「宿神」第4巻 すべては人の心とともに
この世のあらゆるものに宿るという宿神を見ることができる西行の目を通して、平安時代末期の動乱を描く夢枕獏の大作「宿神」も、この第4巻でついに完結。第3巻では保元の乱までが描かれましたが、この巻では続く平治の乱からが語られることとなります。
天皇・貴族・武士それぞれを二分して行われた保元の乱。しかしそれも次なる乱の序章に過ぎなかったと言うべきでしょうか、その数年後には、信西・平清盛と藤原信頼・源義朝による平治の乱が勃発し、その結果として清盛が全ての権力を握ることとなります。
本作の主人公・西行は、この清盛の若き日からの親友。出家したとはいえ、清盛との親交は続くのですが――しかし西行の立場は、決して彼にのみ偏るものではありません。
清盛とは微妙な関係にあった後白河法皇とは、芸術・美を愛するという共通点――そしてもう一点、法皇もまた「あれ」を感じることができるのですが――から結びつき、さらには保元の乱でその後白河法皇と対立した崇徳上皇とも心を通わせる西行。
そんな彼の立場は、まさに平安時代の結末の――言い換えれば、清盛らその時代を生きた人々の生き様の――見届け人と言うべきでありましょう。
この後に続く清盛の栄華と死、そして源平の合戦の末をも、西行は見届けることとなるのですから…
実のところこの最終巻は、伝奇ものを求める方にとっては、やや不満があるかもしれません。この巻では宿神を巡る物語、宿神を描く描写は抑えめで、これまで以上に歴史を語ることに比重が置かれ、西行自身の物語もそれほど多くは語られないのですから。
しかし、そうした点はあるにせよ、本作は間違いなく面白い。敵味方がめまぐるしく入れ替わり、そしてその栄枯盛衰も一時のものにすぎない平安末期の混乱が、西行という一種透明な存在を通すだけでこれほどクリアに、そして物語性豊かに見えるものかと、素直に私は感心いたしました。
もちろん、西行が基本的に見届け人に過ぎない点を残念に感じる向きはあるかもしれません。
しかし、最後の最後に用意された、西行の「あの伝説」をモチーフとしたとおぼしき強烈なエピソードにあるように、宿神がどれほどの不思議を見せようとも、結局それが現実を変化させることはないのと同様、西行もまた、現実に、歴史に影響を与えることはできないのですから…
しかし――矛盾して聞こえるかもしれませんが――それは西行自身が、いや我々人間が全く無力な存在であることを意味するものではありません。
西行が強く持っていたもの、そして我々が大なり小なり持っているであろうもの…それは、それ自身で意味を持つのではなく、ただそこにある宿神――それは存在とも生命とも言い換えてよいと思いますが――の中に、意味を見いだす力であり、その心です。
その最たるものは、作中で語られているように、虚空から「 美」を取り出す心、まさに「もののあはれ」を感じる心でしょう。しかし見いだされる意味は、「美」にとどまらず、人それぞれに異なることは、本作において西行がその生き様を見届けた者たちの姿からも明らかであります。
言い換えれば本作は、己の生に意味を見いださんと必死にあがいてきた者たちの物語であり――それゆえに、静かな筆致でありつつに、これほど内容豊かな物語なのだろうと…そう感じた次第です。
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