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2014.02.28

「女神の助太刀」 人と神――ギャップの笑いの先に

 つい先日ご紹介いたしました「長屋の神さま」の続編であります。神田の裏長屋に住むご府内一頼りない神さま・祥太夫を主人公に、新たなレギュラーも加えていよいよ賑やかな神さまライフ(?)を描く…作品ではあるのですが、冒頭から大変な事態となっております。

 奥に小さな祠のあった神田の甚兵衛長屋、その一番奥の部屋に暮らす、白い狩衣姿のはんなりした美青年・祥太夫――いつものほほんと明るく、底抜けにお人好しの彼は、実は京の都の八幡様の末の息子であります。
 あまりに暢気すぎて信仰が廃れ、祠が小さくなってしまった彼とお供の犬(実は狛犬)の黒と猫(実は獅子)の寅は、祠を出て長屋の一部屋で暮らしていたのですが――

 何とか神威を示して信者を増やそうという彼の奮闘が描かれたのが前作だったのですが、本作の冒頭で語られるのは、何と努力むなしく祠は家主に撤去されてしまったという衝撃の事実。
 神も仏もないものか…と思いきや、それを聞きつけた祥太夫の姉で今は駒込の神社の祭神・琴音が乗り出してきたはずが、何だかおかしな方向に話は転がって――というのが表題作「女神の助太刀」であります。

 その後も、町で黒が意気投合(?)した小間物屋の男・貫助を巡り、意外な騒動に発展する「祠の男」、甚兵衛長屋に新しく越してきた二人の元女郎にまつわる哀しくも切ない物語「金猫銀猫」の、全三話が本作には収録されています。


 本シリーズの魅力は、人情もののフォーマットの中に、頼りない神さまという異物を投入したことから生まれるギャップである…というのは、これは前作から変わらない点ではありますが、しかし本作は本筋から枝葉の小ネタまで、その可笑しさ、面白さが遙かにパワーアップしている印象があります。
 設定紹介的な側面もあった前作に比べ、キャラクターやストーリーの描写に、より分量を割くことができるようになったという点はあるでしょう。しかしそれ以上に、作者が作品に前作以上にノってきたのではないかな…と思うほど、本作からは勢いが感じられるのです。

 あるいは物語の構造から見れば、第二話から登場する、祥太夫たちの正体を知りつつも対等に接する人間キャラ(しかもちょっとひねくれたツンデレ気味)の登場も、愛されキャラでボケ役の祥太夫へのツッコミ役としていいアクセントになっていると感じます。

 そしてまた、前作で少々気になった神通力の使いどころも、本作ではより考えられているやに感じられます。
 いかに落第気味とはいえ神さま、その気になれば大抵のことはできてしまう祥太夫。極端なことを言えば、作中の登場人物たちが抱える悩み事そのものを忘れさせることで一応は自体は解決できるかもしれませんが――
 しかし祥太夫は、そうした便利な手段を基本的に取ろうとはしません。

 人間たちの中で暮らして祥太夫が日々学んでいること。それは人の願いにも様々な形があること、誰かの願いを叶えることが他の誰かを悲しませるかもしれないこと、そして神さまでも解決できない、解決してはいけない悩みがあること――そんな人の情の難しさであり、素晴らしさであります。

 それがあるからこそ、本作は面白おかしいだけの作品では終わらないのであります。
 人間と神さまのギャップから生じるのは笑いだけではありません。それを乗り越え、互いに理解し合った先に生まれる感動が、本作にはあるのです。

 あるいは人間と直に触れ合い、そして神さまとしてはちょっと頼りない分だけ、逆に祥太夫は真に優れた神さまになれるのかもしれない…というのは褒めすぎのような気もしますが、そんな祥太夫同様、本作自体も非常に魅力的なのは間違いありません。

 いささか気が早いかもしれませんが、さらなる続編を楽しみにしているところです。


「女神の助太刀」(鈴木晴世 学研M文庫) Amazon
女神の助太刀 (学研M文庫)


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2014.02.27

「水滸伝」第21話「智をもって二竜山を奪う」

 さて、宋江と閻婆惜の物語は悲劇のうちに終わり、いよいよ始まった宋江の受難。その一方で、久々に登場する面々による活劇が展開されることになります。

 前回のラストで閻婆惜を半ば過失で刺し殺してその場を飛び出した宋江。その時の騒動で燭台が倒れ、炎に包まれる屋敷の中で右往左往する閻婆…というところで終わったので安否が気遣われた婆ですが、無事に生き延び、ご丁寧に「宋江」と名前の入った短刀を証拠に、衙門に訴え出ます。さらに婆の口から閻婆惜と張文遠の関係まで出ては知県も庇えず、やむなく朱仝と雷横に宋江捕縛を命じます(ちなみに原典では悪びれもせず宋江を糾弾した張文遠、こちらでは気弱さ全開でビクビクしっぱなし)。

 その宋江はと言えば、実家に顔を出しておりました(ここで初登場の宋清は、何というかあまり印象に残らないビジュアル。正しい描写と言うべきでしょうか)。
 これは高飛びの前に一目肉親に暇乞いをということか…と思いきや、暇乞いはその通りですが、しかし逃げるつもりは彼にはなく、あくまでも自首の前に一目父に顔を見せようと思っての行動。罪なき人を殺してしまったと告白したのには、閻婆惜も少し救われた印象ですが…

 そこにやってきた朱仝と雷横は、本人が目の前にいるにも関わらず、思いっきりすっとぼけて別の場所を探すという猿芝居をみせますが、既に覚悟を決めた宋江の冷静なツッコミを受け、やむなく彼を連行するのでありました。
 ちなみに原典では本当に逃げも隠れもしていた宋江、実家の床下に隠れ、朱仝と雷横に見逃されて逃走するのですが――正直に言って登場間もないのにセコい言動の連発で、大いにイメージダウンしていたもの。このドラマ版の振る舞いは、納得のアレンジです。

 さて、色々と手心が加えられたか、流刑で済むこととなった宋江は、棒打ちの刑を受けた上で旅立つのでありました。


と、ここで舞台は変わり、本当に久々に魯智深登場。以前にも登場した、林冲に恩義のある滄州の酒場に偶然顔を出した魯智深、林冲の義父からの手紙を持っていたようですが、主人から林冲が山賊になったと聞きます。
 ここで何やらやる気になった魯智深ですが…

 と、再び場面は変わり、今度は青面獣楊志が登場。晁蓋らに生辰綱を奪われ、公孫勝の諭しで生きることにした彼は逃亡中の身ですが――腹が減ってダウン寸前。そんなところでたどり着いた酒場で、モリモリと、しかしちょっとビクビクしながら食事を取った彼は食い逃げを敢行するのですが…
 その前に立ちふさがったのは、ククリ(グルカ刀)のような得物を持った小肥りの男。楊志とそれなりにいい勝負を演じた彼は、何か感じるところがあったか、楊志に名を訪ねます。

 ここで「逃げも隠れもせぬ」と名乗る楊志――思い切り逃げようとしていたのに――は、男から礼を返されて超とまどうのですが、この辺り、彼の存外な人の良さが楽しい…というのはさておき、男は林冲の弟子の曹正と名乗ります。早速意気投合した楊志に、最近山賊の根城となった二竜山取りを曹正が勧めているところに、今度は魯智深が登場します。

 胡乱な坊主と追い払おうとする曹正に代わり魯智深と対峙した楊志。ここで実に久々に、達人同士の派手なバトルが展開されることになります。武侠ドラマ名物、あばら屋を破壊しながらのバトルの末、潔く負けを認めたのは魯智深の方でありました。
 お互いに名乗りあって意気投合という、実に水滸伝らしい展開となった二人ですが、魯智深は林冲を助けて高キュウに睨まれ、東京から逃げる羽目になったとのこと。

 器の小さい王倫の下につくのはつまらない、ここは俺とお前で二竜山を奪い、林冲を呼び寄せようぜ、という原典と微妙に違う成り行きになりましたが、曹正の策で二竜山取りを狙うのは原典どおり。
 厳重に閉められた門を、魯智深を捕らえたと偽って開けさせ、後は主のトウ竜の前で三人揃っての大暴れ――まったく、相手の方がかわいそうになる乱闘の末、見事に山を奪った魯智深と楊志が旗揚げをする姿に、「天命の誓い」で本拠を構えた時の気分を思い出しつつ、次回に続きます。


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 「水滸伝」第01話「洪大尉 誤って妖魔を逃がす」
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 「水滸伝」第03話「九紋竜 東京を脱出する」/第04話「魯堤轄 翠蓮を助ける」
 「水滸伝」第05話「拳にて鎮関西を打つ」/第06話「魯達 剃髪し文殊寺に入る」
 「水滸伝」第07話「豹子頭 誤って白虎堂に入る」/第08話「逆さまに垂楊柳を抜く」
 「水滸伝」第09話「大いに野猪林を騒がす」
 「水滸伝」第10話 「林冲 棒を持ち洪師範を打つ」
 「水滸伝」第11話 「智深 火をもって瓦罐寺を焼く」
 「水滸伝」第12話「林冲 風雪の山神廟へ」/第13話「豹子頭 梁山泊へ行く」
 「水滸伝」第14話「楊志 刀を売る」/第15話「智をもって生辰の綱を取る」
 「水滸伝」第16話「宋公明 晁蓋を逃がす」/第17話「王倫 同士討ちに遭う」
 「水滸伝」第18話「宋江 閻婆惜を娶る」/第19話「張文遠 情により烏龍院に陥る」

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2014.02.26

「シャーロック・ホームズたちの冒険」(その二) ミステリとして、新解釈として

 田中啓文による、歴史上の有名人たちを探偵役に据えた極めてユニークな短編集の紹介、今回は残る三篇を取り上げます。

「名探偵ヒトラー」
 実は大のホームズファンだったヒトラー。その彼が大本営で過ごす夜に次々と起こる怪事件。消失したロンギヌスの槍の行方を巡る彼の推理は…

 本書の中ではある意味最大の問題作でありましょう。かのアドルフ・ヒトラーが実は自らホームズを気取るほどのホームズファンであるという設定のもと、ワトスン役のマルチン・ボルマンとともに、大本営で起きた怪事件の謎に挑むというのですから…

 しかしその意表を突いた設定に留まらず、本作はミステリとして実に面白い。厳重に警戒されているはずの大本営に忽然と現れたユダヤ人囚人、国内に跳梁し大本営にも現れた夜行怪人、そして怪人に奪われたロンギヌスの槍――短い中によくここまで詰め込んだ、といいたくなるような外連味に満ちた事件が、ここでは描かれるのであります。

 犯人自体は比較的早く気付けるかもしれませんが、ハウダニットそしてホワイダニットは本作ならではのもの。そしてそれ以上に(そこに密接に結びつくのですが)、ヒトラーとボルマンの二人が体現するナチスの狂気は、この設定だからこそ描けたものでしょう。
 一種伝奇的な結末も面白いのですが、何よりもこの胸の悪くなるような――作者の普段のそれとは全く別のベクトルでの――描写が強く印象に残ります。


「八雲が来た理由」
 各国を巡り日本の松江に辿り着いた小泉八雲。ろくろ首にのっぺらぼう、耳なし芳一と次々と怪事件に出くわす八雲だが…

 小泉八雲が日本に来るまでの半生と、松江で出くわした事件の数々がぎゅっと詰め込まれた作品であります。 作家が探偵役の作品にはしばしば見られる、作家が実際に出くわした事件の内容が、実は後の作品のモチーフになるというスタイルの本作。
 ここで登場するのは「ろくろ首」「のっぺらぼう」「耳なし芳一」です。

 この中でも特にユニークな最初の事件は、山中で女性の悲鳴を聞いて駆けつけた八雲が、袂に女の生首をぶら下げた男に出くわすという内容。女の体はそこから一間も離れた場所に立っており、男は彼女は実はろくろ首であり、自分は無実だと主張するのですが――
 いささか偶然に頼った部分はあるものの、その謎解きは本書ではピカイチの面白さであります。

 しかし本作の最大の趣向は、タイトルにある八雲来日の理由の謎解きなのですが…元々連作で構想されていたものを一つの短編にまとめたということで、ちょっと詰め込み気味であまり印象に残らないのが残念。
 そしてエピローグは…まあいつものことということで。


「mとd」
 ある貴族が持つという秘宝を盗み出そうと予告状を叩きつけたルパン。しかし秘宝は恐るべき大ミミズクに守られ、しかも名探偵ホームズまでもが出馬することに…

 本書の掉尾を飾るのは、ある意味ホームズの対極に立つ男、怪盗アルセーヌ・ルパンであります。。久々にルブランの前に現れたルパンが狙う秘宝の守護者は、凶暴な大ミミズク。その弱点を示すという「mとd」という言葉の謎にルパンは挑むこととなります。

 …のですが、ここで登場する「弱点」の正体は、正直に申し上げてあまりに無理のありすぎる一方で、伏線が見え見えのため、予想もつきやすいもの。
 むしろ本作で注目すべきは、結末で語られる、ある「真実」でありましょう。これもまたあまりに豪快なアイディアではありますが、ルパンという人物の性質を踏まえたものであるとともに、作中でさりげなく示された謎への解答となっているのには感心いたしました。


 以上五篇、出来にムラがないわけではありませんが、しかしいずれもミステリとしての面白さとともに、題材となった人物、作品をきっちりと踏まえた上で新解釈を示してみせるという、二重三重の離れ業を行っているのには、敬意を表するしかありません。
 個人的には、前回も触れたとおり、意表をついたミステリであるとともに、作品世界の根本的な構造にまで踏み込んでみせた「忠臣蔵の密室」に特に感服した次第です。


「シャーロック・ホームズたちの冒険」(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの冒険

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2014.02.25

「シャーロック・ホームズたちの冒険」(その一) 有名人名探偵たちの饗宴

 SF、ホラー、あるいはダジャレの人(?)という印象の強い田中啓文ですが、デビュー作はミステリであり、近年は落語ミステリシリーズを発表するなど、ミステリにも造詣の深い作家。そんな作者が。様々な歴史上の有名人を探偵役に迎えた作品を集めた短編集であります。

 本書のタイトルは「シャーロック・ホームズたちの冒険」ですが、登場する有名人が皆ホームズ写しというわけではなく(というよりそれは一名のみで)、むしろ名探偵の代名詞としてホームズが冠されていると言うべきでしょうか。
 しかし、本書に登場する探偵たちは、ある意味ホームズ以上に個性的。有名人探偵ものというのは決して珍しいものではなく、このブログでも何作も取り上げてきましたが、しかしこれほど意外な顔ぶれはそうはありますまい。ここでは、収録された全五編を一つずつ取り上げましょう。


「「スマトラの大ネズミ」事件」
 ホームズがライヘンバッハの滝から生還した直後。ロンドンでは首切り殺人が続いていた。生首が消え失せ、あるいは悲鳴を上げたという奇怪な事件に挑むホームズだが…

 冒頭に収められたのは、その名探偵の代名詞、ホームズその人の活躍する事件。
 切り取られた首がいつの間にか消失した、あるいは暖炉に投げ込まれた首が炎の中で目を開いて絶叫した――そんな奇怪な現象が相次ぎ、さらに現場には「呪い」「スマトラの大ネズミ」などと奇怪な言葉が遺された怪事件にホームズが挑むのですが…

 この「スマトラの大ネズミ」は、ホームズファンにはお馴染みの「語られざる事件」。本作は、その事件が語られた草稿が発見された、という定番パターンを取っているのですが、そこで展開するのは、伝奇的…というよりホラー的な怪事件であります。

 その真相については、アンフェアと感じる方もいるかもしれませんが、しかしその背後にあるホワイダニットは、見事にミステリとしての合理性が感じられます。
 その上で、いかにも作者らしいグロと一種のダジャレをまぶし、さらにホームズ史を根底から覆しかねない「真実」を提示してみせるなど(個人的には途中で予想はつきましたが)、実にサービス満点で、そして作者ならではの本作。この短編集の幕開けに相応しい作品であります。


「忠臣蔵の密室」
 ついに吉良邸に討ち入った赤穂浪士。しかし炭小屋で見つかった吉良上野介は、すでに何者かに殺されていた。隠されたその事実を知った大石りくがたどり着いた真相とは。

 忠臣蔵を題材に、実に個性的で作者らしい二つの長編を発表している作者ですが、本作はそれに先立つ、そして輪をかけて個性的な短編です。
 何しろ、忠臣蔵の世界で密室ものを、それも大石内蔵助の妻・りくを探偵役とした安楽椅子探偵ものをやってのけたのですから、これは空前絶後と言うべきでしょう。

 その密室殺人の被害者はもちろん(?)吉良上野介。芝居でおなじみの炭小屋で発見された彼が、しかし既に刺殺されていたことから事件は幕を開け…る前に隠蔽されます。
 何しろ苦労を重ねた末の義挙のはずが、目指す相手は既に殺されていた、というのでは、浪士たちはいい笑いもの。自分たちが討ったことにして引き上げたものの、どうにも納得のいかない大石主税や原惣右衛門の手紙から、りくが真相を推理することになります。

 ここでりくが探偵役となるのは、物語の上では彼女が謎解き好きだったため…という説明がありますが、しかしその真は、彼女が討ち入りにある意味最も近いところにいながらも、しかし結局は局外者であった点によるのでしょう。

 彼女が手紙に記された状況のみで解き明かす吉良殺しの真相自体は面白くはあるものの、比較的あっさりしたものに感じられます。
 しかし同時に彼女は、この「忠臣蔵」という物語の中には、もう一つの殺しが存在することを解き明かすのであります。そしてそこで殺されたのは個人ではなく、この物語に巻き込まれた人々の「人間の尊厳」なのだと――

 いやはや、忠臣蔵を題材としたミステリ、いや忠臣蔵ものの中でも屈指の切れ味の作品でありましょう。まさしくこれぞ時代ミステリ、と言いたくなるような名品です。

 その一方で、エピローグもまた作者らしい脱力加減なのですが――これはまあ、初出がJ.D.カー生誕百周年記念アンソロジーであったということで。


 残る三編は、次回紹介いたします。


「シャーロック・ホームズたちの冒険」(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの冒険


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2014.02.24

3月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 寒い寒いと言っている間に早くも一年の1/6が過ぎ、気がつけば年度末…じゃなかった春も目前の3月。3月は特に文庫に関してちょっと驚くくらいの点数が刊行され、一体どうしたらよいのか嬉しい悲鳴があがりそうであります。ということで、2014年3月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 その文庫、まずは完全新作としては、おそらくは横浜が舞台であろう平谷美樹の新作「居留地同心・凌之介秘帳 小倫敦の幽霊」、そして今月も意外な作家を繰り出してくる廣済堂モノノケ文庫の友野詳「あやかし秘帖千槍組」にまず注目。

 そしてシリーズものの最新作としては、おそらくこれで第一部完であろう瀬川貴次「鬼舞 見習い陰陽師と漆黒の夜」、久々のシリーズ新作、高橋由太「もののけ本所深川事件帖 オサキと骸骨幽霊」、めでたく続編登場の朝松健「ひゅうどろ 大江戸妖怪事典」、こちらにも登場の平谷美樹「ゴミソの鐡次 調伏覚書 地獄観音」(第6巻という新刊情報サイトの表記は誤りだと思いますが)、一月おきというハイスピード刊行となった神護かずみ「石燕夜行 虚針の巻」――と、妖怪もの、ファンタジー色の強いものだけでもこれだけの点数。

 ここにさらに上田秀人「妾屋昼兵衛女帳面 遊郭狂奔」、風野真知雄「新・若さま同心徳川竜之助 乳児の星」に「どうせおいらは座敷牢 喧嘩旗本勝小吉事件帖」、さらに高橋三千綱「大江戸剣聖一心斎 魂を風に泳がせ」とベテランの作品が続くのですからたまりません。
 特に「大江戸剣聖一心斎」は、新作部分があることを期待しているのですが…さて。

 そして文庫化の方でも、荻原規子の平安ファンタジー「風神秘抄」に仁木英之描く快僧の冒険記「海遊記 義浄西征伝」と時代ファンタジーの佳品に加え、宮部みゆき「震える岩 霊験お初捕物控」、同月にシリーズ最新作も発売の輪渡颯介「古道具屋 皆塵堂」と江戸ホラーの良作も登場するのが嬉しいところです。


 さて、漫画の方は点数こそ少なめですが、気になる作品が並びます。
 何よりも気になるのは、先日二つ目の掲載誌が休刊となった皇なつき&小池一夫「夢源氏剣祭文」。単行本第1巻と第2巻が同時発売というのは大変嬉しいのですが、さて続きは…

 同時発売といえば、たなかかなこ「妖怪博士の明治怪奇教授録」も第2巻第3巻が同時発売ですが、こちらは残念ながらこれで完結。
 その他、いよいよ物語も本格的に動き出したせがわまさき&山田風太郎「十 忍法魔界転生」第4巻も楽しみです。

 そして新登場は志茂田景樹のあの怪作を日高建男が漫画化した「戦国の長縞GB軍」第1巻。最近、掲載誌の「コミック乱」は、かつての姉妹誌「ツインズ」的なバラエティの豊かさになりつつあるのですが、この作品などはその急先鋒でありましょう。



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2014.02.23

「水滸伝」第20話「妾宅で婆惜を殺める」

 さて、ドラマ「水滸伝」第20話は、前2回に引き続き、宋江と閻婆惜の物語。周囲の人々もも含めて、決定的にボタンを掛け違えてしまった二人の関係は、ついに悲劇的な結末を迎えることになります。

 雷横の賭場(…を持っているという設定なのですね、ドラマ版では。日本の岡っ引き的)で、閻婆惜が不義を働いているという男と出会った雷横と朱仝。男に金を掴ませて黙らせたという二人からそれを伝えられた宋江は、閻婆惜の家に足を向けるのですが…
 そこで彼が見たのは、どう見ても何かの合図であろう、窓に赤い布を出している閻婆惜の姿。しかしそこで踏み込むでもなく、黙って立ち去る途中、手にしていた土産の品を投げ捨てるというのが、またこの人らしいというか何というか。

 しかしその晩、密かに閻婆惜の家から抜け出した張文遠の前に立ち塞がったのは…朱仝と雷横! 問答無用で張文遠を引っ担いだ二人は、賭場の奥の、金を払わない男たちを処分してきたという部屋に引きずりこみ、彼を天井からぶら下げます。
 この脅しの前にあっさりと口を割った張文遠が、ペラペラと二人の関係を白状するのを壁越しに聴いていたのは宋江。

 どうするか問われた宋江が「今回は見逃す」と答えたのに意外な顔をした朱仝が、それでは命は取らない程度に痛めつけましょうというのに「任せる」と宋江が頷くというこのシーンはえらい怖い。
 処分云々は、張文遠を脅すための方便だと最初は思いましたが、この辺りの会話を見ていると、どうも本当だったんじゃないか…という気にもなってきます。そして何より、そういう物騒な会話を平然と交わす三人を見ていると、シチュエーションこそ違え、こういうことを普段からやってきたのかな、宋代の胥吏怖いな…と、妙なところで感心してしまいました。

 さて、この辺りの場面は全てドラマオリジナルの展開ですが、その後宋江の前に劉唐が現れて…というのは原典どおり。
 前々回は戸惑っていた晁蓋も結局頭領になったらしく、宋江(と朱仝&雷横)に百両持ってきたという劉唐に、やんわりと断りを述べる宋江は、しかし原典よりも説得力のある対応で、小心さよりもむしろ慎重さを感じさせる演出なのにはちょっと感心。

 しかし金を受け取らず梁山泊入りも断り、「地位や名誉を求めているわけではない」と言う宋江が、劉唐がではなにをと問い返したのには答えない(答えられない?)のも興味深い場面でありました。

 そして劉唐と別れた後、ついに閻婆惜の元に足を運ぶ宋江。彼は怒りを見せたり咎めたりすることなく、しかし離縁せざるを得ないと告げるのですが――しかし、全ては宋江の気を引くためであった閻婆惜にとっては彼が怒らないのもまたいらだちの種。
 涙ながらに自分の真情を訴える彼女の姿は間違いなく美しくも悲しく、そして「見知らぬ人は助けても自分には会いに来ない」という言葉が、痛切に響きます。

 それでも別れるという宋江に対し、閻婆惜は屋敷や家具、着物などは自分のものにさせてくれと言うのですが――原典では彼女の強欲さを示すこの言葉が、ここでは内容は同じながら、全く別の意味に聞こえるのには唸らされます。
「私が身に着けている服や使っている物はあなたが買ったけれど返さなくていいと」という言葉の切なさ、そしてその想いに気づくことなく肯んじた宋江に対する「あなたは本当の好漢だわ」という言葉の痛烈な皮肉たるや…

 そこで(別れるにしても)優しく抱きしめてやればよいものを、邪険に振り払って出て行く宋江。しかし劉唐が持ってきた手紙を閻婆惜の家に置き忘れるという大失態。
 ここで原典通りに彼女が見つけて、返す返さないの押し問答になるわけですが、しかしその内容が、原典は百両よこせ/いやないだったのが、こちらでは正妻にしてくれ/それ以外ならというのにまた驚かされます。

 しかし、その果てに待つものは原典と同じ――揉み合ううちに短刀で閻婆惜を刺してしまう宋江。ここで閻婆惜が最後の息で「構わないで逃げて」と、最後まで宋江のことを案じているのが泣かせます。


 前回の感想でも述べましたが、結果的には(表面的には)原典どおりの展開を描きながらも、しかしその内実はむしろ正反対というべき閻婆惜の「純愛」を描いたこの三回。
 単に原典をなぞるだけではない、このドラマ版なりの「水滸伝」との向き合い方が感じられた、見事な内容だったと思います。


 さて、閻婆惜を殺してしまった宋江は…というところで次回に続きます。


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2014.02.22

「真田幸村」 今よみがえる英雄のオリジン

 昨年から一部で話題を集めているパール文庫。渋いというのを通り越して意表を突いたラインナップのレーベルですが、その中で「真田幸村」が刊行されています。著者は大河内翠山、少年向け講談集が底本の一冊であります。

 パール文庫とは、これまで教科書ガイドや参考書などを出版している真珠書院が昨年夏に立ち上げた高校生向け小説レーベル。
 時代を超えて肩ひじ張らずに楽しめる娯楽小説、という趣旨なのですが、収録されているラインナップが、海野十三「海底大陸」、寺島柾史「怪奇人造島」、小酒井不木「少年科学探偵」などなど…いつの時代の高校生ですか、と申し上げたくなるほどなのであります。
 今の高校生が果たして喜んでくれるかは別として、しかし、既に絶版となって久しい名作の数々が――大半は青空文庫で読めるとはいえ――今風の装いで書店に並ぶというのは、何だか心躍るものがあるではありませんか。

 そんな中で現時点では唯一の時代ものである本作は、冒頭に述べたとおり、少年向け講談からの収録です。
 内容の方は、関ヶ原の戦の際の第二次上田合戦から、大坂夏の陣に至るまでの真田一党の活躍を描いたもの。

 同じ講談でも、だいぶ以前に読んだものでは幸村が単身敵陣に乗り込んで家康の首を狙うという無双っぷりでしたが、こちらの方は幸村はむしろ後ろに下がって軍師ぶりを発揮いたします。

 代わって活躍するのはご存じ猿飛佐助をはじめとする豪傑たち。
 佐助のほか、穴山小助、名和無理之助、根津甚八郎、望月主人、由利鎌之助、駒ヶ岳大任坊、三好清海入道、霧隠才蔵、大力角兵衛…と、現在でも馴染みのない顔ぶれが並びますが、十勇士という名称自体、終盤に唐突に一回出てくるだけで、本編にはほとんど登場しないのが面白い。
 真田十勇士は、確か今から百年ほど前に確立したものだと思いましたが、本作においてはその確立前の姿が見れるということでしょうか。

 また、十勇士のほかに活躍するのは、これもお馴染み幸村の子・大助。本作では恭順の使者を装って単身家康暗殺に向かうという大役を任されることになりますが、個人的に興味深かったのは、作中で、大助が後藤又兵衛に(精神的に)救われる場面があること。
 大助と又兵衛といえば、個人的には柴錬立川文庫での絡みが思い出されるのですが、あるいはこの辺りに源流があるのかしらん。
(ちなみに又兵衛豪傑、本作では真田一党以外では一番いい役をもらっている印象であります)


 と、内容もさることながら、本作はむしろ真田幸村と彼にまつわる物語の源流という観点から見ると面白いものがあります。
 考えてみれば幸村という人物自身、むしろ史実よりも講談がオリジンと言ってもよいように感じられる人物。言うまでもなく今でも大人気の幸村のオリジンに、若い層がこういう形で触れるのは、なかなかに面白いことではありますまいか。


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真田幸村 (パール文庫)


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 講談名作文庫 真田幸村

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2014.02.21

「宿命 蘭学塾幻遊堂青春記」 対比される生と死の世界、生と死の化身

 壬生浪士組主催の相撲大会に出かけた八重太は、そこで過去に多摩の道場で叩きのめされた沖田総司と出会ってしまった上、芹沢鴨とも因縁ができてしまう。後日、同門の泉の助言を無視して沖田に会いに出かけた八重太だが、沖田は行方不明に。不思議な予言に導かれて沖田を探す八重太の前に現れたのは…

 幕末の京を舞台とした、一風変わった学園青春時代小説「蘭学塾幻遊堂青春記」、待望の第三弾です。ひ弱ながら生真面目で負けん気の強い少年・水野八重太が、蘭学塾・玄遊堂に集う一癖もふた癖もある面々とともに、不可思議な事件に挑む本シリーズですが――今回登場するのは、あの新選組であります。

 時は文久三年、新選組がまだ壬生浪士組と言われていた頃――同門の面々に引っ張られて浪士組主催の相撲興行に出かけた八重太が出会ったのは、彼が一番会いたくなかった人物・沖田総司。多摩出身の八重太は、実は一日だけ天然理心流に入門した際、総司にこっぴどく叩きのめされていたのであります。
 そして慌てて逃げ出す途中、八重太がぶつかってしまったのは、こともあろうに芹沢鴨。総司のおかげで事なきを得たものの、八重太は、前作の事件で苦しめられたあの奇怪な赤い煙が、芹沢の刀からも立ち上っているのを見てしまうのでした。

 そんな八重太に、二度と浪士組と関わるなと忠告したのは、同門でいつも塾内でからくりをいじっている変わり者の泉。しかしその言葉に従わず、沖田からの呼び出しに応えて出かけた彼は、沖田が彼と会う前に行方不明になってしまったことを知ります。
 忠告に従わず泉を怒らせてしまったことを後悔しながらも沖田を探す八重太は、前作同様、謎めいた姿で現れる女占い師にの予言に導かれ、伏見、そして鞍馬に向かうのですが――彼の前に現れたのは、あの芹沢鴨。
 図らずも芹沢と行動を共にすることになった八重太は、悪夢めいた世界の中で、友の意外な素顔を知ることとなります。


 というわけで、今回ついに新選組が登場した本シリーズ。時代的にも場所的にも全く重なりますし、何よりも作者が大の新選組ファンであることを考えれば、いつ登場してもおかしくなかったと言えるでしょう。
(作者は「小説現代」誌上に新選組を題材にした短編連作を発表していますが、あちらに比べるとある意味直球の描写なのも面白い)

 しかし個人的にいささか気になっていたのは、八重太をはじめとする玄遊堂の面々が、新選組に食われるのではないか、という点。有名人や大事件が数多く登場する幕末では、実際の史実に虚構が食われ、存在感を失ってしまう作品が少なくない故の心配でしたが――もちろんそれが私の浅はかな杞憂であったことは言うまでもありません。

 それは作者のキャラクター描写の巧みさや物語展開の面白さはもちろんのこと、本作における新選組に、ある必然性が感じられるためであります。――玄遊堂と対になる存在という意味が。

 かたや私立の蘭学塾、かたや幕府の戦闘集団――一見、大きく異なる立場にある二つの世界ですが、しかし時代と場所を同じくし、そして何より、個性的な若者たちが、青雲の志に燃えていたという共通点を持ちます。
 私は以前から、新選組の一種の「学園」(もの)的な性格に注目していたのですが、本作での立ち位置は、その「学園」たる玄遊堂と裏返しの世界として感じられるのです。

 その二つの世界をそれぞれ一言で表すとすれば、それは「生」と「死」でありましょう。
 そしてその対立軸は、それぞれの世界でも存在します。八重太は生の世界の中の生の、一方で名前は伏せますが今回のメインとなるある人物は生の世界の中の(多分に逆説的な意味ではありますが)死の化身として――
 そして沖田総司(彼は八重太とは文と武と対局にありつつも、多摩出身で、婿養子をとった強い姉がいるという共通点を持ちます)は死の世界の中の生の、芹沢鴨は死の世界の中の死の化身として――それぞれ対立し対応する形で存在しているのです。

 そんな本作の中で描かれているのはもちろん、生と死という対極の世界。しかしそれだけではなく、同時に描かれるのは、そんな対極の相手を結びつけ世界の壁を超える、人と人との関係性、強き想いの姿であり――そしてそれは、青春というものの一つの表れなのであります。


 一点だけ難を言えば、予言や幻視を便利に使いすぎているのが――特にラストでの八重太の決意を思えば――いささか気になるところではあります。

 まだまだ物語は謎も多く、幕末の動乱もこれからが本番。その中で予言や幻視に負けることなく、確たる未来を現実のものとする少年たちの姿に期待しましょう。


「宿命 蘭学塾幻遊堂青春記」(小松エメル 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon


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2014.02.20

「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は

 ドラマ版第二弾の製作も発表され、まだまだ快調の「信長のシェフ」…と言いつつ、前の巻から信玄のシェフ状態のケン。さらに信玄の軍勢は西に向かい。迎え撃つ徳川とあの場所で対峙することに…

 信長快進撃の隠れた立役者として目を付けられ、信玄から暗殺指令が出されたケン。得意の料理で何とか命を繋いだものの、今度は甲斐に連れ去られ、逆に信玄のために料理を作ることになります。
 それを知った信長からは餞別にと包丁を贈られ、そして一緒にさらわれてきた夏は勝頼に気に入られ、夜伽を命じられることに――

 と、地味に(?)大変な事件が続くケンですが、信長からの包丁にある決意を抱き、信玄、そして勝頼と対峙。夏と自分自身の活路を見出すのですが…しかしまだまだケンと信玄の因縁は続きます。
 自らの死期が近いと知った信玄は信長を倒しての入京を決意、その途上にあるのは家康の浜松城。そう、ここで物語は家康の生涯に残る合戦である三方ヶ原の戦に突入する事となります。

 この時、家康のもとに身を寄せていたケンは、果たして記憶が戻ってきた結果か、はたまた有名な合戦として知識があったか、この戦いの結果を知っているのですが――しかし、それを周囲に語るわけにはいきません。
 唯一歴史の流れを知る主人公が、それ故に様々な葛藤を抱き、そしてその流れの中で自分自身の存在の意味に悩むというのは、タイムトラベルものの定番でありますが、この巻でのケンは――武田家にいた時の葛藤も含めて――まさにそれ。

 家康が大敗することが知っている、自分の周囲にいる人々の多くが命を落とすこともわかっている。そんな中で何ができるのか? 自分自身の運命もわからというのに…
 しかしそんな中で自分にできることをするのがケンの戦い。果たして彼が家康に出した料理とは?


 …実は本作は、大まじめに見えて時々とんでもない変化球が飛び出してくるのですが、ここでは久々にそれが炸裂。
 まさか、三方ヶ原での家康の、あの不名誉極まりない逸話に(言い訳として)登場するあの素材が、こんな形で使われるとは――!
 戦国ファンが見れば爆笑すること必至の展開なのですが、しかしそこからきっちりイイ話に繋がっていくのがまた本作らしいところ。変格の料理ものとしての面白さはもちろんですが、歴史ものとして見ても本作の逸話等の消化の仕方は実に面白いのであります。

 歴史ものとしてと言えば、武田側も徳川側も新キャラが多かったこの辺りのエピソードですが、なかなか味のある人物造形のキャラが少なくなかったのも印象的。
 特にあっけらかんと物騒なことを口走る徳川勢は、ああなるほど…と思わされる描写で、この辺りも歴史ものとしての本作の魅力の一端でありましょう。


 閑話休題、巨星が墜ち、そしてケンも帰ってきていよいよ始まるであろう信長の快進撃。今回の冒険を経験したケンが、いかに信長を支えていくのか…この先、事件も出来事も多いだけに、楽しみは尽きません。


「信長のシェフ」第9巻(梶川卓郎&西村ミツル 芳文社コミックス) Amazon


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2014.02.19

「水滸伝」第18話「宋江 閻婆惜を娶る」/第19話「張文遠 情により烏龍院に陥る」

 実に半年ほど間が空いてしまい、その間に放送が終了してしまったりして本当にお恥ずかしいのですが、久々に取り上げますドラマ版「水滸伝」。今回は宋江と閻婆惜のくだり――原典では色々と後味の悪いお話でしたが、こちらではちょっと驚くようなアレンジが行われています。

 前回のラストで王倫を斬った林冲が、原典どおりの展開を経て晁蓋を首領に推し、晁蓋は困惑顔――という冒頭部分以外、全て宋江側の物語が描かれる第18話・第19話。

 こちらも原典どおり、かつて困っていたところを助けた閻婆や仲人のおばさんから、美貌の娘・閻婆惜を妻にするよう、熱心に勧められる宋江なのですが――
 はっきりと異なるのは、原典では母親が先走り、本人は全くその気がなかったのに対し、このドラマ版では、閻婆惜も大いに宋江を慕っているという点でありましょう。

 原典ファンであれば「ウソでえ」と言いそうな展開ですが、こちらの宋江はウン城県では知県に次ぐ有力者(ということは実質県政を動かしていることに…)と言われているほどの人物であり、原典の描写に比べれば風采もそれほど悪くない人物。
 そして何よりも義侠心に富んだ人物とくれば、なるほど、若いうちから苦労してきた閻婆惜が心を寄せるのもわからないでもありません。

 この閻婆惜、登場した時は気難しげで宋江にも冷たいように見えて、実はそれは好意の裏返し。そんな純情なようでいて、いざとなればとんでもない行動力を発揮する(一度仲人が断られたとみるや、「自分が自分の仲人になる」と言って宋江に迫ったり)彼女の想いが通じた――というより宋江的には退路を断たれて――めでたく二人は結ばれた、かに見えたのですが…

 ここで(いきなり朱仝と雷横が借りてきた)新居に移る二人ですが、なんとここで宋江が、契りは契りでも閻婆惜と義兄妹の契りを結ぼうと言い出すのには、見ているこちらが愕然とするような展開。
 女性に迫られて義兄弟といえば、原典での燕青と李師師が思い出されますが、多分に浮ついたところのあったあちらにくらべ、本作の場合は、閻婆惜は本気の本気。
 すでに妻に先立たれたという設定の宋江にとっては、もう結婚する気はないということなのですが、それにしても、顔は笑いながらも目に涙を浮かべて宋江に妹としての礼を取る閻婆惜の姿には、と胸を衝かれました。

 中国ドラマにしてはかなり艶っぽく迫った閻婆惜と一夜は過ごしたものの(ダメだこの人…)、その後は公務多忙を理由に足を遠ざける宋江。
 何よりもキツいのは、そんな宋江が、閻婆惜のねだる着物や家具は惜しみなく買い与えていることで――宋江にしてみれば当然のことなのかもしれませんが、しかし閻婆惜にとってみれば、モノさえあてがっておけば満足だろうと、一個の人間として扱われていないことに等しい扱いでありましょう。
(一人で囲碁を打っていた宋江に、私がお相手しましょうと閻婆惜が加わろうとするや、いきなり碁石を崩すシーンもキツい)

 作中で明確に彼女が語っているように、彼女が欲しかったものは(原典とは違い)金ではなく心。たとえ側女であっても、せめて自分のところにいる時は愛して欲しい――というのはエゴかもしれませんが、しかし一個の人間としては当然の感情でありましょう。

 閻婆惜にとってさらに悲劇だったのは、一番の理解者になるはずの母親が、「所詮男女の間はこんなもの」と完全に割り切っていた人物であること。そんな彼女が娘の心中を忖度できるはずもなく、ますます閻婆惜の孤独感は募っていきます。

 そして更なる悲劇は、生真面目で、小心で、しかし彼女に対して一途な男――宋江の部下である張文遠が彼女の前に現れたこと。原典では色好みの男だった彼ですが、本作ではある意味純情すぎる男として描かれ、そしてそれが自棄になっていた閻婆惜の心を動かすことに――

 結果としてみれば、原典どおり閻婆惜は張文遠と浮気することになったのですが、しかしそこに至るまでに描かれたのは――やはり表面上は原典どおりであるものの――人の心と心の掛け違いが生んだ一個の地獄絵図であります。
 私も色々な水滸伝を見て参りましたが、ここまで閻婆惜に同情できる、あるいは彼女の行動に納得できるのは初めてであります。


 とはいうものの、彼女の行動がいつまでも隠しておけるはずもなく…というところで次回に続きます。


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2014.02.18

「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第5巻 すれ違う近代人の感情と理性

 女学校に通うじゃじゃ馬娘・菊乃と、彼女を主君と仰ぐことになったリストラで失業中の忍者・清十郎の二人のおかしな主従関係から明治という時代を浮き彫りにする「明治失業忍法帖」、待望の新刊であります。ようやく前の巻で両思いになったように見えたものの、まだまだ素直になれない二人の関係は…

 女学校に通う条件として、婚約を――その実は主従の雇用契約を――清十郎と結ぶことになった菊乃。もちろん婚約はあくまでも方便、偽りの約束のはずが、一筋縄ではいかないひねくれ者の、しかし底が知れない清十郎に、彼女は徐々に惹かれていくことになります。
 「進歩的」な自分と、「女の子」としての自分の間でなかなか素直になれなかった菊乃が、ようやく自分の中で気持ちに折り合いをつけ、想いを告げたと思ったら、今度は清十郎の方が、自分に愛される資格があるのかと揺れに揺れることに…と、二人の関係は一新一進一退であります。

 これまでも述べてきたように、そんな二人の関係は、ある意味ラブコメの定番パターンではあります。しかし本作が真に優れているのは、そうした関係を単純に明治という舞台背景にはめ込んでいるだけではなく、二人の姿が明治という時代、近代という時代の諸相を示すように、時代背景に落とし込み、一体化させている点でありましょう。

 正しいことは正しいと信じたい、自分の想いに正直でありたい。そんな菊乃の姿が、近代人の感情の部分を――
 常に合理的な判断を下し、菊乃の姿に冷笑的に接しながらも、彼女の姿にとまどいと魅力を覚える。そんな清十郎の姿が、近代人の理性の部分を――
 そうくっきりと分けてしまうのは必ずしも正しくない見方であり、それほど単純に割り切れるものではないのは承知の上ではありますが、二人の関係からは、近代人の、そんな人々が暮らした明治という時代のある断面が見て取れるように感じるのであります。


 と、そうした見方を抜きにしても十分に面白い本作。この巻では全部で3つのエピソードが収録されており、どれもそれぞれに趣向がしめされているのですが、特に印象に残ったのは最初のエピソードです。
 東京を騒がす連続猟奇殺人事件が縦糸にと、菊乃が街で出会った不幸な少女との交流が横糸に――
 一見全く関係ない二つの流れが絡み合い、意外かつやるせない結末へとなだれ込んでいくドラマ造りの妙(不幸な他者へ向けられる善意の難しさ、という重い題材の料理の仕方も巧み)はもちろんのこと、時代ミステリとしても本作は実にうまい。

 連続する殺人事件(さらに菊乃も犯人に狙われることに)の被害者に共通点はあるのか――その謎解きはまさにこの時代ならではのものでありますし、犯人の存在を、あるモノを手がかりに清十郎が推理するという展開には、唸らされるばかりであります。
(特に後者など、同時代を扱った作品でもこれまでにない着眼点ではありますまいか)

 元々本作はミステリ的趣向が強めの作品ではありましたが、今回は特にその印象が強く、この部分を期待した読者も満足できるものではないかと感じます。


 そして。王子山の花見を舞台に異文化コミュニケーションの難しさがコミカルに描かれた2つ目のエピソードに続き、ラストには前の巻に登場した謎の陸軍士官・楡が再び登場。
 清十郎の素性を執拗に探り、自らも伊賀の忍術を知る楡と清十郎が、菊乃を間に挟んで頭脳対決を繰り広げるという展開だけでも非常に面白いのですが、その先に、ある意味本作の根幹に関わる謎が浮かび上がるのには、全くもって驚かされました。

 その詳細については伏せますが、旧幕府側の武士(の一部)が明治政府でどのように遇されたかを思えば、清十郎の存在にはある種の不自然さがあることは否めません(さらにそれが当時の時代背景、そして楡の行動理由に繋がるのも見事)。
 しかしそうだとしたら、何故清十郎はここにこうしているのか――物語の基本設定として看過していたものが、いきなり大きく立ち上がってきたのには痺れるばかりです。


 ラブコメとして、明治という時代を生きた人間を描くドラマとして、時代ミステリとして――多くの顔、多くの魅力を持つ物語に、また大いに気になる要素が加わったものであります。


「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第5巻(杉山小弥花 秋田書店ボニータCOMICSα) Amazon
明治失業忍法帖 5―じゃじゃ馬主君とリストラ忍者 (ボニータコミックスα)


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2014.02.17

「妖草師」 常世に生まれ、人の心に育つ妖しの草に挑め

 絵師・池大雅の家に現れた奇怪な植物――妖草。それを駆除したのは、妖草を駆逐する妖草師・庭田重奈雄だった。しかし事件は始まりに過ぎず、謎の尼僧の暗躍により、妖草による事件が次々と起こる。敵の狙いが紀州藩にあることを知る重奈雄だが、そこには彼にとってかけがえのない女性がいた…

 先日「読楽」誌に短編「伊藤若冲、妖草師に遭う」が掲載された武内涼の「妖草師」の、いわば本編とも言うべき長編が発売となりました。

 「妖草」とは、常世――冥界や魔界を含む向こう側――に育つ、異界の草花。必ずしも全てが有害ではないものの、一つこの世に育った妖草は他の妖草を招き寄せ、やがてはこの世に災厄をもたらす存在であります。
 そしてこの妖草が苗床とするのは、人の心――強い想い、なかんづくネガティブな感情に反応して妖草はこの世に現れ、育っていくのです。

 これに対し、その妖草を狩る…いや刈る者が、妖草師という存在。その正体を見抜き、それにふさわしい対処を行い、さらには原因となる人の心の在り方を突き止める者――本作の主人公である、実家から放逐された公家・庭田重奈雄こそが、その妖草師なのです。

 本作は、その妖草師の登場編ともいうべき一作であります。
 冒頭――映画でいえばアバンタイトルとも言うべき部分で、池大雅の家に突如蔓延った妖草と対峙、駆除し、その原因たる人の心の存在を解き明かしてみせたのはほんの序の口。
(ちなみにこの冒頭から、重奈雄の押し掛け相棒的に振る舞うのが曾我蕭伯というのがまた面白い)

 大雅の家に生えた妖草を持ち去った尼僧がいる、という報に感じた嫌な予感が当たったか、京洛で起きる妖草絡みの怪事件に巻き込まれた重奈雄、大雅、蕭伯、さらに重奈雄を慕う池坊家の娘・椿は、次々と現れる奇怪な妖草と対決することになります。
 さらに事件は江戸の紀州藩邸にまで広がっていくのですが――そこで彼を待っているのは、かつて彼が恋い焦がれ、道を踏み外しかけた女性。
 かくて重奈雄の戦いは、妖草師の使命だけではなく、かつての自分自身と向き合うものとなるのですが…


 さて、作者の作品においては、これまでも植物がしばしば登場してきました。時に文字通り背景として、時に主人公たちの味方あるいは敵として。しかし本作において大きく異なると感じられるのは、本作に登場する植物たちの多くが、人の存在と関わっている点であります。

 池坊家の跡取りとして育てられた椿はもちろんのこと、重奈雄の実家も、立花で知られた家柄。そんな彼らの扱う生け花は、素材は自然のものとはいえ、人の手が介在したものであります。
 そして妖草は、その由来自体は常世のものではありますが、上で述べたように人の心を苗床とするもの。人の存在があって初めて、現世に芽吹き得るものなのです。

 花の道と妖草、現世の植物と常世の植物が、人間の存在を挟んで対比されている点に、個人的に大いに興味を覚えた次第です。

 さらに言えば、そしてこの対比関係は、さらに池大雅や曾我蕭白といった絵師、芸術家の存在で、さらに自然の美と人工の美という対比がなされているように感じられるのですが…


 閑話休題、そうした構造の面白さもありますが、しかし最大の魅力は、これまでの作者の作品から、妖草という要素を加えることによってさらに切れ味を増したアクション描写でしょう。妖草を操るのは敵だけではなく、妖草を以て妖草を制するために、重奈雄も妖草を操るのであります。
 この妖草合わせバトルの面白さに加えて、さらにラストでは、伝奇時代劇史上でも屈指の植物怪獣との対決が…(そもそも植物怪獣自体が稀少なのですが)

 と、題材のユニークさ、アクション描写、ドラマ性、どれをとっても本作ならではの魅力に溢れた本作。先に述べたとおり短編も執筆されていることもあり、これから先のシリーズ展開に大いに期待しているところです。


「妖草師」(武内涼 徳間文庫) Amazon
妖草師 (徳間文庫)


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2014.02.16

「妖怪ぞろぞろ俳句の本」 妖怪と俳句に見る人間と自然の関わり

 今回は、直接時代ものというわけではありませんが、江戸時代の文化に関連したユニークな児童書をご紹介。妖怪や神仏に関する俳句ばかりを集めた、カラフルで楽しい絵本であります。

 「妖怪・動物」と「鬼神・超人」の上下巻に分かれた本書は、タイトルどおりにそれぞれ25句の俳句を収録し、その句と、その題材となった妖怪神仏の解説を掲載したもの。
 見開きで一つの句を収録し、そこにカラーのイラストが付されているのも、目に楽しいところです。

 さて、そもそも本書のコンセプトたる、妖怪と俳句の取り合わせですが、果たしてそれはアリなのか、と疑問に思われる向きもあるかもしれません。
 しかし本書を見るまでもなく、妖怪を題材とした俳句は存外に多いのであります。特に妖怪を題材にした俳句が多いのは与謝蕪村ですが、蕪村はそもそもが妖怪好きであったらしく、現在は残念ながら散逸しているものの、「蕪村妖怪絵巻」として知られる自筆の絵巻をものしているくらいなのですから…(ちなみに折口真喜子「踊る猫」は、そんな蕪村を主人公とした短編集です)

 そして何よりも、本書は上巻の冒頭で、俳句と妖怪の取り合わせが、それほど奇妙なものではないことを、上巻の冒頭で極めて明確に説明します。
 すなわち日本では「自然との関わり方」として「技術ではなく、自分たちの意識を変えることで、理解できない不思議なことや自然界の恐怖をやらわげ」てきたのが「妖怪」であると――そして一方で自然の感動を詠んだのが俳句であるならば、ともに人間の自然との対面の仕方として、等しいものがあるのだと。

 なるほど、大いに納得できるではありませんか。


 そんな本書の五十句の俳句のうち、個人的に特に印象に残ったものを挙げれば――
「手をうてば木魂に明る夏の月」松尾芭蕉
「みのむしや秋ひだるしと鳴なめり」与謝蕪村
「陽炎や猫にもたかる歩行神」小林一茶
「秋たつや何におどろく陰陽師」与謝蕪村

 うち、何故ミノムシが、と思われるかもしれませんが、ミノムシは鬼の父親から生まれた子という伝承が「枕草子」などにあるとのこと。恥ずかしながら私はこの話を知らなかったのですが、いや、なかなか勉強になる(?)ものです。


 最後になりますが、本書の挿絵を担当しているのは山口マオ。二本足で歩く猫とも人ともつかぬ不思議な「マオ猫」の生みの親、と言えばご存じの方も多いでしょう。
 本書のイラストも、あの独特の、ユーモラスでいてどこかシュールな感覚で、妖怪と俳句の世界を切り出すという難事を軽々とクリアしています。
(そしてほとんど挿絵で登場しているマオ猫)


 パラパラとめくってみて、感心したりクスッとしたり――気軽に読める、しかしなかなかに内容の濃い絵本であります。


「妖怪ぞろぞろ俳句の本」(古舘綾子&山口マオ 童心社) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
妖怪ぞろぞろ俳句の本〈上〉妖怪・動物妖怪ぞろぞろ俳句の本〈下〉鬼神・超人

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2014.02.15

「長屋の神さま」 人情と神情が交わるところに

 奥に小さな祠がある甚兵衛長屋の一番奥の部屋に暮らす青年・祥太夫には秘密があった。実は彼は祠に祀られた神様、犬猫に化けた狛犬と獅子とともに人々を見守っていたのだ。しかし参る者もない祠は取り壊し寸前、何とか評判を上げようと奮闘する祥太夫だが、彼の神通力はどうにも頼りなく…

 今月続編が発売されたばかりの、相当にユニークな人情ものであります。が、このブログで取り上げるからにはただの人情ものではありません。
 何しろ主人公は正真正銘の神様。タイトル通り、長屋に住む神様が主人公なのですが…

 そんな本作の舞台となるのは、神田の裏長屋。決して豊かではないけれども、人情豊かな人々が肩を寄せ合い、賑やかに暮らす長屋――とくれば、絵に描いたような時代ものの裏長屋ですが、この長屋には、小さな祠がある。
 というより祠の周りに長屋ができたのですが、その祠のすぐ脇の部屋に住むのが、本作の主人公であり、その祠に祀られている神様・祥太夫なのであります。

 元々は京の八幡様の末っ子の彼は、父の言いつけで江戸開府以前からこの地に住まい、人々を見守ってきた存在。総髪に白い狩衣に身を包み、おっとりと京言葉を喋る容姿端麗な彼がまさか神様だと思わず、周囲の人々は訳ありのお公家さんかなにかだと考えております。
 本人も至ってお人好しで呑気な質の祥太夫は、黒犬の黒、茶寅猫の寅――実は彼に仕える狛犬と獅子――とともに、楽しく暮らしていたのですが…

 そこに降ってわいたのが、祠を壊して長屋を建て増ししてしまおうという話。参拝する者も滅多にいないような祠だから…というわけですが、もちろん祥太夫たちにとってはたまったものではありません。
 あわてて参拝する者の願いを叶え、御利益のある祠として周囲に認めさせようとする祥太夫ですが――しかし彼は神様としての実力は今一つ。効き目の怪しい神通力を駆使しつつ、彼の悪戦苦闘が始まる…というお話であります。

 本作を構成するエピソードは全部で三つ。
 過剰なダイエットを始めた大家の娘を思いとどませようとする「祠の危機」、ふとしたことから意気投合した大道芸人の意外な素性を描く「丹波の熊」、蔵奉行の手代に仕える娘の切ない願いを叶えようと祥太夫が奔走する「天泣」…
 いずれも、内容的には裏長屋もの、人情ものの定番パターンのお話なのですが、その中に神様を投入することで――「神様もの」のパターンを加えることで――一気に普通でない物語になってしまうのがなんとも楽しい。

 何しろ祥太夫は長いこと人の間で暮らしている割には浮き世離れ(当たり前?)したお人好しで、神通力を使えばすぐにへたばってしまうという、全能とはほど遠いていたらく。
 そんな頼りない神様の祥太夫が、助平でお調子者の黒、しっかり者で口やかましい寅とともに奔走する姿は、大変な本人には本当に申し訳ないのですが、思わず見ていて笑顔になってしまうのであります。

 もっとも、いかに頼りないとはいえ、人知を超えた力の持ち主だけあって、あまりにその力が便利に使われるきらいはあります。
 特に「丹波の熊」など、あまりにも身も蓋もない結末に驚かされたのですが、ゲストキャラの造形や祥太夫との交流などはよくできていただけに、いささかもったいなく感じました。(ちなみに丹波の荒熊というのは、体に墨を塗って熊のふりをするという、大道芸の中でももっとも芸のないといわれる代物です)

 他の二編も方向性としては同様で、この辺りは賛否分かれるかもしれませんが、しかし個人的にそれでもいいかな、と思わされてしまったのは、何しろ神様だから仕方ない――というのは半分冗談として、そこに至るまでの祥太夫の行動という課程に、納得いくものがあるからにほかなりません。

 神様として、自分を頼る善男善女を何とか助けたい――その想いと(それなりに)力はあっても、さてそれではどうすれば彼らを助けることができるのか。
 ある意味単純明快な祥太夫にとっては人の想いは複雑怪奇、良かれと思ってしたことが必ずしもその通りとならず、途方に暮れることもしばしばであります。

 本作は、そんな彼が手探りで人情というものを知っていく物語。そしてその果てに神通力があるのであって――それならば、いささか便利すぎても、まずは納得がいくというものであります。

 人情と神情(?)が交わるところに生まれる、おかしくも心温まる物語を綴った本作。こんな神様が見守っているかも…と想像するだけでちょっと楽しくなる、そんな作品です。


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長屋の神さま (学研M文庫)

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2014.02.14

「義経になった男 1 三人の義経」 義経たちと奥州平泉の精神と

 俘囚と呼ばれ近江に暮らす蝦夷のシレトコロは、三条の橘司信高なる男によって奥羽に連れて行かれる。橘司はある目的のため、源氏の血筋――源義経を奥州に迎えようとしていた。義経の影武者として選ばれ、シレトコロから沙棗と名を変えた彼の目に映った義経は複雑な人格の持ち主だった…

 昨年の大活躍に見られるように、いまや斬新な作品を次々と発表する時代小説家としての地位を固めたと感じられる平谷美樹ですが、その初時代小説が、「義経になった男」です。
 作者の作品の多くに見られるのは、東北から中央を見る眼差し、理想郷としての平泉の存在といった要素ですが、それらは初時代小説の時点で既に存在――というより作品の中心となって――いるのであります。

 さて、その本作の主人公となるのは、タイトルにあるとおり「義経になった男」であり、全4巻の第1巻である本作「三人の義経」にある三人のうちの一人、源義経の影武者であり、蝦夷の生まれである少年・沙棗(シレトコロ)。
 朝廷の異民族対策の一環として近江に強制移住させられた蝦夷=俘囚として、周囲からの蔑みの目と、そしてそれに逆らわない家族の態度に強い反発を抱いていた彼が、大商人・橘司信高と出会ったことから、運命は大きく動き始めることとなります。

 後世に金売り吉次として知られる橘司信高。本作において彼は、藤原氏と奥州鍛冶の血を引き、この国の支配体制を根こそぎ転覆するという巨大な目的のために暗躍する、一種の怪人として描かれます。
 時あたかも平清盛の下、平氏が栄華の絶頂を極めていた頃。橘司は現在の権力者のカウンターとして、源氏の血筋を奥州に引き込み、それを旗印に戦いを始めようとしていたのであります。
 そのためのコマの一つ、義経の影武者として選ばれたのがシレトコロなのですが――

 そして、本作のもう一人の主人公として登場するのが、他ならぬ義経その人。
 世に知られる通り、鞍馬山に預けられた義経は、弁慶ら悪僧を味方につけ、やがて橘司の手引きで平泉を訪れるのですが…彼のキャラクターがまた一筋縄ではいきません。

 武術・体術・知謀に優れた生まれながらの武人でありつつも、戦いに勝つためであれば手段を選ばない冷徹さ、沙棗を蝦夷風情とあからさまに見下す傲慢さを持つ義経。
 しかしその一方で彼は、父を知らず、母に裏切られた過去から肉親の情に飢え、まだ見ぬ兄・頼朝に対して、ほとんど信仰に近い敬慕の念を抱いているのであります。

 沙棗は義経の態度に大いに反感を抱きつつも、その複雑なキャラクターに惹かれ、不思議な主従関係を結んでいくのであります。


 そんな二人の姿(もう一人の影武者が存在するのですが、本作の時点では影が薄いのが残念)を通じて描かれる「義経になった男」という作品は、誰もがよく知る義経の物語を、その外枠はきっちりと維持した上で、しかし完全に新しい物語として再構成する試みと言えるでしょう。
 そしてその舞台――あるいは精神的バックボーン――となるのは、奥州、特に平泉であります。

 奥州藤原氏の下、蝦夷も和人もない、侍も農民もない、当時としては破格の平等さを実現していた平泉。沙棗と義経は、半ば異邦人でありつつも、しかしそこで暮らすうちに、奥州の、平泉の精神性を身につけ、それを通じて物語と向き合っていくこととなります。
(そしてその奥州観が、後の「風の王国」「藪の奥」に繋がっていくことは言うまでもありません)

 もちろん、奥州平泉が単なる理想郷として描かれるわけではありません。
 奥州を戦火に包んでも自分の念願を果たそうとする橘司、義経の存在が奥州に滅びをもたらすことを知りつつも、その平等の精神から彼を受け入れる泰衡――奥州の人々、特に彼ら二人の存在は、奥州もまた、悩める人々の暮らす地であることを象徴しているといえるでしょう。


 そして作中の時間の流れは想像以上に早く流れ、本作のラストで早くも屋島の戦直前といったところ。
 この先に義経を待つものは歴史が証明する通りではありますが――それを沙棗の存在がどのように塗り替えていくのか。続きも近日中に紹介しましょう。

「義経になった男 1 三人の義経」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
義経になった男(一)三人の義経 (ハルキ文庫 ひ 7-3 時代小説文庫)

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2014.02.13

「天涯の楽土」 神から人へ、少年から大人へ

 紀元前一世紀の久慈(九州)、津櫛邦の王の軍に攻められた豊邦の少年・隼人は、奴隷として津櫛に連行される。そこで少年剣奴・鷹士と出会った隼人は、彼の冷徹な態度に反発するが、逆に幾度となく助けられることとなる。そして奇しき運命から、隼人と鷹士は久慈の十二神宝を集める旅に出ることに…

 第4回野性時代フロンティア文学賞を受賞した、古代日本を舞台としたファンタジーの快作であります。
 舞台となるのは後に九州と呼ばれることとなる地、久慈。久慈を構成する邦の一つである豊邦で平和に暮らしていた少年・隼人の里を、津櫛邦の兵が襲い、里が焼かれ、場面から、この物語は動き出すこととなります。

 両親たちの安否もしれぬまま、子供たちだけ集められ、奴隷として連行される隼人たち。彼は、自分たちを連行するさほど年の変わらぬ、しかし大人顔負けの戦闘力を見せる剣奴(上級の戦闘奴隷と言うべきでしょうか)の鷹士の冷たい態度に反感を抱くのですが…

 しかし、連行された先の邑で待ち受けていた雑奴としての辛い毎日の中、隼人を何くれとなく――しかしそれが何かの間違いだったかのように冷たい態度で――助ける鷹士に、不思議な興味を抱くようになっていく隼人。
 やがて鷹士専属の雑奴となった隼人は、彼とともに邦の姫や神官を守って旅することになるのですが――その一行が襲われ、攫われた姫たちを追ううちに、彼らは久慈を巡る状況が想像以上に複雑であることを否応なしに知ることになります。

 そしてそれが、実は自分の運命とも密接に関わっていたことを知る隼人。そして鷹士もまた――


 我々が日本史を学ぶ時、初めて個人名が登場するのは、おそらくは紀元3世紀の卑弥呼でありましょう。逆に言えば、それ以前は誰が何をやっていたのか、具体的なイメージで掴めない時代。
 時代区分でいえば弥生時代、各地に国の卵ともいうべき集団が生まれ、そして舞台となる久慈(九州)では鉄器が使われるようになった時代…という把握の仕方が、やっとであります。

 本作はそんな曖昧模糊とした印象すら受ける時代を舞台とした作品でありますが――その舞台設定を非常に効果的に用いていることに驚かされます。

 それまでは、神秘的な力を秘めた十二の神宝を拝し、神意の下に平和に暮らしていた久慈の人々。しかし神意に依らず、人の力――武力を以て久慈を統一せんとする津櫛邦の登場により、久慈は大きく揺らぎ、隼人や鷹士らはその中に巻き込まれていくことになるのであります。
 そう、本作で描かれるのは、神の時代から人(の王)の時代へと移り変わっていく、まさに過渡期の物語。神と直接繋がっていた人々が、望むと望まざるとに関わらずそれから切り離され、人の手による身分が、社会秩序が固定化していく時代の物語なのであり…隼人や鷹士が真に対峙するものは、この巨大なパラダイムシフトなのです。

 しかし本作はそれに留まりません。その神から人への物語にそのまま重なって描かれるのは、少年から大人への物語――自分たちが背負っているものを知らずにいた少年たちが、その存在を知り、自分たちと世界の繋がりを自覚した上で、新たな一歩を踏み出す姿が、瑞々しく描かれるのであります。

 本作の最大の魅力は、遠い過去における巨大な時代の移り変わりの物語と、遠い過去に生きた――しかし今に通じる少年たちの成長の物語を、一つに結びつけてみせた点でありましょう。
 そしてそれをごく自然に、そしてエンターテイメントとしての興趣を失うことなく成立させてみせたのは、もちろん作者の瑞々しい筆致によるもの。
 特に隼人と鷹士という対照的な、しかしそれだからこそ互いに強く結びついた少年たちを、それぞれ魅力的に描いてみせた時点で、本作の成功は約束されたようなものでしょう。

 そして、少年から大人になる道も決して一つではなく、そして、神から離れることが楽土を失うということではない――すなわち、大人になるということと自分らしく生きることが決して両立できないものではない(かもしれない)、と示してくれる結末も嬉しい。一種の青春小説としても楽しめる佳品であります。


「天涯の楽土」(篠原悠希 角川書店) Amazon
天涯の楽土 (単行本)

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2014.02.12

「真・餓狼伝」第4巻 拳と剣、時代を超えるための死合

 明治の格闘界を舞台に、若き格闘家たちの激突を描く「真・餓狼伝」の第4巻は、長い長い過去編の途中。同じ丹水流の中で、拳と剣の激突が、ついに始まることとなります。

 講道館の猛者を次々と襲撃、倒してきた青年・丹波文吉。前の巻から始まった、彼の少年時代を描く展開では、父とともに技を磨く彼の姿が描かれますが――そこで彼の前に、丹水流の同門にして、丹水流の剣を修めた少年・黒岡京太郎が現れます。

 彼の父は幕末にその剣の腕を知られた凄腕の剣士ながら幕末から明治にかけた胴乱の中で既にこの世になく、また廃刀令によって刀を帯びることを禁じられ、時代に置き去りにされたやに感じていた京太郎。
 自暴自棄になった彼は、警察官の乗馬を斬り捨てるという暴挙にでるのですが…

 しかし、そんな彼の姿に歯がゆさを感じたのが、幼なじみである文吉。彼はこともあろうに京太郎の佩刀――彼の父が帯び、唯一枯れに遺した――を道場の皆の前でへし折り、自分と戦えと挑発、かくて文吉と喬太郎、拳と剣の異種格闘技戦が勃発するに至ります。

 が――いくらなんでもこれは無茶というもの。試合は木刀で行われることとなったものの、一撃を喰らえば命も危ない。いやそれ以前に、単純に拳と剣ではリーチが違いすぎる。仮に腕前が同じだとしても、リーチが長い方が有利なのは自明の利。
 もちろん、時代格闘ものでは、それでも無手の側が勝つのが定番ではありますが、しかしそれは実力に大きな差がある時にのみ可能なことなのだなあ…と、今更ながらに再確認させられるような展開であります。


 しかしそんな状況下においてもあえて文吉が京太郎との「死合」に挑む理由が、なかなかに本作らしくてよろしい。
 自分の不遇を「時代」のせいにして荒れる京太郎。それはある意味やむを得ない態度であり、同情できるものではあるのですが――しかし文吉はあえてそれを否定し、ただ単純に「強えー奴」との闘いに、彼を引っ張り出すのであります。

 そしてそれは実は、「時代」に対して、それと闘うのではなく、それを乗り越えさせることを意図したものであり…そして京太郎の姿が、おそらくは幕末を生き延び、明治を迎えてしまった武士たちの多くの象徴であることを思えば、また本作の目指すところも見えるように感じるのであります。

 とはいえ、京太郎の剣に、ダメージをものともせず真っ正面から突っ込んでいくばかりの文吉の戦法が単調に見えてしまうのもまた事実。
 この先、彼に何か逆転の策があるのか…それは次巻のお楽しみということでしょう。

「真・餓狼伝」第4巻(野部優美&夢枕獏 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon
真・餓狼伝 4 (少年チャンピオン・コミックス)


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 「真・餓狼伝」第3巻 明治の武術に人が求めるもの

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2014.02.11

「5 Ronin」 時代の狭間をさまえよえるマーベルヒーローたち!?

 最近マーベルのアメコミを色々と読んでいるのですが、その中で、おっと思わされたのが本作。17世紀の日本を舞台に、ウルヴァリン、ハルク、パニッシャー、サイロック、デッドプールを主人公とした全五話のミニシリーズであります。しかし手に取ってみたその内容は、色々な意味で意外なもので…

 読めば読むほど世界観の多様さに驚かされるマーベルの世界ですが、本作の舞台となるのは、通常の作品の舞台となっている世界(の過去)とは全く異なるパラレルワールド。
 時は関ヶ原の戦の直後、東軍側についたある大名に対し、彼によって運命を狂わされた五人の「浪人」が、各話の主人公となります。

 この五人の主人公は、いずれもメジャーなキャラクターではありますが、しかしパラレルワールドの物語だけあって、原典の設定を生かしつつ、完全にジャパナイズされたものとなっています。

 すなわち、
 ウルヴァリンは、殺されても再び出現する手甲鈎を武器とした男に。
 ハルクは、平穏を望みつつも短気で怒ると見境なく暴れ出す僧兵に。
 パニッシャーは、妻子を失い、火縄銃を手に次々と仇を襲う復讐鬼に。
 サイロックは、英国人と日本人の間に生まれた美しき花魁に。
 そしてデッドプールは、他の四人の前で謎めいた、狂ったような言動を見せる、編み笠で顔を隠した乞食坊主に――

 それぞれ、原典を知っていればニヤリとできるようなアレンジが施されて登場するのであります。

 が――実は本作の世界観は、超人的能力や超能力といったものが全く存在しない世界。
 そのため、ウルヴァリンの不死身にも種が存在いたしますし、ハルクも緑色の巨人に変身したりしない。デッドプールも黄色の吹き出しで喋ったりはしないのです。
(そんな中、設定・言動とも一番原典に近いパニッシャーは、髑髏らしき紋が入った着物を羽織り、馬上筒的な火縄銃を手にした姿がある意味原典以上に格好良い)

 そんな「リアル」な世界で展開される物語はこれも地に足がついたものであり、ビジュアル面でも、さすがにところどころおかしな部分はあるものの、大阪城でウドンを食べているなどということもなく、相当に真っ当に描かれています。
 日本の非時代劇作品でもたまにある、パロディ的な時代劇編ではなく、真っ正面から「時代劇している」作品なのであります。

 もっともこの辺りはどう考えても痛し痒しではあります。そんな本作には、アメリカのファンが期待していたであろう「日本っぽさ」も、そしてこちらが期待していたアメコミらしい破天荒さも、どちらもありません。
 その意味では実に地味な作品ではあり、厳しいことを言ってしまえば――個々のエピソードの中で断片的には感じられるものの――本作を日本の時代劇とする必然性に疑問符がつくかもしれません。

 しかし、本作における「浪人」観――戦国時代と江戸時代、すなわち混沌と秩序の狭間で主を失い、自らの依るべきものを失った者(その意味ではサイロックも立派に「浪人」であります)、というそれは、日本の時代もの、特に最近の漫画などでもなかなか見られない視点を感じさせるものであります。

 その意味では、不死身とならんで(かつての)もう一つの個性であった記憶喪失(すなわちアイデンティティの喪失)を、時代劇的ながらも一歩間違えれば味気ないものになりかねない不死身の種明かしと絡めたウルヴァリン編は、特に印象深い作品であります。


 と、時代ものファンとしては見るべき点も少なくないものの、本作はやはり、万人にお勧めできると言い難いものがあります。

 特に最終話、これまでの物語を考えれば当然こうなるだろうというこちらの予想と期待を完全に裏切った展開は本当にカタルシスに欠けて――これはこれである意味無常感溢れていてよいとも言えますが――こればかりはどうにかならなかったのかな、と感じます。

 クリエイターの熱意と愛情を強く感じるだけに、肩に力が入りすぎてしまったのかな、という印象もあり、個人的には嫌いではない作品なのですが――
 アメコミ好きでかつ時代劇好きであれば、色々と感じるところがあるであろうことは、間違いありません。


「5 Ronin」(Peter Milliganほか Marvel) Amazon
5 Ronin

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2014.02.10

「武器で読む八犬伝」 武器に見る物語世界の豊かさ

 今月の22日、三重県で「海峡を越える忍者 日韓をつなぐ」という、荒山徹・金時徳ソウル大学教授・吉丸雄哉三重大学准教授のトークイベントが開催されます。その関係で吉丸氏の著書を調べてみたところ、八犬伝ファンとして大いに気になるものが。それがこの「武器で読む八犬伝」であります。

 本書の内容はタイトルそのままと申しましょうか――曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」全編でどのような武器・武術が登場するかを調べ上げ、以下の章題の通り列挙したもの。
1 槍などの長柄の武器
2 刀剣のいろいろ
3 名刀列伝
4 鉄砲
5 格闘・捕縛
6 弓矢などの飛道具

 例えば一口に刀槍と言っても様々な種類・用法があることは言うまでもありませんが、しかし読み手としては、何となく脳内でその大分類でまとめてしまい、その分類で理解しがちなもの。
 しかし、本来であれば物語の中でわざわざ武器についてその細かい種別が描き分けられているのであれば、それはそこに作者の意図があるはず。本書はそんな考えてみれば当然のことを、改めて教えてくれるのであります。

 ちなみに本書においては、全てではないものの、珍しい武器・武術については(馬琴の作品に限らず)他の先行する作品や馬琴が参考にしたであろう書物を挙げて解説しています。
 その中で個人的に感心したのは、金砕棒、そして大斧について、「太平記」における記載例があったという点。この二つの武器は、あまりに日本の合戦で使用されるイメージがなかったために、勝手に「水滸伝」由来のものと思い込んでいただけに、大いに感心いたしました。

 閑話休題、そんな本書を読んで一番感心させられたのは、その登場する武器・武術のバリエーションの豊富さであります。
 なるほど八犬伝は完結までに28年間、全部で98巻106冊の大作であり、そこに登場する武器・武術が多いのはむしろ当然かもしれません。

 …が、本書が教えてくれるのは、上で触れたような刀槍のようなある意味メジャーな武器のバリエーションのみならず、そうした中に収まらないような武器の数々――石礫や十手、包丁やさらには穀竿(いわゆるフレイル)に至るまで、様々な武器が、武器として使われるものが登場するということ。
 これは裏返せば、作中でそれだけ様々な人間が武器を用いるということであり、そしてさらにいえば、作中に登場するのが、単に武士階級の人々に留まらないということの証でもあります。

 どうしても八犬士を中心として、武士たちの物語という印象のある八犬伝ですが、しかしそこに登場し、活躍するのは――その源流である水滸伝と同様に――様々な身分・職業の人々であるということを、本書は再確認させてくれました。

 初めは意表をついた切り口に感じられましたが、なるほど、このような形でも八犬伝の物語世界の豊かさを証明することができるのか、と大いに感心した次第です。


「武器で読む八犬伝」(吉丸雄哉 新典社新書) Amazon
武器で読む八犬伝 (新典社新書21)

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2014.02.09

「メテオラ」 魔星から切り込む異形の新水滸伝!

 連載開始時にも紹介いたしましたが、琥狗ハヤテ(朱鱶マサムネ)の水滸伝漫画「ネリヤカナヤ」が、リブートされた「メテオラ」。この「メテオラ」の最初の単行本が、このたび発売されました。林冲が、魯智深が、旧来のファンにとってはお馴染みの、しかし全く新しい姿で登場いたします。

 かつて単行本で3巻刊行されながらも惜しくも途絶していた「ネリヤカナヤ」。豹子頭林冲を主人公にしながらも、従来の水滸伝とは一風変わった展開を見せていた同作ですが、この「メテオラ」においては、さらに意外かつ独創的な物語が描かれることになります。

 東京開封府の王進将軍の近侍頭として知られる凛々しき若武者・林冲。赤子の頃に王進に拾われ、実の子のように愛されてきた彼には、しかし王進らごく親しい者しか知らぬ大きな秘密がありました。
 それは彼には、尻尾があること――

 実は彼こそは伝承に言う不吉な災いの星、魔星(メテオラ) を宿した者。そしてある事件をきっかけに更なる異形に変化した彼は、寺の菜園番の破戒坊主・魯智深にその姿を見られてしまうのですが…

 ほとんど全ての水滸伝物語に登場し、多くの作品で主役級の活躍を見せる豹子頭林冲。原典等において、彼のその「豹子頭」の渾名は、頭の形が豹を思わせるところから由来しておりますが、しかし本当に林冲を豹頭に変身するヒーローとして描いたのは、(「ネリヤカナヤ」でもなかった)本作のみのアイデアでありましょう。

 あるいはそれは作者自身の方向性、志向によるものかもしれません(近い時期に刊行された本作と「ねこまた。」「もののふっ」の三作品で「三者合同モフモフ企画」なるものが行われているくらいですから…)。
 しかし作者の筆力と水滸伝に向けた愛情が合わさった時そこに生まれるのは、単に語呂合わせで意表を突いただけのものなどではなく、全く新しい角度――「魔星」から水滸伝という物語に切り込んだ作品なのであります。


 原典の冒頭で封印を解かれ、梁山泊の豪傑百八人に転生したと語られる百八つの魔星。しかしそれ以降作中で語られることは少なく、その知名度とは裏腹に、魔星は謎めいた存在に留まります。
 本作はそれに人ならざる魂、人々に仰ぎ見られながらも、同時に畏れられ、嫌悪されるモノとしての意味を――そしてそれは原典の豪傑たちの存在そのものではありませんか!――与えるのです。

 そして魔星を宿し、魔星の力を持つのは林冲だけではありません。魯智深も、そしてこの巻で早くも登場した大刀関勝も、同じく魔星を宿した者なのであります。


 …が、味方がいれば敵もいる。魔星の存在を知る王進や関勝を恐れさせる「敵」――魔星としての魂を喰らう強大な敵もまた、本作には存在します。
 現時点では明かされないその正体は誰なのか(もっとも、ほぼ間違いなく梁山泊の宿敵とも言うべきあの男でありましょう…)、そして魔星と敵の存在が、林冲をどこに導くのか…現時点ではまだわからないことだらけではありますが、しかしそれは同時に水滸伝ファンにとっては楽しみが多い、という意味でもあります。


 唯一気になっていたのは本作に巻数表記がない点ですが、今後も作品は続く様子。それであればこれからも、そして今度こそ、林冲の、この水滸伝の向かう先を楽しむことができるというもの。
 解き放たれた魔星のごとく復活したこの物語を、この先も大いに期待しているところであります。


「メテオラ」(琥狗ハヤテ KADOKAWA/エンターブレインB's-LOG COMICS) Amazon
メテオラ (B's-LOG COMICS)


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2014.02.08

「火男」 大切なものと生きるために戦うという心意気

 鎌倉公方の遺児が幕府に反乱を起こし、荒れる北関東。そこに現れたひょっとこ顔の異形の男・俵藤藤太は、遺児方の古河城の姫・伽那を助けたことをきっかけに、古河城に入ることになる。やがて古河城に殺到する十万人の軍勢。それに対するはわずか85名、果たして藤太の起死回生の策とは…

 現在数少ない時代小説専門の文学賞であり、そして第一回以来、なかなかにユニークな作品が受賞している朝日時代小説大賞。その第五回大賞受賞作が、本作であります。

 舞台となるのは永享13年(1441年)の北関東――その前年に、結城氏朝が鎌倉公方・足利持氏の遺児である安王丸・春王丸を奉じて決起したことで始まった結城合戦は、かの「南総里見八犬伝」の冒頭にも描かれたことでご存じの方も少なくないと思いますが、本作はその異伝とも言うべき作品。
 結城合戦の終盤、結城方についていた古河城を舞台に、はみだし者たちが縦横に活躍する快作であります。

 結城氏朝らの籠もった結城城は幕府の大軍に包囲され、落城間近な頃――古河城を守る二人の将、野田右馬助と矢部大炊助のうち、矢部の娘の伽那姫が野伏に襲われていたところに現れたのが、主人公・俵藤藤太の初お目見え。
 鼻が曲がり、口が突きだしたひょっとこのような異相に、半纏のような着物を羽織った異様な格好の藤太は、雷のような音とともに野伏を吹き飛ばし、伽那を救います。

 実は藤太の武器は、この時代には極めて珍しかった火薬。ある事情から大量の火薬を持ち、火術の達人となった彼は、放浪の途中に偶然伽那を助けたのですが、その力に注目したのは彼女の父の矢部。
 城内の勢力を二分しているものの、野田が持つ城主の身分を狙う矢部は、自分の戦力とするために藤太の技を欲し、伽那を餌に藤太を誘います。

 その誘いを受けて入場した藤太は、やがて不思議な魅力で城内に集まっていた鬱屈を抱えた武士や野伏を惹きつけるように…


 寡兵が大軍を向こうに回して籠城戦で大活躍、というお話は、最近ではやはり「のぼうの城」が思い浮かびますが、起源を辿れば相当昔から存在する、戦記ものの定番の題材ではあります。
 しかし本作の舞台となった結城合戦での古河城戦は、たしかあっという間に勝負はついたはず…と思いきや、史実に意外な風穴を開けているのが本作。そしてその立役者が、言うまでもなく火男・俵藤藤太なのですが――そのキャラクターが実に面白い。

 その異相・異装にもかかわらず(?)、どこか飄々とした人物の藤太。しかし物語の途中で語られる彼の目的はあまりにも途轍もなく、そして彼がそう考えるに至った彼の――彼の一族の辿ってきた歴史は、あまりにも重い。
 彼が耐えてきたものは、自分自身の容貌への嘲笑などまだ小さい、権力の無情・非道なのであり――しかしそれは、程度の差はもちろんあれど、作中で彼に味方する人々もまた、長きに渡り耐えてきたものなのです。

 非道な主に嫌気が差しながらも、生活のためやむなく仕える侍。己の価値を正しく知る者に仕えようとするうち、野伏となるしかなかった老人。そしてヒロインである伽那もまた、あまりに凄惨な運命を背負っていることが、やがて語られることになります。

 そう、古河城に籠もった彼らが戦う相手は、幕府方の軍勢などではなく、それが象徴する権力の、権力にしがみつき他の犠牲にして顧みない者の、そしてそれが作り出した誰も幸せにしない世界なのであります。


 しかしそんな彼らの戦いは、権力への怨念の発露、復讐のためのものではありません。
 彼らは、そんな権力を笑い飛ばし、この先自分らしく生きていくため――「大切なもののために戦って死ぬ」のではなく、「大切なものと生きるために戦う」のであります。

 正直なところ、善悪がはっきり分かれた人物描写には(現実の人物をモデルにしたパロディを含めて)粗いところはありますし、藤太が皆の中心になっていく部分の描写も、もう少し掘り下げてもよかったのではないかと感じます。
 しかしそれでも本作を愛すべき作品と感じるのは、まさにこの心意気――戦って死ぬことを賛美するのではなく、生きるために戦おうと言い切るその想いであります。

 そんな本作に大賞が与えられるのであれば、世の中まだ捨てたものではない…というのは言いすぎかもしれませんが、正直な想いでもあります。


「火男」(吉来駿作 朝日新聞社) Amazon
火男

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2014.02.07

「さんばか」1 江戸の風呂屋に自由と交流の世界を見る

 以前「グランドジャンプ」誌に読切掲載された原作・富沢義彦、作画・たみの時代漫画「ねたもと」が、形を改めて帰ってきました。未来の大作家を目指す少年・菊池久徳が湯屋で様々な人と触れ合う――という趣向は同じですが、本作では読本好きの三人娘が登場、より華やかな物語が描かれることになります。

 時は寛政2年、大書店・耕書堂の主人・蔦屋重三郎と出会った久徳は、寛政の改革で読本を取り締まる岡っ引きに蔦屋が絡まれたのを自分を売り込むチャンスと意気込むのですが、そこに現れたのは奇妙な三人の美少女――飛脚見習いの楓(フウ)、女剣士の汐見菖蒲(アヤメ)、巫女の望月朔(サク)。

 三人があっさりと岡っ引きを追い払ったことで出番をなくした久徳ですが、蔦屋は彼が作家志望と知ると、とある寺子屋に通うよう言いつけます。
 渋々向かった先で彼を待っていたのは先ほどの三人娘と美人師匠。そして師匠の提案で、一同は町の風呂屋に向かうことに…

 というのが今回発売された第一話のお話。正直に申し上げて、今回はまだプロローグという印象で、物語が大きく動くのはこれから、というところですが、しかしこれから本作で重要な意味を持つであろう「風呂屋」の持つ意味は、ある意味「ねたもと」以上に明確に示されているように感じます。

 時あたかも松平定信の寛政の改革のまっただ中、改革の美名の前に、庶民の娯楽が制限され、ただでさえ厳しい身分の締め付けが一層厳しくなった頃。本作の冒頭でも描かれたように、それに乗じてゆすり、たかりをする人間も出る始末であります。

 そんな中、風呂場は、風呂場のみは、身分を離れた人々の交流の場であり、そしてそこで交わされる言葉も自由な本音だった――というとちと大袈裟ですが、しかし風呂屋が現代のそれとはまた異なる、ユニークな場所であったのは事実でしょう。
 そしてそこを舞台として描かれる物語は、現代の我々にとって馴染みがないようでいてどこか近いそれでいてこれまで見たこともないようなものになるはず。
 今回描かれた風呂屋とは、そのような舞台装置、いや世界なのであります。
(そして身も蓋もないことを言えば、読者サービスもしやすいわけで…)

 もちろん、先に述べたとおり本作はまだ始まったばかり。風呂屋だけが舞台に――久徳の創作の題材に――なるわけではないでしょうし、これから物語はさらに広がっていって欲しいとも思います。
 しかしそれであったとしても、これから物語が向かっていく先は、この風呂屋に象徴されるような、自由な人と人との交流の世界――言い換えれば文化の世界であることだけは間違いありますまい。


 最後になりますが、本作は、Kindleで、いわば描き下ろし形態で刊行されるスタイル。(正直なところ、このスタイルであればもう少し一回当たりにボリュームが欲しいところではありますが、それはさておき)
 江戸の読本業界、すなわちエンターテイメント出版界を舞台にする作品が、このような書籍としてほぼ最先端の形で刊行されるというのは、なかなか興味深いところであります。


「さんばか」1(たみ&富沢義彦 脱兎社) Amazon
さんばか 1


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2014.02.06

「新笑傲江湖」第9話 東方不敗! 君は女!?

 最近は原作通りの展開が比較的多くてちょっと物足りない気もしないでもない「新笑傲江湖」ですが、今回は特大の爆弾が投下。物語の根幹を揺るがしかねないとんでもないアレンジなんですがこれは…

 原作や以前の映像版での格好良さはどこへやら、もっさい一太刀で費彬を殺して去って行く莫山先生。その唐突な登場と退場に驚きながらも、劉正風と曲洋は自分たちの畢生の名曲「笑傲江湖」を令狐冲に託します。
 そして共に呵々大笑の後、息絶える二人。大往生であります。
(にしても生まれ変わっても云々とか、よく見ると着物の色がおそろいだったりと、やっぱりこの二人はなんというか…)

 二人を弔ってその場を立ち去る令狐冲と儀琳ですが、儀琳はその場にお守りを落としたのを気づかず行ってしまいます。ややあって二人の墓の前に現れた東方不敗はそのお守りを見つけるのですが、ここで彼女の頭をよぎるのは――

 かつて、家族ともども賊に襲われた娘。両親と弟は自分たちを捨てて馬車で逃げ、妹にお守りを渡して樽の中に隠した娘は、自分が囮となって賊を引きつけます。
 しかし賊に追い詰められ万事休すとなった時、湖上で修行をしていた男が水しぶきを針として飛ばして賊を撃退。その様を見切っていた娘に驚いた男は、しかし、女では黒木崖の奥義を継げぬと語ります。
 しかし娘は、強くなるために女であることを捨て、男になると誓います。妹も行方不明となった今、天涯孤独となった彼女は魔教の強者となるべく決意を固めるのですが――そう、その娘こそが東方不敗その人!

 って、やけに冒頭から女っぽいと思いましたが、本当に女性だったんですか! それはそれでいい…わけはなくて、女がどうやって葵花宝典を使うのか、あまりにも謎が大きすぎます。いや本当にこれ、物語の根幹にも関わりすぎる問題なのでは――
 と、あまりに衝撃が大きすぎて、東方不敗と儀琳が姉妹(らしい)という事実が頭に残りません。そしてここまで因縁で固められて、まだ見ぬ正ヒロインの立場は…

 そんなことも知らず旅を続ける令狐冲と儀琳は、とある街の宿までやって来ますが、そこにはおかしな客が泊まっていて、一晩中恐ろしい叫び声が聞こえる、何かの祟りかもしれないので泊まるのは止めた方がいい…と宿の者が。いや、それはその客を追い出すべきだろ…と感じますが、それはさておき気にせず泊まった二人が声を追ってみた者は、林夫婦を拷問する木高峰の姿!
 …って気付よ宿の人間とも思いますが、令狐冲の機転で岳不群も来てると思い込んだ木高峰は逃走。しかし林夫人は殺され、林震南も苦しい息で令狐冲に息子への遺言を伝えるのでした。…と、そこに同じ宿に泊まっていた岳不群、林平之ら華山派ご一行が! って気付けよ君たちも!(まあ、後の展開を考えると、あの人物がわざと無視していた…と思っておきましょう)

 何はともあれようやく仲間と合流した令狐冲は儀琳と別れて華山に帰ることに。一目も憚らず岳霊珊といちゃつく令狐冲に対し、内緒話のふりをしてほっぺにチューして去って行く儀琳ちゃんは結構地雷かもしれない…

 さて、新しく後輩もできていい気分の令狐冲ですが、師の「次に魔教の者と会ったときにためらいなく殺せるか」という問いに即答できず、面壁一年を命じられます。
 思過崖に着くやいなや、しょっぱいCGの猿に荷物を奪われて洞窟に入った令狐冲はそこで人の気配を感じるのですが、ふと壁を見るとそこにはでかでかと「風清揚」の文字が――なんて自己顕示欲の強い風先輩なんだ…

 それはさておき、面壁といいつつ、岳霊珊は酒付きの食事を運んできてくれるし、洞窟の中の蔓を使ったブランコに二人で乗ったりと令狐冲が楽しく過ごしている間に早数ヶ月が流れましたが、林平之の武術の腕は一向に上達しません。

 そんな中、稽古相手がおらず不満げな岳霊珊は、対他流派の技である玉女剣法の訓練相手に、辟邪剣法を使える林平之ではどうかと提案するのですが…それを聞いた岳不群が思わせぶりな顔を見せて許可したところで、次回に続きます。



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2014.02.05

「首のない亡霊 晴れときどき、乱心」 江戸と長崎を結ぶ恐怖と狂騒

 彼の中のもう一つの人格・源之丞を手中に収めようと企む青海の画策で、長崎に遊学することになった作之進。しかし彼の乗った船は、島原付近で奇怪な幽霊船に襲われる。一方、江戸の銀次は、探索の途中で不思議な姿なき声を聞く。江戸と島原で怪事に翻弄される人々の前に現れた亡霊の正体は…

 ある時は温厚でお人好しの腰抜け武士の作之進、またある時は超絶の剣を振るうエキセントリックな狂剣士の源之丞、多重人格の主人公を中心に描かれる怪作スラップスティック時代小説「晴れときどき、乱心」の第3弾であります

 一度は源之丞に支配されて行方不明になったものの、下総を舞台とした本当に大変な騒動の末に友人や師と再会した作之進。
 しかし源之丞の異常な戦闘能力に目を付けた怪忍者、表の顔は温厚な青年医師の青海が言葉巧みに誘導した結果、作之進は長崎に向かうことになります。

 江戸から引き離して源之丞を自分の支配下に入れようとする青海ですが、しかしここで現れるのは意外な妨害者。長崎も近くなった海で行く手に幽霊船が出現、そこから現れたのは首のない異装の幽霊でありました。
 源之丞の剣も、青海の忍法も効かぬ相手に翻弄され、一行は追いつめられていくことに――

 一方、江戸に残った作之進の友人で岡っ引きの銀次は、協力者の霊感坊主・隆心から、江戸に奇怪な気配を感じさせる一角があることを聞かされ、そこで自身も姿なき何者かの声を聞くことになります。
 調べてみればそこはかつての切支丹山屋敷跡。隆心から、そこに首だけの亡霊がいると聞かされた銀次は、成り行きから除霊に向かうことになってしまうのですが、思わぬ乱入者のおかげでえらく混沌とした事態に突入してしまうのでした。


 と、前作は登場人物のほとんど全員が狂人かマヌケという地獄のような事態だったのですが、本作はその中でもトップクラスにおかしい源之丞の出番が少な目なことと、作中ほとんど唯一の常識人の青海が出ずっぱりなこともあって、かなり落ち着いた印象。
 …が、物語の方はむしろパワーアップ、江戸と長崎で並行して起こる怪事件は、いかにも本作らしい狂騒的な展開を経て、一つに合流していくこととなります。

 そして剣呑でこそあれ極めて冷静なはずの清海も、それが過ぎてむしろボケキャラとなり、ついに誰もツッコミがいないという状況に…ああ、やっぱり。
 クライマックスは彼が真面目になればなるほど客観的に可笑しくなっていくという状況。思い切りフェイクの入った章題も相まって、今回も何が飛び出してくるかわからない本シリーズの魅力を味わわせていただきました。
 首なし亡霊の正体は最初から明白でありますし(これはまあ狙ってのことでしょう)、そもそも何故いまなのか、という疑問は残りますが、しかし勢いで押し切られてしまうのが本シリーズらしいところでしょう。


 思わず唖然としてしまうような結末を経て、この先どのように展開していくのか本当にわからなくなりましたが、しかしそれも本シリーズらしいところでありましょう。


「首のない亡霊 晴れときどき、乱心」(中谷航太郎 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
首のない亡霊-晴れときどき、乱心3- (廣済堂モノノケ文庫)


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2014.02.04

「石燕夜行 輪入道の巻」 人間と怪物を分かつものは

 「画図百鬼夜行」をはじめとする妖怪画集を遺した実在の絵師・鳥山石燕と妖怪の頭領・塗楽たちが邪悪な妖怪たちに挑む「石燕夜行」の続編が早くも刊行されました。今回も重く切なく、しかしどこかユニークな空気も漂う独特の世界が描かれております。

 鳥辺山の墓場で生まれ、幽霊に育てられた過去を持つ青年・石燕。彼の灰色の瞳はこの世のものならぬものを映し、そして彼が手にした筆は様々な奇蹟を起こす――
 そんな石燕が、塗楽やその仲間の妖怪たちとともに、人と妖怪の双方に害をなすモノが引き起こした事件を解決する、というのが基本パターンは、本作も共通であります。

 本作に収録されたエピソードは全部で3つ。
 祭り囃子に紛れて妖怪たちを招き寄せ、捕らえる謎の二人組の背後に、思わぬ長大な時の流れを見る「妖笛の巻」。
 妖怪たちの宿敵である美剣士・椿鏡花とともに江戸で頻発する吸血事件を追った石燕が悲しい運命の存在を知る「夜叉椛の巻」
 かつて石燕や塗楽、鏡花と因縁を持った外道たちの復讐に彼らが対峙することになる「輪入道の巻」

 登場する妖怪たちの顔ぶれは比較的メジャーなものですが、しかし作中での扱いは相当にユニーク。特に「妖笛の巻」に登場したある妖怪は――元々よくわからない存在ではあるとはいえ――作中での怪異と密接に結びついた生態描写が実に面白い。
(さらにいえばこのエピソード、謎の敵の正体を知るために塗楽が儀式を行う場・奇妙塔のすっとぼけたアイディアも楽しい)

 そして塗楽とともに石燕とは不思議なトリオ状態となる鏡花の背負ったものが明かされる「夜叉椛の巻」も面白いのですが、やはり圧巻は、本作のほとんど半分近いボリュームで描かれる「輪入道の巻」でしょう。

 前作に登場して悪行の限りを尽くした末に鏡花と塗楽に制裁された金貸し・蛇座頭。かつて石燕の想い人を利用し、その命を塵芥のように奪った呪い師・蛭法師。そして数十年昔に人々を苦しませた末に塗楽に封印された妖怪・輪入道。
 座頭・法師・入道と三人の外道が手を組んだのに、石燕たちトリオも奇っ怪な手段で反撃するという趣向も(鬼太郎の「地獄流し」的展開で)楽しいのですが、しかしその一方で強く印象に残るのは、蛭法師に対して暗い怒りを燃やす石燕の姿であります。

 タイトルロールとは言い条、比較的作中では控えめな立ち位置にあった石燕。
 それは、これまでの物語ではほとんど巻き込まれた立場にあったゆえかもしれませんが、しかしこのエピソードにおいて登場する蛭法師は、彼にとっては仇であり、倒すべき相手として位置します。

 そして石燕はその妖しの筆の力をフルに発揮し、蛭法師を追い詰めていくことになるのですが(ちなみにその描写が、石燕をモデルにした妖怪絵師を主人公にした漫画のそれに近いのがちょっと面白い)、しかしそれは果たして許されることなのか、望ましきことなのか、その問いかけが、彼に対して為されるのです。


 そしてこうした問いかけは、このエピソードのみではありません。本エピソード、そして他の二つのエピソードにおいても共通するのは、「死への恐れ」「生への執着」であり、それが募ったあまりに道を踏み外した者の姿であります。

 前作でも描かれたように、本作に登場する妖怪たちにも、人間と(少々異なる形かもしれませんが)変わらぬ情、想いが存在します。
 そうであるとすれば、人間と妖怪を、いや人間と怪物を分かつものは何なのか。それを最もよく知る(べき)者は、その狭間に立つ石燕なのでしょう。
 作中で彼に対して為される問いかけ、彼が為す選択は、まさにこの点に対してのものなのであります。


 何やら理屈をひねくり回してしまいましたが、本作が、ユニークな妖怪たちの存在を描くキャラクターもの的側面を持つのと同時に、様々な形で「人間」の想いを浮き彫りにする物語なのは間違いありません。
 それゆえ(宣伝とは異なり)痛快さとは少々かけ離れた感触ではあるのですが――しかしそれが本作の特色であり、魅力でありましょう。


「石燕夜行 輪入道の巻」(神護かずみ 角川文庫) Amazon
石燕夜行 2    輪入道の巻 (角川文庫)


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2014.02.03

「かがやく月の宮」 奇想と孤独に満ちた秘巻竹取物語

 伏見の竹生島の館にいつからか住まうという絶世の美女・かぐや姫。彼女に言いより、五つの宝を探すこととなった五人の公達を破滅させた彼女に、帝も興味を持つようになる。外では大唐国との緊張が高まり、内では藤原氏が勢力を伸ばす中、憑かれたように姫を求めた帝が見たその正体は…

 宇月原晴明久々の書き下ろし長編は、なんと「竹取物語」、誰もが知るかぐや姫の物語を題材とした作品。しかしもちろんこの作者だけに普通の作品で終わるはずもなく、遙か海を越えた世界にまで広がっていく、奇想に満ち満ちた物語であります。

 自らの物語の書き出しに悩むある女性が、父から与えられたという秘巻「かがやく月の宮」。巷間に知られた竹取物語とは似て全く非なるこの物語を彼女が紐解いていくという、作中作の形で本作は語られていきます。

 伏見に竹取の翁とともに住んでいたというかぐや姫。絶世の美貌を持つという彼女に言いよった五人の公達は、それぞれこの世に二つとない珍宝を望まれて…
 というのは概ね原典と同じですが、しかし悽愴を極めるのは、その五人の候補者の末路。金銭に、名誉に、名声に、生命に、権力に――一人一人が執着したものに仇されるように、ある者は命を失い、ある者は消息を絶ち、次々と破滅を迎えていくのであります。

 そんなおそるべき物語は、しかし本作においては序章のようなもの。彼らの奇怪な運命が語られた上で繰り広げられていくのは、かぐや姫とは何者であるか? その根本的な問いかけであります。
 紙魚老人の異名を持つ碩学の口から語られるのは、本朝から海を越えた大陸の仙道書「抱朴子」の幻の巻に記されたという玉女であり、さらに遙か西域は波斯の伝説に残る月の女神と、彼女を崇める月狂外道の物語。
 その伝説は本朝に渡り、やがて思いもよらぬ太陽と月の物語に姿を変えることに――

 術法による人体錬成、波斯渡りの奇怪な伝承…いずれも作者のファンであればニヤリとさせられる要素ですが、作者の作品を語る時、これらの「幻妖華麗」のみでは足りないことも、ファンであればまたよくご存じでしょう。もう一つ、作者の作品に漂うもの――それは拭いがたい「孤独」の色。そしてそれもまた、本作の重要な要素として存在します。

 本作に登場するもう一人の求婚者、それは原典のとおり帝であります。しかし彼の心に抱えたものは、帝とは思えぬ巨大な孤独。

 父亡き後、母は偉大な女帝として海の向こうの戦いを指揮し、英邁さを謳われた兄はその母に疎まれて死を賜り、密かに慕っていた姉も兄を追うように姿を消し…
(ちなみにこの部分で帝が歴史上の誰に当たるかはほとんど明確になるのが面白い)
 そして今、政は藤原氏に一手に握られ、唐からの脅迫に近い使者が訪れてもまったく出る場がない、いや逆に病がちであることを回答先延ばしの理由に使われてしまう始末。

 この国の頂点に立つ者、日輪とも呼ばれる存在でありながらも、その地位に見合うものを持たず、いやただ一人の人間としても満たされぬ者を抱えた彼が、月の化身と言うべき姫君と出会った時何が起こるのか…
 最後の最後まで原典をなぞりつつも、本作は全く異なる結末を迎えるのであります。


 至尊なればこその痛切な孤独と、その孤独を癒やすかのような異界との交流というモチーフは、「安徳天皇漂海記」以降の作者の作品に通底するもの…というより、そのまますぎるという印象はあるかもしれません。また、上で触れた本作の構成要素も、過去作品の変奏曲のように感じられる点も否めません。

 しかしそれでも本作がその妖しくも心惹かれる輝きを失わないのは、趣向こそ似通っていても個々の描写は全く異なる作者一流のものであることはもちろんであります。
 しかし何よりも作中作として描くことにより――本作自体を一つの物語の中にぬけぬけと封じ込めることにより、史実を踏まえつつもさらに自由な世界に羽ばたくことを可能とした、見事に「伝奇的」な精神によるところが大きいのではありますまいか。

 本作の結末は、勘のいい方であれば早々に予想がつくかと思いますが、しかし、日本最古の物語が日本最大の物語へと繋がっていく様には、不思議な爽快感があります。


 そして――実は作者がかぐや姫を描いた作品は、本作のみではありません。本作に先行して発表されている「赫夜島」をはじめとする一連の短編は、まだまだ本作の背後に広がる闇の存在を浮かび上がらせてくれるのです。
 こちらも早々に単行本化されることを祈っている次第です。


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かがやく月の宮


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2014.02.02

「軍師 黒田官兵衛伝」第1巻 地味かつ馴染みのない世界を面白く

 先日より黒田官兵衛を主人公とした大河ドラマが始まりましたが、今回取り上げるのは同じ黒田官兵衛を主人公とした四コマ漫画。描くは「信長の忍び」で歴史四コマ界に躍り出た重野なおきとくれば、そのクオリティは約束されたようなものであります。

 さて、その黒田官兵衛を描く本作の始まりは、播磨の小寺家に仕える彼が、織田と毛利の間で揺れる主君を説き伏せ、織田家につこうとする時点から始まります。
 時は桶狭間の戦から十五年後、天下布武に向け、武田家をも破った信長が騎虎の勢いにあった時期。しかしその勢力はようやく近畿を出て中国地方に差し掛かったくらい、まだまだ中国・四国には強豪ひしめき合う時期でもあります。

 本作は、作者が同じであり、(年代こそ少しずれてはいるものの)時代も同じ、信長・秀吉・竹中半兵衛と重なる登場人物の造形も同じということもあって、「信長の忍び」とは姉妹編――見ようによっては続編的作品であります。

 しかし本作の主人公たる官兵衛はあくまでも軍師であり、天下取りを直接目指す武将とはいささか異なる立ち位置にあります。
 さらに物語開始の時点では地方の大名いや小名の陪臣という立場。その生涯がよく知られた信長に比べれば、知名度も違えば(こういう言い方が適切かわかりませんが)スケールも違う。

 上で述べたように、この巻でまず描かれる官兵衛の姿は、信長に誼を通じるために奔走する姿であり、地味かつあまり馴染みのない(≒わかりにくい)世界のお話ではあるのですが…

 しかし、そこをわかりやすく、かつ楽しくドラマチックに描くのが作者のセンス。この辺りは「信長の忍び」で証明されている点ではありますが、本作においても、もちろんそれは健在であります。
 黒田家の副業(?)が目薬作りであったこと、珍しく側室を置いていなかったことなどをベースにキャラクターをコミカルに膨らませつつ、そのキャラクターで極めて真面目に歴史を描く。
 そんな重野節ともいうべき作風は、むしろ信長よりも官兵衛を描く際に、より効果的に作用しているようにすら感じられるのであります。


 官兵衛が主人公ということで――周囲の人物からその危なっかしさが何度も指摘されてはいるのですが――いささか格好良い人物に描かれすぎのような印象はありますが、それはやはり彼がタイトルロールである以上、やむを得ないでしょう。
(その辺りは、主人公でありつつも傍観者的立ち位置でもある「信長の忍び」の千鳥とは異なる点でしょう)

 物語はこの巻のラストで早くも官兵衛の生涯最大のピンチともいえるあの事件に突入。どうにも四コマギャグに絡めにくそうなあのエピソードをどのように描いてくれるのか、期待しましょう。


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2014.02.01

「扶桑の樹の下で」 彼が見た真に美しいもの

 小説現代の最新号に掲載された仁木英之の短編「扶桑の樹の下で」では、作者が得意とする中国歴史もの。それも一種の「術」が絡んだ内容でありますが、しかし少々意外な切り口から描かれる作品です。

 舞台となるのは前漢の頃、主人公となるのは、かつて北方の遊牧民族・匈奴に敗れて下った漢人の子孫で美貌の少年・韓嫣。
 父が罪を犯して処刑寸前であった彼は、匈奴の首長に近しい鴛という若者に救われ、彼の友として暮らすこととなります。

 やはり美貌を持つ鴛とただならぬ関係を結ぶようになった彼は、漢人と匈奴の争いをなくすためという鴛の言葉に従い、扶桑の術なる技を仕込まれます。
 それは一種の房中術――鴛の手引きで漢の王族・劉徹(後の武帝!)の叔母である館陶公主に近づいた彼は、その美貌と扶桑の術で彼女を籠絡し、劉徹にも近づいてその信任を得ることとなるのですが――

 彼を「友」と呼んで韓嫣と契りを交わし、漢の皇帝を籠絡させるために彼を送り込んだ鴛。
 彼を「友」と呼んで厚い信頼を寄せて日夜をともにし、しかし体は求めなかった劉徹。
 二人の「友」の間で韓嫣が選んだ道とは――


 房中術というセクシャルな題材、それも美少年によるものというのは、作者にしてはなかなか珍しい題材であります。
 しかしいささか刺激的な題材で描かれるのは、今の時代にも通じるような、ある意味普遍的な問いかけであります。

 「友」とは何か。「政」とは何か。そして「美」とは何か――その問いかけを。

 確かに、二つの民族の争いの間に生まれ、そしてその中で不思議な冷静さを持つにいたった韓嫣は、この時代、この場所ならではの主人公と言えるかもしれません。
 作中で自分を友として遇しようとする劉徹に対して彼が語る、「皇帝は誰も友にできない。同じ高みにいる者を作ってはならない」という言葉の中身は、まさに中国の皇帝ならではのものではありましょう

 しかし、彼が直面することとなるこれらの問いかけは、決して彼のみのものではありません。それはいささか形は変わっているとはいえ、現代の日本に生きる我々にとってもごく近しいもの。
 どこに属するべきか、誰に従うべきか。誰を信じるべきか。そして、誰を愛するべきか――

 遙かな時の流れを乗り越え、奇妙な術で世界を切り取りながらも、そこに浮かぶのは我々のそれと相似形の物語。
 だからこそ、結末で彼が見た、真に美しいものに、我々も一種の安堵感を感じるのでしょう。

 そして――だからこそ、この物語の先をみたい、彼が見たものが真の輝きであるのか、それを確かめたいとも感じるのであります。


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小説現代 2014年 02月号 [雑誌]

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