。
それらはあくまでも四方山話、とりとめもなく続いていくのですが…それが何とも心地よい。語られる内容の多くは異界のそれであり、何よりも言葉を交わしているのが妖鬼と生き屏風ではありますが、しかしここに記された彼女たちの暢気で無責任な会話を読むことで、自分もその仲間入りができたような――そんな気持ちになってくるのであります。
そんな、他人事のような自分のことのような不思議な味わいは、続く「猫雪」「狐妖の宴」にも共通する感覚であります。とりたて大きな事件が起きるわけでも、大きく物語が動くわけでもなく、ただ淡々と、(もちろん良い意味で)とりとめもなく出来事や人の想いが綴られていくのが、日向でまどろんでいる時の夢のような、そんな心地よさを感じさせてくれるのです。
それはあるいは、皐月が主人公とは言い条、むしろ狂言回し的な立場にある――彼女もまた。状況に積極的に関与するのではなく、自分の周囲の出来事を見つめているだけにすぎない――ことに理由があるのかもしれません。
しかしそこに心地よさを感じてしまうのは、何よりも我々人間の中に、「ここではないどこか」に行ってみたいという切実な想いがあると同時に、それよりももっとゆるくて強く身勝手な欲求――「ここではないどこか」を覗いてまた帰ってきたい、という想いがあるためではありますまいか。
「猫雪」の登場人物が抱く想いと、ほぼ同質であろうそんな想いを、本作は満たしてくれるように感じるのであります。
皐月の登場する作品はあと二作あるとのこと。物語の趣は本書ともまた異なるようですが、そちらも近いうちに触れてみたいと考えております。
「生き屏風」(田辺青蛙 角川ホラー文庫) Amazon

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