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2014.02.25

「シャーロック・ホームズたちの冒険」(その一) 有名人名探偵たちの饗宴

 SF、ホラー、あるいはダジャレの人(?)という印象の強い田中啓文ですが、デビュー作はミステリであり、近年は落語ミステリシリーズを発表するなど、ミステリにも造詣の深い作家。そんな作者が。様々な歴史上の有名人を探偵役に迎えた作品を集めた短編集であります。

 本書のタイトルは「シャーロック・ホームズたちの冒険」ですが、登場する有名人が皆ホームズ写しというわけではなく(というよりそれは一名のみで)、むしろ名探偵の代名詞としてホームズが冠されていると言うべきでしょうか。
 しかし、本書に登場する探偵たちは、ある意味ホームズ以上に個性的。有名人探偵ものというのは決して珍しいものではなく、このブログでも何作も取り上げてきましたが、しかしこれほど意外な顔ぶれはそうはありますまい。ここでは、収録された全五編を一つずつ取り上げましょう。


「「スマトラの大ネズミ」事件」
 ホームズがライヘンバッハの滝から生還した直後。ロンドンでは首切り殺人が続いていた。生首が消え失せ、あるいは悲鳴を上げたという奇怪な事件に挑むホームズだが…

 冒頭に収められたのは、その名探偵の代名詞、ホームズその人の活躍する事件。
 切り取られた首がいつの間にか消失した、あるいは暖炉に投げ込まれた首が炎の中で目を開いて絶叫した――そんな奇怪な現象が相次ぎ、さらに現場には「呪い」「スマトラの大ネズミ」などと奇怪な言葉が遺された怪事件にホームズが挑むのですが…

 この「スマトラの大ネズミ」は、ホームズファンにはお馴染みの「語られざる事件」。本作は、その事件が語られた草稿が発見された、という定番パターンを取っているのですが、そこで展開するのは、伝奇的…というよりホラー的な怪事件であります。

 その真相については、アンフェアと感じる方もいるかもしれませんが、しかしその背後にあるホワイダニットは、見事にミステリとしての合理性が感じられます。
 その上で、いかにも作者らしいグロと一種のダジャレをまぶし、さらにホームズ史を根底から覆しかねない「真実」を提示してみせるなど(個人的には途中で予想はつきましたが)、実にサービス満点で、そして作者ならではの本作。この短編集の幕開けに相応しい作品であります。


「忠臣蔵の密室」
 ついに吉良邸に討ち入った赤穂浪士。しかし炭小屋で見つかった吉良上野介は、すでに何者かに殺されていた。隠されたその事実を知った大石りくがたどり着いた真相とは。

 忠臣蔵を題材に、実に個性的で作者らしい二つの長編を発表している作者ですが、本作はそれに先立つ、そして輪をかけて個性的な短編です。
 何しろ、忠臣蔵の世界で密室ものを、それも大石内蔵助の妻・りくを探偵役とした安楽椅子探偵ものをやってのけたのですから、これは空前絶後と言うべきでしょう。

 その密室殺人の被害者はもちろん(?)吉良上野介。芝居でおなじみの炭小屋で発見された彼が、しかし既に刺殺されていたことから事件は幕を開け…る前に隠蔽されます。
 何しろ苦労を重ねた末の義挙のはずが、目指す相手は既に殺されていた、というのでは、浪士たちはいい笑いもの。自分たちが討ったことにして引き上げたものの、どうにも納得のいかない大石主税や原惣右衛門の手紙から、りくが真相を推理することになります。

 ここでりくが探偵役となるのは、物語の上では彼女が謎解き好きだったため…という説明がありますが、しかしその真は、彼女が討ち入りにある意味最も近いところにいながらも、しかし結局は局外者であった点によるのでしょう。

 彼女が手紙に記された状況のみで解き明かす吉良殺しの真相自体は面白くはあるものの、比較的あっさりしたものに感じられます。
 しかし同時に彼女は、この「忠臣蔵」という物語の中には、もう一つの殺しが存在することを解き明かすのであります。そしてそこで殺されたのは個人ではなく、この物語に巻き込まれた人々の「人間の尊厳」なのだと――

 いやはや、忠臣蔵を題材としたミステリ、いや忠臣蔵ものの中でも屈指の切れ味の作品でありましょう。まさしくこれぞ時代ミステリ、と言いたくなるような名品です。

 その一方で、エピローグもまた作者らしい脱力加減なのですが――これはまあ、初出がJ.D.カー生誕百周年記念アンソロジーであったということで。


 残る三編は、次回紹介いたします。


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シャーロック・ホームズたちの冒険


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