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2014.01.02

「桜ほうさら」(ドラマ版) 原作の毒を薄めた正月時代劇

 毎年恒例となっているNHK正月時代劇ですが、今年は宮部みゆき原作の「桜ほうさら」でした。原作については既にこのブログでも取り上げましたが、ドラマ版は原作にアレンジを加え、本筋は同じなれど、印象は少々異なる物語を描いておりました。

 本作の主人公は、父に汚職の罪を着せ、切腹させた犯人を探して江戸にやってきた青年武士・古橋笙之介。本作は、彼が引きこもり気味の美女・和香らの助けを借りて謎に迫る中、徐々に成長していく姿を描いた物語であります。

 このドラマ版で笙之介を演じたのは、玉木宏。正直にいって原作の笙之介からすると少々格好良すぎる&強そうな印象を受けるのですが、終盤の決して格好良くない、しかし真っ正直に真実にぶつかろうとする姿はなかなかよろしかったと思います。
(ちなみに玉木宏は「平清盛」では源義朝を演じていましたが、そちらで弟の為朝を演じていた橋本さとしが、本作では兄役なのが面白い)

 一方、和香役は貫地谷しほりで、こちらは文句なしのキャスティング。顔や体の痣のために人とふれあうのを厭っているという難しい設定のキャラを好演していたと思います。
 ただし、このドラマ版においては和香の出番が少な目に感じられたのが大いに残念。二人の距離感もあっさりと縮まってしまった印象であります。


 さて内容の方ですが、原作では全四話構成だったところを、このドラマ版では第一話、第四話のみをピックアップして映像化したというところ。元々原作の時点で第二話、第三話は本筋との関連は薄めだったので、これはこれで二時間弱のドラマ化にはやむを得ない省略でしょう。

 むしろ原作から大きくアレンジされたのは、笙之介と、戯作者(?)押込御免郎の関係であります。
 笙之介とはある因縁を持つこの御免郎、ドラマでは笙之介と行動を共にし、ある意味人生の先輩的態度を見せるキャラクターなのですが、原作では実は笙之介と直接顔を合わせるのはごくわずか。

 冷静に考えると、御免郎が笙之介に接近するのはちょっと無理があるような気もするのですが、しかしその一方で御免郎の性格を考えると、それもアリと言えるかもしれません。
 何よりも、笙之介と御免郎が、ポジとネガの関係にあったことを原作以上に明確に見せたという点で、このアレンジはかなりうまくいったのではないでしょうか。

 その一方で個人的にはしっくりこなかったアレンジは、古橋家の家庭事情が、原作ほど厳しくないといいますか、比較的普通の一家として描かれていた点であります。
 この辺りは物語の核心に絡んでくるのでなかなか表現が難しいのですが、少なくとも、原作者が本作を語る際に用いた「家族は万能薬ではない」という言葉からは大きく逸れてしまった印象があります。

 この辺りの、家族の(無条件の)一体感という幻想を打ち砕くのが原作者ならではの毒であり、そしてその一方で、本来であれば無関係の個人同士の繋がり――笙之介と和香に代表されるような――に希望を見いだす点に原作者ならではの優しさがあったやに感じているのですが、ドラマ版からは、その点はほとんど感じられなかったように感じます。

 もちろん、正月時代劇にどこまで毒を混ぜるかというのは難しいお話ではあり、単独の作品としてみた場合、本作のアプローチは、これはこれで正しかったかとは思います(ただし、ラストのあの子供の台詞は明確に蛇足だったかと…)。


 原作ものとしてはいささか不満はありますが、正月時代劇としては水準…原作読者としてはそんな印象を受けた次第です。



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