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2014.02.15

「長屋の神さま」 人情と神情が交わるところに

 奥に小さな祠がある甚兵衛長屋の一番奥の部屋に暮らす青年・祥太夫には秘密があった。実は彼は祠に祀られた神様、犬猫に化けた狛犬と獅子とともに人々を見守っていたのだ。しかし参る者もない祠は取り壊し寸前、何とか評判を上げようと奮闘する祥太夫だが、彼の神通力はどうにも頼りなく…

 今月続編が発売されたばかりの、相当にユニークな人情ものであります。が、このブログで取り上げるからにはただの人情ものではありません。
 何しろ主人公は正真正銘の神様。タイトル通り、長屋に住む神様が主人公なのですが…

 そんな本作の舞台となるのは、神田の裏長屋。決して豊かではないけれども、人情豊かな人々が肩を寄せ合い、賑やかに暮らす長屋――とくれば、絵に描いたような時代ものの裏長屋ですが、この長屋には、小さな祠がある。
 というより祠の周りに長屋ができたのですが、その祠のすぐ脇の部屋に住むのが、本作の主人公であり、その祠に祀られている神様・祥太夫なのであります。

 元々は京の八幡様の末っ子の彼は、父の言いつけで江戸開府以前からこの地に住まい、人々を見守ってきた存在。総髪に白い狩衣に身を包み、おっとりと京言葉を喋る容姿端麗な彼がまさか神様だと思わず、周囲の人々は訳ありのお公家さんかなにかだと考えております。
 本人も至ってお人好しで呑気な質の祥太夫は、黒犬の黒、茶寅猫の寅――実は彼に仕える狛犬と獅子――とともに、楽しく暮らしていたのですが…

 そこに降ってわいたのが、祠を壊して長屋を建て増ししてしまおうという話。参拝する者も滅多にいないような祠だから…というわけですが、もちろん祥太夫たちにとってはたまったものではありません。
 あわてて参拝する者の願いを叶え、御利益のある祠として周囲に認めさせようとする祥太夫ですが――しかし彼は神様としての実力は今一つ。効き目の怪しい神通力を駆使しつつ、彼の悪戦苦闘が始まる…というお話であります。

 本作を構成するエピソードは全部で三つ。
 過剰なダイエットを始めた大家の娘を思いとどませようとする「祠の危機」、ふとしたことから意気投合した大道芸人の意外な素性を描く「丹波の熊」、蔵奉行の手代に仕える娘の切ない願いを叶えようと祥太夫が奔走する「天泣」…
 いずれも、内容的には裏長屋もの、人情ものの定番パターンのお話なのですが、その中に神様を投入することで――「神様もの」のパターンを加えることで――一気に普通でない物語になってしまうのがなんとも楽しい。

 何しろ祥太夫は長いこと人の間で暮らしている割には浮き世離れ(当たり前?)したお人好しで、神通力を使えばすぐにへたばってしまうという、全能とはほど遠いていたらく。
 そんな頼りない神様の祥太夫が、助平でお調子者の黒、しっかり者で口やかましい寅とともに奔走する姿は、大変な本人には本当に申し訳ないのですが、思わず見ていて笑顔になってしまうのであります。

 もっとも、いかに頼りないとはいえ、人知を超えた力の持ち主だけあって、あまりにその力が便利に使われるきらいはあります。
 特に「丹波の熊」など、あまりにも身も蓋もない結末に驚かされたのですが、ゲストキャラの造形や祥太夫との交流などはよくできていただけに、いささかもったいなく感じました。(ちなみに丹波の荒熊というのは、体に墨を塗って熊のふりをするという、大道芸の中でももっとも芸のないといわれる代物です)

 他の二編も方向性としては同様で、この辺りは賛否分かれるかもしれませんが、しかし個人的にそれでもいいかな、と思わされてしまったのは、何しろ神様だから仕方ない――というのは半分冗談として、そこに至るまでの祥太夫の行動という課程に、納得いくものがあるからにほかなりません。

 神様として、自分を頼る善男善女を何とか助けたい――その想いと(それなりに)力はあっても、さてそれではどうすれば彼らを助けることができるのか。
 ある意味単純明快な祥太夫にとっては人の想いは複雑怪奇、良かれと思ってしたことが必ずしもその通りとならず、途方に暮れることもしばしばであります。

 本作は、そんな彼が手探りで人情というものを知っていく物語。そしてその果てに神通力があるのであって――それならば、いささか便利すぎても、まずは納得がいくというものであります。

 人情と神情(?)が交わるところに生まれる、おかしくも心温まる物語を綴った本作。こんな神様が見守っているかも…と想像するだけでちょっと楽しくなる、そんな作品です。


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