« 「神喰らい カミグライ」 神を喰らった者の旅 | トップページ | 「かたるかたり 志ん輔出世怪噺」 落語+妖怪の爽快成長譚 »

2013.10.30

「火鍛冶の娘」 あってはならぬこととありたい自分と

 火鍛冶の匠を父に持つ少女・沙耶は、自分も火鍛冶になることを目指すが、女は鍛冶をしてはならないという掟があった。父の死語、佐矢琉と名乗り、男と偽って鍛冶を続けていた沙耶に、ある日、伊佐穂の王子の剣を鍛えるという依頼が舞い込む。沙耶は自分でも恐ろしさを覚えるほどの剣を打つのだが…

 「送り人の娘」の廣嶋玲子による古代日本を思わせる世界を舞台とした第二弾、ジェンダーという普遍的かつ難しい題材を巧みにファンタジーの中で昇華させてみせた作品であります。

 主人公・沙耶は、父一人子一人で山中で暮らしてきた火鍛冶の娘。女性の流す血を穢れとして見る風習により鍛冶になることを禁じられながらも、なおも鍛冶になることを夢見る彼女は、女性の兆しが見られるまでとの条件で、父の助手を務めることになるのですが――その父が急逝したことにより、自分の性別を偽って鍛冶を続けることになります。

 そこにやって来たのが、近隣を治める伊佐穂国からの使者。その王子・阿古矢の成人の祝いに贈られる剣を鍛える依頼を受けた彼女は、自分の名を上げる絶好の機会と勇躍これに挑むことになります。
 が、実は阿古矢王子は現王の先妻の子であり、現在の后である後妻は、穏やかな阿古矢を退け、自分が生んだ子である加津稚王子を王位につけんと暗躍。豪快な好青年であり、兄を敬愛する加津稚は母に逆らっている状況なのですが…

 ここまでのあらすじを見て、なるほどヒロインが二人の王子の間でドキドキしたりお家騒動に巻き込まれたりするのだな…などというこちらの安直な予想は、九分九厘外れることとなります。
 沙耶が鍛えた剣が秘めていた魔性に憑かれ、人が変わったように周囲に屍を築く阿古矢。それに心を痛めた加津稚の依頼で沙耶はそれに対抗するための剣を鍛えようとするのですが、まさにその時、最悪のタイミングで彼女に女性の徴しが…


 先に触れたように、本作は女性が穢れとされ、鍛冶をすることを禁じられた世界の物語であります。
 女性を対象・理由とする禁忌は、ある意味、世界最古のものであり、その是非は全く別物として、今なお世界に存在する普遍的なものでしょう。
 しかしそれと同時に、自分の望む自分になりたい、自分らしくありたいという願望もまた、極めて根源的であり、強力なものであることは間違いありますまい。

 そして、本作で描かれるのはその二つのぶつかり合いであります。
 何故沙耶の鍛えた剣が魔剣と化したのか。そして、何故阿古矢が魔剣に取り憑かれたのか――物語の根幹を成す部分は、実にこのぶつかり合いから生まれたものであり、比較的シンプルな構造である本作において、巧みな捻りとして機能していると感じます。
(特に後者など、かなり不意打ち的な形で描かれたこともあり、なるほど! と唸らされました)

 また、作中に登場する「神」の、人間を超越した存在感の描写などは、いかにもこの作者らしいものだとも感じます。


 上で述べたとおり、物語自体は比較的シンプルであり、また結末も一種お約束ではあります。
 しかし、一歩間違えれば道徳の教科書のようになりかねない題材を、きっちりと人間の根源的なあり方を問う物語として、そして神と人間のファンタジーとして成立してみせたのは、これはもう作者の力量によるものであると感じた次第です。


「火鍛冶の娘」(廣島礼子 角川書店銀のさじシリーズ) Amazon
火鍛冶の娘 (カドカワ銀のさじシリーズ)


関連記事
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

|

« 「神喰らい カミグライ」 神を喰らった者の旅 | トップページ | 「かたるかたり 志ん輔出世怪噺」 落語+妖怪の爽快成長譚 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/58463372

この記事へのトラックバック一覧です: 「火鍛冶の娘」 あってはならぬこととありたい自分と:

« 「神喰らい カミグライ」 神を喰らった者の旅 | トップページ | 「かたるかたり 志ん輔出世怪噺」 落語+妖怪の爽快成長譚 »