« 「火鍛冶の娘」 あってはならぬこととありたい自分と | トップページ | 「平安怪盗伝」 凶賊転じて恋の天使になる? »

2013.10.31

「かたるかたり 志ん輔出世怪噺」 落語+妖怪の爽快成長譚

 真打ちになったが、客に全くウケず悩む噺家・古今亭志ん輔。ある晩、池の畔で孤独に「安兵衛狐」を練習していた彼の前に、子狐の多助と子狸の勘太と出会う。噺を実話と勘違いした二人に誘われ、妖怪たちと知り合った志ん輔だが、それがきっかけとなったか江戸を揺るがす事件に巻き込まれることに…

 毎月ユニークな妖怪時代小説、時代ホラーを刊行している廣済堂モノノケ文庫の今月の新刊は浦山明俊「かたるかたり 志ん輔出世怪噺」。妖怪+落語という、これまたユニークな取り合わせの作品であります。

 本作の主人公となる古今亭志ん輔は、その名から察せられるとおり「八丁荒らしの志ん生」と呼ばれた古今亭志ん生の弟子。幼い頃に決意を秘めて弟子入りして以来、必死に練習を重ねて真打ちになったばかりの若者であります。
 …が、真打ちになったものの、高座では全く客を笑わせられない。物語の始まりとなる晩も全くウケがとれず、暗い気分で池の畔でその日高座にかけた「安兵衛狐」をおさらいしていたのですが――

 その噺を聞いて、実話だと思いこんだのが、ともに術の修行中の子狐の多助と子狸の勘太。自分と同類だと思いこんだ二人(?)に引っ張られるまま、志ん輔は妖怪たちと知り合うことになります。
 さらにその帰り道、何者かに斬られて瀕死の男に出くわし、男を知り合いの医者に連れて行く志ん輔。彼はそれをきっかけに、彼は江戸で娘たちを拐かし、江戸に魑魅魍魎を呼び込まんとする謎の怪僧・東山坊と対峙することになるのでありました。

 という本作ですが、やはり最大の特徴は、主人公が落語家――それも、真打ちにはなったもののまだまだ未熟な――に設定したことでしょう。
 どうすれば客を笑わせられるのか、どうすればウケを取れるのか、悩める彼の成長物語――言い換えれば芸道小説としての側面を、本作は持っているのであります。

 が、それでも本作は妖怪変化が登場する作品、芸道小説とは縁遠い内容なのでは…と思われるかもしれませんが、さにあらず。
 そこで志ん輔の相棒とも言える存在になるのが、やはり未熟な狐と狸に設定することで、未熟な者同士が支え合い、励ましあうことで成長していく姿が、ユーモラスに、そして瑞々しく描かれていくのであります。
(志ん輔の真っ直ぐなキャラクターがまた心地よく、素直に応援したくなるのがよろしい)

 そしてまた、落語は己の身とごくわずかの小道具で、本来そこにないものを見せ、そして幾人もの登場人物になってみせるもの。その意味では、落語の語りは騙り――狐や狸の変化に通じるものがあるわけで、そんな者同士を組み合わせるのは、なかなか考えられた構成と申せましょう。

 しかし、本作はそのさらに先に進んでみせるのです。落語の語りが最終的に目指すもの――それは客の心を掴み、動かし、そして笑いというポジティブな感情の発露に導くことです。そしてその陽の感情の動きこそが、魑魅魍魎という陰の存在に抗し、鎮める力となるのであります。

 ここに本作は、落語を扱った芸道小説と、妖怪たちと魑魅魍魎の対決を描く妖怪時代小説と、本来全く関係のなさそうな二つの要素を巧みに結びあわせた、極めてユニークな作品として成立しているのであります。


 こうした物語構造の巧みさ、ストーリー自体の面白さ、キャラクター の魅力(悪役である東山坊にも、またそれなりに頷ける過去が設定されてるのもイイ)と、どれも期待以上に楽しませていただきました(ちなみに本作、表紙絵もまた美しいのです)。
 明日への一歩を踏み出したとはいえ、まだまだ志ん輔も多助・勘太もこれから。彼らのその先を描く続編にも期待したいところであります。


「かたるかたり 志ん輔出世怪噺」(浦山明俊 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
かたるかたり 志ん輔出世怪噺 (廣済堂モノノケ文庫)

|

« 「火鍛冶の娘」 あってはならぬこととありたい自分と | トップページ | 「平安怪盗伝」 凶賊転じて恋の天使になる? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/58463386

この記事へのトラックバック一覧です: 「かたるかたり 志ん輔出世怪噺」 落語+妖怪の爽快成長譚:

« 「火鍛冶の娘」 あってはならぬこととありたい自分と | トップページ | 「平安怪盗伝」 凶賊転じて恋の天使になる? »