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2014.01.17

「安徳天皇漂海記」 現実と運命に縛られた者たちの旅路

 壇ノ浦の合戦で海に消えた安徳天皇。しかしその身は、第四の神器ともいうべき真床追衾に包まれて「生き」続けていた。その強い無念の想いを知った鎌倉幕府三代将軍・源実朝は、無念に荒れ狂う幼い魂を鎮め、成仏させるため、あらゆる手を尽くすのだが…(第一部 東海漂泊)

 先日、宇月原晴明の短編集「天王船」を紹介しましたが、その中の「波山の街」は、語り手たるマルコ・ポーロが、まだまだ奇怪な物語が存在することをほのめかして幕を閉じました。
 本作はその奇怪な物語の一つというべき幻妖華麗な物語、山本周五郎賞を受賞した名作であります。

 タイトルを見れば一目瞭然のように渋澤龍彦の「高丘親王航海記」(この作品もいずれ紹介いたします)を下敷きにした本作は、その高丘親王から数百年後、累代の天皇の中で最も悲壮な最期を遂げたというべき安徳天皇の「その後」を描いた作品。
 「波の下にも都は…」という「平家物語」の件にあるように、平家の滅亡とともに海に沈んだはずの幼帝は、しかし、草薙剣を抱き、もう一つの神器というべき真床追衾(まとこおうふすま)に包まれて眠りについていた――という、奇想天外極まりない設定を踏まえた物語であります。

 そんな本作は、「東海漂泊」と「南海流離」の二部から構成されます。
 第一部では、この安徳帝を奉じる妖賊・天竺丸から帝の玉体を預けられた源実朝が、帝の無念を鎮めるべく、ともに海の彼方を目指す姿が、当時の実朝の従者の回想という形で語られ――
 そして第二部では、それを聞いたマルコ・ポーロが、元の皇帝クビライの命でその秘密を求めて向かった先で、安徳帝と南宋最後の少年皇帝と、二人の幼帝の不可思議で哀しい交流を目の当たりとする姿が描かれるのであります。

 …我々は、源実朝がどのような事績を残した人物であり――和歌を愛し、そして海の彼方に憧れを抱いて巨船を造るも果たせなかったことなどを――そしてその最期がいかなるものであったか、それなりに知っています。
 南宋最後の皇帝・祥興帝については、さすがに馴染みは薄いのですが、しかし少し調べれば、その最期が、安徳帝のそれとよく似たものであったことを知ることができます。

 しかし本作は――これまでの作者の作品がそうであったように――それらの史実を巧みに組み合わせ、そしていささかの、しかし極めて優れた虚構を以てその隙間を埋めることにより、全く別の像を作り上げるのであります。
 源氏三代の鎌倉と、滅亡間近の南宋と…実に数十年の時をものともせず結びつけられた二つの物語は、やがてそれよりも数百年の時を遡って(そして別の作家の作品世界までも取り込んで)高丘親王の物語と結びつき――そしてもう一人の海の彼方に消えた神の子の登場を以て、更なる悠久の時の存在をも描き出すのです。


 その幻妖かつ壮大な物語は、しかし一つの想いを色濃く漂わせるものであります。…哀しみという想いを。

 本作に登場し、海の彼方を目指した者――あるいは、海の彼方からやってきた者は、その誰もが寄る辺なき放浪者として描かれます。
 それはもちろん、字義通りの意味の者を指しますが、しかし同時に、より大きな運命に翻弄されるままにこの世に漂う者、「ここではないどこか」を求めて散っていく者たちをも指します。

 本来であれば世界の頂点に立つ王や将軍。しかしその地位はまた彼らを縛り、彼らを追いつめていくものであります――「ここではないどこか」を夢に見ることしかできないまでに。
(それに対して、「ここではないどこか」ではなく現実を選んだクビライの姿もまた哀しい。彼には、本作の結末で描かれたあまりに美しいあの光景を見ることができないのですから)


 本作で描かれるのは、そんな人々の魂の遍歴であり、そして鎮魂の物語であります。
 だからこそ本作を読んだとき、我々はその奇想に胸が躍る以上に、強く胸を締め付けられるのでしょう。

 我々は王でも将軍でもなく――しかし彼らと同様に、現実と運命に縛られて生きるほかない存在なのですから。


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