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2013.11.08

「虎と月」 少年が見た父と名作の真実

 虎になったという父をもつ十四歳の「ぼく」は、父の血を引く自分も、いつか虎になるのではないかという恐れから、父が何故虎になったのかを知るための旅に出た。虎になった父と父の友が出会ったという南に向かった「ぼく」は、そこで曰くありげな村人たちと出会うのだが…

 「隴西の李徴は博学才穎」で始まる中島敦の「山月記」を、高校時代の現国の授業で読まれた方は想像以上に多いのではないでしょうか。
 虎になってしまった男・李徴が、かつての友と出会い、言葉を交わす――非常にシンプルではありますが、中国の「人虎記」をベースにしたファンタジックかつ不条理な物語と、様々な読み方ができる寓意的な内容は、不思議と心に残るものがあります。

 本作は、なんとその「山月記」の続編というスタイルのユニークな物語。それも、虎になった李徴の息子である「ぼく」を語り手にした、一種のミステリだというのですから、これは大いにそそられるではありませんか。

 父が虎となって消えた後、苦しい生活を送った「ぼく」と母(李徴の妻)。虎になった父と言葉を交わしたという父の友からの援助を受け、何とか暮らせるようになった母子ですが、ある日、「ぼく」が喧嘩で隣村の連中をたった一人、無我夢中のまま叩き伏せてしまったことで、周囲の彼をみる目はにわかに冷たくなります。

 父のように自分もいつか虎になってしまうのではないか――そんな想いに駆られ、父が虎になった理由を知るため、母を置いて一人旅立つ「ぼく」。事情を知っていそうな父の友は不在だったため、二人が出会った山に近い南の村に向かった「ぼく」は、そこで奇妙によそよそしい村人たちや横暴な役人、謎の匪賊に出くわすのですが…


  もともとごく短い作品である「山月記」。本作はその原典に様々な肉付けを行い、物語世界を広げ、深めていきます。そしてその中で最も重要なのはおそらくその時代背景――というより、それがもたらした社会情勢でありましょう。
 本作の時代設定は、かの安禄山の乱から十数年後…既に乱は終息したものの、反乱により都が侵されたという事実がもたらした変化は決して小さくなく、都に、地方に、騒然とした空気が漂う時代であります。
(ちなみにこの時代設定、原典で李徴が科挙に合格したのが「天宝の末年」とあるのに矛盾しない設定であります)

 言ってみれば絶対と思われていた秩序が侵され、社会のたがが緩んだ時代――その地方における影響は、匪賊の跳梁よりもむしろ役人の横暴に見られることを本作では描き出します。
 「苛政は虎よりも猛し」というのは「礼記」の有名な言葉ですが…


 と、大事なことを忘れておりました。本作は理論社の青少年向けミステリ叢書「ミステリーYA!」の一冊。すなわち、本作もまた、ミステリなのであります。そう、本作は何故李徴が虎になったのか、という謎を、論理的に解いてみせるのです。

 李徴が友に残したという律詩。虎になってしまった男の想いを語るこの詩を、わずか一文字変えただけで、本作はそこに秘められた真実を浮き彫りにします。
 そしてそれが上で触れた時代背景と結びつく時――そこに描き出されるのは、もう一人の李徴の姿と、そして彼と友の切なくも熱い友情なのです。


 名作を題材としつつも、歴史的背景を掘り下げた上で人間社会の暗い部分をえぐり出し、その上であったかもしれない真実をミステリとして浮かび上がらせてみせる…そしてその上で、少年の成長物語を成立させてみせる。
 さらに一ひねりしてみせた結末も含めて、いかにも作者らしい一筋縄ではいかない、しかし美しい作品であります。


「虎と月」(柳広司 理論社ミステリーYA!) Amazon
虎と月 (ミステリーYA!)

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