「天王船」(その一) こぼれ落ちた奇想の数々
宇月原晴明の「黎明に叛くもの」は、比較的ユニークな経緯を辿った作品であるように思います。まず単行本で出版→四分冊の上、各巻に書き下ろし短編を収録してノベルス化→再び一冊となって文庫化、書き下ろし短編は別途一冊にまとめて文庫化 と。本書はその短編四編を収録した文庫版であります。
「黎明に叛くもの」は、以前にもこのブログや「いま本当におもしろい時代小説ベスト100」でも取り上げておりますが、この短編の方は、まだきちんと取り上げていなかったやに思います。
本伝の方は、松永久秀を主人公に、彼と斎藤道三が実は日本にその系譜を繋いでいた暗殺教団ニザリ・イスマイリの技を継ぐ暗殺術/妖術使いであった…という奇想天外な設定から、奇怪な戦国絵巻が綴られる長編であります。
一方、その外伝たるこの書き下ろし四編は、それぞれ異なる時代と場所を舞台として本編を補完しつつも、同時に作者の他の作品とも微妙なリンクを見せるという、いかにも作者らしい奇想に満ちた作品集であります。
以下、四編を一つずつ取り上げていくとしましょう。
「隠岐黒」
とある武将のもとに、衆道の相手として侍ることとなった傀儡師の美童。黒水晶や木の棒のみを手にした美童の真の顔は…
本書の中では一番「黎明に叛くもの」本編に近い、一種プロローグとも言える作品であります。
上で触れたように、ペルシアの暗殺教団の技を受け継ぎ、暗殺者として働いていた幼い日の久秀――久七郎の、単独での初仕事を描いた作品であります。
異様なまでに暗殺を恐れ、家臣に武器も持たせぬ相手の命をいかに奪うか、ほとんど徒手空拳の状態からやり遂げてみせる久七郎の技もユニークですが、注目すべきは、その後に描かれる、久七郎とあるモノの出会い。
本編で、そしてこの短編集でも大きな意味を持つあの蠱惑的な存在は、戦国の蠍がその一歩を踏み出した時から共にあったのだと思えば、なにやら感慨深くすら感じられます。
ちなみに兄弟子たる道三――庄五郎も顔を見せますが、二人のいちゃつきぶりが微笑ましくも、その後の展開を考えればいささか切なくもあります。
「天王船」
道三が惚れ込んだ織田信長を一目見ようと津島天王祭に向かった久秀。天王川に浮かぶ巻藁船の上で対峙する久秀と信長だが…
時代は流れて、既に下克上を成し遂げた久秀の姿が描かれる本作。本伝の冒頭で、それぞれこの国の西と東を奪い取り、都に攻め上ろうと誓いあった久秀と道三ですが、その後の道三が美濃を奪ったものの、信長にある意味それを譲り渡すような形で消えていったのは史実が示す通りであります。
本作はそれよりも少々前の時代でありますが、自らの兄のような存在であり、そして最大の好敵手であった道三が、他の男に入れ込むというのは久秀にとって面白いはずはない。
かくて、久秀は大胆にも尾張に乗り込み、いまだうつけと呼ばれていたその男――信長と対面することになります。
もちろん、対面がただで済むはずもなく、それは刀を取っての命がけのものとなるのですが…その舞台が、絢爛たる輝きを放つ天王船――牛頭天王を祀る天王祭の最中、天王川を行く船上というのが、いかにも久秀らしい趣向というほかありません。
分量的には本書の中で最も少ない作品ではありますが、明けの明星と沖天の太陽と、その最初の出会いを強く印象付ける作品です。
そして本作における信長が、己の美しすぎる顔を隠すために面をつけたという伝説を持つ蘭陵王の面をつけて登場する辺りも含めて、作者の奇作「信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス」を想起させるのであります。
残り二編、次回に続きます。
「天王船」(宇月原晴明 中公文庫) Amazon

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