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2013.12.06

「参議暗殺」 未解決事件を動かす呪いに

 明治四年、時の太政官参議にして維新の大立者・広沢真臣が、自宅で体を切り刻まれて無惨に殺された。刑部省逮部の佐伯謙太郎は、犯人を追う中、次々と不可解な事実に突き当たる。弾正台との対立、身内の裏切り――窮地に追い込まれた佐伯が突き止めたのは恐るべき「呪い」の存在だった…

 歴史上、不可解な殺人事件というのは様々存在しますが、被害者の地位の高さと、事件が社会的に及ぼした影響、そして現代から遠くない時代に起きたという点で、広沢真臣殺人事件はかなりのインパクトを持つものであります。
 広沢といえば、維新の功臣章典禄では木戸・大久保と並ぶ禄を与えられ、そして当時は太政官参議として明治政府の中枢を担っていた人物。そんな広沢が、無惨に殺され、しかも犯人が見つからぬまま――容疑者として広沢の妾が捕らえられながらも、後に無罪放免に――迷宮入りとなったとあらば、否応なしに想像力を刺激されるではありませんか。

 本作は、時代ミステリの名手である翔田寛の手により、ミステリとして事件の謎を解き明かしつつも、その背後に横たわる時代の闇を浮かび上がらせてみせた力作であります。

 偶然屋敷を訪れた警官の急報により、広沢邸に駆けつけた主人公・佐伯謙太郎が見たもの…それは無惨な拷問の跡を留めた、広沢真臣の遺体でありました。さらに現場で発見される、数々の不審な痕跡。そして小部屋で縛られ気絶していた広沢の妾・かねを発見した佐伯は、彼女を独自に確保し、事件の謎を追い始めることになります。

 しかし明治四年は、明治政府が動き出したものの、様々な矛盾と対立を孕んだ時期であります。特に広沢が参議を務める太政官はその上位に位置する神祇官と対立し、そして佐伯が属する刑部省逮部も、一種の政治警察である弾正台と激しく対立している状況。
 何故広沢がかくも無惨な死を遂げなければならなかったのか、広沢の足取りを追う佐伯は、政治の壁、所轄の壁…様々な障害に苦しめられることとなります。

 それでも一歩一歩進んでいく佐伯の前に現れたのは、広沢が所持していたという「異本九相詩絵巻」なる絵巻物。その絵巻物には、古からそれを見た者の心に取り憑き、破滅させる「呪い」が込められているというのですが――


 佐伯の身分はもちろんのこと彼が捜査の過程で晒される組織内外の軋轢など、明治時代を舞台とした警察小説といった味わいが感じられる本作。そんな本作において、呪いという要素は、異物が突然紛れ込んだかのような違和感を覚えさせるかもしれません。
 しかし、呪いとは超自然的なものに限られたものではありません。誰かの強い想い(と対象が信じるもの)が、対象の行動に影響を与え、その行く先を歪める時――その想いは呪いと呼ばれるべきでしょう。

 その意味においては、本作はまさに呪いによって動かされる物語と言ってよいでしょう。広沢の死をはじめとして、本作で描かれる出来事の数々、登場人物の運命は、みなこの呪いの存在に翻弄されると言えるのです。
 それでは呪いをかけたのは誰なのか? それは維新の動乱の中で理不尽に命を落とした人々であります。時代の狂気、などとわかったような言葉で片づけるには、あまりに痛ましい運命を辿った彼らの想いは、その後も続く人々の争いと死をあざ笑うように、そしてそれらによって一層力を増して、今に生きる人々を苦しめるのであります。

 そしてそれは、本作の謎を解き明かすべき佐伯自身にも当てはまるものであります。彼が秘めた、重く悲惨な過去――赤報隊に参加した親友が、偽官軍として処刑された事件は、彼自身の運命をも狂わせ、そして彼を「今」に至るまで、悩ませ続けます。
 彼がこの事件を解決せんと、己の身分はおろか命を賭して奔走するのは、その呪いを解くためにほかならないのであります。呪いが人の理不尽な死によるものだとすれば、人をその運命から救うことが、呪いを解く術だと信じて…


 長々と呪いについて触れたため、偏った印象を与えてしまったら申し訳ありませんが、本作はあくまでほとんど全ての謎が理詰めで解ける――物語のほとんど全てが緻密に結びつき、ほんのわずかな要素も見落とせないほどに構成された――ロジカルなミステリであります。
 しかし、それを謎のための謎に終わらせず、この時代ならではの物語たらしめているもの、そして冷たい論理の羅列に終わらず、人の熱い血潮を感じさせる物語たらしめているもの――それこそが、本作でいう呪いの存在なのです。

 あまりにも重く、やりきれない物語ではあります。ここで描かれるあまりにも醜い人々の姿は、吐き気を催すほどであります。
 それでもなお、いやそれだからこそ――闇の先に小さく浮かび上がる希望の光が心に染み渡る…そんな物語であります。


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コメント

ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
お兄さま。お兄さま。お兄さまお兄さまお兄さまお兄さまお兄さま
ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。

 つまり、「胎児の夢」を追えと…

 早速に仕入れにいかねば…

投稿: ちゅるふ | 2013.12.07 18:17

この事件は故胡桃沢耕史先生の『翔んでる警視』シリーズの「翔んでる新婚旅行」でも取り上げられて、この事件の真相を天才警視正の岩崎白昼夢が新婚旅行で解く事になります。ここで明かされた「意外な犯人」とは・・・一応その年の「傑作短編推理小説集」にも入っていました。

投稿: ジャラル | 2013.12.18 23:21

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