「天王船」(その二) 真の結末と秘められた始まりと
宇月原晴明の「黎明に叛くもの」の外伝集「天王船」に収録された四編の紹介の後半であります。残る二編は、ある意味前半二作以上に奇怪かつ魅力的な作品。作者の奇想を存分に味わえる名品です。
「神器導く」
備中で対峙しつつも、陰で不思議な交流を結ぶ小早川隆景と秀吉。そんな中、光秀から届けられたものを前に隆景が下した決断は。
三番目の物語は、本伝が終了した後の物語、久秀も信長も炎の中に消えた後に残された者たちの物語であります。
本能寺の変に際しての、秀吉のいわゆる中国大返しは、間違いなく後の歴史を変えたと言えますが、それがあまりに劇的であるがゆえに、かえって陰を感じさせるのも事実。
題材となっているで描かれる隆景と秀吉の密約説自体は、さまで珍しいものではないように思いますが、しかしそこに絡むのが、本伝にも登場した神器であり、そしてその神器の力を証明するのが吉備津の釜とくれば、もう完全に作者の世界でありましょう。
二人の前に現れた神器が本物であることを示すのが、あの「雨月物語」などで描かれた吉備津の釜というのは、痺れるものがあります。
…が、本作で中心となるのは、むしろそうした神々の世界に背を向けた人間の世界の物語。天下を望むことなく家を守り続けようとした隆景の、あくまでも等身大の人間として悩み、決断し、生きていく姿が、本作においては描かれることとなります。
そして、そんな隆景であるからこそ、あの奇怪な自動人形の誘いを断ち切ることができたのであり――これをもって、「黎明に叛くもの」の真の結末と見ても良いのではないかと感じた次第です。
しかし、自動人形の影は、もう一人の男に取り憑き――そして作者の「聚楽 太閤の錬金窟」に繋がったと想像するのは、なかなかに心躍るものではありますまいか。
「波山の街 『東方見聞録』異聞」
死を目前としたマルコ・ポーロが遺した一通の手紙。そこに記されていたのは、福州市は波山の街に潜む謎の宗派にまつわる、奇怪極まりない物語だった…
そしてこの短編集の掉尾を飾るのは、本書で最も長い物語であり、本伝が始まる遙か以前の異国の物語――かのマルコ・ポーロが、かつてタタール帝国に仕えていた頃に出会った、東方見聞録にも語られなかった事件。後に久秀と道三が継ぐこととなる暗殺の技、そして久秀の影のように付き従った金髪碧眼の自動人形・果心のルーツが語られる物語であります。
二度の日本侵攻が失敗した後、帝国内に己の威を示すために南方に向かったフビライ。
その主への土産話として、福州で波山と呼ばれる宗派に近づき、頑なだった彼らの心を解きほぐしたマルコは、やがて彼らが紛れもなくキリスト教の流れを汲む者たちであると知ります。
そしてマルコはフビライの御前に彼らを連れていくこととなるのですが…
そもそも、本伝で語られた暗殺教団の伝説は、東方見聞録の中でマルコが語ったものが後世に広がったもの。それが回り回って、マルコを語り手とした本作に回帰していくのが何ともユニークな趣向ですが、本作で語られるその内容は、まさに作者らしい、作者ならではの奇想の数々。
マルコが最期の時まで封印してきた物語、古のキリスト教の教えをアジアで受け継ぐ謎の流派、彼らが崇める美しい金髪の磔刑像――謎と神秘と妖美に満ちた物語の構成要素に酔わされたと思えば、最後に待ち受けるのは壮絶きわまりない大殺陣…
この辺りの緩急は「聚楽」でも見られた作者一流のエンターテイメントのさじ加減かと思いますが、幻想味だけでは終わらないのが、何とも嬉しく感じるところです(マルコを主と崇める謎の老人がまた実に良いキャラで…)
そして結末において、マルコはこれでも知っていることの半分も語ってはいない、という言葉を残すのですが――それが真実であることは、作者の次の長編である「安徳天王漂海記」が示したとおりであります。
以上四編、「黎明に叛くもの」の外伝でありつつも、それぞれが独自の世界を描き出し、そしてその先に作者の他の作品の存在を垣間見せる、まことに心憎い作品揃い。
あるいは本書を以て宇月原伝奇の世界に足を踏み入れるのも、悪くない選択であるかと思います。
「天王船」(宇月原晴明 中公文庫) Amazon

| 固定リンク

コメント