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2013.11.26

「百万石の留守居役 一 波乱」 新作上田時代劇、期待のスタート

 四代将軍家綱の余命が数ヶ月に迫る中、大老・酒井忠勝は、五代将軍に外様の加賀藩主・前田綱紀を擁立せんとする。藩論が真っ二つに割れる中、襲撃された賛成派の重臣・前田直作を助けた藩士・瀬能数馬は、直作の供で江戸に向かうことになる。その数馬を呼び出した家老・本多政長が語る内容とは…

 本年、大作「奥右筆秘帳」を見事に完結させた上田秀人が、早くも送り出す新シリーズ「百万石の留守居役」の第1弾であります。第2弾は来月刊行、つまり2ヶ月連続刊行でスタートという時点で並々ならぬ意気込みが感じられますが、内容の方も、それに負けないものであることは、この第1弾の時点で感じられます。

 物語の発端は、四代将軍徳川家綱が、子を残さぬまま、死の床についたこと。同じ作者の「お髷番承り候」読者としては天を仰ぎたくなるものがありますが、それはさておき、ここで大老・酒井忠勝が持ち出した次の将軍候補には、別の意味で仰天させられます。

 なんとそれは加賀百万石の藩主・前田綱紀。確かに綱紀の祖母は徳川秀忠の娘であり、すなわち家康の血を引くわけですが、しかし前田家は外様であります。
 それを将軍に据えんとするのは、家綱同様、自分たちの言いなりになる者を将軍に据えようというのが最大の狙い。さらには藩主を奪うことで加賀藩を骨抜きにし、百万石と良港を幕府のものとし、さらには…

 いやはや、五代将軍の地位を巡る争いは、後世に残るとおりですが(作者の作品でも幾度か扱われてるところです)、しかし本作のこの展開は、おそらくは空前絶後のはず。もちろん、こちらとしても全く予想だにしなかった展開です。

 しかし青天の霹靂なのは、当然ながら前田家中であります。藩主の将軍就任に賛成か反対か、藩が二つに割れる中、ついに前田家の一門で賛成派の前田直作が反対派の襲撃を受けるまでになるのですが…そこで割って入ったのが、主人公・瀬能数馬。
 闇討ちは武士の風上にも置けぬ、と直作を救った数馬は――本人はむしろ反対派ながら――直作の目に留まり、江戸の綱紀に呼ばれた直作に同道することとなります。

 そして数馬に目を付けたのは一人ではありません。加賀藩家老・本多政長(本多正信の次男・本多政重の子と聞けば、ニヤリとする方もいらっしゃるでしょう)は、前田家と本多家にまつわる大秘事を数馬に明かし、彼に加賀藩の未来(ともう一人)を託さんとするのであります。


 …と、ここでそこまで見込まれる数馬とはどのような人物かと言えば、元は幕府の旗本でありつつも、秀忠の娘の輿入れにつきそって加賀藩士となった千石の家柄。それなりの石高ではありますが、その出自により、プロパー藩士からは敬遠される存在であります。
 剣の腕は香取流を修めた達人、というのはこれは上田主人公では当然(?)ではありますが、しかし面白いのは、剣だけではなく知恵と舌もよく回ること。
 前作「奥右筆秘帳」の主人公の一人・柊衛悟に代表されるように、剣の腕は立つものの、人柄は木訥で政治的センスは今一つ、そして身分は低めというのが、上田作品の主人公では多いパターンでした。

 それが本作の数馬は、剣の腕以外はむしろ逆の、若き切れ者――といっても冷たい印象はなく、またそれなりの家の出ゆえに世間知らずという成長しろがあるのですが――と言うべき人物像。
 あの謀臣・本多の血を引く者が見込むのですから、その潜在能力は推して知るべしですが、そんな数馬のキャラクターは、タイトルが示す本シリーズの向かう先に密接に繋がるものでしょう。

 そして面白いといえば、本作のヒロインとなる政長の娘・琴姫がまた実に面白い。政長の妾腹の娘であり、出戻りである彼女は、言ってみれば肉食陰謀系女子という斬新な属性。
 父を前にたじろがなかった数馬を一目で気に入って婚約を即断。すぐに瀬能家に押しかけて、あけすけな態度であれやこれやと数馬の世話を焼く…のは微笑ましいのですが、さすがは本多家の娘と言うべきでしょうか、その行動の陰ではしたたかな計算を働かせ、さしもの父も手を焼くほどという、ある意味似合いのカップルであります。

 上田作品は、特に最近はユニークなヒロインが少なくないのですが、本作の琴姫はまた実に個性的かつ魅力的。そしてそれだけでなく、そのキャラクター造形に、彼女の(そして数馬もそうなのですが)複雑な生家の成り立ちが密接に関わっているというのも、また実にいいのです。


 さて、第1弾の段階でずいぶん褒めすぎのように見えるかもしれませんが、それだけのものはある、というのが偽らざる印象であります(ただ一つ、酒井忠勝のキャラだけは、ストレートな悪役に見えてしまうのですが…)。
 しかし物語はこれからが本番。反対派の魔手が待ち受ける中、いかにして直作を江戸に送り届けるか。そして江戸で如何に数馬が、前田家が大老の陰謀に挑むのか――すぐに続きが読める二ヶ月連続刊行で助かった、としか言いようがありません。


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