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2013.10.24

「秀吉を討て」 抑圧される者たちの象徴としての忍者

 天正12年、秀吉が天下取りに向けて動く中、優れた銃の腕を持つ根来の若き忍び・林空は、総帥・根来隠形鬼の命により、秀吉暗殺を命じられる。自由の国である紀州を守るため、仲間たちとともに秀吉狙撃に向かう林空だが、狙撃を目前にして林空にある迷いが…

 「忍びの森」「戦都の陰陽師」と、戦国時代を舞台とした極めてユニークな忍者ものを発表してきた武内涼の新作は、やはり戦国時代、しかしファンタジックな要素を排した忍者ものであります。

 主人公となるのは根来の忍者修験にして狙撃の名手の青年・林空。
 根来といえば伊賀・甲賀と並ぶ忍者の故郷でありますが、その背景となるのは根来寺――すなわち仏教寺院であります。そして根来のもう一つの特徴といえば、雑賀と並ぶ鉄砲での武装。つまり林空は、根来の忍者というものを体現したような存在…と言えるかもしれません。

 物語は、林空が同じ僧坊の仲間とともに、根来忍者の総帥・隠形鬼により、秀吉暗殺の命を受ける場面から始まります。
 時は秀吉が明智光秀、柴田勝家を滅ぼし、信長の後継者として天下取りに公然と乗り出した頃、その前に立ち塞がった家康と小牧・長久手で戦う直前。秀吉が天下取りの中で次に狙うのは紀州と予見した隠形鬼は、かつての堺同様、民衆が一種の合議制で維持してきた自由の国たる紀州を守るため、秀吉の暗殺を決意したのであります。

 かくて小牧・長久手に出陣する秀吉を途中で狙撃すべく計画を巡らせる林空たち。影武者を用意しての秀吉の策の裏をかき、完全にその命を掌中に収めたかに見えた林空ですが――実はここまでが物語の約半分となります。


 その後に待ち受けるのは、秀吉による根来・雑賀攻め。林空は千石堀城、そして太田城と、二つの激戦区で秀吉を討つべく、死闘を繰り広げるのですが――本作におけるこれらの戦いは、戦国時代、武士たちにより民衆が抑圧されていく中で、自由を求める戦いとして描かれることになります。

 先に述べたように、民衆たちにより自治されてきた紀州。そこに集ったのは、根来のような仏教徒だけではありません。そこに集ったのは、他の場所で生きられる者、支配層に抑圧されてきた者たち――言うなれば紀州自体が巨大なアジールなのであります。


 ここで気づくのは、作者の作品に登場する忍びが、いずれも抑圧される側に立った、彼らの代表者とも言える存在として描かれることでしょう。
 信長により伊賀を焼かれた忍びたちを主人公とした「忍びの森」の、アジールに集った人々を松永弾正と妖魔から守るため戦う忍びの姿を描いた「戦都の陰陽師」、そして本作――

 彼らは権力者の理不尽に抗する人々の、権力者の理不尽に押し潰されていく人々の象徴であり――彼らの繰り広げる死闘は、作者の激しい怒りと悲しみの表れなのでありましょう。

 冒頭で述べた通り、ファンタジックな要素を排した本作は、それだけに一層、作者の忍者像というものを、はっきりと浮き彫りにしていると感じられるのであります。


 …が、それだけに、読後にどうにもやりきれないものが残るのは事実。もう少しフィクションとしての逃げ道――それはもちろん、史実をねじ曲げるという意味ではなく――を用意して、その中に希望を見せることはできなかったか…とは強く感じるところではあります。
 本作が忍者ものとして、既存の作家の呪縛を逃れた作品であるだけにより一層――


「秀吉を討て」(武内涼 角川書店) Amazon
秀吉を討て (単行本)

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